263 満天の星空
キャロル達と入れ替わるように温泉に向かったウォルト。
「はぁ…。気持ちいいな…」
生まれて初めて温泉に浸かって寛ぐ。お湯に浸かることができるようになったのはオーレン達のおかげ。あれ以来、風呂には欠かさず浸かるようになったけど、温泉は初めてなので嬉しすぎる。
フィガロも好んだと云われる温泉に肩まで浸かって想いを馳せるのは、一緒に旅をしてくれている2人のこと。
カンノンビラは面白い場所ではないだろうに、ボクの嗜好を第一に考えて旅行を提案してくれた。昔から優しい姉御と幼馴染み。
なにかしらお返しをしたい思う。旅行に誘ってくれたお礼ではなくて、優しい気遣いに対するお返しを。
1人には慣れてるから日々楽しく過ごせてる。けれど、気の置けない者と旅をするのは凄く楽しいことを教えてくれた2人に感謝しかない。
「そろそろ出よう」
温泉を堪能して部屋へと向かう。
部屋へ向かう途中で何組かの獣人カップルとすれ違う。仲睦まじい様子の者達もいれば、大声でケンカしている者もいる。種族も多種多様で見ていて面白い。
ふと思う。端から見るとボク達はどう見えるのか?鷹の獣人が言ってたのが大多数の意見だろう。2人とは容姿が釣り合いようもないけど、強さがモテる要素の大部分を占める獣人には美女と野獣カップルも多い。
…とはいえ、そんな要素も皆無だと理解してる。周囲から『アイツらはどういう関係だ?』と勘繰られるのは容易に想像できた。
まぁ…よくて家族ってとこかな。姉さんとサマラには悪いけど、それでもボクは嬉しい。並ぶと他人に見られるのが当然なんだから。
部屋に戻ると、2人はベッドに腰掛けて会話していた。
うっ…!
サマラは以前あげた絹の貫頭衣に着替えてる。とびきり似合っていて動揺してしまう。
「おかえり!温泉、気持ちよかったでしょ!」
「温泉は初めてだけど最高だった」
「そりゃよかった。満足かい?」
「もちろん。疲れもとれたよ」
椅子に座って自分の毛皮を乾かす。顔から手足までまんべんなく乾かして納得の仕上がり。
「ねぇ、ウォルト。さっきなにを買いに行ってたの?お土産?」
「お土産は帰る前に買おうと思ってるんだ。さっき買いに行ったのは、ちょっと露店で目に入ったんだけど…」
ローブのポケットからゴソゴソと取り出したのは…。
「…小さな魔石?」
広げた掌には、幾つかの飴のように小さな魔石が載ってる。色とりどりで綺麗だ。魔石は魔力を蓄えることができる素材で、あらゆる用途に利用されてる。
国民の生活を支える便利な装置や魔道具のほとんどに魔石が使われていると言って過言じゃない。大きな魔石ほど魔力を大量に内包することができるから高値で取引されるけど、小さければ小さいほど安価で手に入る。
「旅先で魔石なんか買ってどうすんだい?」
姉さんの疑問はもっともだ。
「余計なお世話かもしれないけど、2人に渡しておきたくて」
買ってきた魔石の使い道を説明する。
「そんなことできるのかい?」
「できるよ♪」
「なんでアンタが答えるのさ」
「だってウォルトだからね!間違いなくできるよ!」
「そうかい。お言葉に甘えようか」
サマラは微塵も疑っていない様子。それどころか楽しみにしているように見える。ちょっと心配だけど気持ちは嬉しい。直ぐに準備を始めて2分と経たずに作業は終わった。
「はい。コレが…」
真剣に聞いてくれる。簡単な説明でもすぐに理解してくれた。それぞれに魔石を渡す。
「ありがとさん」
「ありがと!」
「ボクの我が儘だからお礼はいらない。今日はもう遅いし、そろそろ寝ようか?」
「待ってました!添い寝のお時間です!」
「覚悟はいいかい?」
揶揄うような視線を向けてくる。またボクを動揺させようとしてるな…。でも…そうはさせない!すっかり忘れてたけど、ボクにはこの手があった。
★
「ふぅ…。いいよ」
一息ついたウォルトは笑顔で頷いた。
サマラは様子がおかしいことに気付く。昼は添い寝に激しく動揺してたのに、今は余裕を感じさせる佇まい。
おかしい…。いつものウォルトじゃない…。見間違いじゃなかったね。
「ウォルト。今魔法を使ったでしょ?」
ギクッ!と目を泳がせる。噓をつけないから反応がわかりやすい。
「やっぱり」
「魔法?なにか感じたかい?」
「一瞬だけ魔力が見えてすぐ消えたの。間違いないと思う」
ウォルトの頬を一筋の汗が伝う。
「魔力を隠したつもりだったんだろうけど、焦ってほんの少しだけ漏れたんじゃないかな」
『そんなことニャい!』って顔してるけど、反応で丸わかりだよ!
