264 楽しい旅のお土産
宿を出て土産屋を探す。
「なに買おうかなぁ~?」
「どうせならカンノンビラの名産がいいけどねぇ」
「ボクはもう決めてるから、2人のお土産から買おう」
「ウォルトはこの街の名産品に詳しいんじゃないの?なにか思いつく?」
「カーキっていう果物が一番有名かな。甘くて美味しいらしいよ」
「果物かぁ。フクーベまで保つかな?」
温暖な気候のカネルラでは、食べ物はすぐ傷む。
「ボクが『保存』をかけるからしばらく保つよ」
「しばらくってどのくらいだい?」
「半年はいけると思う」
「軽く言うねぇ。だったらアタイはそれにしようかねぇ」
「私も!」
聞き込みして青果店に向かうと、カーキはすぐに見つかった。名産だけあって大々的に売られてる。
「いらっしゃい。ゆっくり見ていっておくれよ。よかったら試食もどうだい」
気のよさそうなおばちゃんが、小さく切って楊枝が刺さったカーキを差し出してくれた。ありがたく頂く。
「美味しい!甘いね!」
「ホントだねぇ」
「ボクも買って帰ろうかな」
「そうかい。ありがとうね」
嗅覚を生かして甘そうなカーキを選ぶと、「獣人さん。やるねぇ」とおばちゃんが褒めてくれた。見た目では熟してるか判別が難しい果実だ。
「あとはウォルトのお土産だけだね」
「アンタはなに買うんだい?」
「カンノンビラの工芸品でアムレトっていうんだけど」
「知らないねぇ」
「聞いたことない!」
「アムレトを探してるのかい?それならこの店に行ってみな。品揃えも豊富だよ」
「ありがとうございます。行ってみます」
親切なおばちゃんに別れを告げて、教えてもらった店に向かう。そう遠くない場所にあった。
「ちょっと待ってて。買ったらすぐに戻るよ」
それだけ告げて店頭に向かう。
「見られたくないモノなのかな?」
「照れ臭いモノかもしれないねぇ。黙って待とうか」
5分と経たずに2人の元へ戻る。
「お待たせ」
「いいの買えた?」
「買えたよ。ありがとう」
「じゃあ、あとは帰るだけだね。もう行きたいトコはないのかい?」
「大丈夫だよ。それに場所を覚えたから、今度は1人でも来れるしね」
「名残惜しいけどフクーベに帰ろう!」
「そうしようかね」
馬車乗り場に向かうと、途中でブライトさんに遭遇した。買い出しみたいで、紙袋から食材が覗いてる。
「また会ったね。今日も観光かい?」
「おはようございます。お土産を買って今からフクーベに帰るところです」
互いに笑顔で言葉を交わす。
「昨日も言ったけど、また来ることがあったら俺を訪ねてほしい。昨日はどこを回ったんだい?」
「昨日は拳破の洞門と喪失の岩石を見学しました」
「ちょっと聞きたいんだけど、君はなぜフィガロがあの洞門を掘ったと思う?」
「定説では困ってたカンノンビラの住民のタメと云われてます。でも、ボクが思うには…贖罪です」
ブライトさんは少し驚いてるっぽい。
「貴重な意見をありがとう。君にまた会えるのを楽しみにしてる」
「こちらこそ。またお会いしたいです」
馬車乗り場に向かう道すがらサマラが訊いてくる。
「贖罪ってどういうこと?」
「ボクの推測になるけどいい?」
「もちろん!」
「世界各地に逸話が残ってるフィガロだけど、積極的に他人と交流しなかったと云われてる」
「へぇ~」
とにかく口数が少なくて無愛想だったと。まともに話した人の記録がない。
「だからなのか、他人のタメになにかを為したという記録は1つも残されてないんだ。そんな獣人が、カンノンビラでだけ特別なことをすると思えない」
「特別な土地だったんじゃないのかい?家族や惚れた女がいたとか」
「その可能性もあると思う。フィガロの対人関係は謎だからね」
「ウォルトの予想ではなんで罪滅ぼしなの?洞穴を掘るのと罪滅ぼしは関係なくない?」
「フィガロの足跡や性格、時代背景から推測して、一番あり得そうな理由だと思ったんだ」
「時代って?」
