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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
258/715

258 カンノンビラ

 フクーベを出発して約5時間が経った。


「お客さん。着きましたよ」

「よっし!降りよう!」


 馬車が停車して従者が到着を告げた。下車して見渡すと立派な門の前。門に掛けられた看板の文字に目を走らせるウォルト。


 キャロルは反応を静かに見守る。


「カンノンビラ…?…………えぇっ!?来たのはカンノンビラなのかっ!?サマラ姉さん!キャロル!」

「逆だよ。そんなに驚くことかい?」

「あはははっ!大興奮だ!」


 呼び間違えるほど動揺するなんて珍しいじゃないか。とりあえず反応は上々かねぇ。


「そうか…。カンノンビラに来たんだ…」

「私の言ったとおりだったでしょ?ウォルトは行きたかったはず!」


 ウォルトはサマラの言葉に大きく頷いた。


「もの凄く嬉しいよ…。死ぬまでに一度は訪ねてみたいと思ってた町だから…」

「そりゃよかった。連れて来た甲斐があるってもんだ」

「ね!」


 感慨深けだねぇ。碧い水晶みたいな目が子供みたいに輝いてる。カンノンビラと書かれた看板の横にもう1つ看板があって、書かれているのは【獣人フィガロ生誕の地】の文字。

 カンノンビラはカネルラに幾つか存在するフィガロ生誕の地の1つ。いわゆる獣人の聖地ってヤツだ。ウォルトは昔からフィガロ好きで、派手に遊べる街に興味はないだろうけど此処なら間違いないと思ったのさ。


「姉さんありがとう…。1人じゃ来る機会がないから…」

「まだなにもしてないだろ。礼を言うには早過ぎる」

「そうだよ!今から観光するんだから!」

「突っ立ってないで街に入るとしようかね」

「うん…。緊張するなぁ…」


 カンノンビラに足を踏み入れると、直ぐに大きな銅像が目に入った。傍まで移動して眺めてみる。


「……誰だい?」

「ん~?誰…?」


 首を傾げるアタイらの隣で、ウォルトはニヤついてる。


「アンタはわかってるのか?」

「フィガロの像だよ」

「はぁっ!?」

「えぇっ!?」


 上から下まで銅像を眺めてみるけど、どう見てもフィガロには見えない。男の獣人というのはわかる。けど、爽やかな容姿に加えて体型も普通でキリッとしてる。


「コレがフィガロだって…?」

「さすがにおかしいでしょ!」


 サマラの言う通りだ。アタイが想像するフィガロは、筋骨隆々でごっつい獣人だ。この像とは似ても似つかないね。

 手甲を装着しているところと、毛皮を纏っているところは伝承の通りだけどねぇ。その他にフィガロっぽさはない。賢い弟分の解説を聞くとしようか。


「フィガロがなんの獣人かハッキリしないから、様々な解釈で像が作られるてるらしい。この像はちょっと痩せてるフィガロだね」

「はぁ?そんな適当なことでいいのかい?ちょっとどころじゃないだろ」

「私の想像とは全く違うんだけど!」

「ボクもそう思うけど、もしかしたら…と思うと不思議とそう見えてくる」

「そんなもんかねぇ?」

「納得いかない!けど、銅像に文句を言ってもしょうがない!」


 大通りを歩くと、一定の間で幾つもフィガロの像が建てられてる。それぞれ違う味を出して、なにがなにやらさっぱりだ。


「どれが正解かわからないねぇ」

「案外、どれも不正解かもね!」


 半分呆れちまってるアタイらと違って、ウォルトはあらゆる角度から食い入るように見つめちゃ熱い視線を送ってる。


「楽しんでくれてるようでよかったけどさ」

「ふふっ!子供みたいだよね!こんな姿は初めて見るかも!」

 

 サマラと顔を見合わせて微笑む。こんなに落ち着きのないウォルトは初めて見た。フィガロが好きなのは街にいた頃から変わりないみたいだねぇ。


 満足げな表情のウォルトが戻ってくる。


「いろいろなフィガロがいるよ」

「でも、実際のフィガロは1人だろ?はっちゃけ過ぎな気がするねぇ。観光客狙いの無茶なやり方だ」

「姉さんの意見は最もだ。でも、真実がわからないからロマンがあるんだよ」

「「ちょっとなに言ってるかわからない」」


 ロマンってなにさ。意味不明だね。


「フィガロは解明されてない点が多いところも人気の要因だと思うんだ」

「あまり知り過ぎると興ざめってことかい?」


 その通りとばかりにウォルトは頷く。


「どんな獣人だったか誰も知らない。だから想像が掻き立てられて興味をそそられる。わかってたとしても、フィガロが凄い獣人だってことに変わりはないけど」

「そんなもんかねぇ」


 なんとなく納得する。珍しく饒舌なウォルトは、とても機嫌がよさそうで見ててほっこりするねぇ。ちょっと水を差すようなことを口にさせてもらおうか。


「楽しんでるところ悪いけど、とりあえず昼ご飯にしないかい?」

「賛成!お腹空いた!」


 時間も昼過ぎ。ゆっくり観光するにもまずは腹ごしらえ。


「そうか…。気付かなくてゴメン…。楽し過ぎて夢中になってた…」

「いいんだよ。アンタにお礼するために連れて来たんだ」

「私達も楽しんでるから心配いらない!」

「それならいいけど…。馬車で食べようと思って弁当を作ってきたんだけど、出すの忘れてたんだ」

「よさげな場所を探して外で食べようかね。天気もいいし」

「賛成!ウォルトのご飯と聞いたら食べない選択はない!」

「がっつりした料理じゃないけど、いいの?」


 相変わらずわかってないねぇ。


「アンタの飯より美味いモノが…」

「この街にあるとは思えないからね!」

「大袈裟だよ」

 

 観光地だけあって、あちこちに案内の立て看板がある。とりあえず大きな広場があるらしい街外れに向かうとしようか。


「いい感じの広場だ!芝生もあるよ!」

「いいねぇ」


 人の密集していない芝生に移動して荷物と腰を下ろす。ウォルトは背負っていた布袋に手を入れた。後ろを向いてるから背中しか見えないけどアタイは気付いた。

 背負い袋は着替えくらいしか入ってないように見えるけど、弁当を作ったって言ったねぇ…?


