256 お誘い
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ある日の夕方。
フクーベのマードックとサマラの住居には、仕事終わりに晩ご飯の支度をしているサマラの姿があった。
…と、玄関のドアがノックされる。誰かな?マードックが帰ってくるにはまだ早いけど。まだ材料を切ってる途中。とりあえず放置して玄関に向かう。
「はぁ~い。どちらさま?」
「アタイだよ」
この声はっ!元気よくドアを開けると、昔からの顔馴染みのキャロル姉さんが立ってた。相変わらず美人だ!
「キャロル姉さん、いらっしゃい♪」
「急に来てすまないね。大丈夫かい?」
「気にしないで。マードックの晩ご飯作ってただけだから。立ち話もなんだから中に入ってよ!」
「お邪魔するよ」
居間に案内して淹れてきたお茶を差し出す。
「珍しいね。マードックに用事?」
「アンタに頼みたいことがあってきたのさ。すぐに帰るよ」
「私に?」
「ちょっと弟分へのお礼に協力してほしくてね」
「ウォルトに?もしかして、この間の契約のお礼?」
「そうさ。頭を捻って思いついたことに協力してくれないか」
「ウォルトにお礼するのってめっちゃ難しいよね」
姉さんの気持ちはわかる。無欲なウォルトにお礼するのは本当に難しい。魔法関係とかいい食材とかは思いつくけど、いまいちな感じがするんだよね。
「なにしても喜ぶだろうけどねぇ。どうせなら心から喜んでくれることがしたいじゃないか」
「そうだよね!わかる!」
「アタイの思いついたことなんて、大したことはないけどさ」
「どんなの?」
キャロル姉さんはお礼の内容を語る。私的にはとてもいい案だと思えた。
「…って感じなんだけどね。アンタの都合もあるだろうから無理なら断って構わない。アタイだけでやる」
「大丈夫!休みもらうし私も参加したい!ウォルトにはお礼し足りないの!」
誘ってくれて嬉しい。
「そうは言っても、いきなり休みむのは難しいだろ?」
「今回だけは簡単!日取りがハッキリ決まったら教えて!」
「ホントかねぇ…。職場に無理言っちゃいけないよ」
「わかってるって♪」
それだけ伝えると、キャロル姉さんは帰って行った。楽しみだなぁ!
翌日。
アニマーレでチャミライさんにお願いする。
「まだ日取りが決まってないんですけど、今度連休もらえませんか?」
「連休?なにかあるの?」
事情を説明すると、チャミライさんは笑顔で承諾してくれた。
「そういうことならわかった!」
「ありがとうございます!」
「こっちこそ。やっばりあの料理だけじゃ心苦しかったから、サマラちゃんが代わりにお礼してくれるなら助かるよ」
今回は休みを取りやすいのわかってた。チャミライさんの彼氏も関係してるから、賛成してくれると思ったんだよね。
「チャミライさんのお礼はもう充分です!実は…私もウォルトにはかなりお世話になってるんで今回は恩返しするいい機会だと思って!」
「そっか。休みはいつでもいいよ。決まったら教えてね」
「ありがとうございます!」
仕事を終えて家に帰ると、珍しくマードックが先に帰ってきてた。
「おぅ。飯は食ってきたから肴だけ頼むわ」
顔を見るなり不躾に告げてくる。不遜な態度が癪に障るけど、いつものことなので放っておく。それに、今日の私はご機嫌だから許す!
