268 湧き上がる想い
水を淹れてウイカ達の元に戻ったウォルトは視線を感じた。
気になって視線を向けると、サラさんがボクを見つめている。師匠と呼ばれるような魔法使いじゃないって呆れられたかな…?そんなことを考えた矢先、サラさんが声をかけてきた。
「ウォルト…と呼ばせてもらうわ」
「はい。お願いします」
「貴方にお願いがあるの」
「なんでしょう?」
サラさんが眼鏡をクイッと上げて、キラッ!とレンズが光る。
「私と魔法で手合わせしてもらえないかしら?」
「ボクがサラさんとですか?」
「貴方の魔法をもっと見てみたい。ウイカ達のように肉弾戦はできないけど、魔法での手合わせをお願いしたいわ」
「手合わせというと、魔法戦ではなくて互いに魔法を撃ち合うという感じでしょうか?」
ボクは色々な魔法を見たい、知りたいという欲が強い。魔導師の操る魔法を見る機会があるのなら逃したくない。
ただ、身に着けた魔法は魔導師にとって修練の賜物。軽々しく見せてほしいと頼むのは失礼だからお願いしないよう心掛けてはいる。
師匠から「魔導師の魔法を見せてもらうなんぞ5000年早い。バカ猫が」と言われてきた。でも、手合わせでいいのなら是非お願いしたい。
「手合わせというよりも、互いを標的に魔法を披露するといったほうが適切かもしれないわね。アニカとウイカに私の戦闘魔法を見せてあげられるし、どうかしら?」
「ウォルトさん。是非見てみたいです」
「私もです!」
ウイカとアニカも同意見みたいだ。断る理由はない。
「わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
サラさんは微笑んでくれた。
★
ウォルトと更地で対峙して、ウイカ達には離れて見学してもらう。
それにしても…本当に凄いわ。どこからどう見ても魔導師に見えない。身体からまったく魔力を感じない。さっきまで多彩な魔法を放っていたのをこの目で見たのに。
既に魔導師としての力量が並外れているのがわかる。かなり困難である魔力の完璧な隠蔽。とりあえず感心するのは後にしましょう。
「私が先に見せるわ」
「わかりました」
まずは…と集中して詠唱に入る。
『雷光』
最も得意とする雷系の魔法を詠唱した。『雷光』は『雷撃』の上位魔法。ウォルトの頭上に出現した複数の魔方陣から、複数の落雷が直撃した。
耳をつんざく爆音とともに、砂埃が舞い上がって姿が確認できなくなる。冒険者だった頃は、足を止めての高火力魔法による攻撃や援護を得意としていた。幾分か衰えても威力には自信がある。
「凄い音と威力です」
「詠唱も凄く速い!サラさん、凄いです!」
褒め称える姉妹の言葉は嬉しい。でも、師匠の心配は微塵もしないのね。ゆっくり晴れていく砂埃の中、ウォルトは平然と立っていた。
「凄い威力でした。凄く洗練された『雷光』です」
「ありがとう」
素直に驚いてくれてる。だけど、どうやって防いだのか見当がつかない。『魔法障壁』を展開したようには見えなかった。それなのに直撃を受けて無傷。
正直…信じられない。気付かれないよう動揺を無理やり押さえつけていると…。
「では、ボクの番ですね。『氷結』」
「ちょっ…!」
ウォルトが右手を翳すと同時に冷気が吹き荒れた。
「くぅっ…!なんて冷気…!」
辛うじて展開できた障壁で防ぐ。押し込まれないよう必死の形相で抵抗すると、少し経って冷気は霧散した。
「さすがです」
「お褒めに与り光栄よ…」
今のが『氷結』…?『氷塊』の間違いじゃないの…?
