260 小さな頃から
サマラとキャロルは、とりあえずウォルトを動揺させて満足した。
下卑た視線と欲望に塗れた言葉に晒されてばかりの2人は、純情で正直なウォルトの性格を好ましいと思う。
「寝る話はまだ早いね!荷物も置いたし、ウォルトの行きたいとこに行ってみようよ!」
「そうしようかね」
「行ってみたいとこは幾つかあるんだ。まずは…」
宿を出て目的地に向かう。
ボクが先導して2人人は後を付いてきてくれる。気に入ったのか再び魔法で姿を消したままで。
絡まれそうな宿場を抜けるまでのつもりだけど、当人達は滞在中ずっとこのままで構わないらしい。
「姉さん。こんな魔道具が欲しいね」
「まったくだ。人の視線を感じないのがこんなに気分がいいとはね」
話が盛り上がってるけど、存在するとしても犯罪を除けば需要はない魔道具だと思う。
「もし、そんな魔道具があったら作るよ」
「ホントに!?」
「そりゃ嬉しいね」
「悪事に使わないって約束してくれたらね」
会話してる内に目的地に到着した。周囲に人の気配がないことを確認して『隠蔽』を解除する。
眼前にはかなり古びた木造の家。壁や屋根には穴が空いて、柱も朽ちて見た目には倒壊まで待ったなし。誰も住んでいないのが一目瞭然。
「フィガロの…なんだい?」
「かなりボロボロだね」
「フィガロの生家って云われてる場所なんだ」
「生家?生まれたってことかい?」
「確証はないけどね。フィガロがカンノンビラを訪ねたとき、必ず立ち寄って家を眺めてたって逸話がある」
「理由ってそれだけ?」
「それがこの家が生家じゃないかと云われてる所以だね」
「フィガロも人の子だ。番や兄弟はいなくても、親はいるだろ?誰も知らないなんてことがあるかい?この町の住人に聞けばわかるだろうに」
「姉さんの言う通りなんだけど、フィガロが訪ねてくる随分前から住んでる人はいなかったみたいだ」
「へぇ~!謎だね!」
「頻繁に訪ねてたことは間違いないらしくて、いつも家の前で静かに佇んで誰の問いにも答えなかったと云われてる」
生家を見たかったのもあるけど、どちらかというとボクはフィガロの足跡を辿りたい気持ちが強い。この場所にフィガロが立っていたという事実のほうが重要。王都の闘技場と同じだ。
同じ場所で同じモノを見て、なにか感じることがあれば最高だけど残念ながら今はなにも感じない。
「君はフィガロのことをよく知ってるね」
突然男の声がして驚く。見渡しても誰もいない。
「こっちだよ」
声のした下方へ目をやると直ぐに傍に立っていた。興奮していたからか近寄る匂いに気付かなかった。
ドワーフと同様で背が低いけど、体型は普通。綺麗な銀髪に眼鏡をかけて少しだけエルフのように耳が尖っている。ハーフリングと呼ばれる種族の男性だ。
ハーフリングは、エルフに近い容姿だけど身長が低いことを除けば特徴は人間と近い。寿命もさほど長命ではないと聞く。容姿から予想すると40歳前後くらいに見える。
「貴方は?」
「ただの通りすがりだよ。たまたま君の解説が聞こえて、気になったから声を掛けさせてもらったんだ」
爽やかな笑顔で答える。
「ボクの解説は全部受け売りなんです」
「それでも素晴らしい。こう言っては失礼かもしれないけど、ほとんどの獣人はフィガロの『とにかく強い』という部分だけに興味を抱いてる。素性や詳細を知りたいという者は少ないと思ってたけど君は違うみたいだね」
凄く知的な雰囲気を感じさせる人だ。しかも、フィガロに詳しそうな感じがする。
「ボクも憧れてますけど、それよりもフィガロの人柄や足跡の方が気になります」
「なるほど。君はフィガロがカンノンビラ出身だと思うかい?」