「あっ!そうだ。近い内にウォルトとキャロル姉さんと一緒に出かけるから」
「はぁ?なんでアイツらと?」
「いろいろあるんだよ。バッハに来てもらうよう頼んどくから」
「…けっ!飯があるならなんでもいいけどよ」
マードックとバッハの関係は変わらず良好。口には出さないけど嬉しゴリラに違いない。
「バッハとどこか遊びに行けばいいのに」
「…その内な」
「そんなこと言って1回も行ったことないじゃん」
「ちっ…!」
このゴリラ男は、自分は冒険であちこちに行く機会が多いからか恋人と旅行に行ったりすることがない。
森でウホウホ言っていそうなくせに、休みは家に籠もるインドア派。元カノ達に、もれなく「出不精だ」と言われてたみたい。冒険とバッハの家以外で出掛けるのは、飲み屋とウォルトの住み家だけだったりする。
「お前……失礼なこと考えてんだろ…」
「…別に。じゃ肴を作ってくる」
逃げるように台所へと消えた。
★
数日後。
正午に差し掛かろうかという時間に、動物の森を歩く黒猫の麗人キャロルの姿があった。
森を歩くのは気持ちいいねぇ。艶のある黒髪を珍しくアップにして軽装に身を包み、ウォルトの住み家を目指し歩く。
サマラに事前にお願いしておいたお礼の件を直接伝えるタメだ。獣や魔物に遭遇することもなく順調に辿り着くと、かなり遠いのに可愛い弟分は住み家の角からひょっこり顔を出した。アタイはそんなに臭うかねぇ?
近寄るといつもの笑顔で迎えてくれる。
「ウォルト、久しぶりだねぇ」
「久しぶりだね」
「アンタを誘いに来たよ」
「誘いに?話はゆっくり聞くからとりあえずお茶でも飲もう」
そう言って微笑むと、住み家に招き入れてくれた。淹れてもらった冷たい花茶を飲んで一息つく。
「相変わらず美味いねぇ。生き返る」
「ありがとう」
「早速、本題に入っていいかい?」
「誘いに来たって話だよね」
「そうさ。この間の旦那さんの契約が上手くいったお礼にね」
「気にしなくていいのに。ボクが好きでやったことだから」
「そういうワケにはいかないって言ったろ?アンタの悪いとこだよ」
「どこが?」
首を傾げてる。困ったもんだ。
「人は感謝してるからお礼をするんだ。わかるかい?」
「もちろん。ボクだってそうだよ」
「例えば、アンタがもの凄く世話になった人にずっとお礼を拒否されて、挙げ句さらに恩を受け続けたらどうする?」
「なんとかお礼する手を考える…かな?」
ウォルトらしいねぇ。
「間違いじゃないけど皆がそうじゃないのさ。少なくともアタイは違う」
「姉さんはどうするんだ?」
「その人に会わなくなる。いや、会えなくなる」
「…なんで?」
「お礼するってことは、多かれ少なかれ申し訳なさを感じてる。『自分の力だけでは解決できなかったから』とかね。お詫びを兼ねてると言っていいときもあるんだよ」
「お詫び…。そうなのか」
「礼を受け取ってもらえないと、いつまでたっても気持ちが晴れない。それが積もり積もると…自分が惨めになる」
「だから会えなくなるのか?」
「そうさ。人の好意にずっと甘えて生きていけるほどツラの皮が厚くない。ちょっとはお返ししないと自分の気が済まないのさ」
真剣な表情のアタイに、ウォルトも真剣に答える。
「姉さんの気持ちはわかった。けど、ボクは姉さんにもの凄く感謝してる。それこそ恩を返しきれないと思うほど」
「アタイがなにかしたかい?」
「ボクは…今でこそ笑って過ごせてるけど、フクーベにいた頃は本当に苦しかった。姉さんの優しさに何度も救われたんだ。感謝してもしきれない」
「アンタは大袈裟だよ」
十八番を奪ってやろうか。
「だから、姉さんになにかしてもらう必要なんかないんだ」
そうかい。なるほどねぇ。
「お断りだね」
「えぇっ?」
「アタイは物分かりが悪い。自分が思ったことをやるだけさ。それに、依頼したときに言ったろう?最初からアンタに拒否権はないんだよ」
アハハと笑い飛ばす。『参ったニャ』とウォルトは苦笑い。
「ところで誘いに来たっていうのは?」
「アタイと一緒にちょっと遠出してみないか?」
「遠出って、旅行ってこと?」
コクリと頷く。
