261 報い
ウォルト一行は、【喪失の岩石】を離れて次なる目的地へ向かう。頭に観光名所の地図が入っているので迷いなく進む。その道中で…。
「突然ですが問題!キャロル姉さんは、今日泊まる宿の名物がなにかわかる?」
歩きながらサマラが笑顔で問う。
「名物?そうだねぇ…。温泉かい?」
「大正解!ウォルトは知ってたでしょ?」
「もちろん。フィガロが湯治して旅の疲れを癒してたことで有名な宿だから」
生きてる内に実際に泊まれるなんて夢にも思わなかった。姉さんとサマラには感謝しかない。
「ふっふっふっ!コレはウォルトも知らないんじゃないかなぁ?」
「なにを?」
「実はあの宿の温泉……混浴なんだって!」
「な、なんだってぇ~!」
★
ウォルトはアホ面のまま動きが固まる。付き合いの長いサマラも初めて見る表情。
「ウォルト~?帰ってこ~い」
頬を叩くと我に返った。
「はっ…!…知らなかった。温泉楽しみにしてたのに…」
「アンタ、風呂に浸かれるようになったのかい?」
姉さんもウォルトが水に浸かれない体質だったことを知ってる。アニカが川に落としたのがきっかけで、水に浸かれるようになったみたい。
「少し前に友達のお陰でね…」
がっかりしてるね。ちょっと可哀想かな。
「大丈夫だよ!混浴もあるってだけだから!基本は男女で別れてるらしいよ!」
「それなら安心だ。びっくりしたよ」
『まったく脅かすニャ~!』とか言いそうな表情。
「別にアタイは一緒に入ってもいいけどね」
「私もいいよ♪」
ウォルトは珍しくジト目になる。
「冗談でもそういうのはよくないよ」
「冗談じゃないさ。アタイは構わない」
「同じく!本気ならいいんでしょ?」
笑顔の私達を見てさらに目を細める。
「さては…ボクを揶揄って楽しんでる?」
「そんなワケないだろ。噓の匂いがするかい?」
「私も嗅いでいいよ!」
ウォルトは遠慮がちにスンと鼻を鳴らす。
「…しない」
「ほらぁ!だってホントだもん!」
「ひどいじゃないか。アンタが嫌がるなんて思わなかったよ」
「嫌じゃないよ…。どうしていいかわからないだけで…」
がっくり肩を落とした姿に、ちょっと揶揄い過ぎたと反省。キャロル姉さんと私はウォルトの性格をよく知ってるから本当に一緒に入ってもいいと思ってる。さすがに全裸は無理だけど。
それは噓じゃないけど、決して恥ずかしくないワケじゃない。ウォルトよりはマシってだけ。あまり深入りすると自爆しかねない。姉さんに目で合図を送る。
「この辺でやめとこう。お互い気持ちよく温泉に入ろうじゃないか」
「そうしよう!」
「ありがとう。優しいなぁ」
困らされただけでウォルトは悪くないけどね!会話してる内に目的地に到着した。
「着いたよ。ココは…」
ウォルトが説明を始めたところで「ちょっと待った!」と手で制する。
「どうしたの?」
「今回は私に予想させて!フィガロのなんなのか当てていい?」
「いいよ。当てるのは難しくないと思う」
目のには岩山と洞窟の入口がある。洞窟というには入口が小さくて、坑道に見えなくもない。
「わかった!実はダンジョンでフィガロが修業に使ってた!」
「残念。不正解」
「じゃあ、帰省したときのフィガロの寝床とか?」
「正解からは遠いかな」
「実は生誕の地はココだった……的な?」
「ないとは言い切れないけど違うよ。中に入ってみようか。そしたら気付くかも」
洞窟に入ってみると空洞は意外に広い。そして、あることに気付く。
「あれ?出口が見えてる」
岩山の裏側に抜けることができるみたいだ。遠いけど光が見えてる。
「なんとなくわかった?」
「う~ん…。1対1で敵と闘いながら、連続で100人薙ぎ倒して出口まで進んだ逸話がある…とか」
「正解にしたいくらいだけど、残念ながら違うよ。降参する?」
「いや!ちょっと待って!」
悩む私の横で、中を見渡していたキャロル姉さんが呟く。
「アタイの予想通りならフィガロは化け物だね」
「えっ!?姉さん、わかったの?!」
「あくまで予想さ」
「姉さんの予想を教えて」
「言っていいのかい?」
「いいよ!姉さんが当てたら私が当てたようなモノだし♪」
「どういう理屈!?それは違うだろう!」
ウォルトの発言は無視!出口へ進みながら、姉さんが予想を口にする。
「アタイの予想だと、この洞窟か通路かわからない場所を作ったのがフィガロだ」
「作った?どういう意味?」
「壁を見るとかなりゴツゴツしてる。しかも拳の形だ。素手で岩山を貫通させたんじゃないか?」
「そんなこと…あり得るの?」
ウォルトを見るとニンマリ笑った。
「姉さん、大正解だよ。この【拳破の洞門】はフィガロが素手で岩山を打ち抜いて作ったと云われてるんだ」
「なんのタメに?意味わかんない」
「有力なのは、岩山の裏側に水場や狩り場があったんだけど、迂回して向かうのが大変だった住人の要望に応えて、フィガロが最短距離で行けるように穴を掘った説だね」
「へぇ~」
フィガロいい奴説ってことだ。
「…で、アンタの見解は?あるんだろ?」
「ある。ちょっと言いにくいけど…」
喋りかけたところで出口に到着した。洞窟を出たところですぐに男達に囲まれる。人間が2人と獣人3人。なに、コイツら?
