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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
265/715

265 境遇

暇なら読んでみて下さい。

( ^-^)_旦~

 カンノンビラへの小旅行を終えて、住み家に帰ってきたウォルトは、変わらず平和な日々を送っていた。


 ある日のこと。森に果実狩りに出掛けた。カーキが美味しかったのと、最近では新たな甘味を開発しようと試行錯誤していて、素材となる果実集めに精を出す。


 ぽかぽかして気持ちいいな……ん?


 微かに人の匂いがする。見渡してみると、木々の隙間から遠くに人の姿が見えた。


 あれは…まさか…。


 一気に加速してその人物の元へ駆ける。姿をハッキリ視界に捉えると、女性が太い木の枝から飛び降りようとしていた。長い髪に隠れて顔は見えないけど、細い首には縄が巻かれている。


 …間に合えっ!


 駆けながら狙いを定めて詠唱する。


『疾風』


「許してね…」


 詠唱とほぼ同時に、呟いた女性が手を合わせ祈るような姿勢で木から飛び降りた。

『身体強化』で加速する。足から滑り込むように飛び込んで、落下する女性をしっかり受け止めた。首に巻かれた縄は魔法で綺麗に切断されている。


「間に合った…。大丈夫ですか?」


 腕の中にいる女性から返答はない。外傷は見当たらないけど、気を失ってしまったみたいだ。体中は痩せてしまっていて信じられないほど軽い。


「どうしようか…」



 ★



「う…ん…」


 目を覚ますと、眼前には見知らぬ天井。


「…ココは?」

「目が覚めましたか?」


 優しい声で話しかけられた。ゆっくり横を見ると、白猫の獣人が椅子に座って微笑んでいる。


「貴方は…?」

「ボクは猫の獣人でウォルトといいます。ココは森にあるボクの住み家です」

「私は…助かったの…?」


 か細い声で問いかける。


「森で見つけて連れて来ました」


 ジッと天井を見つめて涙が溢れる。


「私は……死に損なったの……?」


 涙が頬を伝ってシーツを濡らす。


「もしよければ少し食事しませんか?」


 そう言って獣人は部屋を出ていく。温かそうな料理を手に戻ってきた。とてもいい匂いがする…。


「ボクが作ったスープです。少しでも食べて下さい」

「…いらない」

「そうですか」


 拒否しても笑顔を崩さず、ベッドの横に置かれた小さな台に皿を置いた。沈黙を破ったのは漂う匂いに抗えなかった私のお腹の音。ぐぅ~っと部屋に響いた。


「うっ…」


 変わらず笑顔で「どうぞ」と言いたげな表情。躊躇いながらも身体を起こして皿を手に取った。


「…いただきます」


 掬って口に含むと動きが止まる。


「口に合いませんでしたか?」

「…美味しい。凄く…美味しい…」


 ゆっくりと止まることなくスープを飲み続けた。


「ごちそうさまでした…」

「お粗末さまでした」


 笑顔を見せて片付けに向かおうとする。


「なにも聞かないのね…」


 呟くと立ち止まった。


「誰にでも言いたくないことはあります。ただ…もし事情を聞かせてもらえるのなら、ボクでもなにか力になれるかもしれません」



 ★



 食事の後片付けを終えて部屋に戻ると、女性は窓際に立って外を眺めていた。チラッと見える横顔は落ち着きを取り戻しているように感じられた。

 

「食後のお茶でもどうですか?」


 声をかけるとボクに向き直る。


「ウォルトさん…」

「はい」

「私は……助けてもらったのに名乗りもせず失礼を…」


 申し訳なさげに頭を下げる。


「言いたくなければ別に構いません。連れて来たのは貴女を放っておけなかったボクの勝手です」


 少しの沈黙のあと、女性は意を決したように語り始める。


「私は…アンジェといいます。王都で役者をしています。小さな劇団に所属している売れない役者です」

「アンジェさんは役者ですか。ボクは森に住んでるただの無職です」


 精一杯のユーモアを言ってみる。


「ふふっ…。ふぅ…。…お気付きかと思いますが、私は…動物の森に死ぬタメにやって来ました…」

「はい。なぜか聞いても?」


 アンジェさんはコクリと頷いて続ける。


「昔からの夢だった役者になりたくて…王都に移り住んで5年になります。劇団に拾ってもらって、ずっと端役でしたが初めて役らしい役をもらえることになったんです」

「それは凄いです」

「でも…1ヶ月ほど前に…顔を怪我してしまいました…」


 左手で長い髪を掻き上げると、顔の左側と首筋にかけて痛々しい火傷の痕が残っている。


「なぜ火傷を…?」

「今は家族で王都に住んでいるんですが、家には小さな弟がいるんです。ご飯を作っているときに目を離してしまって、鍋をひっくり返してしまったのを庇ったときに…」

「なるほど」

「治癒師の治療を受けたんですが、コレが治せる限界だと…。痛みはなくとも痕は残ってしまったんです」


 アンジェさんは唇を噛み締める。


「劇団の皆は優しくて…「また頑張れ」と励ましてくれました。でも…顔に痛々しい傷を持つ者が芝居で人にいい印象を与えるはずもありません…。化粧で隠すにも限界があります。考えるまでもなく役を外れることになりました…」

