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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
267/714

267 噂の魔導師とご対面

 ウイカとアニカ、そしてサラの3人は動物の森を歩く。


「いい天気だね~!」

「そうだね」

「この森に来るのは久しぶりだけど、気持ちいいわ」


 冒険者だった頃に来たっきりね。


「サラさんと一緒に師匠に会いに行くなんて思わなかったね」

「そうだね!でも嬉しい!」


 嬉々として歩く姉妹は楽しそう。コレだけで師匠のことが好きだとわかる。嫌な師匠だと会いに行くのも足取りが重くなる。


「サラさん!お腹空かせてきましたか!?」

「アニカの言う通り、朝ご飯を抜いてきたわ」

「さすがです!楽しみだなぁ~♪」


 訪問が決まったときに、「お腹を空かせて来て下さいね!」と言われ、疑問に思いながらもその通りにしてきた。空腹に運動はこたえるけど、ダイエットにはちょうどいい。最近動いてないから。森に入ってからかなり歩いたけれど、段々と日頃の運動不足が浮き彫りになる。


「はぁ…。結構遠いわね…」

「そうですか?」

「無理せずゆっくり行きましょう!」


 元気な姉妹と対照的に、歩くだけで息があがる。冒険者だった頃はもっと軽やかに歩いていたことを思い出した。


 とし…?


 休み休み歩を進めて、目的地付近に辿り着いた。


「見えました!あの家が師匠の住み家です!」


 アニカが指差す先には森の中にポツンと一軒家。こじんまりとして、森の景観を崩さない落ち着いた装いの家。


「やっと着いたのね…」


 動きやすい軽装で来たけれど、なかなか疲れた。そんな私のことなどお構いなしにアニカとウイカは歩を進める。すると、家の角から白猫がにょきっと顔を出す。


「えっ!?猫?!」


 顔に続いて身体が出てきた。黒のローブを着てモノクルを着けてる。不思議な格好だけど、どうやら獣人みたい。直ぐにアニカ達が駆け寄る。


「ウォルトさん!こんにちは!」

「約束通り、3人で来ました」

「うん。お疲れさま」


 遅れて歩み寄ると、私を見て白猫の獣人は笑顔を見せる。


「魔導師のサラさんですね。初めまして。ボクは白猫の獣人でウォルトといいます」

「初めまして。サラです」


 礼儀正しく丁寧な挨拶をしてきた獣人に少し驚いたけれど、優しげで嫌な感じは受けない。腰が低いけれど、獣人の年齢は見分けられない。2人の師匠の世話でもしているのかしら?


「サラさん!ウォルトさんが私達の魔法の師匠です!」


 アニカが笑顔で告げた。


「そうなのね………って…………えぇっ!?」


 理解が追いつかず口を開いて固まってしまう。


「ウォルトさん!とりあえずお腹が空きました!サラさんも空いてるそうです!」

「じゃあ、とりあえず昼ご飯にしようか。チャチャから貰った肉があるんだ」

「「さすがチャチャ!」」

「サラさん。住み家の中へどうぞ」


 言われるがまま皆に付いていく。魔法を使えない獣人が…魔法の師匠?