「そうさ。泊まりがけでね。サマラも誘ってる。どうだい?」
「もちろんいいよ」
「話が早いね。わかってるじゃないか」
「ちなみに、どこに行くんだ?」
「言ったら面白くない。行ってからのお楽しみだよ」
「楽しみにしておくよ。…そうだ。もう昼だしせっかくだからご飯を食べていってよ」
「いいのかい?アタイは嬉しいけどさ」
「もちろん。30分くらい待ってて」
「待ってる間、家の中を見せてもらっていいかい?」
「面白くないと思うけど好きなように見ていいよ」
ウォルトは台所へ向かった。さて、ちょっと見せてもらおうか。書斎は危ないから入るなって言ったね。
…この部屋は薬の調合室かい。独特な匂いに綺麗に陳列された薬品や素材に驚く。疑ってはいなかったけど、現場を見ると薬を作っている姿が目に浮かぶねぇ。
「いい香りだ」
香水や細工された小箱が置いてある。きっと全部自作だね。ホントに器用なもんだ。
他の部屋に入るとベッドが並んでる。シーツや枕も綺麗にしてる。いつ誰が来ても泊まれる状態だ。泊まりに来るような友達がいるってことが嬉しいじゃないか。
その後も、寝室や浴室を見て回っていると「姉さん、準備できたよ」と声がかかる。呼ばれて居間に戻ると、料理が並べられてた。
「美味しそうだねぇ。いただくよ」
「口に合うといいけど」
料理を綺麗に食べ終えて、溜息を吐く。
「はぁ…」
「口に合わなかった?」
「逆だよ…。美味すぎて溜息しか出ないのさ。他の料理が食べられなくなる。アンタはフクーベの『注文の多い料理店』で働くべきだ」
「ビスコさんに誘ってもらったことはあるんだけどね」
「アンタ…ビスコと知り合いなのかい?」
ビスコは誰もが認める料理人。フクーベでも断トツ。料理の腕よりやる気を重視するから、店に勧誘することはないって聞いてるけどねぇ。まぁ、ウォルトなら納得か。
「仲良くさせてもらってる。忙しいのにたまに遊びに来てくれるんだ」
「知り合いが増えてるんだねぇ」
「今のボクは周りの人に恵まれてる」
屈託ない笑顔を見せる。
「ご馳走さん。少しお腹が落ち着いたら帰るよ」
「ゆっくりしていって」
後片づけを終えたウォルトとしばらく談笑して、集合場所と日程を伝えると帰路につく。
アタイが心配なのか、ウォルトがこっそり離れて付いてきてるけど気付かれてないと思ってるのかねぇ。
匂いでわかるんじゃなくて、行動を予測してるんだけどさ。
次の日。
旦那さんに交渉することにした。
「旦那さん。今度連休もらっていいかい?」
「別にいいぞ。珍しいな。どうしたんだ?」
「ウォルトにこの間の契約のお礼をしに行くのさ」
「そうか。よろしく頼む」
アタイは、ランパード商会で売り子と旦那さんの秘書みたいな仕事をしてる。
雇われ始めた頃は、集客を見込まれて店頭で売り子だけやってた。ただ、男共のゲスな言動が原因で何度か商会に迷惑をかけちまった。
旦那さんのはからいで、商会の要人に対する接遇ってヤツをやってる。お茶汲んだりとか、尻を触ろうとした野郎を怒鳴りつけるくらしかやらない。今でも基本は売り子だ。
「我が儘を聞いてもらってすまないね」
「いや。俺ではろくなお礼もできないから助かる。…ときにキャロル」
「なんだい?」
「その……この前の告白の返事は…?」
呆れたねぇ。
「保留だよ。待つのが嫌なら放り出してくれって言ってるだろ」
「わかった…。待つ…」
旦那さんはガックリと肩を落とす。反応が大袈裟なんだよ。アタイは『無期限の猶予』を要求して、旦那さんは渋々了承してくれた。「要求を呑まないなら迷惑かけたくないから即商会を辞める」と断言した。脅しじゃなくて本音で。
それでも「忘れてないか…?」と言わんばかりに確認してくる。待ちきれなきゃ他の女を探せばいいだろうに。旦那さんなら幾らでもいい女を見つけられる。金持ちで気の利く優しい男だ。ただ、アタイは恥かかされて、直ぐにどうこうなりたいとか思わない。
「心配しなくていい。忘れたりはしてないさ」
「そうか…。いい返事を期待してる」
「じゃあね」
部屋を出ていく。途中で旦那さんの小さな溜息を背中に感じた。
読んで頂きありがとうございます。