「そうだったんですね」

「団長に「今後役者を続けても役を与えるのは難しい」と言われました。私も頭では納得しています。でも、夢を失った脱力感というのか無気力になってしまって…。その内に弟や家族、劇団の仲間すら私を憐れんでいるように感じて…。耐えられなくなって王都を飛び出したんです」

「それで命を絶とうと?」

「はい…。夢を失って、食べ物もまともに喉を通らず、人の優しい言葉さえ皮肉に聞こえる。自分が嫌になってしまって…。生きてる意味がなくなったというか…わからなくなったというのか…。生きていたくないというか…上手く言えません。動物の森に行こうと思ったことは覚えてます…。でも、どうやって来たのかもうろ覚えなんです」


 涙を流すアンジェさんに向かって、表情を引き締める。


「教えてくれてありがとうございます」

「…ウォルトさんのおかげです。さっきのスープを飲んで元気が出たというか…気力が戻ったような…。なにも食べてなかったので。あまりに美味しすぎて意識がハッキリしました。だから話せたんです」

「嬉しいです。アンジェさんがよければなんですが、何日か泊まっていきませんか?」

「ココに…ですか?」

「はい」


 ボクは笑ってみせた。



 ★



 それから3日間。アンジェは言われた通り住み家に滞在した。


 日々ウォルトさんの作った美味しいご飯を食べることで完全に食欲を取り戻した。痩せこけた身体も少しふっくらして顔色もよくなった。3食では物足りず5食でも軽く完食するくらいに。

 全ての食事が美味しくて、料理人だと思ったけれど「ただの趣味です」と笑顔で返された。その他にもウォルトさんから沢山の施しを受けた。本当に優しくしてもらっている。


 今日は…3日間の滞在で最も緊張している。


「ごちそうさまでした」

「では、今日は約束通りに」


 食事を終えるとウォルトさんは真剣な表情。私は覚悟を決める。


「よろしくお願いします!」


 椅子に座った私の顔半分には顔から首にかけて包帯が巻かれていて、ウォルトさんがゆっくり解いていく。


「アンジェさん。どうぞ」


 解き終えると手鏡を渡された。大きく深呼吸して、恐る恐る覗き込む。


「……こんなことが……あり得るの?」


 火傷の痕が…綺麗に回復していた。焼け爛れていた皮膚は綺麗に元通り。どこを火傷したのかすらわからない。手で触れても違和感もない。


「信じられない…」

「治療が上手くいってくれました。アンジェさんがボクを信じてくれたからです」


 優しく微笑みかけてくれる。


「ウォルトさん…」


 私は…この3日間、火傷の治療を受けていた。


「ボクは獣人ですが、傷薬や回復薬を作ってます。治療すれば傷が目立たなくなると思います。信じてもらえるならですが」と提案された。ただし、治療には数日かかることと完璧に治る保障はできないと言われた。


 やるかやらないかは貴女の意思次第だと。信じ難い提案だったけれど、ウォルトさんが私を騙す理由もないし、死にたいほどの悩みの原因。藁にもすがる思いでお願いした。治療と言っても1日2回薬を塗布するのと、ウォルトさんの診察を受けただけ。

 まさかこんな結果になるなんて夢にも思わなかった。ウォルトさんには悪いと思うけれど、正直無理だと諦めていた。よくて傷が薄れる程度だろう…と。



 ★



 アンジェの傷は綺麗に回復した。


 経過を見て自信はあったけれど、ウォルトはホッと胸をなで下ろす。


「なんてお礼を言っていいのか…」

「お礼はいりません。たまたま上手くいってくれただけなんです」


 ボクは、『治癒』と『精霊の慈悲』それに『精霊の加護』を使って治療した。最近では、薬の調合のように3つの治癒魔法を組み合わせて発動することで、様々な治療が可能になることに気付いて格段に治療の幅が広がった。探り探りではあったけど、綺麗に回復させられたのは自信になる。


 信じてもらえそうだという理由で薬による治療という名目にしたのと、期間を引き延ばすことで食事による体力の回復が狙いだった。ずっと空腹では誰だって正常な思考は望めない。食べることは生きることと同意だ。