「3名様ご招待!入場料を払ってもらおうか!」
その中でも特に体格のいい獣人が大きな声を上げた。見た感じからすると獅子の獣人かな。
「どこにもそんなことは書いてなかったけどねぇ」
「お前らが見逃してるだけだぜ。ちゃ~んと立て看板があったはずだ」
獣人はガルルと笑う。真っ赤な噓だろうけど一応聞いてやろうか!
「へぇ。ちなみにいくら?」
「1人、1000トーブだ」
「たっか!」
宿代の倍以上だ。ぼったくりもいいとこ。
「あとでよければ払いますよ」
おっ。ココはウォルトに任せよう。なにか考えがあるとみた。
「ダメだな。現金払いが原則だ」
「持ち合わせがないんですよ。宿に帰ればあるんですけど」
「なら、この姉ちゃん達は置いてけ。お前が戻ってこないかもしれねぇからな!」
後ろの男達もニヤニヤしている。私もだけど、姉さんも呆れた表情だ。なんで獣人の男ってこう単純なんだろう?ウォルトを除いて!
「お断りします」
「なんだと?」
「お金は払いますし、信用できないなら衛兵を呼んでもらってもいいですよ」
衛兵は主に街の秩序を維持する集団。カネルラではどの街にも配置されていて、日々治安を守る活動をしてる。
「…物分かりの悪い獣人だな」
後ろに立っていた人間の男が前に出てきた。痩せこけた頬にボサボサの長髪。半分隠れた目はギョロッとして気味が悪い。
「そうですか?」
「やっぱり獣人は頭が悪い。その女どもを置いていけと言ってるんだ」
「わかってて断ってます」
「お前……痩せこけた人間だからって甘く見るなよ…」
ニヤリと笑った男は、手を翳すといきなり魔法を詠唱した。
『睡眠』
すると、男の後ろで仲間達が崩れ落ちる。ウォルトの魔力が微かに動いたから、なにか魔法を使ったんだろう。
「なんだと?!」
男が振り返ると全員眠っていた。そして…こっちに向き直るとウォルトが拳を振りかぶっていた。
「ウラァァッ!」
「ぐはぁぁっ…!」
腹への一撃で、膝から崩れた男の髪を掴んで身体を持ち上げる。髪が千切れる嫌な音がする。
「ぐぅぅ…!?」
「お前は…ボク達を眠らせてなにをするつもりだった?」
眠らせる魔法を使おうとしてたのか。コイツらはやっぱりクズだ。ウォルトはいつの間にか獣の表情を浮かべてる。相当怒ってる顔。
「誰が…言うかっ…!」
「そうか……ウラァァ!」
「ぐはぁ!やめろぉっ!ぎゃあぁぁっ!」
ウォルトは男がボロ雑巾のようになるまで殴り続けた。その後、気を失って倒れた男に『治癒』をかけて全快させてる。目を覚ましても混乱。まさか獣人に魔法で治療されてるとは思わないよね。また髪を掴んで持ち上げた。
「がぁっ…!なにが…起きてる…!?」
「何度でも殴り倒してやる。お前が「殺してくれ」と懇願するまで」
「待てっ…!俺はいつも魔法で眠らせるだけの役なんだっ!他にはなにもしてない!」
噓だね。言い逃れする奴は大抵そう言う。ウォルトは堪え性があるなぁ。私ならコイツの話なんて聞いてない。
「他の奴は…なにをした?」
男は全てを白状した。フィガロ縁の名所を巡りながら、難癖つけて観光客に絡んでは、眠らせて金品を奪ったり、いい女と見れは乱暴を繰り返していたという。特に獣人は人間を舐めてかかる習性があるので、眠らせてしまうのは簡単だと。もう何年も続けてるらしい。衛兵はなにやってんの?