とても下位魔法の威力じゃなかった。文字通り背筋が凍る威力。ただ、彼はそんなつまらない噓は吐かないはず。虚勢を張る魔導師じゃない。
詠唱速度も想像以上。修練のときと全く違う。しかも、印や手順を無視して手を翳すと同時に魔法を発動させるなんてあり得ない。
そんなことが可能だと初めて知った。しかも…コレでもまだ全力にほど遠いのが丸わかりだ。さらに言えば、発動前の魔力の流れを全く感じないから放たれるまでなにを詠唱してくるのか予想がつかない。
信じ難いけれど、放つ瞬間まで魔力を完全に隠蔽することができると確信し、そして同時に理解した。
生半可な魔法では動揺すら誘えない。放つ魔法の威力を徐々に強めながらウォルトの実力を確かめたいと思っていたけど、余裕なんて微塵もありはしない。私は全力で挑む。
「…次は私ね」
印を組んで目を瞑り集中する。今から放つ魔法は…おそらく彼も初見のはず。
『切花』
詠唱すると、ウォルトを取り囲むように無数の花が発現した。
「この魔法は…初めて見ます。綺麗な魔力の花…。美しいです」
「凄く綺麗だね」
「どんな魔法なのかな?」
私の…全力を受けてもらう。
「散れ」
発現していた花は一斉に散り、花弁が鋭い魔力の刃と化してウォルトに襲いかかる。
「凄い!」
「めちゃくちゃ格好いい!」
『魔法障壁』
ウォルトは一瞬で全方位に魔法障壁を展開した。なんて展開速度なの…。
障壁に突き刺さる魔力の花弁を瞬きもせず食い入るように観察してる。一体なにを見ているの?
凄まじい数の花弁が突き刺さっても障壁はビクともしない。やがて花弁の雨が止むと、障壁を解除した。
「華麗で躱すことは不可能。凄い魔法です」
「ありがとう。私の得意な魔法なの。…貴方は不思議ね。完璧に防いでおきながら言葉に真実味を感じる」
「正直に言っただけです」
可愛く首を傾げてる。まったく嫌味を感じない不思議な獣人の魔導師。
「次は私が見せてもらっていい?」
「では、ウイカやアニカにも見せたことのない魔法をお見せします」
「えっ!?ホントですか?!」
「凄く楽しみです!」
「上手くいくといいけど」
頭上に手を翳して詠唱する。
『破魔の矢』
「えぇっ!?魔力の矢!?」
「でかっ!しかも見た目も豪華!」
「なんて魔力量…。信じられないことを軽々と…」
魔法に造詣が深いと自負してるけど、見たこともない魔法。ただ、概要と名前だけは聞いたことがある。思い違いでなければ、『破魔の矢』はエルフの操る魔法だったはず。
エルフの魔法は人間が操る魔法と形態が違うと云われている。それを…獣人が操るというの…?いや…。彼に対しては驚くほうが失礼ね。
余計なことを考えている余裕はない。煌びやかな魔力の矢は私に照準を定めている。表情を一層引き締めた。
矢を形成する膨大な魔力量から、危険な魔法だと一目で理解した。けれど、自分から「魔法を見たい」と口にした以上、魔力が枯渇するまで退くという選択肢はない。それは魔導師としてのプライドが許さない。
「いきます」
腕を振り下ろすと同時に矢が発射された。迫りくる驚異を防ごうと全力で『魔法障壁』を張る。
受けきるのはおそらく厳しい…。でも…やるしかない!
「「えぇっ!?矢が分裂した!?」」
知識にあるように迫る『破魔の矢』は細かく分裂して正面から襲いかかる。ここまでは予想通り。障壁に矢が接触すると、無数に細かい爆発が起きて障壁を破壊せんとする。
「ぐうぅぅっ…!なんて威力なのっ…!」
過去に経験したことのない威力。少しでも気を抜いたら一瞬で心も障壁も打ち砕かれそうな弾幕の雨。全力で魔力を放出し続けても止みそうにない。
このままじゃ…マズいっ…!威力に耐えきれず展開した障壁に亀裂が入る。けれど張り直す余裕はない。このままでは…直撃を受けてしまう。
なんとか止まって…!お願いっ…!