「ウォルトさん。教えてください」

「なんでしょう?」

「なぜ…見ず知らずの私に優しくしてくれるんですか…?」


 アンジェさんの問いになんて答えるべきか迷う。…気持ちいい話じゃないと思うけど、正直に伝えよう。


「実は、ボクも死ぬつもりでこの森に来ました。もう6年前ですが」

「えっ!?なぜ…ですか?」

「小さな頃から力が弱い獣人で、周りから蔑まれていました。いろいろあって、もう死んでも構わないと森に入ったんですが、運良く人に助けられてそのままココで暮らしています」

「そんなことが…あったんですね…」

「アンジェさんを放っておけなかったんです。決して同情じゃなく同志を助けたかったというか…。少しでも力になりたいと思いました」

「…ありがとうございます」

「ボクにできることは傷を治すことくらいで、後はアンジェさん次第です」



 ★



 アンジェは優しい言葉に涙が流れる。


「王都に戻って…もう一度頑張ってみようと思います。また1から役者を目指します」

「応援します」


 きっと、なにをしても応援してくれるよね。


「もし、私が同じことを繰り返したらどう思いますか…?」

「貴女の意志を尊重します。たとえ同じ場面に出くわしても、次は連れて帰りません。ボクの我が儘は一度で充分です」


 迷いなく答えが返ってきた。


「今日王都に帰ります。きっと家族に心配をかけているので…」

「わかりました。ゆっくり準備しましょう。食事もしないと」

「はい」



 王都へ帰ることを決めた私は、森を駆けるウォルトさんに背負われている。体調が万全でないことを考慮して「ボクが王都まで送り届けます」と言ってくれた。かなり遠い場所なのに…。


 人を背負っているとは思えないスピードで風のように駆ける。初めての経験だけど獣人は凄い。そして、抱きつくととても温かい…。


「ごめんなさい、ウォルトさん。重いのに長い道のりを…」

「気にしないで下さい。鍛練のついでなので。アンジェさんは軽すぎるくらいです。怒られるかもしれませんが、身体を鍛えるにはもっと重いほうがよかったです」

「ふふっ…。そう言われると複雑です。……私……1つだけ心配なことがあるんです」

「なんですか?」

「元気になったのは凄く嬉しいんですけど、ウォルトさんのご飯が美味しすぎて…。今さら自分の作った料理を食べられるのか…」


 この数日で間違いなく太った。そのおかげか、ずっと悪かった体調もかなり回復した。食事の大切さに気付かされた3日間。


「褒めてもらって嬉しいです。元気になったなら、もっと早く木に登れるようになりますね」

「登りません!もうっ!人をからかって!」

「からかってすみません。でもその意気です」


 怒って頬を膨らませる。ウォルトさんと数日を共に過ごしてかなり打ち解けた。死のうとしたことを笑い飛ばせるほどに。互いの境遇を語り合って…心が寄り添えた気がする。


 私からウォルトさんの表情は見えないけどきっと微笑んでいる。本当に…優しくて素敵な獣人。


「本当にありがとうございました…」


 ギュッと首にしがみつくと、毛皮がモフモフで気持ちよくて安心した。


  

 数時間後、無事見慣れた王都の東門に到着した。休むことなくスピードも落とさずにウォルトさんは走りきった。凄い人だ。


「もう1人で帰れます。お世話になりました」


 深く頭を下げる。


「わかりました。気をつけて」

「あの……ウォルトさん…」

「なんでしょう?」

「また…森に会いに行ってもいいですか?」

「ダメです」


 ウォルトさんは即答した。もう、私には会いたくないのかな…?肩を落として俯いたけれど、話には続きがあった。


「直ぐにはダメです。ボクの経験ですけど、時間を置かずに強く死を意識した場所に近付くと記憶が呼び起こされます」


 こんなところまで気遣いがすごい。この人…本当に獣人なのかな?


「そうなんですね…。……さすがは先輩!」

「褒めてないですよ」


 死に損ない同士で微笑み合う。


「しばらく森には近付かない方がいいと思います。元々危険な森ですし。なので、ボクがアンジェさんの舞台を観に来ます。その時、お会いしましょう」

「そんなこと言われたら……頑張りますよ、私!」


 絶対に役者に戻って、この人に元気な姿と芝居を見せたい。たとえ端役でも精一杯の演技を。


「無理はダメですよ。無責任ですけど時間はかかっていいと思います」

「わかってます」

「またお会いできるのを楽しみにしてます」

「私もです。その時はいい席をとるので、絶対観に来て下さいね」

「はい、必ず。約束します」


 決意を胸に笑顔で別れた。



 その後、アンジェは驚きとともに家族や劇団員に迎えられ、再び役者への道を歩き出した。

読んで頂きありがとうございます。

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