271 やっていいのは覚悟がある奴だけだ
フクーベを離れて、住み家に帰る途中でウォルトは思い返す。
セナに薬と言って飲ませたのは、なんの変哲もないただの水。その後、セナを『睡眠』で眠らせて複合治癒魔法で治療した。今回は『精霊の慈悲』が効果の肝だった。
医者や治癒師ではないので完璧とは言い難いけど、『診断』で濁りがあった肺は正常に回復したし、セナの様子から効果は確認できたので何度か繰り返せば完治するはず。病名も聞いたので、師匠の薬学書に製法が載っていれば薬を調合して渡してあげたい。
マルコさんについては、マードックに頼んだことで上手くいくことを願ってる。そうでなくてもアイツにはなにかしらお礼をしよう。美味いお酒がいいかな。長い付き合いだけどそれしか思い浮かばない。
マルコさんは、大好きな冒険者であり続けることよりも、悪事に手を染めても弟のことを最優先に考える優しい男。まだ戻れるはずだし、そうであってほしい。いつものごとく自分の我が儘だけど、やれることはやって気が済んだ。
そんなことを考えながら、住み家に辿り着くと…驚きの光景が目に飛び込んできた。さっきのお礼参りとは違う男達が、鉄槌や丸太を持って住み家の周りに倒れている。
今度はざっと倍近くの人数いる。もれなく住み家を壊そうとして洗礼を受けたようで一撃で沈んだのか…。
……恩ある師匠の家。もしかしたら、オーレン達やチャチャが訪ねてきていたかもしれない…。ハピー達も軒下でゆっくり休んでいたかも…。
頭の中で……ブチッ!となにかが切れる音がした。
「フゥゥッ…!シャァァァッ…!」
身体の芯から湧いてくる衝動に身を任せ、目を吊り上げて全力で駆け出す。倒れている男達の胸倉を掴み、1人ずつ引き起こし『硬化』を纏わせた拳で殴る。
「ウラァッ!ウラウラウラァァッ!」
鉄のように硬く変化させた拳で、文字通り鉄槌を下す。歯が折れようと鼻が潰れようとやめない。
「ぐふぁっ…!」
「ぎゃあぁ…!」
「がはぁっ…!」
顔が原形を留めなくなるまで全員殴り倒した。虫の息になって唸り声を上げる男達を引きずって1箇所に集め、『拘束』でまとめて縛り上げた後、強めの『混濁』で記憶を曖昧にする。
『大地の憤怒』を棘状ではなく平べったい台のように変形し発動させて、頭上高くまで男達を持ち上げた。
「な…にが…起き…て…?」
状況を掴めず混乱した様子の男達に向けて手を翳し、躊躇うことなく詠唱する。
『破砕』
「「「「ぐあああぁぁっ…!」」」」
『拘束』を解除すると同時に衝撃波で森に向けて空高く撃ち出す。蜘蛛の子を散らすように飛んでいった男達は、バサバサと落下した音がする。
「フゥゥゥッ…」
一旦呼吸を整え、すかさず次の行動に移る。アイツは許さない!
魔法を使って全力で駆けてきたのは、とんぼ返りのフクーベ。速度を落とすことなく、街に入る前に『隠蔽』で姿を消す。
街に入る直前に目的地を知らないことに気付いたけど止まらない。人混みをすり抜けながら行き先を変更する。
人を避けながら辿り着いたのは…。
★
ドンドン!と、玄関のドアが叩かれた。
「…んだぁ?」
イラッとして玄関に向かう。変な勧誘ならぶち殺してやる。ドアを開けて吠えた。
「誰だ、ゴラァ!うるせぇな!……あん?いたずらかよ…」
誰もいねぇ…。逃げやがったか…。
「マードック」
「おわぁぁっ!なんだぁっ?!」
誰もいねぇとこから急に声が聞こえた。この声と匂いは…。
「急に来て悪いな」
「お前…ウォルトか?なんで姿が見えねぇ…?」
「そんなことはどうでもいい。お前、グランジの住み家を知らないか」
どうでもよくはねぇが、口調からして急いでるみてぇだな。この辺りか…と、匂いのする方向を向く。
「知ってるぜ。金に汚ねぇデブだろ?」
「そうだ。悪いけど場所を教えてくれ」
透明獣人の望み通りグランジの住み家を教えてやる。
「恩に着る。住み家で美味い酒をたらふく飲ませるからいつでも来てくれ。じゃあな」
「おい!ちょっと待てや!おいっ!」
足音はすぐに聞こえなくなっちまった。
「なんだってんだ…?」
今さらちょっとのことじゃ驚かねぇが、まさか姿まで消せるとはな…。アイツはホント退屈しねぇ。
★
マードックに聞いた場所に辿り着くと、大通りに建つ立派な木造2階建てだった。左右と後ろに建物が隣接する分譲された一区画分の広さがある。
グランジ……商会?入口に掲げられた看板にはそう書かれている。ただの詐欺師が…街の大通りで商会と名の付く看板を掲げていることに違和感しかない。真面目に商売している者をバカにしている。どこまでもふざけた奴だ…。