「否定しないってことは当たりだね?なんの魔法を使ったのさ?」
視線を外して『知らニャい!』とか言いそうな顔をしてる。往生際の悪い白猫め!
「可愛さで誤魔化そうとしてもダメだよ!どんな魔法を使ったの?!」
「言わないと……アタイは裸で添い寝するよ」
「うっ…」
獣人の男なら跳び上がって喜ぶような提案だ。でも、真面目なウォルトは精神的に追い込まれてる。キャロル姉さんはやると言ったらやるからね。よく知っているウォルトは観念してポツリと呟いた。
「『頑固』を使ったんだ…。精神耐性を上げる魔法で、魅了されても動揺しなくなる…」
肩を落とす姿を目にして、顔を見合わせて苦笑した。変な魔法じゃないと確信してたけど、まさか自分を律する魔法とは思わなかったから。
「アンタは呆れるくらい真面目だねぇ」
「ホントにね!」
「真面目とかいう問題じゃない。2人と添い寝なんて心臓に悪すぎる。ボクは普通の男なんだ…」
悪さしようという考えが一切ないところがウォルトらしい。落ち込んだ顔を見て私と姉さんは反省した。
「悪ふざけが過ぎたよ。普通に寝るから心配しなくていい」
「ふざけてごめんね」
「2人と寝るのは嫌じゃないんだ」
「わかってるよ」
「同じく!」
3つ並んだベッド。ウォルトは真ん中、両隣に私とキャロル姉さんが寝ることに。各々ベッドに横たわる。
「じゃ、おやすみ!」
「おやすみ」
「今日はお疲れさま。寝る前に見せたい魔法があるんだけど、天井を見てもらっていいかな?」
言われた通り仰向けになると、部屋の『発光』が解除されて真っ暗になった部屋の壁や天井に星空が浮かび上がる。壁も天井も全てが消え失せて、まるで山の頂上に寝転んでいるような錯覚に陥る。
「すっごぉ~!なにこれ!?」
信じられない!
「綺麗だ…。魔法かい…」
「今日は凄く楽しかった。少しでもいい気分で眠れたらと思って。どうかな?」
「私は最高!」
「アタイもさ」
「よかった。このままにしておくよ。おやすみ」
すぐに寝息を立て始めたウォルトと対照的に、キャロル姉さんと私は『幻視』の夜空を見上げて感動していた。
「ねっ?凄い魔法使いでしょ?」
「そうだねぇ…。アタイの想像の遙か上をいってる」
「他にも使える人はいるかもしれないけど、ウォルトの魔法を見ると凄く優しくて幸せな気持ちになる」
「確かにね。今夜はいい夢が見れそうだ。それと…やっぱりお人好しだねぇ」
幸せそうなウォルトの寝顔を見て呟いた。
「だよね」
「さぁて…」
★
翌朝。
「う…ん…」
目を覚ましたウォルトは、ゆっくり瞼を開いて瞬きする。ぼやけた視界に飛び込んできたのは…。
「姉さん!?」
キャロル姉さんの寝顔だった。目と鼻の先で寝息を立ててる。驚いて思わず仰け反ると背中がなにかに当たった。
「えっ?!」
背後からするっと両脇を抜けて胸の当たりに手が伸びてきた。顔だけ振り返ると寝息を立てるサマラの姿。ぎゅっ!と身体を捕まえて離してくれない。
「サマラ!?」
「えへへ…。う~ちゃん…」
柔らかい2つのモノが背中に当たってる。絹の貫頭衣を着ているので感触が生々しい。恥ずかしくなって顔を真っ赤に染めながら声を上げた。
「2人とも!お願いだから起きてくれっ!」
ボクの声に耳がピクリと反応して、姉さんが目を覚ます。
「なんだい…?朝から騒々しいねぇ…」
上体だけ起こしてコッチを見る。まだ瞼は半開きだ。
「起こしてゴメン!でも非常事態なんだ!」
姉さんは目を細めて見つめてくる。もう安心だと思ったのも束の間…。
「…噓つくんじゃないよ。お楽しみ中じゃないか。もう少し眠ろうかねぇ…」
「ちょっと待ったっ!お願いだから助けてくれっ!」
「助けるもなにも、抱きつかれるの嫌なのかい?」
「嫌じゃないから困ってるんだ!頼むからサマラを起こしてくれないか!?」
どうにか腕を解こうと試みるが、ビクともしない。とんでもない力だ…!言ったら怒るだろうけどマードック並みかもしれない!