渾身の力を振り絞って抵抗するも、障壁に大きな亀裂が入り直後砕け散った。
「「サラさん!危ない!」」
もう、ダメ!……………えっ?心が折れると同時に魔力の矢は全て霧散した。安堵してペタリと座り込むと、ウォルト、アニカ、ウイカが同時に駆け寄ってくる。
「サラさん!大丈夫ですかっ!?」
「「大丈夫ですかっ?!」」
心配されて力なく笑った。
「大丈夫よ。ウォルト…ありがとう…」
障壁が砕けた一瞬で、魔法を無効化してくれたウォルトには感謝しかない。本当に…凄い魔導師。
「ボクの魔法のせいで危険に晒してしまって…本当にすみません…。怪我してませんか?治療します」
「大丈夫。どこも痛くないし怪我もしてないわ」
心配をかけないよう笑ってみせる。
「よかったです」
「「よかったぁ~!」」
ホッと胸をなで下ろす3人を見て思った。やっぱり師弟なんだと。
手合わせを終えると、住み家に戻って一休みすることに。もう私には魔力が残されていなかった。テーブルを囲んで、ウォルトの淹れてくれたカフィで喉を潤す。
「すごく美味しい…。どうやったらこんなカフィを淹れられるの?」
フクーベで売られているモノとは全くの別物に思えるほど美味しい。
「教わったとおりに淹れても同じ味にならないんですよ」
「ウォルトさんの七不思議の1つです!隣で見ながら淹れても同じ味にならない摩訶不思議!」
「大袈裟だよ」
ほんわかした空気に癒される。ふと、謝罪しなければと気付いた。
「ウォルト。『破魔の矢』の威力には驚いたわ。きっと現役冒険者だった頃でも受け止めきれなかった。言いだしたのはこっちなのに心配かけてごめんなさい」
「謝らないで下さい。完璧に制御できてない魔法を使ったボクの失敗です。サラさんは悪くありません」
『ごめんニャ…』って顔をして俯いた。アニカの「可愛いんです!」という言葉を思い出して、クスッとしてしまう。確かに可愛い。
ほのぼのとした空間に居心地のよさを感じる。今の内に気になったことを確認しておきたい。
「貴方は魔導師じゃないのよね?」
「はい。魔法が使えるただの獣人です」
「それなのに、エルフの魔法を操るのはなぜなの?」
「エルフの友人がいるんです。その人の魔法を見様見真似で習得しました。だから、ボクの『破魔の矢』は完全に再現できてるとは言い切れません。粗悪品の可能性もあります」
「魔法を…見様見真似で…?」
意味不明だわ。そんなことできるはずがない。
「ウォルトさんは魔法を1人で習得できるんです!」
「そんなの…あり得ないわ…」
代わりにアニカが自慢気に答えてくれた。独学で高度な魔法を習得しているというの…?
常識では考えられない。魔法は長い年月をかけて師匠から手取り足取り学ぶモノだ。魔導書を読むだけでは習得するのもかなり難しい。
「『切花』も後で修練すると思います」
ウイカも同意した。ウォルトに視線を向けると苦笑いを浮かべてる。否定しないということは…。あり得ないけど…訊いてみよう。
「もしかして……もう使えたりするの?」
「無理だと思います。上手くいくときもあるんですけど。ちょっとやってみますね」
目を瞑って精神集中を始めた。
『切花』
「わぁ~」
「凄いです!」
「……信じられない」
テーブルに座る私達を囲むように、無数の魔力の花が咲いた。私が発現させた『切花』とは数も魔力量も比べモノにならない。花の鮮やかさもまるで違う。
一瞬にして花に囲まれたウイカとアニカは、「すごぉ~い!」「綺麗だね!」と目を輝かせてるけど、私は開いた口が塞がらない。
『切花』は師匠が長い年月をかけて編み出した魔法。しかも、弟子以外には見せたことも教えたこともないと聞いている。
私は習得に半年、完璧に操れるようになるまで1年かかった。発現させれば、あとは花弁を飛ばすだけ。もはや再現というより魔法の上位互換。
「今はココまでです」
「充分過ぎるわ…」
「『切花』はボクが知る魔法の中でも特に美しい魔法です。花が好きな人に喜んでもらえそうなので、覚えるのはココまでで充分かもしれません」
そう言って自称『ただの魔法使い』は笑った。
その後もしばらく談笑していたけど、夕方には帰らなければならないので、早めにお暇することに。笑顔のウォルトに見送られながら、アニカとウイカと共に住み家をあとにした。帰り道で今日を振り返るように会話する。