姿を消したまま、建物と建物の隙間に入り込み、周囲の建物に強固な『堅牢』をかけながらぐるりと1周して入口に戻ってきた。ついでに、グランジの建物に付与されている『堅牢』を『魔喰』で完全に無効化しておいた。
通りに面している場所に視認できない巨大な『強化盾』を展開する。
さぁ……やってやる…。
入口のドアノブをゆっくり回すと、鍵は掛かってない。音を立てないように建物内に侵入しても休憩中なのか人の姿はない。エントランスに立ち、壁に掌を向けて詠唱した。
『破砕』
爆音とともに壁が破壊されて建物が大きく揺れる。
「なんだぁ!?カチコミかっ!」
「どこのどいつだ!?」
輩のような男達が奥からゾロゾロ湧いてきた。2階からも降りてくる。
「誰もいねぇぞ…?」
「逃げた…?」
まとめて魔法で吹き飛ばす。
『破砕』
「ぐがあぁぁっ!」
「ぶぁぁっ!?」
「がはっ…!」
窓や壁を突き破りながら、外に吹き飛ばされる男達。吹き飛ばされず床に倒れた輩は腕や足を掴んで空いた穴から外に放り投げる。
1階に人がいないことを確認して2階に上がると、廊下の左側、並びの中央にある無駄に豪華な扉の前に立ち魔法で粉砕する。室内に足を踏み入れるも、人の気配がない。
カーテンを締め切って真っ暗にしてあるのは、外から部屋が見えないように隠しているつもりか。
夜目の効くボクには一目でグランジの部屋だと判別できるほど、無駄に煌びやかで悪趣味な部屋。趣味の悪い机のすぐ横に置かれた鋼鉄製の金庫が目に入る。高さはボクの腰くらいまである大型の金庫。見るからに立派な造り。
『破砕』
コレは…凄いな…。軽く魔法を放つも傷1つ付かない。こんな状況であっても金庫を作った職人の技術と素晴らしい強度に感心する。
製作者に敬意を払いながら『黒空間』で金庫の天板に穴を空けると、中に納められた書類を手に取る。
目を通すと借用書の束。空けた穴から覗き見ると、他にも現金や金塊が入っている。
実に下らない…。金庫じゃなくクソ溜めだ…。
『黒空間』
闇魔法で金庫を丸ごと消滅させる。何重に『堅牢』がかけられていようと、いかに頑強な金庫であろうと空間ごと抉ってしまえば無意味。その後、壁や天井、飾られた価値のありそうなモノを片っ端から魔法で破壊する。
2階にも人がいないことを確認して、再度1階に下りると、エントランスの中央に立って詠唱した。
『操弾』
左右に翳した手から無数の魔力弾が放たれ、建物を粉砕していく。自分は『強化盾』の膜を纏い、隅々まで容赦なく破壊し続ける。
師匠の気持ちが少しだけ理解できた。人の家を壊すつもりなら……自分の家を壊されても文句は言わせない。
やがて建物は瓦礫の山と化した。
★
騒ぎを聞きつけて集まった多くの野次馬の中にマードックの姿があった。
「ククッ…!あの野郎、面白れぇことやってやがる」
気になって来ちまったけど、着いたときに家は半分ぶっ壊れてた。しかも、アイツがまだ中で暴れてやがる。
まるで、でっけぇ魔物が中で暴れてるみてぇだぜ。ビビっちまって野次馬共の声も出てねぇ。アイツを怒らせっとこうなんのか…。
ククッ!見事な更地になっちまったな。目の前の光景に信じられねぇ気持ちはある。ただの木でできた家なら俺でも殴って壊せる。だが、『堅牢』がかけられた建物は力じゃ破壊できねぇ。悪人って奴はその辺が抜かりねぇ。それを簡単にぶっ壊しちまいやがった。やっぱぶっ飛んでやがる。
けど、なんだかんだお人好しだぜ。建物の周りを魔法で保護してやがるな。徹底的にぶっ壊してんのに、隣の建物にも通行人もなんの被害もねぇのがなによりの証拠だ。一流の解体業者ってヤツだぜ。
「俺の城がっ…!なんでこんなことに!?」
瓦礫の山になっちまったテメェの家を腰を抜かしたみてぇに座り込んで見てるグランジがいる。
騒ぎを聞きつけて戻ってきたか。だがもう遅ぇ。後の祭りだ。まぁ、誰も間に合う奴なんていねぇけどな。止められもしねぇ。
「おいっ!誰がやったんだっ!?おいっ!起きろっ!」
這いずりながら倒れた手下に向かって喚き散らしているグランジの頭に、板が飛んできてぶち当たる。
「ぶへぇぁっ!」
目を回して倒れやがった。板には『借用書は全て紛失。債務者は確認されたし』と、でけぇ文字が焼き付けられていて、辺りは騒然となる。
このデブ野郎は終わっちまったな。アイツになにしたか知らねぇが、踏んじゃいけねぇ奴の尻尾を踏んだ。
まぁ、殺されなかっただけマシだろ。その気になればこんな建物なんぞ魔法一発で丸ごと燃やされて塵も残ってねぇ。なのに、家だけぶっ壊すために無駄に手間かけてやがる。面倒くせぇことを思いつきでやったに違いねぇ。家も知らなかったんだかんな。
大馬鹿野郎じゃ、永遠に気付かねぇだろうが、中にいなかっただけ幸運だぜ。




