253 手取り足取りですよ!
冒険者パーティー【森の白猫】は、クエストを休みにした今日も、元気に師匠の家を訪ねて修練していた。
ウォルトは魔法の上達具合を確認している。
『治癒』
わざと傷付けたボクの腕は、ウイカの治癒魔法であっという間に回復した。
「さらに回復力が増してるね。凄いよ」
「ホントですか?!嬉しいです!」
詠唱したウイカの笑顔が弾ける。最近では『解毒』も習得して、冒険者になって日が浅いのに驚異的な早さで魔法の技量を上げてる。
特に治癒魔法の向上は著しい。ウイカの目標である治癒師は最適な職業なのかもしれない。
「ウォルトさん!私の魔法も見て下さい!」
笑顔満開のアニカ。
「もちろん」
「いきます!『火炎』」
威力が増して詠唱速度も格段に速くなってる。今ならムーンリングベア相手でも単発で瀕死のダメージを与えられるだろう。
「威力も速度も上がってる。修練と冒険の成果だね。凄いよ」
「やったぁ!!」
アニカはウイカと手を取り合って喜ぶ。本当に仲のいい姉妹だ。
「ウォルトさん。俺の付与魔法も見てもら…」
オーレンが言いかけたところで、アニカが肩を叩いた。
「オーレンはいいんじゃない?多分変わりないよ」
「うるさいな!お前になにがわかるんだよ!…ったく」
「見せてもらっていいかな?」
「はい!はぁぁっ…!」
オーレンは構えたまま剣に強化魔法を付与した。まだ発動はぎこちないけど素晴らしい上達の早さ。やっばりオーレンも魔法の才がある。
「かなり上達してる。見違えたよ」
「まだまだですけど、形にはなってきたと思います」
その後はそれぞれに修練に励む。その最中、ウイカが質問してきた。
「ウォルトさん。魔導師って杖を持ってる方が魔法を扱いやすいんですか?」
「私も聞いたことあります!杖は魔力を増幅させるとか!」
教えるいい機会かもしれない。
「当然の話なんだけど、ただの杖にはなんの効力もない。魔力を増幅できる杖は魔道具なんだ」
「ですよね」
「だったら納得です!別に杖がなくてもいいですよね!」
「魔道具の杖には利点もある。ココにもあるから使って説明しようか」
住み家から持ってきたのは古ぼけた杖。枯れ枝のようで細くて短い。師匠の置き土産でもある。
「杖ってそんなに小さくていいんですか?見た目は枝ですね」
「もっと大きくて、地面に撞きながら歩くような杖を想像してました!」
「そういうのもあるよ。扱い易さとか好みの問題もあるけど、大きい方が魔導師っぽくて格好いいよね。オーレン、ちょっといいかい?」
「なんでしょう?」
「杖を人の居ない方向に向けて、魔力を流してみてくれないか?付与魔法の魔力でいいよ」
「わかりました」
言われたとおりに杖を構えて魔力を流してくれた。すると、杖の先から雷魔法が迸る。
「「えぇっ!?」」
「おわぁっ!?」
ウイカ達は当然だけど、放った本人が一番驚いてる。
「この杖は、魔力を流すと自動的に雷の魔力に変換して放出できる。そういう魔道具だ」
「なるほど。凄い杖ですね」
オーレンも納得の表情。
「でも、それだけですよね?雷系が得意な人用ですか?俺にはわかりませんけど」
「魔力を流せば雷魔法が使えることは、別の用途に活かせるんだ」
「別の用途って?」
「たとえ魔法を操れなくても、魔力を保持していて放出できさえすれば攻撃魔法を発動できる。つまり…戦争のような場面では魔力を持つ者は誰もが戦力になる」
ボクの言葉に驚いた表情。皆は想像すらしなかったのかな。
「1つの戦闘魔法を修得するのは凄く大変だよね?」
それぞれ頷いてくれる。
「でも、この杖があれば大した修練をしなくても誰もが魔法使いになれる。考案した人は凄いと思う。使い方さえ間違えなければ」
「よくわかりました。確かにその通りですね」
「そう考えると怖いです!」
「そんな使い方、俺は考えつかなかった」
オーレン達ならきっと魔法や魔道具を正しく使ってくれる。そう感じたし信じているから教えておきたい。魔道具は生活や冒険を楽にしてくれる便利なモノ。正しく使うことがなにより大切。
「魔法も魔道具も使う人次第だよ。単純に魔力を増幅するような杖もあるし、魔道具といっても様々で自分の目的に見合うモノを探せばいい」
「ウォルトさんが魔道具を使うと大変なことになりそうです」
「魔法で森とか山の形が変わりそうだよね!」
アニカ達の大袈裟な話に頬を掻く。
「ボクは魔道具が好きだし使うのも否定しない。ただ、「ゴミ屑雑魚のくせにそんなモノに頼るな」っていう師匠の教えがあるんだ。ちなみに、使っても山は壊せないよ」
「残念です」
「ウォルト峡谷的なモノができたかもしれないのにね!」
