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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
257/715

257 気持ちだけで充分

 いよいよキャロルのお礼を決行する日を迎えた。マードック兄妹の住み家では、無事に休みをもらえたサマラが早起きして準備を整えている。


 …よっし!こんなもんかな!


 動きやすい格好に着替え、必要なモノを詰め込むとバッグをポン!と叩いて部屋を出る。

 マードックの部屋に移動して、まだ寝ているであろうゴリラ兄貴に向かってドアの前から声をかけた。


「じゃ、行ってくる。ご飯はバッハに頼んどいたから」


 シ~ンとして返事はない。聞こえていようがいまいが関係ない。言ったという事実が重要だからね。

 意外に過保()リラのマードックは、未だ私の行動に難癖をつけてくる。ウォルト絡みだとうるさく言われないのはわかってるけど、一応伝えておこうと思っただけ。ウォルトとの仲を応援してるのは本当のようなので、そこだけは感謝している。

 まぁ、そうでなくても関係ない。邪魔をする気なら、たとえ実の兄だろうとどんな手を使ってでも排除するからね。

 やることを終えバッグを背負って家を出ると、待ち合わせ場所である馬車乗り場へと向かう。



 軽い足取りで目的地に向かうと、既に待っている2人の姿が目に入った。駆け出して近寄ると笑顔で迎えてくれる。


「おはよう!2人とも早いね!ウォルト、久しぶり!」

「おはよう。久しぶりだね」


 いつものローブ姿に自作であろう布袋を襷掛けしてる。デザインはシンプルだけど、縫製が上手なのと素材を生かしたデザインで売り物になりそう。


「おはようさん。よく眠れたかい?」


 キャロル姉さんも軽装で動きやすい格好。荷物は着替えだけの最小限っぽい。


「私は絶好調だよ!遠出なんて久しぶりだから、楽しみ過ぎてよく寝れた!」

「そうかい。ちょっと従者と話してくるから待ってな」


 キャロル姉さんは従者の元へ向かう。


「ウォルト。今日の旅行、どこまで聞いてるの?」

「なにも知らないんだ。泊まりでどこかへ行くってことだけ聞いてる。サマラは?」

「行き先だけは知ってるよ」


 キャロル姉さんが戻ってきた。


「いつでも行けるらしいから出発するよ。準備は大丈夫かい?」

「ボクはいつでもいいよ」

「私も!」

「じゃあ出発するよ」


 皆で仲良く馬車に乗り込む。キャロル姉さんと私は幌に入ると奥で向かい合って座る。最後にウォルトが乗り込んで自然に私の隣に座った。やったね!


「従者さん。頼むよ」

「はいよ~。出ますぜ~」


 返答した従者の声に反応するように、馬車の車輪が回り出す。


「コレが馬車…。凄いなぁ…」


 ウォルトは落ち着きがない。


「もしかして馬車に乗るの初めて?」

「初めてだよ。想像より乗り心地もいいなぁ」

「トゥミエを出たとき、フクーベにどうやって来たの?」

「駆けてきた」

「ウォルトは駆けた方が早いもんね」

「そうだけど、一度は乗ってみたかったんだ。姉さんありがとう」


 姉さんは呆れてる。


「もう充分お礼されたみたいな顔してるねぇ。安すぎるだろ」

「今日はお金も持ってきたし、高くても心配ないよ」

「なに言ってんだい。アタイはアンタに金を使わせる気はないんだよ」

「ボクの分はちゃんと払うよ。足りるなら2人の分も。仕事はしてないけど文無しじゃない。お金を使う機会がなくて正直困ってるんだ」

「そういう問題じゃないんだよ!お礼だってのに金払ってもらうバカがどこにいるのさ!」

「そういうものなのか?」

「まぁまぁ!姉さん、落ち着いて!」


 キャロル姉さんをなだめる。怒られても首を傾げる暢気なウォルト。


「アンタはお人好しすぎる。先が心配だねぇ」

「ボクはお人好しじゃない。相手が姉さんとサマラだからだ」

「他の人だったらどうするんだい」

「う~ん。自分の分だけ出すかな?」

「結局出すんじゃないか!」

「普通だと思うけど」

「あはははっ!」


 昔を思い出すなぁ。ウォルトは賢いのに人の気持ちを考えるのが苦手でとぼけたことを言う。キャロル姉さんは姉御肌で気遣いのできる獣人。会話して笑えるのが嬉しい。その後も色々な話に花を咲かせる。


「姉さんも暮らしやすくなってよかったね!」


 ランパードさんからもらった指輪のおかげで、男に絡まれにくくなったことを聞いた。


「けどねぇ…。最近また絡まれ出したんだよ。なんでかね?」

「魔道具に込められた魔力が弱まってるかもしれない。ちょっと見てもいい?」

「いいよ」


 ウォルトは差し出された指に嵌まった指輪に触れる。


「やっぱり魔力が弱まってる。効果が薄くなってるんじゃないかな」

「そうかい」

「魔力を込めておこうか?」

「できるなら頼むよ」


 軽く頷いてウォルトは指輪に触れた。微かに輝いた指輪は見た目には変わりない。


「込められるだけ込めたからしばらく持つと思うよ。また効果が薄れても言ってくれたら」

「ありがとさん。アンタは凄いね」

「ただの魔力付与だ。魔法を使える人は誰でもできる」

「誰にでもできたとしても、やるかどうかは別問題なのさ」


 魔力の付与は魔導師にお金を払ってやってもらうのが普通だもんね。こんなに軽々しく付与する人いないよ。でも、ウォルトだから!