 住み家に招かれ、居間の椅子に座って見渡すと内装も落ち着いた雰囲気で綺麗に片付いてる。とても獣人の住み家とは思えない。

 ウイカ達は「料理を手伝ってきます!」と言って、ウォルトさんとともに台所へ向かった。


 一体、どういうことなの…?引き続き混乱していると、しばらくしてウイカが料理を運んできてくれた。


「コレは…」


 目の前に置かれたのは美味しそうな肉料理。だけど見たこともない。いい匂いが鼻腔をくすぐる。


「もう少し待ってて下さいね」

「うん」


 笑顔のウイカに言われるままジッと待つ。直ぐに全員分の料理が出揃った。


「サラさんの口に合うといいんですが」


 そんなことを言うってことは…。


「もしかして…この料理はウォルトさんが?」

「はい!美味しいですよ!」


 なぜかアニカが答えて、ウォルトさんは苦笑した。


「召し上がって下さい」

「「いただきます!」」


 勢いよく食べ始めたウイカとアニカは至福の表情を浮かべてる。ゴクリ…と唾を飲み込んで一口食べてみる。


「……もの凄く美味しい!」

「よかったです」


 匙が止まらない。いや止められない。黙々と一心不乱に食べ進めて食べ尽くしてしまった。


「よければお代わりもあります」

「頂いてもいいですか…?」

「もちろんです」


 皿を受け取ったウォルトさんはウイカ達の分もよそうために席を外した。ウイカ達に小声で尋ねてみる。


「彼は獣人なのに料理人なの?」

「いえ。料理が趣味なんです」

「その料理が尋常じゃなく美味しいだけです!」

「この料理が、趣味…?」


 お代わりも綺麗に平らげた私達は、満足な表情を浮かべる。食後の花茶を飲んでさらに驚いた。


「ふぅ…。美味しいわ…」

「ですよね」

「ウォルトさんはまだ腕を上げてますからね!」

「そんなことないよ」


 花茶を口にしながらウォルトさんを観察する。優しい口調と表情をした猫の獣人。年齢はわからないけど、態度と言葉の節々に知的な雰囲気を漂わせていてとても珍しいと思う。本人に確認しよう。


「ウォルトさんは…2人の魔法の師匠なんですよね?」

「恥ずかしいんですが、師匠と呼んでくれます」

「「だって師匠ですから!」」


 ニンマリする姉妹はとても誇らしげ。


「あの……言いにくいんですが、なにか魔法を見せてもらっていいですか?」

「わかりました」


 あっという間に立てた指先に『炎』を灯す。


「ありがとうございます…。獣人の魔法使いに初めて会ったもので…。試すようなことを言ってすみません」

「当然だと思います。いきなり信じろという方が無茶です」


 柔らかく微笑んでくれた。


「そう言ってもらえると助かります」

「サラさん。気を使わず普通に話してもらえると嬉しいです。ボクはまだ21歳なので」

「えぇっ!?そんなに若いのっ!?」

「老けてますよね。すみません、驚かせて」


『参ったニャ~』とか言いそうな顔で照れてるけどそうじゃない…。そんな若者が師匠だと聞いて、信じろというのは無理な注文というもの。マルソーよりかなり若い。しかも獣人。

 アニカ達に目をやると、揃ってニンマリしてる。私が驚いたのがお気に召したようね…。


「その若さで強大な魔法を…?」

「ボクはただの魔法が使える獣人です。誰でも使えるような普通の魔法しか使えません。アニカとウイカはよく知ってます」


 ウイカ達は『確かに知ってます。度が過ぎる勘違い獣人だって♪』と内心思っているが口には出さない。


「2人に『反射』を教えたのはサラさんだと聞きました。ボクも教えてもらって習得できたので、お礼を言いたかったんです。ありがとうございました」

「大したことないけど…」


 やはり姉妹の師匠で間違いない。話に聞いた通り。ただ、気になっていることがある。


 それは、ウォルトから魔力を全く感じられないこと。どれだけ観察しても魔力を視認できず、魔導師の雰囲気すら感じない。

 ただの優しそうな獣人にしか見えない。魔法を使えるのは理解したけど、マルソーより優秀な魔導師だとは思えない。

 裏返せば、2人の師匠であるのに他人に全く魔力を感じさせない彼は、魔力制御の技量が並外れているといえる。わからないことが多すぎて、色々と考え込んでしまう。


「サラさん!後で私達の修練を見て下さい!それでわかってもらえると思います!」

「ウォルトさんの魔法を見てもらった方が早いよね」

「サラさんのような凄い魔導師に見られると思うと緊張するなぁ…」

「いつも通りでいきましょう」

「そうです!ウォルトさんはウォルトさんなんですから!」

「確かに。格好つけて無理しても仕方ないよね」


 和気藹々と話していて、とても師匠と弟子には見えない。通常、魔導師の上下関係は厳しい。師匠は厳格に弟子を指導して、弟子はそれを真摯に受け止めながら成長していく。

 基本的に師匠の言うことは絶対で、不満があるなら師事することを諦めるしかない。師匠も去る者は追わない。

 それでも優秀な魔導師に弟子志願が絶えないのは、やはり独学では成長できないから。人間性はさておき、優秀な魔導師に師事するのが大魔導師へ登り詰める王道。けれど、見た限りは師弟関係というよりまるで友人みたい。


