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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
27/689

27 恐怖の食卓

暇なら読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 母さんの勘違いによる浮気騒動も一段落して、父さんと会話しながら実家でのんびりお茶を飲む。


 ふと気付いた。


「父さん。母さんがいないけど、どっか行った?」

「む…。夕食の材料…買い出しに…」

「嘘だろう!?」


 盛大に狼狽える。そんなことがあり得るのか?


「……まさか!?」

「どうしても…お前に手料理を食べさせたいらしい…。止めたんだが…」

「ボクが今から帰れば…?」


 父さんはゆっくり首を横に振る。


「お前を追って…家に行くだろう…。諦めそうになかった…。今回のミーナは……本気だ…」

「こんなことになるなら大量に回復薬を持ってくるべきだった…。書き置きと、もっと住み家も綺麗にしておきたかったのに…」


 父さんが言うには、今回の仲直りに一役買ったボクを「労ってあげたい!」と息巻いていたらしい。

 気持ちは嬉しいけど…ボクは知っている。母さんが…壊滅的にして、破滅的にして、殺人的な料理の作り手であることを…。

 昔から食事はボクか父さんが作ってる。なぜなら、生きていく上で必要だったからだ。


 初めて聞いたときボクは5歳だった。教えてもらったときから未だ忘れられない話。

 事件が起きたのは、まだ両親が番になる前、恋人同士だった頃のこと。若かりし日の父さんは、初めて母さんの手料理を食べた直後に泡を吹いて倒れたらしい。

 母さん曰く「1時間ほどニャ~ニャ~唸っていた」らしいけど、父さんは記憶にないと言った。

 治療師の尽力で命は取り留めたものの、しばらく記憶が曖昧だったらしい。それでも料理の味だけは鮮明に覚えていて、『深海に潜む見たことがない魔物を1年ほど腐らせて溶けるまで煮込んだ』ような味だったという。


 番になるときに「食事はストレイが作る」ことでお互い合意し、ボクが料理できるようになるまではずっと父さんが作ってた。

 なので、実は母さんの手料理を食べた経験がない。…けど、その話になると普段何事にも動じない父さんがガタガタ震え出す。それだけで母猫の手料理の脅威がいかほどか理解できた。

 初めてこの話を聞いた日の夜、ボクはとにかく怖くて一睡もできなかった。そして、『早く料理を作れるようになって父さんを助けたい』と思ったことを覚えている。



「久しぶりに帰ってきて…こんなことになってすまん…」

「父さんが謝る必要ないよ。母さんも悪気はないんだし」

「悪気はなくても…獣人は死ぬ…」


 そう言われたらそうだけど…。


「まだ死ぬと決まったワケじゃないだろう?」

「9割だ…。コレは譲れん…」

「そんなに…」


 とんでもない致死率だ。どんな病より危ない。


「俺は…運がよかっただけだ…」

「父さん…」


 神妙な面持ちで会話していると、勢いよく玄関のドアが開いて母さんが顔を出す。


「ただいまぁ~!!お腹すいたでしょ?直ぐに夕食の支度するからね♪」

 

 母さんはとびきりご機嫌な様子。


「ぴぎぃ~っ!!」


 買い物袋の中に、奇声を上げながら蠢くなにかがいる。匂いでは判別できない。嗅いだことのない匂いだ。あえて気付かないふりをした。

 ほんわかした雰囲気を醸し出す三毛猫が、今から動機もない殺人を犯すと誰が想像できるだろう。どんな名探偵でも予測不能だと思う。


 考えを巡らせていると母さんが台所で調理を始めた。


 ダンッ!ダンッ!と包丁を叩きつける音とともに、とてつもない血生臭さに加えて「シギャァァァ!」「ピギャァオ!」「クブププ…」と、耳を塞ぎたくなるような謎の叫び声が聞こえる。