「フィガロが活躍していた頃のカネルラでは、罪を重ねた者は永遠に身を灼かれる地獄に堕ちると云われてた。ただ、見返りを求めず社会に奉仕すれば減罪や浄化されると信じられていたんだ」
「へぇ~。知らなかった」
時代の移り変わりとともに、今では薄れてしまった信仰。宗教というよりカネルラで独自に信仰されていたらしい。
「大勢に影響を与えるような善行ほど罪が浄化されると。当然フィガロも知ってたと思う。他人のタメになにかを為すことがなかったからこそ、罪を犯したか罪の意識に苛まれて善行を積んだっていうただの推測だよ」
「なるほどぉ~。ありそうな話だね」
「ありそうって思ってるだけで根拠はないけどね」
「私は、『この岩山…拳で掘れんじゃね?』って豪快に試しただけかと思った!」
「ははっ。フィガロも獣人だから実際はそんなところかもしれない」
「戦場では大勢殺めたろうし、思うところがありそうな人生を送ってる獣人だろうねぇ」
「でも、想像するのは面白いね!」
「証明しようがないからいろんな説が存在する。考え出せばきりがないんだ。夜も眠れなくなる」
そんなこんなで馬車乗り場が見えてきた。もう目と鼻の先。
「さぁ、思い残すことはないかい」
「ないよ」
「もちろんない!」
従者に挨拶して馬車に乗り込む。
「楽しかったね!」
「もの凄く楽しかった。ありがとう」
「礼を言うのはまだ早いんじゃないかい。家に帰るまでが旅行だよ」
「そうだね!」
「それじゃ、お客さん。出発するよ」
輓曳が高らかに嘶いて馬車は走り出した。
フクーベに向かう馬車は、来た道を引き返すように進んでいく。
「ふんふふ~ん♪」
「アンタはえらいご機嫌だねぇ」
軽快な鼻歌を奏でるサマラ。
「早く試したいんだよね!」
「なにをさ?」
サマラが上機嫌な理由は予想できてたけど、「試したい」という言葉で確信した。
「そろそろだと思ってるんだけどなぁ」
「アンタが言ってることはさっぱりわからない」
会話の途中で従者の声が耳に飛び込んできた。
「お客さん!またボアが出た!」
馬車が急に止まると、耳と尻尾をピン!と立てたサマラが真っ先に飛び出す。一緒に飛び出して見渡すと、ボアは前方から迫っていた。
「ブフゥ~ッ!ブルルル!ブルルル!」
鼻息荒く突進してくる。よく見ると、頭部に大きなたんこぶがある。昨日サマラが気絶させたボアだ。仇敵の姿を見かけて復讐心に火が着いたのか目が吊り上がってる。勢いよく従者の前に出たサマラは、笑顔でボアを待ち構える。
「やられたらやり返す。その意気やよし!嫌いじゃないよ!でも…」
「ブッフゥ~ッ!」
スピードを上げて迫るボアに向かって左手を翳した。右手では指で摘まむようにして青の魔石を構える。サマラは、身に付けている『魔力増幅の腕輪』に魔石を接触させた。
「コレでどうだ!『氷結』」
「ブッフゥ!?」
翳した手から冷気が吹き荒れて突進していたボアは凍りついた。突然の魔法に見ていた従者もポカーンと固まってる。
「ふぃ~!さすが、ウォルト!」
満足そうなサマラを見た姉さんは呆れた表情。
「なるほどね。コレがやりたくて落ち着きがなかったのかい」
「さすがなのはサマラだよ。ボクが言いだしたことだけど疑わずに実行するから凄い……ん…?」
背後から忍び寄る気配……ではなく、ボアがドドドド!と堂々かつ豪快に駆け寄ってくるのが見えた。
「ブッフォゥ~!!!」
こちらは眉間の辺りが大きく腫れ上がっていて、ボクが眠らせて木に衝突した方のボアだ。
この2頭は番とか兄弟なのかな?表情から「ぶっ飛ばしてやる!」という強い意気込みを感じる。仇討ちという目的を達成するために気合い充分の突進。
「せっかくだから、アタイもやってみようかねぇ」
「えっ?」
ポケットから黄色の魔石を取り出したキャロル姉さんは、迫り来るボアに向けて右手を翳す。中指に嵌めている魔道具の指輪に魔石を重ねた。
「ブッフォ~!ブルブルルルッ!」
「食らいな」