「ぬぉぉっ…!外れないぃぃ……!」
★
キャロルがウォルト越しに目をやると、サマラはバッチリ目を覚ましていた。が、ウォルトからは見えない。
「昨夜遅くまで星を見てたからねぇ。昼くらいまでそのままだろうさ。諦めな」
「えぇっ?!サマラ!頼むから起きてくれっ!サマラ~!」
拘束から抜け出そうと焦りまくる姿を見て、思わず笑ってしまう。滅多に動揺する姿を見せないから相当面白いねぇ。
目で『勘弁してやりなよ』とサマラに合図を送ると、サマラも『しょうがないなぁ♪』と頷く。
「ウォルト…?朝からどうしたの…?」
今、起きたかのような芝居をうって話しかけるなんて役者だねぇ。
「サマラ!起こしてゴメン!とりあえず手を離してくれ!」
「えっ…?手…?こう…?」
逆に身体が強く引き寄せられた。アタイは予想してたよ。サマラは簡単に言うこと聞くような娘じゃない。
「うわぁぁぁっ!?寝ぼけてるのかっ?!逆っ!逆だよっ!当たってるんだ!」
暴れるウォルトの背後でサマラは赤面しながら笑った。あの顔からすると抱きついたのは本当に寝ぼけていたからだね。
まぁ、当ててるのはわざとだろうね。結局、ウォルトの顔が真っ赤に茹で上がる前に解放された。
「はぁ、はぁ……おはよう…」
「おはよ!」
「おはようさん」
「なんでベッドが繫がってるんだ…?寝る前は離れてたよね…?」
もちろんアタイとサマラが繋げたから。ひとりでには動かない。
「さぁ?なんでかねぇ?」
「小人か妖精の仕業かもね!フィガロも見たかも!」
「………」
『嘘の匂いがするニャ…』って顔してるね。その通りさ。
「ボクは…寝てる間に迷惑をかけてない…?」
「なにもされてない」
「全然だよ!ぐっすり眠れた!」
「迷惑をかけてないならよかった。今日も馬車で帰るんだよね?」
「予約してあるから、朝飯を食べたらいつでも帰れる」
「お土産を買う時間あるかな?」
「大丈夫。アタイも旦那さんに買っていこうと思ってる」
「私もチャミライさん達に買っていこうかな!マードックは…いらないか!バッハに買っていこう!」
身支度を整えたウォルトは、真っ先に部屋を出る。
「ゆっくり着替えろってことかい。気が利くねぇ」
「別にいてもいいのにね!」
「アタイはさすがに嫌だよ」
「そう?私は大丈夫だよ。しばらく口きいてくれなくなりそうだけど」
「普通は逆だよ。アタイらがきかなくなるんだ」
下らない話をしながら寝間着から着替え終えた。
「あんまり待たせるのもなんだね。行こうか」
「よし!準備完了!」
荷物を手に部屋をあとにした。