「一体、なにが起きてるんだ…?」

「ミーナの…凄いところだ…。どこから調達してくるのか…見たことない生物を買ってくる…」

「近所だろうけど、未知との遭遇…ってヤツだね」


 恐怖はまだ続く…。



「*!@っ#~&@#!!!」

「暴れちゃダメ!ウォルトに食べて貰うんだからっ!美味しくな~れっ♪」


 凄く楽しそうに断末魔の声を挙げる『なにか』に話しかけてるな…。そして、煮込んでいることだけは辛うじてわかる。悪寒が止まらず歯がカチカチ音をたてた。


 母さんに恐怖したのは今日が初めてだ。横をチラッと見ると、父さんは悟ったようにピクリとも動かない。


「父さん。ボクが死んだら森に埋めてくれないか?できれば大木の根元とか」

「約束できない…。俺も…多分…」

「そうだね…。ボクは…まさか今日が命日になると思ってなかった。けど、死ぬときに母親の手料理を食べて逝けるなんて幸せかもしれない」


 恐怖で思考回路がおかしくなっているんだろうな。よくわからない。


「どうせ死ぬのなら…家族の手で葬ってほしい…」

「父さんは付き合わなくていいんだよ」

「いや…。ミーナを止められなかった…せめてもの償いだ…」

「昔と違って料理が上達している可能性は?」

「ない…。少し前に…お茶を淹れてくれた…。次の日……下痢で痩せた…」

「……詰んだね」

「あぁ…」


 そして……遂にその時が訪れる…。


「さぁできたよぉ~♪食べちゃってぇ~!」


 とびっきりの笑顔で皿を運んできた。運ばれてきた料理を見て驚愕した。


 なんだこの料理は…?食卓に置かれた料理には具が入ってない。一見なんの変哲もないスープ。透き通って黄金色に輝き匂いを感じない。まるで水のよう。

 こんな料理をどうやって作ったんだ…?あの生物達はどこにいった…?匂いがしない料理なんてこの世に存在するのか…?

 脳裏に幾つもの疑問が浮かんでは消える。超常現象は確かに存在した。生物の形跡が影も形もない。もはや完全犯罪の手口。


「アタシはコレしか作れないからね。けど、久しぶりに作った割には上手くできたと思うよ♪」


 無表情の父さんがドドドド!と音がしそうなくらい震えてる。おそらく昔食べた料理と同じなんだろう。

 恐怖を堪えて歯を食いしばっているように見える。処刑台に上がる囚人はこんな気持ちなのかもしれない。


 一応確認してみる。


「母さん。味見とかした?」

「したわよ。美味しかったんだから~♪」


 絶対嘘だ…。目の前に笑顔の暗殺者がいる。母さんはなんでボクらにこんなことを…?許容できない怒りを感じているのか?

 動機が思いつかない。いや、そもそも愉快犯で動機なんてないのかもしれない。快楽を求めてただ殺猫を犯す三毛猫の可能性もある。


「ミーナ…。頂くぞ…」


 覚悟を決めたのか、それともボクを巻き込んでしまった後悔の念なのか、まず父さんが動いた。


 父さんっ!!やめろっ!!


