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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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262 姉御は知らないことばかり

 宿に戻る前に夕飯を食べることにした一行は、聞き込みして評判だった料理店で食事を終えた。


 キャロルは2人と共に部屋に向かう。

 

「この辺りの郷土料理だろうけど美味しかったねぇ」

「美味しかった!」

「勉強になったよ」


 初めて食べる料理だったけど美味かった。この町の郷土料理かねぇ。ウォルトのレパートリーが増えたろう。

 宿に戻ってしばらくまったりと会話する。完全に陽も落ちて、お腹も落ち着いたところでサマラが誘ってきた。


「姉さん!そろそろ温泉に行こう!」

「もういい時間だね。行くか」

「ごゆっくり。ボクはちょっと町に行ってくる」

「まだ観光?」

「ちょっと買いたい物があってね。すぐに戻ってくるよ」


 フィガロ関連のお土産だろうね。なんだかんだ気を使う弟分だ。


「了解!じゃあ鍵は預けとくね」

「わかった」


 一緒に部屋を出て、ウォルトを見送ったあと温泉に向かう。


「ココの温泉、露天風呂らしいよ。肌にいい泉質で女性に好評みたい!楽しみだね!」

「アタイも久しぶりだ」


 温泉は好きだけど、あいにくフクーベ周辺にはない。あらゆる場所を掘っても湧き出なかったらしい。地下に水脈がないって結論になったらしいけど、井戸水は豊富だから完全に水脈がないってこともなさそうだけどねぇ。兎にも角にもフクーベの住人は遠出しないと温泉に入れない。


 浴場に着くと先客が数人いて、脱衣所には幾つか着替えが置かれてる。


「よぉし!」


 サマラはつるん!と茹で卵の殻を剥くように裸になる。あっという間の早業。


「アンタは凄いね。どうやったんだい?」

「これくらい誰でもできるよ!」

「ウォルトみたいなこと言うんじゃないよ」


 苦笑して服を脱ぎ、揃って浴場に向かう。浴場は石造りの古風な温泉だ。所々に置かれたランプの明かりが揺らめいて、柔らかい光が周囲を照らす。

 背の高い竹の囲いが壁代わりの目隠し。上空にはなにもない。満天の星空が目に飛び込んできた。


「広くてすごくいいね!」

「雰囲気は最高だねぇ」


 まずは身体を洗おうと桶を片手に洗い場に置かれた椅子に座る。気付けば、サマラがアタイの身体を見つめていた。


「なんだい?人の身体をじろじろ見て」

「姉さんって…相変わらず出るとこは出て引っ込むとこは引っ込んでるね。スタイル抜群!」

「アンタに言われたくないよ。胸も尻も形がよくて羨ましいよ」


 互いに褒め合って、身体を洗いながら言葉を交わす。


「姉さん。今日誘ってくれてありがとね」

「なんだい急に。こっちこそだよ」

「私、役に立ってる?」

「役に立つもなにも、アンタがいるからウォルトは気を使わないでいてくれるのさ。誘った自分を褒めたいよ」

「ならよかった!」


 アタイとウォルトだけじゃ固い旅になってたろう。サマラの明るさがウォルトの気持ちをほぐしてる。そんなことよりちょっと訊いてみようかね。


「なぁ、サマラ」

「なに?」


 泡だらけの顔でこっちを向いた。


「ウォルトは、アタイの知らない間にとんでもない獣人になっちまったみたいだね」

「魔法のこと?」

「そうさ。アタイは魔法に詳しくないけどウォルトが普通じゃないのはわかる」


 旦那さんが指輪を飲み込んだときも驚かされた。ベルマーレと契約したときの魔法封蝋もそうだ。

 思い返してみると、旦那さんの『指輪』絡みで迷惑ばかりかけてるねぇ。結局どっちもアタイのせいみたいなもんだ。


 サマラは豪快に頭からお湯を被って首を振る。


「私も詳しくないけど、ウォルトは凄い魔法使いだよ。それだけは間違いない」

「獣人の魔法使いってだけでも驚きなのに、凄いが付くんだから愉快だ。そりゃ強くなるはずだよ」


 屈強な獣人を相手に、怯むことなく闘う力を身に付けたことを単純に凄いと思うのさ。昔を知っているからなおさらだ。たとえ魔法の力であっても人一倍努力を重ねたに違いない。