姉さんの右手から雷撃が迸りボアを直撃した。さすがの巨体も痺れて倒れ込んだ。
「魔法使いの気持ちがちょっとだけ理解できたよ」
「姉さんも凄いな。躊躇いがない」
「アンタが大丈夫って言ったんじゃないか」
「そうだけど、度胸があるというか…」
洞門で魔法による攻撃を受けた一件を重く見て、護身用にと魔石に魔力を込めて渡した。魔道具に接触させると魔法が発動するように一時的な細工を施して。
込めた魔力は魔石の色で判別できるようにしてある。氷系なら青、雷系は黄、炎系は赤といった具合で連想しやすくしてみた。
ちなみに、サマラの魔道具は魔力を増幅させるので魔力を抑えて封入してある。接触させる時間で威力を調整できるようにした。
「キャロル姉さん!やるね!」
サマラも見てたみたいだ。
「初めての感覚だ」
「私は初めてじゃないけど何度やっても爽快だよ!」
従者の元に向かい「魔法を発動したのは、身に付けている魔道具の効果なんです」と説明した。
従者は「そうなのか。獣人が魔法を使ったから驚いたよ。助けてもらってすまない」と笑って信じてくれた。
その後、サマラと一緒に倒れたボアを抱えて森の中へ運ぶと魔法で手当てをする。すぐに意識を取り戻して鼻息を荒くするボアに語りかける。
「頼むから人を襲わないでくれないか?」
「「ブゥ~!ブゥ~!」」
元気になった2頭は不満げな様子。気持ちはわかるけど説得してみよう。
「このままじゃいずれ退治されてしまうよ。それでもいいのか?」
「「ブッフゥ~……」」
意思の疎通を図ると渋々といった感じではあるけど納得してくれたようで、仲良く森へと帰っていった。
傷を治療されたことで怒るに怒れなかったような印象を受けたけど、間違いなく聞き分けのいいボア。美味しそうだったけど、今は食べる手段もない。
「さぁ、フクーベに向かおう」
「そうしよう!」
★
「フクーベに着きましたぜ」
従者の声で下車して、キャロルは凝り固まった身体をほぐす。1日なんてあっという間だねぇ。
「帰ってきたぁ~!やっぱり馬車は腰が痛くなるね!」
「獣人にとっちゃ駆ける方が楽だねぇ」
「確かに。でも楽しかったよ」
無事にフクーベに辿り着いて、お礼の旅も終わりを迎える。ウォルトは満足してくれただろう。
「姉さん。サマラ。コレをもらってくれないかな」
「なんだい?」
「なに?」
差し出されたウォルトの手には、柄の入った丸い硝子玉。カラフルで綺麗だ。
「コレがアムレト。カンノンビラで作られてる有名な御守りだよ」
「なんで私達に?」
「昨日絡まれたときに思ったんだ。2人を悪意から守ってもらいたいと思って。気休めかもしれないけど」
「アンタのお土産じゃなかったのかい?」
「ボクの分も買ってる。御守りだけど、旅の記念も兼ねて。コレを見れば楽しかった旅を思い出せる」
「お揃いってことだね!そういうことなら喜んで貰う!ありがと♪」
「アタイもだ。ありがとさん」
「本当に凄く楽しかった。この旅は一生忘れない」
ウォルトは優しく微笑む。
「また行こうよ!ねっ、姉さん!」
「あぁ。温泉は気持ちいいからねぇ」
「最後に食事でもどう?」とサマラが提案したけど、ウォルトは遠慮して住み家へ帰るという。
「また会いに来るから」
「アタイもまた行くよ」
「私も!ウォルトも気をつけてね!」
ウォルトの後ろ姿を見送るアタイらは気付いていた。これ以上は困らせちまうってね。
「あの顔されちゃまた今度だね!」
「あぁ。仕方ないね」
ウォルトは、厚意や恩を受け過ぎると困ってしまう性格。『これ以上はちょっと辛い』と顔に書いていた。裏返せば、今回の旅でそれだけ嬉しく思ってくれたということ。それだけで充分さ。
「お礼は大成功だったよね!」
「アタイも気が晴れたよ」
「やっぱり姉さんには同盟に加入してほしいなぁ」
「期待しないで待ってなよ」
「ランパードさんのほうが好き?」
「さぁ、どうかねぇ」
アタイとサマラは、他愛のない会話をしながら帰路についた。