「お前らは、ウォルトさんをなんだと思ってんだ?魔法が使えるただの獣人だぞ」
オーレンの言葉が嬉しい。
「オーレンの言う通りだよ。知っての通りボクはただの魔法を使える獣人なんだ」
嬉しくて耳とヒゲが動いてしまう。凄いと言ってもらえるのは嬉しいけど、大袈裟だと思うし照れ臭い。普通の魔法使いと言われる方が身の丈に合っていてより嬉しく感じる。
「オーレンの言い方と表情……ちょっと腹立つね」
「確かに…。『俺は知ってるぜ』的な感じがめちゃくちゃ鼻につく…!」
「なんでだよ!お前らだってわかってるだろ!」
「「私達は褒めずにいられないから」」
「ありがとう。もう少し修練したら昼ご飯にしよう」
「「「はい!頑張ります!」」」
昼ご飯を終えてしばし談笑したあと修練を再開する。オーレンはボクと剣術の修練。ウイカとアニカは互いに魔法で手合わせ。
「はぁ…。はぁ…」
「オーレン。少し休憩しようか」
「はい。ちょっと水飲んできます」
木剣を打ち合って小休止をとることに。オーレンが水分を摂っている間、アニカ達の手合わせを見学しよう。すると、意外な修練をしていた。
「お姉ちゃん…。いくよ!」
「いつでもいいよ」
アニカがウイカに向かって詠唱する。
『炎』
ウイカに向かって放たれたのは『炎』の魔法。『火炎』に比べるとかなり威力は劣るけど、ウイカはどうやって防ぐつもりだろう?
まだ『魔法障壁』は使えないはず。実は魔導師に習って覚えてるとか?それとも躱すのかな?
観察しているとウイカはすかさず詠唱した。
『反射』
放たれた魔法は、ウイカの目の前で弾かれるようにして跳ね返る。アニカは軽やかに身を躱した。
「いいね!上手い!」
「ありがと。次はアニカの番だよ」
同様にウイカの魔法をアニカが弾き返す。ボクは2人の修練を食い入るように見つめた。
★
「そろそろ休憩しようか!」
「そうだね」
魔力が少なくなってアニカはウイカに休憩を提案する。
休憩に入って直ぐにウォルトさんが私達に訊いてきた。
「お疲れさま。さっきの魔法はなんて魔法?」
「さっきの?『反射』ですか?」
「そうかな」
「『反射』は、サラさんっていうギルドの試験官をしている女性魔導師から教えてもらいました!凄い魔導師なんです!」
「へぇ~」
サラさんは昇格試験のあとも私のことを気にかけてくれて、顔を合わせる度に冒険についてアドバイスをくれたり魔法を見てくれたりする。
お姉ちゃんが冒険者になって紹介してからは、「候補が2人になった!」と喜んでくれて、姉妹共々面倒をみてくれる美人で優しい姐さん魔導師。なんの候補なのかは知らない。
ウォルトさんに「魔法はボク以外からも教えてもらったほうがいい。視野が広がるから」と言われているので色々な人と情報交換してる。
「『魔法障壁』より展開が簡単で、敵の魔法を攻撃に繋げられるから冒険者に好まれてるんです!」
「私達も覚えたてなんですけど、少しずつ使えるようになってきました」
と、ウォルトさんから衝撃の一言が。
「凄いなぁ。そんな魔法があるんだね」
「えっ?」
「知らなかったんですか?!」
「初めて見たよ。冒険者の魔法は凄いなぁ」
「てっきり知ってると思ってました」
「師匠から「黙って『魔法障壁』と『強化盾』を徹底的に修練しろ。基本のキの字だ。字ぐらい読めるだろ能なしが」って言われたからね」
ウォルトさんの師匠はとにかく口が悪い。聞いてるだけで腹が立ちそうになる。休憩を終えたオーレンがやってきた。
「お世話になってるから、ウイカとアニカでウォルトさんに教えたらいいんじゃないか?」
意外な提案をしてきた。
「私とお姉ちゃんが…?」
「ウォルトさんに魔法を…?」
恐れ多くてできっこない。ウォルトさんだって私達に教えもらうのは恥ずかしいはず。チラッと視線を向けたら、『教えてもらっていいかニャ~…』とか言いそうな顔で私達を見つめていた。
コレは……滅多にない状況。やらせてもらうしかないね!お姉ちゃんと顔を見合わせて同時に頷く。
「もしよければ私達が『反射』を教えましょうか?」
「手取り足取りですよ♪」
「いいの!?嬉しいなぁ!」
ウォルトさんはニャッ!と笑う。私達からすれば涎が出そうになる表情。
…いかんいかん!
「…はっ!やっぱりやめておくよ」
「えっ?!」
「なんでですか?!」
「2人の修練を邪魔してしまうから」
くぅ~っ!ウォルトさんは真面目猫すぎる!私達の修練のタメに自分を押し殺す優しさ満点猫!
「気にしないで下さい」
「そうです!たまにはウォルトさんの修練に付き合いたいです!」
ウォルトさん自身とも付き合いたいけど!