「今のウォルトはマードックより強いからね」


 驚いてサマラを見る。


「…本当かい?」

「本当だよ。負けた本人が認めたからね。負けゴリラは恥ずかしいだろうから、ココだけの話にしといて」


 いつかのマードックの言葉を思い出した。フクーベを一緒に歩いていて「見ただけで危険だと思われるなんて、大したもんだ」と伝えたときだ。


「どいつもこいつも節穴だぜ。まぁ、お前もいつかわかんだろ」


 あの台詞は、一緒にいたウォルトのほうが危険だと言いたかったのかい。それなら合点がいく。


「そうかい…。マードックより…」

「カネルラにはウォルトより凄い魔法使いはいないよ」

「なんで言いきれるのさ?流石に言い過ぎじゃないか?」

「ウォルトのいろんな魔法を見たけど、あれより凄い魔法を操る人がいると思えないし、聞いたこともない。弟子も「とんでもない魔導師です!」って言ってた」

「弟子?そんなのいるのかい?」

「いるよ。冒険者のね」


 身体を洗い終えて一緒に湯船に浸かる。


「くぅぅ~!最高!」

「ふぅ…。それで、ウォルトの弟子ってのは男なのかい?」

「男が1人と女が2人。元々はウォルトに森で助けられたらしいよ。全員人間で美人姉妹なんだよ」

「3人もいるのかい?たぶらかすような奴らじゃないだろうね?」

「心配いらないよ。しかも姉妹は2人ともウォルトのことが好きなんだ」


 サマラは笑ってる。話がおかしかないか?


「アンタはそれでいいのかい?」

「もちろん!ライバルだけど友達なんだよ。もう1人可愛いライバルがいるんだけどね♪ちなみにその娘は獣人だよ」

「呆れたねぇ。4人もいて仲良しかい」


 信じられないねぇ。惚れた腫れた苦手だけど、ウォルトはいい男だ。惚れる女はいるだろう。けど、普通は仲良くなんてならない。


「たまに会って情報交換してる。凄く楽しいんだよ!私はウォルトに対する感情を共有できる仲間が欲しかったからね!」


 本当に楽しそうに話すねぇ。サマラの気持ちは理解できなくはない。そこらの女…特に獣人はウォルトの表面しか見やしない。


「アンタがいいならそれでいいさ」

「姉さんも仲間に加わってくれると思ってるんだけど」

「アタイが?」

「姉さんもウォルトのこと好きでしょ?惚れてるとはちょっと違うかもだけど」

「まぁ、ウォルトのことは好きさ」


 嫌いなワケがない。素直な気持ちだ。平然と答えたらサマラはニンマリする。


「姉さんは誰もが認める美人だけど、浮いた話を聞いたことない。男が好きだと認めたこともないけど、今はランパードさんに惚れてるだろうから私は諦めた。そうでしょ?」

「どうかねぇ。そうなのか、そうじゃないのか。自分でもよくわからないのさ」


 夜空を見上げながら呟く。コレも本音。アタイは旦那さんを好ましくは思ってるけど、惚れてるのかわからない。ウォルトと同じだ。


「そうなの?じゃあ、こっちにも望みありかな!白猫同盟にどう?」

「どれだけウォルトの女候補を増やせば気が済むんだい」

「姉さんが加入してくれるなら打ち止めにするよ!」

「アンタはよっぽど自信があるんだねぇ。わかるけどさ」

「自信なんてないよ!姉さんが相手でも負ける気はないけどね!」

「アタイまで引き込んでなにをさせようってんだい?」

「なにもしないよ?ウォルトを好きな人が集まって、食事したりお酒飲んだり、笑って楽しく話していろんな作戦を考えて、情報交換して……最後に自分が勝つだけだよ!」


 満面の笑みを浮かべる。


「面白いかもしれないねぇ」

「でしょ!考えといて!そろそろ上がろうか」

「そうしようかね」



 ★



 部屋に戻ると、既にウォルトが戻ってて笑顔で迎えてくれた。外は暗いのに部屋の中が昼みたいに明るい。直ぐに魔法だと気付いたからなにも言わなかった。夜目が効くのに親切極まりない。