「作ってきた弁当だよ」

「「えっ!?」」


 振り返ったウォルトは両手で編み籠を抱えてる。細工を施した弁当箱に熟れた果実が幾つか載ってるのはまぁいいとして…。


「口に合うといいけど」


 瞬きしながらアタイとサマラは怪訝な顔をする。


「どういうことだい…?手品か?」

「その編み籠…布袋より大きいよね?どうやって入れてたの?」


 ウォルトが手にしている籠は、どう見ても布袋より大きい。突然の出来事に混乱する。


「『圧縮』の魔法で小さくしてたんだ。最近、料理や食材でも圧縮できて味も落ちないことに気付いたから、持ち運びに便利だと思って。魔法を解除したから元の大きさに戻ったんだよ」


 …常識は一切無視かい。驚かせる魔法使いだよ。


「聞いたこともないよ」

「私も!でもウォルトだから!」


 受け取った弁当箱を開けて、詰められた色とりどりの料理を頂くことにする。言うまでもなく味は抜群だ。本当になにを作らせても外れなしの凄腕料理猫だよ。


「美味いねぇ」

「めちゃくちゃ美味しいよ!」

「ありがとう」

「青空の下でご飯を食べるのは最高さ」

「旅行感があっていいよね!」


 大満足の食事を終えて、果実を頬張っていたサマラが気付く。


「ウォルトは食べないの?」

「実は…カンノンビラに来たら食べてみたかった料理があるんだ。ボクの分もあるけど『保存』をかけてるから数日は保つ」

「ふぅ~ん」


 それにしても、周りを見渡せば獣人が多い。さすがは獣人の英雄フィガロゆかりの地ってことか。カネルラ以外の旅行者も多そうだ。国が違えば、見たこともない柄の毛皮や毛色をしていて面白い。


 花茶を飲みながらまったりしていると、獣人が話しかけてきた。馬と羊と狼の男3人組。


「よぉ。別嬪さん達。俺らと遊ばないか?」


 その内、ちょいとハンサムな狼の獣人が話しかけてきた。ウォルトのことは眼中にないのかい。


「お断りだね」

「同じく!」


 氷の微笑で即答する。うざったいんだよ。


「つれないこと言うなよ。俺らもカネルラは初めてで、勝手を知らないから教えてほしいだけだぜ」


 軟派な獣人には珍しく、落ち着いた風の話し方をするじゃないか。まぁ、知ったこっちゃない。


「アタイらはカネルラの獣人じゃないからなにも教えられない」

「同じく!」


 動揺を微塵も感じさせず、息をするように嘘を吐くのもお手のもの。何千何万と同じことを言ってきたんだよ。いい加減もう飽き飽きさ。


「そうか。なら俺らと一緒に観光しよう。大人数のほうが楽しい……ぞ…?あん?なんだお前?」


 ウォルトが笑顔で前に立つ。


「嫌がってるだろ。この2人はボクの連れなんだ」

「なんだとぉ…?……すぅ…」


 男共がゆっくり崩れ落ちて、鼻提灯で気持ちよさそうにイビキをかく。今のが眠らせる魔法かい。


「芝生に寝かせておこう」

「私が手伝う!」


 芝生の上に綺麗に並べて寝かせる。


「こんなとこで日向ぼっこかい。いい身分だねぇ。酔っ払ってると思われるだろうさ」

「面倒くさいよね…。本っ当に面倒くさい!大事だから2回言うよね!」

「2人が不機嫌そうだったから遠慮なく眠らせたよ」

「長居は無用だね。行くよ」


 さっと片付けて広場をあとにする。大通りに戻ってしばらく歩いていると、数軒の屋台が出てる。ウォルトの耳がピン!と立った。『行ってみたいニャ~』とか言いそうな顔で視線を向けてくる。気分が高揚してるのか、いつもと違う動きばかりしてて面白い。


「食べたいならハッキリ言えばいいだろ。気を使う間柄でもあるまいし」

「そうだよ!見てくればいいじゃん!」


『やったニャ!』とか言いそうな顔で笑うと、屋台に近寄っていく。


「すいません。1つ下さい」

「あいよ」


 ウォルトは串に刺さった焼いた肉の塊を持って帰ってきた。3連の肉団子が刺さってる。


「なにそれ?」

「フィガロが好きだったと云われてる肉団子だよ。カンノンビラの名物で、食べてみたかったんだ」


 豪快にかぶりついたウォルトは、もぐもぐと咀嚼する。


「どうだい?美味いのかい?」

「ただ焼いて、ただ胡椒を振った肉だね。それ以上でも以下でもない。これぞ肉って感じ」


 要するに不味いんだろ。けど、嬉しそうに食べるねぇ。幸せそうでいいじゃないか。肉団子を頬張るウォルトを見ながら、サマラに小声で話しかける。


「楽しそうでなによりだ。最初から飛ばし過ぎでちょっと心配だけどさ」

「連れて来てよかったよね。めっちゃ楽しそう」


 とりあえず、今回のお礼が成功に終わることは間違いなさそうかね。

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