 その後ものんびり話をしてたけど、フクーベを出発してから1時間くらい経って突然馬車が止まる。


「どうしたってんだい」

「なんだろ?」

「……なんだありゃ?!」


 従者の驚く声が耳に飛び込んできた。



 ★



 従者の声に反応して、ウォルトは幌から飛び出す。


 回り込んで従者に目をやると、森の中を見つめてる。その先には突進してくる獣の姿。かなり大きな猪型の獣ボアだ。このままでは馬車に衝突するのは避けられない。


「念のため馬車から下りてくれ!」


 姉さんとサマラに声をかけて、すかさず駆け出した。


「ブルルルル!」

「うわぁ!」


 突進してくるボアの進路上に立ち塞がる。


「意思疎通を…と思ったけど、余裕はないな」


『睡眠』


 突進しながら瞼を閉じたボアは、足元が定まらない様子であらぬ方向へ進路を変えると、勢いそのままにズドーン!と頭から木に衝突して動きを止めた。


 脳震盪を起こしたのか目を回して横たわる。従者もなにが起きたのかわからず目を見開いてる。


「大きなボアだ。なかなか見れない」


 ポツリとこぼした台詞に従者が答えてくれる。


「兄ちゃんは初めてかい?この道は獣街道って名で、しょっちゅう大型の獣が出現するんだよ」

「知らなかったです」


 街道を駆けることなんてないし、そもそも町に行かないからなぁ。


「今の内に進みましょう。目を覚ましたら大変です」

「だな!早く乗ってくれ!」


 従者は前を向いた。皆で素早く馬車に飛び乗ると、ヒヒーン!と嘶いて馬車は走り出した。


「ビックリしたね!」

「さっきのボアがふらついたのは魔法のせいかい?」

「そう。魔法で眠らせたんだ」

「アンタがなにかしたようには見えなかった。魔法を使ったようにも見えなかったけどねぇ」

「従者にバレないように無詠唱だったからね」 

「そうかい」

「次になにか突っ込んできたら私に任せてよ!」

「なに言ってんだい。縁起でもない」


 そんな話をしていると…。


「アレはっ…!?また来たぁ~!今度は正面だっ!」


 従者の驚いた声と同時に再び馬車が止まると、今度は真っ先にサマラが飛び出した。ボクとキャロル姉さんも後を追うように飛び出す。外に出ると、馬車の前方から巨体のボアが血相を変えて突っ込んでくる。


「ブルルルルッ!」


 まさしく猪突猛進で減速しそうにない。このままだと正面衝突は避けられない。

 阻止しようと駆け出した…けど、サマラがボクより速く駆け出す。一瞬の爆発的なスピードならボクよりサマラが上。


「ブルゥ~!」

「とう!」


 迫り来るボアの前方で高く跳び上がり、くるりと前方に1回転した。


「てぇぇぇいっ!」


 そして顔面に踵を落とす。


「ブゥ~!…ゥ……」


 華麗に着地すると、ボアは鼻血を吹き出して目を回しながら地面に横たわった。気絶したのかピクピクと痙攣してる。目の当たりにした従者と輓曳は固まってしまった。ボクと姉さんも言葉にならない。


「ふぃ~っ!してやったり!私達の旅路は邪魔させないよ!」


 サマラは笑顔でボクらを見る。


「無茶するねぇ」

「あぁ言ってるけど、ただ倒したかっただけだよ」

「アンタも大変だ。あの子とケンカなんかできないねぇ」

「ボクとサマラはケンカしたことないよ」


 サマラの希望で手合わせはしたけど、小さな頃からケンカをしたことはない。


「そういう意味じゃない。さて、早く乗ろうか。サマラ、行くよ!」

「はぁ~い!従者さん、よろしく!またなにかに襲われたらすぐ教えて!撃退するから!」

「あ、あぁ…。獣人は凄いんだな…」


 感心して従者は馬車を走らせる。


「目的地まで、あとどのくらいかな?」

「4時間くらいか」

「目的地に2人は行ったことあるの?」

「ないね」

「ないよ!」

「ボクは当然ないから、全員初めてなのか」


 オーレン達に出会うまでトゥミエとフクーベ以外の町に行ったことがなかった。どこだろうと初めて行くから楽しみだ。


「期待外れにならなきゃいいけどねぇ」

「遠出するだけで楽しいよ」


 ボクのことを考えてわざわざ旅行に誘ってくれた。それだけで充分すぎるお礼。


「大丈夫!ウォルトは行ってみたいはず!」

「そういう場所を選んだつもりだからねぇ。着いてのお楽しみさ」

「そうなのか。ありがとう」


 自分のことなのにまったく予想できない。ただ気持ちが嬉しくて、温かい気持ちで馬車の後ろに流れる景色を眺めていた。

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