「よ~し!お腹も落ち着いた!ウォルトさん、修練お願いします!」

「私も大丈夫です」

「更地に行こうか」


 外へ向かう3人の後を追った。



 ★



 目の前で修練が繰り広げられている。


「凄いわね…」


 アニカとウイカは、『身体強化』を駆使した肉弾戦と遠距離からの魔法攻撃を繰り出す。

 1人が近接戦闘で時間を稼ぎ、その間に魔導師役が集中して魔法を繰り出す。見事な連携。さすがはギルドでも注目の若手冒険者パーティーといったところ。とても新米冒険者には見えない。


「お姉ちゃん!今!」

「了解!『火炎』」

「連携がかなりよくなってるね」


 対して、師匠であるウォルトは軽く捌いたり『魔法障壁』や『強化盾』を駆使しながら受け止めて、適切な魔法や体術で反撃している。


 まず驚いたのは操る魔法の多彩さ。そして、詠唱速度や威力、魔法操作や魔力制御、それら全てが高い水準であるにもかかわらず、明らかに全力でないとわかること。

 既に信じられない技量の魔導師。確かにマルソーとは比べモノにならない。並の技量でないのは確実だけど、全力の魔法がどれ程なのか修練では計り知れない。多彩な反撃の魔法も、姉妹に見せる意味合いが強いように感じる。


 弟子の技量に合わせた魔法構成に成長を願う意図が見え隠れしていて、その想いに応えようと弟子も己の力を余すことなく、全力で師匠に立ち向かっている。


「くっ…!『氷結』」

「まだ遅いかな。『火炎』」

「まだですっ…!『火炎』」

「今のはよかった。『反射』」


 最近ギルドでも目にしない見事な修練。独創性に富んで自由度が高く、多種多様な状況を想定しているのが見てとれる。

 冒険者ならではの、思考を巡らせて常に最善を探り、応用を求められる非常に高度な修練。なにをしてくるかわからない師匠の行動に見事に対応する姉妹は大したモノ。


 とても若手冒険者がこなせる修練じゃない。互いの理解と強い信頼があってこそ可能になる。目的は…まだ駆け出しと言っていい弟子の命を守るタメだと容易に想像できる。


「こんなの…成長しないはずないわね…」


 厳しくも温かい視線で弟子を鍛える師匠と、生き生きとした顔で修練する才能豊かな姉妹魔導師。ごく自然に困難な修練を楽しんでいる師弟の姿は私の目に眩しく映った。




「ちょっと休憩しようか。水を淹れてくるよ」

「「はい!」」


 汗1つかいていないウォルトは、笑顔で住み家へと向かった。残された姉妹は息を整えながら座り込んで反省会を開いてる。


「まだまだだね。あそこは…こうしたらよかったかも」

「うん!それにあの時も…もっとこうしたら…」


 弛まぬ向上心と、自分の力量を高めようとする強い意志。ひしひしと感じる。そんな姉妹に近寄って労う。


「お疲れさま」

「私達の修練はどうでしたか?」

「貴女達は凄いわ。そして…貴女達の師匠もね」

「「やっぱり!」」

「やっぱり?わかってたんじゃないの?」

「そうなんですけど、サラさんに言われて確信が持てました」

「魔導師の方がどう思うか知りたかったんです!ホントは…ウォルトさんにも言いたいんですけど言っても無駄なので!」

「それは…困った師匠ね」


 今の修練を見ただけで理解できた。彼は自分の魔法をひけらかしたり、意味もなく派手な魔法を放つような自己顕示欲の強い魔導師じゃない。むしろ真逆だと思える。

 操る魔法は、過去に目にしたどの魔法より洗練されていて美しい。表現が難しいけど、私の尊敬する師匠よりずっと純度の高い魔法で見蕩れてしまうほど。なぜだろう。涙が溢れそうになった。

 きっと彼の技量と性格が現れている。人は嘘を吐くけど魔法は嘘を吐かない。感動にも似た感情を覚える魔法なんて、初めて目にした。


 彼は…並外れた魔導師。きっと世界でも規格外の存在。


「貴女達には悪いけれど…」

「「はい?」」

「私は…彼の魔法をもっと見たくなってしまったわ」


 ウォルトが向かった住み家に目を向けた。

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