26 家族裁判
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
三毛猫検事による茶猫被告への尋問が始まった。
「ストレイ。さっきの男は誰なの?」
「名前は…知らない…」
「さっきも聞いた!じゃあ、どこの誰なの?」
「知り合いの…知り合いだ…」
「そんな奴になんでアンタは殴られたの?」
「むぅ…」
茶猫被告は歯切れの悪い返事をする。その態度に三毛猫検事がピンときたようで…。
「もしかして…あの娘と関係あるの?」
「…あぁ」
「そう…。なるほどね」
なにが「なるほど」なのか?白猫裁判長はとりあえず首を傾げて『わからニャい…』とか言いそうな顔をしてみる。
でも見ちゃいない。
「あの娘の恋人?」
「む…」
「アンタに文句を言いに来たの?」
「……」
「わかった。それなら納得。話は終わりね」
全然わからない。なんだこの会話?さっきと反対方向に首を傾げた。
「裁判長…。被告は自白しました。検察側は美人妻ミーナとの離縁を要求します!」
「却下」
即答した。美人妻は余計だし、裁判だというなら裁判長を無視しないでほしい。
「なんでよ!?有罪確定で間違いないじゃない!」
「母さんぐらいだよ。今のが自白だって言える獣人」
「ストレイの言いたいことなんて目を見ればわかる!」
「間違ってるかもしれないだろ?」
猫なのにブーブー文句を言う母さんを無視して、父さんに訊いてみる。
「父さん。あの娘って誰だい?母さんの家出と関係あるんだろう?」
「む…。同じ職場の…若い娘さんだ…」
父さんは獣人には珍しい庭師をしている。手入れを頼むと柔らかい雰囲気の庭になると評判らしい。
「その娘と母さんの家出がどう関係あるんだ?」
「浮気よっ!浮気っ!!間違いないっ!」
野次馬のように騒ぐ三毛猫検事に手を翳す。
『沈黙』
「静かにしてくれないか。話が進まない」
『沈黙』は声や音を消すことができる魔法。正確には、音を消すというより対象を魔力で包み込んで外に漏れないよう音を閉じ込める。
母さんの声は聞こえなくなったけど、身振り手振りで不満を表している。いい歳なのにコミカルに動き回って、見ているだけでうるさい。
「母さんは浮気って言ってるけど、違うんだろう?」
「あぁ…」
父さんはコクリと頷いてくれた。ボクには、そんなことをする男だと思えない。
獣人が番になって、縁を切らずに5年間一緒にいる確率は3割ないと云われてる。
獣人は人間に比べると恋愛に奔放で、相手を変えることに抵抗が少ない。子供が複数いる家庭では父親が全員違うことも当たり前。
獣人の男の大半が粗暴で怠け者。すぐ暴力を振るったり飽き性であることが主な原因だけど、女性は働き者で割り切るのが早い者が多く、お互い後腐れなく次の恋愛を楽しむ風潮がある。
そんな獣人社会で両親のように長く連れ添っている獣人は珍しい。ボクは父さんの性格が一役かっていると思ってる。
父さんは、口数は少ないけどボクが生まれてから情緒不安定になることが多かった母さんを陰で支えた。
ストレスで自暴自棄ぎみに癇癪を起こしても、己はびくともせず全ての攻撃、口撃を受け止めた。
ボクが身体を鍛えれば自分も無言で鍛え、勉強すれば頭を捻りながら傍で一緒に考えてくれた。周囲になんと言われてもボクの可能性を信じて陰から支えてくれた。
ストレイ父さんのように大きくて優しい男になりたい。小さな頃から尊敬してやまない偉大な父親。
そんな男が…ボクと母さんを文字通り黙って愛してくれるような男が浮気するとは到底思えないんだ。
母さんがとんでもないことをやらかさない限り。
「母さんは、その娘と会ってた父さんを見つけたんだね?」
「あぁ…」
母さんはブンブン!と首を縦に振る。とりあえず無視。
「ろくに話も聞かず、勝手に浮気だと勘違いして家出した」
「あぁ…」
「なんでその娘さんに会ってたんだ?」
「それは…」
母さんをチラリと見た。
『なによ!アタシになにか文句あるの!』とばかりにジト目で父さんを睨む。