「おかえり。いい湯だった?」

「かなりいい感じだったよ!」

「久々で気持ちよかったねぇ」

「それならよかった。髪、乾かそうか?」

「お願い!姉さんのも乾かしてあげて!」

「魔法で乾かすのかい?」

「そうだよ!姉さんが先にどうぞ!」


 言われるがまま椅子に座る。


「姉さんの髪は長いし、乾かし甲斐がある」

「そうかい」


 ウォルトはアタイの後ろに立って、そっと髪を持ち上げた。



「信じられないよ…。どうやったらこんな…」


 数分後、艶々でサラサラに仕上がった黒髪。ちっともごわつかない。


「姉さん!毛皮も頼んだほうがいいよ!」

「いいのかい?」

「姉さんがよければ」

「お願いするよ」


 ウォルトは貫頭衣から覗いている毛皮に手を翳して乾かしていく。触りもしない。


「コレは…凄い魔法だよ…」


 艶のある毛皮に仕上がった。薬をつけてもなかなかこうはいかない。


「大袈裟だよ。ちょっと魔法が使える人なら誰でもできるからね」

「姉さんが終わったら私もお願い!」

「わかった」


 サマラも同じように椅子に座って魔法で乾かしてもらってる。脚をパタパタさせて楽しそうだ。


「はい。終わったよ」

「ありがとう!やったね!ふわっふわだ!」

「どういたしまして。ボクも温泉に行ってきていいかな?」

「どうぞ!」

「ゆっくり行ってきな」


 笑顔のウォルトを見送って、ベッドに向かい合わせで座る。


「自分の魔法が凄いっていう自覚がないんだねぇ。困ったもんだ」

「勘違いする性格は小さな頃から変わらないんだよね~」

「ウォルトらしいよ。魔法が使えるようになっても、威張りもしないしひけらかしもしない。昔も今も変わらない。できることが増えたってだけだ」

「姉さんはわかってるね!ところで、コレを見てどう思う?」

 

 サマラはバッグから服を取り出して手渡してきた。寝間着の貫頭衣に見える。


「絹でできた貫頭衣かい…?見事なもんだ………はぁ…?縫い目がないじゃないか!」

「ウォルトが作ってくれたんだけど、どうやって作ったのか見当もつかないの。こういうところも常識外れなんだよ!」


 サマラの貫頭衣を見て、あることを思い出した。


 ちょっと前に旦那さんが言ってた。フクーベにたまに現れる商人が、露店で珍しい商品を売ることがあると。

 あるときは安価で効用の高い傷薬。またあるときは美味な茶葉。そして…あるときは縫い目のない絹製品。「是非その商人と作った職人に会ってみたいもんだ」と笑ってた。


「もう会ってたなんてねぇ…」


 苦笑いしかできないよ。


「なにが?」

「こっちの話さ。いいモノが見れたよ」

「そう?ならよかった」


 思いがけず真実を知ったけど、旦那さんには言えないね。ウォルトがモノを作っているのは金を儲けるタメじゃないと言い切れる。旦那さんは話のわかる男だけど、やり手の商人なのは間違いない。


 ウォルトに利用していると勘違いされるのは勘弁だし、そんなつもりも毛頭ない。多分その商人とウォルトの間には信頼関係がある。その証拠に、商人は人柄もよくてモノの価値に対して安すぎる価格で商品を売っていると聞いた。そういう取り決めかもしれない。


 1つだけわかったことがある。アタイは、今のウォルトのことを知らなすぎる。そして…ウォルトのことをもっと知りたいという素直な気持ち。


「白猫同盟に入るのも……ありかもしれないねぇ」

「えっ!?ホントに!?入ってくれるの?!」

「冗談さ。ふと思いついたんだよ」

「残念!その気になったらいつでも教えて!皆で歓迎会するから!」

「そんなこと言ったって、アンタ以外は喜ばないだろ?」

「絶対に歓迎してくれる!自信あるもんね!」

「そりゃあ…面白そうじゃないか」


 サマラの話を聞いて、既にウォルトのことを知りたいという気持ちより白猫同盟の面々に興味が向いた。


 アタイが気まぐれと云われてる猫の獣人だからだろうねぇ。

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