「じゃあ……今日だけ甘えてもいいかな?」
「もちろんです。今日だけと言わずいつでも」
「じゃあ発動の基本の構えから教えます!よく見てて下さい!」
まず私が詠唱の構えを見せて、ウォルトさんは印を真似てくれる。
「こうかな?」
「いえ、もっと手を伸ばして…こうです」
隣で見ていたお姉ちゃんがウォルトさんの手を取って修正。私も一緒になって細かく教える。
「いい感じです」
「もう1回いってみましょう!」
ウォルトさんは直ぐに構え直した。
「こうかな?」
「いえ」
「ちょっとだけ違います!」
また微妙な修正を入れる。
「覚えが悪くてゴメンね」
「「いえ!一緒に頑張りましょう!」」
コレは……最高に楽しい!
★
離れて立つオーレンは、冷ややかな目でアニカ達を見つめていた。というのも、姉妹の真意に気付いているから。
コイツら…。ただウォルトさんに触りたいだけだな…。
その後も細かく指示を出す姉妹。
「ウォルトさん。邪念が入ってます。こうですよ」
邪念があるのはお前らだけどな…。
「ちょっと手の角度が違います!もぉ~!しょうがないですね~!ウォルトさんは!」
しょうがないのはお前らの頭の中だけどな…。
「難しいね。2人は凄いよ」
「「そんなことないです!」」
ウォルトさんが申し訳なさげに口を開く。
「やっぱりボクなりの覚え方でやったほうがいいかもしれない。2人が修練できないし、オーレンの修練の時間も…」
「ダメです!どんな魔法でも基本が大事なんです!」
「魔導師の先輩から教わりました!」
アホ教官姉妹は手で大きなバツを作る。
「その通りだね…。不器用で面倒をかけるけど、お願いしていいかな…?」
「「もちろんです♪」」
「オーレンも待ってくれるかい?」
「大丈夫です。ごゆっくり」
その後も少しずつ進んでいく魔法の修練。覚える対象は猫人なのに、コイツらはまさに牛歩戦術。特に疑問を持つ様子もなく、ウォルトさんは真剣に細かい指導を受けてる。
ただ、どう見ても同じことを延々と繰り返してる。修正なんて1つも必要ないはずだ。ウォルトさんは既に基本の姿勢ができてる。
余計なこと言わなきゃよかった…。
その後、ウォルトさんは2時間かけて『反射』を発動するに至った。2時間かかったといっても、実際は一発で『反射』を成功させてる。やっぱり凄い人だ。
アホ教官姉妹が発動を許可したのが2時間後だっただけで、それまではひたすら触れあっていた。下らない遊びによく付き合ってくれたな…。
「付き合ってくれてありがとう。もう大丈夫だよ」
「「どういたしまして!」」
微笑み合って互いに満足げな白猫師匠と幼馴染み姉妹。遠目に見ていてお腹いっぱいだ。元々俺のせいだけど相当暇だった。
アニカとウイカは俺が待ってるのを知りながら完全に無視して、自分達の快楽のタメだけに修練を引き延ばした。もっと早く切り上げられたはずなのに…だ!
ウォルトさんは間違いなく1発で『反射』を成功させていたはず。言いたくないけど…尊敬する師匠に少し苦言を呈することに決める。
「ウォルトさん。少しはウイカとアニカを疑ったほうがいいですよ」
「えっ?なにか気になるところがあった?」
「そもそも俺が悪いんですけど、コイツらは自分の欲望のタメに噓を…」
『火炎』
「うわっ!」
言い終える前にアニカの放った特大の炎が飛んできた。なんとか間一髪で躱す。
「あっぶねぇな!なにすんだよっ!」
「ごめん。後ろにムーンリングベアが見えたから危ないと思って」
「噓つくな!俺に当たったらどうすんだ?!」
「オーレンも『反射』するから心配いらないよね!」
「そうだね」
「………」
『反射』したらお前達に魔法が向かうぞ?と声を大にして言いたかったけど、ろくなことにならない匂いがプンプンするので黙っておく。そもそも操れないし。
今のは完全なる殺人未遂だ。嘘を吐いた挙げ句、口封じに殺そうとしてくるなんてコイツらはめちゃくちゃ過ぎる。
「とにかく、ウォルトさんが覚えられてよかったです」
「お姉ちゃんの言う通り!」
「ありがとう。でも、いくら見間違いだったとしても人に向けて魔法を放つときは事前に言わなきゃダメだ。オーレンだったから躱せたけど危険すぎる」
ウォルトさんは真剣な表情でアニカを叱る。少しだけ気が晴れた。
「はい…」
「ごめんなさい…」
連帯責任だと感じたのか、しゅんとする姉妹を見てまた少し気が晴れる。ウォルトさんはそんな姉妹に歩み寄り、微笑んで頭をポンと撫でた。
「わかってくれたらいいんだ。晩ご飯にしようか」
「「はい!」」
先行く3人の後ろ姿を眺めて、この先も頭を悩まされそうだと嘆息した。