「ミーナの…誕生日に…あげたくてな」
「……そういうことか」
母さんは『どういうこと?』と言わんばかりに首を傾げてる。ボクが言うのもなんだけど鈍いなぁ。
「母さんの誕生日にプレゼントを贈りたくて、若い女性の好みを聞いてたんだね?」
父さんは頷いて、母さんは『ガーン!』と音が聞こえそうなくらい驚いてる。無駄に若作りしてるから若い人の流行を知りたかったんだろう。
「それならそうと伝えればよかったのに」
「ミーナが…聞いてくれなくてな…。言う前に…飛び出した…」
「目に浮かぶよ。…ということは、さっきの男は母さんと逆ってことだね?」
「あぁ…。その娘の恋人で…勘違いさせてしまってな…」
話すのが遅いから、待ちきれずキレてしまったってとこか。獣人はとにかくせっかちな奴が多い。どこかの誰かさんみたいに…。
母さんに視線を向けるとバツが悪そうな顔をしてる。溜息をついて『沈黙』を解除した。
「だから言ったろ?母さんが間違ってるかもしれないって」
「ウォルト…。いいんだ…」
ボクを優しく制してゆっくり立ち上がった父さんは、母さんを見ることなく横を素通りして去って行く。
母さんは部屋の中に入って見えなくなるまで、父さんの背中を黙って見つめていた。
「アタシは…バカだね…」
「言いたくないけど、そうだね」
「ちゃんと話を聞いていれば…。ココに残っていればストレイが殴られるのも防げたかもしれない…」
「そうかもしれない」
「どうしよう…」
「反省してる?」
コクリと頷いた。落ち着きがなくて子供みたいだけど、母さんは基本的に素直だ。
「わかった。椅子に座ってちょっと待ってて」
席を外して家の外に出る。
★
待っててって…なにがあるっていうの?
ウォルトに言われた通り静かに椅子に座って待ってると、ストレイが部屋から出てきた。大きな手に包装された小さな箱を大事そうに持って。合わせる顔がなくて顔を伏せてしょげていると、アタシの横に歩み寄って手を差し出した。
「誕生日……おめでとう…」
「…いいの?」
ストレイは優しく微笑んで頷いてくれる。
包装を解いて箱を開けると、そこには幅が広めの銀の指輪。『ミーナへ』と内側に文字が刻まれている。自然に涙が溢れた。
「ストレイ…。ごめんなさい!」
「ん…?」
「勝手に変な勘違いして…。やっぱり若い娘がいいのかな…って…」
「気にするな…」
「でも、ストレイ?」
「ん…?」
「『愛してる』とか、『ずっと一緒にいよう』って刻んでもらえばよかったのに」
「む…」
『参ったニャ…』とか言いそうな顔をしたストレイに涙目のまま抱き着く。久しぶりのモフモフだ。いつも大きな身体で優しく包み込んでくれる。ストレイも優しく抱きしめ返してくれて頭を撫でてくれた。
「ミーナ…」
「なに?」
「俺達は……いい息子をもった…」
「そうね…。こうなるのもお見通しだったみたい!ちょっと腹立つ~!!」
私達は顔を見合わせて笑った。
★
ウォルトは、ストレイが手入れしている庭で陽の光を浴びながら花の香りを嗅いでいる。
そろそろ仲直りしてる頃かな。大体、母さんが誤解して勝手に怒っていただけで、父さんは悪くない。
ボクが父さんだとしたら、浮気する前に離縁してる。母さんのことが好きだからこそ今でも連れ添っていられるんだ。
母さんはもっと愛されている自信を持つべきで、今だって父さんは何事もなかったように微笑んでいるに違いない。
両親のことは好きだし尊敬してるけど、目の前で惚気られると流石にキツい。子供の頃みたいに「仲良くていいね!」とは言えない。母さんは気にしないタイプだけど、父さんは照れ屋だからボクは外に出た。
そんなことを考えていると、家から出てきた母さんが声を掛けてくる。
「裁判長~!金品により示談が成立したよ~!判決は~?」
「当然無罪だよ」
笑って両親の待つ家に戻った。
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