「いえ。カンノンビラを含めてカネルラに存在する生誕の地と呼ばれる場所にフィガロの故郷はないと思ってます」
だからこの家も生家じゃないと思ってる。立ち寄っていたのが事実だとしても。
「えっ!?そうなの!?」
「そうなのかい?」
頷くと、ハーフリングはなぜか少し嬉しそうにツッコんできた。
「だとすれば、君はフィガロ生誕の地はどこだと思う?」
「わかりません」
「わからない?」
「本人がカネルラ出身だと公言していたにもかかわらず、国内をいくら調査しても情報が掴めない」
「その通りだ」
「ボクの推測ですけど、フィガロはカネルラの【原始の獣人】だと思います。だから出生地がハッキリしない」
推測を聞いたハーフリングは一瞬驚いたように見えたけど、表情を和らげる。
「君の話は面白いね。今は忙しいから無理だけど、機会があればゆっくり話してみたい」
「貴方は一体…?」
「名乗ってなかったね。俺はブライト。見ての通りハーフリングだ。こう見えて一応物書きをしてる」
ボクは…はにかむブライトさんを知っている。
「もしかして…偉人関連の本を書いてるブライトさん…ですか?」
「俺が書いた本を知ってるのかい?」
「楽しく読ませてもらってます。『英雄の足跡』や『獣人の夢路』も」
ボクの子供の頃からの愛読書。フィガロの足跡について誇張や拡大解釈することなく丁寧に書かれた本で、一般的に好まれる英雄譚とは一線を画す。あらゆる角度からフィガロについて考察する鋭い切り口は、想像を掻き立てわくわくさせてくれた。
著者であるブライトさんは、フィガロ以外にも様々な偉人に関する書籍を出版してる。名は知っていたもののハーフリングだとは知らなかった。
「ありがとう。読者だったなんて嬉しいよ。今度フィガロについてゆっくり話そう」
笑顔を見せたブライトさんは、ポケットから紙を取り出して地図を描く。
「簡単で悪いけど住み家の場所だよ。またカンノンビラに来ることがあれば訪ねてくれないか?今は新作を書いてるから忙しくてね」
「ありがとうございます。ボクはフクーベのウォルトといいます。あの…握手してもらっていいですか…?」
「いいけど照れるなぁ」
掌をゴシゴシとローブに擦りつけたあと、両手で差し出された小さな手を包み込む。
その後、「新作楽しみにしてます!」と目を輝かせて照れたように笑うブライトさんと別れた。
「ウォルト。原始の獣人ってのはなんのことだい?」
次の目的地を目指し歩く途中で、キャロル姉さんが訊いてきた。もう街外れまで移動したので姿は消してない。
「姉さんは知らないのか?」
「私も知らない!」
サマラが笑顔で挙手する。
「そうなのか。原始の獣人は……」
原始の獣人について説明すると耳を傾けてくれた。
「ふ~ん。そんな獣人がいるのかい」
「全然知らなかった。ウォルトは物知りだね」
「ボクは有名だと思ってたけど、意外にそうでもないのかな?」
だったら皆の発想がそこに行き着かないのも理解できる。なぜボクは知ってるのか思い返してみると、マードックが冒険の途中で遭遇した話を聞いたとき驚いたことを覚えてる。だから、それ以前から知っていたはず。いつ知ったのか思い出せないな…。
「それより、ブライトさんだっけ?ハーフリングなのにフィガロに詳しいなんて珍しいね」
「フィガロは意外に他の種族には知られてないからねぇ」
「そうだね」
フィガロは獣人の英雄。それぞれの種族に伝説的な人物はいる。皆、自分の種族以外にはさほど興味がない。それに、数々の戦場で活躍したフィガロは種族関係なく多くの敵を屠っている。ただの殺戮者として認識してる人も多い。