「サラさん!私達の師匠はどうでしたか?」
アニカが顔を覗き込んできた。
「貴方達の師匠は……常識破りの魔導師よ…。少なくとも私の知る魔導師には彼に並ぶ者はいない」
「「ですよね!」」
姉妹は満面の笑み。
「師匠を褒められると本当に嬉しそうね」
「もちろんです。私達の自慢の師匠です。それに…サラさんが初めてなんです」
「うんうん!」
「なにが?」
「ウォルトさんのことを気軽に話せる魔導師はサラさんだけです!」
「私とアニカも信じてもらえる誰かにウォルトさんのことを言いたかったんです。凄い魔法使いなんですよって。でも、目立つのが嫌なのを知ってるし、信用できる人にしか言えなくて」
「そうだったのね」
彼は名を挙げたがるありきたりな魔導師とは違う。獣人であることも関係あるように思えた。2人が信用して教えてくれたことが嬉しい。そのおかげで自分の常識を覆す魔法を見ることができたのだから。
「あんな師匠がいたら誰だって他人に自慢したくなるわ」
「そうなんです」
「でも、嫌がることはしたくないので言いません!」
「掘れば掘るほど色々出てきそうね。今後も彼について教えてほしい。絶対に他言はしないと誓う」
「「任せてください」」
可愛い後輩魔導師の信用を裏切ってはいけない。私のせいでウォルトが気分を害したりしたら、この子達のダメージは計り知れない気がする。ウォルトのことが好きなのは見ていればわかるし、その気持ちもわかる。
楽しそうに会話を始めた姉妹を横目に、私は1人思案する。
この世に、実力の底が見えないような魔導師が存在するなんて露ほども思ってなかった。ウォルトは膨大な魔力を以て高度な魔法を操り、後進を育てながら自己の研鑽も怠らない。
独学で魔法を習得する器用さと賢さを備え、正直者で他人に優しく礼儀正しい。ちょっと勘違いが激しいのはご愛嬌。
衝撃的な出会いだった。久しく忘れていた…魔導師としての熱意を取り戻させてくれた。いや、思い出したと言ったほうが正しいかもしれない。
魔法の修練に明け暮れて、ひたすら魔導師の高みを目指した若かりし日々。辛いことも多かったけれど、遊びたいと思う暇もないほど充実していた。
けれど…齢30に差し掛かった頃、『これが限界』と自分自身を見限った。いくら修練しても成長できない壁にぶつかって、ついに乗り越えることは叶わなかった。そして…勝手に後輩に想いを託して一線から退いた。
その後、愛する者と家庭を築き、ギルドの試験官に招聘されて新たな才能との遭遇や育成を楽しんでいる。あの頃とは違っても、幸せな日々を送っていると言い切れる。
けれど…常識を覆す存在に出会ってしまった。魔法を使えないと云われて続けてきた獣人なのに、おそらくカネルラで最高の魔導師。魔法界では間違いなく異端で…あらゆる意味で非常識な存在。彼の存在を、洗練された魔法を目にして湧き上がった想い。
学んだ魔導師の常識は正しかったの?成長するタメにもっと違う方法はなかったの?私は……本当に限界だったの?常識に囚われず諦めなければ……いつか彼のような魔導師になれたんじゃないの…?
後悔にも似た幾つもの疑問が脳裏をよぎる。ウォルトに出会って……3人の修練を目にして……実際に魔法を受け止めて……消えたと思っていた魔導師の魂に火が灯った。
いつの間にか心の奥に押し込んでいた魔法が大好きで最高の魔導師になりたいという想い。
あの頃には戻れなくとも…魔導師として新たな1歩を踏み出してみたい。そう思えた。今度師匠に会ったときに話してみよう。「今さらだけど、また魔法の修練を始めようと思う」と…。師匠は笑うかしら。夫は賛成してくれるだろうか。どうなるかわからないけど正直に伝えてみよう。
歩みを止めて口を開いた。
「貴女達にコレだけは言っておきたい」
「「なんですか?」」
「本人がなんと言おうとウォルトは魔導師よ。とびきり凄い白猫の魔導師。彼がただの魔法使いだなんて私は認めない。彼が違うのなら世界に魔導師は存在しない。そうでしょう?」
「「はい!」」
満面の笑みを浮かべるウイカとアニカ。2人の笑顔を見て思う。彼女達は幸運の持ち主。彼に師事できたことは一生の宝物になる。そして、彼に負けない素晴らしい魔導師へと成長するだろう。私も……負けられない!
晴れやかな表情を浮かべたサラは会話に花を咲かせながら帰路についた。