「そうか」
「俺は…眠らせるだけで本当になにも…」
「ふざけるな……ウラァッ!」
「ごはぁ…!」
さっきと同様に意識を失うまで男を殴ると、顔面がボコボコに腫れ上がった。ウォルトにしては珍しいくらい怒ってる。気持ちはわかるけど、私とウォルトでは怒りの矛先が違うね。
「ボクは人を裁いたり赦してやれるような立派な獣人じゃない。だからやりたいようにやる」
倒れた男の背中に手を当てて目を瞑った。30秒と経たずに目を開ける。
「なにかしたの?」
「ニ度と魔法を詠唱できないようにコイツの魔力回路を壊した」
「そんなことができるのかい?」
「コイツらはボクが許せないことを幾つも重ねてる。何度も悪事を働いてフィガロの聖地を汚した。魔法も悪用して、なにより姉さんとサマラを眠らせて手を出そうとした。黙って衛兵に引き渡すのが正しいのかもしれないけど、ボクの気が済まない」
「そうかい」
「コイツらがクズなのは間違いないね」
「所業が清算されるワケじゃないし、代償になるとも思わない。でも、少なくとも今後魔法を悪用されることはない」
淡々と告げたウォルトの横に私とキャロル姉さんが並ぶ。
「嬉しいこと言ってくれるじゃないか。でも、アンタはやっぱりお人好しかもしれないねぇ」
「え…?」
「ウォルトらしいけどね。実は私達も腹が立ってるんだよ!」
「うん…?」
気持ちよさそうに眠る男達の傍で、猫と狼の眼をして私達は嗤った。
「アタイはこっちの2人をやる」
「わかった。こっちは任せて」
女を舐めた……ふざけた輩に鉄槌を下す!
★
少々ドタバタしたものの、無事に【拳破の洞門】を後にしたウォルト一行。
「ねぇ、ウォルト。なんでアイツらは眠っちゃったの?」
サマラの疑問に答える。
「人間の魔法使いが『睡眠』を詠唱しようとしてるのは直ぐにわかった。気付かれないように『反射』させて後ろの仲間にお返ししただけだよ」
「なるほど。さすがだね」
アイツの詠唱はあまりに遅かった。魔法を覚えたてだろうけど、なにを詠唱するか丸わかりだ。魔法を悪用するような輩だからその程度の実力で当然かもしれない。間違いなくボクよりも下。
それはさておき、行きたい場所にも行けたし、もう日が暮れてきたので宿に向かっているけれど…。
「ウォルト。アンタ、どうしたんだい?」
「歩き方がなんか変だよ?」
「いや…。なんというか…」
言葉に詰まってしまう。ボクが変な歩き方になってるのは、さっきの狼藉者に対する2人の制裁を目にしたから。
あの後…キャロル姉さんは、猫の獣人特有の鋭い爪を出して男達の局部を切り裂いた。過去、何人もの顔面を引き裂いた切れ味鋭い爪で。
血塗れの股間を押さえながら地面をのたうち回る男達を冷たく見下ろし、「アンタ達の悪い病気の元をちょん切ってやったんだ。感謝しなよ」と嗤った。
サマラはというと、「てぇい!」という可愛いかけ声とは裏腹に、マードック並みの脚力で男達の局部を蹴り上げた。
顔面蒼白になった男達の声にならない悲鳴と、「グチャッ」と鈍く響いた音が今も耳に残ってる。
それからというもの、ボクのムスコはキュッ!っと縮み上がってしまった。あの光景を目にした男なら自然に内股になるのも仕方ない。姉さんがボクをお人好しと言ったのは、『そんなのじゃ足りない』という意味だと気付いた。
さらに、サマラは洞門の入口に戻って立て看板がないことを入念に確認したあと、ダッシュで舞い戻り悶え苦しむ男達を容赦なくボッコボコにした。
「看板も嘘だったのか。善良な獣人を騙しやがって」
「ヒィィィィ…!」
「やめろ…!謝るからやめてくれっ!」
「許してくれぇ~!」
「お前は絶対善良じゃない!」
「黙れ。許さん」
ボクが必死に制止して命は取り留めたものの、全員顔を腫らして気絶してしまったので、とりあえずそのまま捨て置いた。さすがにアイツらは治療しない。
後で衛兵に教えようと思っていたけど、「やりすぎだ」と自分達が罪に問われそうなのが面倒くさくてやめた。見つけた誰かに通報してもらおう。
「姉さん!女の敵を成敗した後は気分がいいねぇ~!」
「まったくだ。そんなに女が好きなら自分がなればいい。今頃喜んでるんじゃないか?」
いつもと変わらぬ笑顔を見て、獣人の女性の怖さを改めて知った。
そして、ほんの………ほんの少しだけ奴らに同情した。