「ブライトさんは偉人に関する本を書いてるんだ。そういえば、昔はヨーキーも知らなかったなぁ」
「ヨーキー!最近会ってないなぁ。元気にしてるかなぁ」
「この間、住み家に遊びに来たよ。今度はサマラと来るって意気込んでた」
「なっ!?あんニャろう…。抜け駆けしたな!」
なぜかサマラは悔しそう。そして、なにかに気付いた様子。
「まさか…!ヨーキーに歌わされたりしてないよね…?」
「よくわかるね。久しぶりに歌ったよ。ヨーキーの気が済むまで」
★
「くぅっ…!ヨーキーめっ!」
サマラは悔しくて歯ぎしりしてしまう。
「歌がどうしたってんだい?」
首を傾げるキャロル姉さんの耳元で囁く。
「ウォルトはね…本人は認めないけど歌がすっごく上手いの…」
「へぇ。初耳だね」
「歌うのを嫌がるから滅多に聴けない…。久しぶりに聴きたかった…」
「アンタが頼んでもダメなのかい?」
「やんわりだけど断られる…」
断り方は柔らかいけど、意志はめちゃくちゃ固くて頑固猫になる。ヨーキーがどんな手を使ったのか気になる。
「…はっ!今回の旅のお礼に歌ってもらうっていうのは」
「ダメに決まってるだろ。お礼にお礼を求めてどうすんだい」
「だよね」
会話が聞こえてたりしないかな?今日のウォルトはご機嫌だから「別にいいよ」的な返答があるかも!…なんて淡い期待を胸にチラッとウォルトに目をやると、綺麗に耳を閉じてた。
基本的に誰かが内緒話をしてると判断したら、聞き取れる場合でも意識的に耳に入れないようにしてるって言ってた。
「姉さんもあの耳できる?」
「できるワケないだろ。このくらいしか動かないよ」
姉さんは耳を動かしてくれる。外を向いたり尖ったりするけど、それくらいなら私でもできる。あの耳って普通はできないんだよね。
仕方ない!今度ヨーキーと一緒に訪ねたときの楽しみに取っておくことにしよう!
★
「次はどこに行くの?」
「眉唾の伝説がある場所に行こうと思ってる。多分もうすぐ着くよ」
5分と経たず辿り着いた。
「コレ…なに?」
「でっかいねぇ…」
ボクらの眼前には縦に真っ二つに割れた大岩がそびえる。高さも直径も身長の軽く倍はある。ボクも初めて見るけど、本に書いてあった通りだ。
「この岩は、【喪失の岩石】。フィガロが腕自慢の獣人から挑戦を受けたとき、力の違いを見せつけるのに拳で叩き割ったと云われてる。一撃で相手の戦意を喪失させたからそう呼ばれるようになったみたいだ」
「うっそだぁ!」
「そりゃ眉唾だね」
「信じ難いけど、目撃者が多くて信憑性は高い話なんだ」
岩を見るとボクの胸辺りに拳の跡が残されていて、そこを境に真っ二つに割れてる。食い入るように拳の跡を見つめたあと、確かめるように自分の握り拳をあてて比べたり指で寸法を測る。
「でっかい拳の跡だね!マードックより大きいよ!後から作ったにしてもちょっと大袈裟かなぁ?」
「さすがにこんな拳の獣人はいないだろ?やり過ぎだよ」
キャロル姉さん達は呆れたような言葉を口にする。でも史実かもしれない。拳の跡を計った結果、リスティアにもらった手甲の大きさに限りなく近い。毎日手入れをしているから自信がある。
誰が見てもサマラ達のような反応が普通で、こんな拳の獣人がいるはずないと否定する気持ちは当然。正直ボクもついさっきまでそう思っていた。あの手甲を見ているからこそ逸話が一気に真実味を帯びる。
「ねぇ。ウォルトはこの岩を拳で割れる?」
サマラが問いかけてくる。様々な可能性を探って思案しているので上の空。
「無理だよ。魔法で割ったり粉々に破壊するのは可能だけど」
心ここに非ずで答えた。
「それも充分信じ難いけどね!」