 心の中で叫ぶ。


 震える手でスープを掬った父さんは、ゆっくりと口に運んだ。そして、じっくり味わうようにして飲み込む。

 いつでも『治癒』をかけられるよう身構える。すると、父さんは目をカッ!と見開いてボクを見つめた。翠色の瞳と目が合う。


 もしかして……美味しいのか…?奇跡が起こったんじゃないか…?そう思ったのも束の間、幸せそうな笑顔を浮かべて、ゆっくり椅子ごと後ろに倒れた。


「父さんっ!父さんっ!?大丈夫かっ?!」


 とにかく『治癒』をかける。何重にもかけるが全く反応がない。泡を吹いて「ニャ~…ニャ~…」と苦しそうに唸り声をあげている。


 何回かけたのかわからなくなるほど魔法を使って、やっと苦しそうな表情が和らいだように見える。効果があったようでホッと一安心したのも束の間、目の前の悪魔が囁いた。


「いきなり寝ちゃうほど疲れてたのね!私と離れてる間、寝れなかったのかな♪落ち着いたみたいだから、ゆっくり寝かせてあげよう。さぁ……ウォルトも食べて」


 三毛猫の毛皮をかぶった悪魔の囁き。マズいぞ。どうすればいいんだ?『治癒』があったから父さんは一命を取り留めたけど、ボクが同じ状態になったらどうしようもない。


 とりあえず悪あがきしてみることにする。


「母さん。実はお腹空いてないんだ」

「そうなの?でもコレなら食べられるよね?スープだし!」

「う~ん。お腹下してるんだよね」

「じゃあお腹が落ち着くまで待つよ。更に煮込んだら……もっと美味しくなるからね」

「…あとで母さんも一緒に食べようか」

「アタシはいい。だって、もうそれだけしかないもん」

「そうなんだ…」


 ……ダメだ!絶対逃がさない感が凄い。優しく言ってもダメなら…。


「母さん。ボクはこの料理を食べれない」

「どうして?」

「父さんはこの料理を食べて倒れたんだ。ボクは死ぬかもしれない」


 気持ちを正直に告げてみる。長年共に暮らしてきた情に訴えかけてみる。獣人…最後は情だ!


「そんなワケないでしょ!ストレイは疲れが溜まってるの!アタシの料理にそんな効果ないから!」

「信じてほしい。嘘だと思うなら、母さんが一口飲んでみてくれないか?味見したんだろう?」

「したわよ」

「じゃあ、どうぞ」

「わかったわよ」


 父さんが座っていた席に着いた母さんは、スープを掬ってコクリと飲み込んだ。そして、目を見開く。


「やっぱり美味しい!上手くできてる!」

「……」

「ウォルトも飲んでみなさいって!美味しいから!」


 謎は深まった…。どういうことだ?


 母さんは間違いなく飲んだ。でも平然としてる。遅効性の毒…?いや…父さんは卒倒した。ワケがわからない…。

 疑問が多すぎて考えがまとまらない。母さんは変わらず笑顔を向けている。考えても答えが出ないなら…。


 ええい!ままよ!


 目を瞑って勢いよくスープを口にする。すると…。


「………美味しい」

「でしょ~!ほらぁ~!ホント失礼しちゃう!」


 本当に美味い。なんというかまろやかで、凄くコクがあって身体に染み渡る。そしてまた飲みたくなる。なんだコレ?


「母さん…。このスープって一体…?」

「ふふ~ん!これはねぇ~、アタシの家に伝わる秘伝の疲労回復スープなんだ!」

「疲労回復?即効性の猛毒じゃなくて?」

「なんでよ?!アンタも死んでないでしょ!」

「じゃあ、父さんが昔食べたとき倒れたのは?」

「凄く疲れてる人がこのスープを飲むと、とんでもなく不味くて疲労が回復するまで泡吹いて動けなくなるの。しばらくぼんやりするけど、副作用だからしょうがない!ただし、回復効果は抜群よ♪」

「美味しくてなにもないってことは…」

「適度な疲れってことね。身体に染みたでしょ?」

「あぁ。そういうこと…」

「今回はお疲れさま。おかげでストレイと仲直りできたし感謝してる!」


 父さんを見ると、まだ泡を吹きながら白目を剥いている。回復するまでこのままなのはちょっと怖い。


 疲れてたんだな…。気持ちはわかるよ…。


「いろいろゴメン」

「よくわからないけど別にいいよ!」

「ところで、食材は沢山あったのになんでこのスープには具がないんだ?」


 素朴な疑問をぶつけると、母さんの動きがピタッと止まる。


「んん~。それは内緒かな。…一応全部入ってるんだけどね」

「え?入ってる?」


 母さんは光のない目でボクを見てくる。


「世の中には不思議なことって…あるよね?」

「……だね」


 もうやめよう。この件はもう終わり。追求してもきっとろくなことにならない。


 我が家に若干の闇を残しつつ、久しぶりの帰省を終えた。

読んで頂きありがとうございます。

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