252 頑固者の魔法
「よぉし!次はこっちだ!」
「はい!」
「ウォルト!こっちも頼む!」
「はい!」
ウォルトを呼ぶ大きな声が飛び交うのは、顔見知りのドワーフ達が働く工房。
工房と言ってもただの大きな洞窟だけど、暗くて狭くて怖い洞窟はドワーフにとって生産に適した環境らしい。
オリハルコンの精製でドワーフ達との仲を深めたことで、たまに顔を出して生産を手伝っている。
「ガッハッハ!ウォルトがいると仕事が捗って仕方ねぇ!」
「まったくだ!モノづくりが楽しすぎるぜ!」
「他のドワーフには教えられねぇな!」
そんな声を嬉しく思いながら、工房の潤滑剤として忙しく動き回る。予定していた今日の進捗を遙かに上回る速度で作業は進んだ。
「今日はこのくらいにしとこうや!」
「やり過ぎはよくねぇな。賛成だ」
「かなり早く終わったな」
「「「ということで…」」」
作業を終えたところでボクが作った料理を運んできた。
「できました。召し上がって下さい」
「おう!」
「待ってました!」
「たらふく飲むぞ!」
ドワーフ達は酒を片手に料理を食べ始めた。凄い勢いだ。
「くうぅ~!やっぱうめぇな!」
「コレを食うと他の料理を食えなくなっちまう!」
「お前は料理人か職人になれ!宝の持ち腐れだぞ、もったいねぇ!」
「ありがとうございます」
騒々しい男性陣だけでなく、女性陣も味わいながら食べてくれる。ドワーフの女性も一見ヒゲを生やしているように見えるけど、実は伸ばした髪の毛を垂らしてヒゲ面っぽい見た目に保っているだけ。ドワーフといえばヒゲなのかもしれない。
「不器用って云われてる獣人が作ったってんだから驚きだよ」
「舌が慣れてきてもいつまでも美味しいんだ」
「もの凄く美味いよ。後で作り方を教えてもらっていいかい?」
「もちろんです」
ドワーフの女性もやはりと言うべきか職人肌。作業はもとより総じて調理が上手い。意外だったのは、男性のドワーフは料理をしないということ。器用なので調理も上手そうなのに、「男は料理はやらねぇ!」と見向きもしない。
作業のあとはいつも大宴会になる。ボクはお酒を飲めないけど、宴会の雰囲気は好きなので持参したお茶でも充分楽しい。
「おい、ウォルト!今回の報酬はなにがいい?」
上機嫌のコンゴウさん。ドワーフの皆は律儀で、手伝うと毎回なにしらお礼をしてくれる。そして、お礼を断ると丸太のような腕で切れ味鋭い斧を構えて脅されるのがお決まり。
いつもなら生産した刃物や工具をもらうけど、今回は気になっていたことを訊いてみよう。エルフの里ウークに行って思ったこと。
「もしよければなんですけど、ドワーフの魔法を見たいです」
「ドワーフの魔法?見てどうする?」
「新しい魔法を見たり聞いたりするのが好きなので」
「そういうことなら見せてやるか。ついてこい」
コンゴウさんと洞窟の壁に向かう。壁に辿り着くとゴツゴツの手を添えた。
「見てろよ。『石工の心』」
魔力を纏って詠唱すると、添えた手を中心に壁が淡く光る。青みがかった光に所々違う色が混じってるのはなぜだろう?
「綺麗ですね」
「色が違う箇所があるだろ?その部分はより良質な石だ」
「石の価値を見分ける魔法ですか?」
「価値を見分けるというより、いい石を使ってモノを作るための魔法だ」
「なるほど。ボクもやってみていいですか?」
「はぁ…?」
壁に手を添えて詠唱する。
『石工の心』
「なんだとっ!?」
「「「なっ、なんだぁ?!」」」
洞窟の天井に届くほどの幻想的な淡い光。なぜかコンゴウさん達は口を開けて動きを止めてしまった。
「上手く発動できたと思ったんですが、光の色が違いました。やっぱり難しいですね」
ボクの『石工の心』はコンゴウさんの魔法よりも青みが強い。上手く再現できてない。
「どうなってんだ…?使えるなら最初から言え」
「見せてもらった魔法を真似てみただけですよ」
「たわけが。そんなワケ……いや、お前はどうかしてるな…」
★
コンゴウは内心唸った。
コイツは嘘を吐いたり見栄を張る男じゃない。だから真似たという発言は真実だと気付いた。
ウォルトの『石工の心』が濃く青みがかっているのは、より魔力が洗練されているからで、色が濃い方が変色の度合も大きくより細かい石の診断ができる。ドワーフ界では常識。
そんなことよりも、初見の魔法を即座に模倣したことが異常。さらに言えば軽々とドワーフの魔力を操ってる。
平然としてるが普通なら有り得ん。俺も仲間もウォルトが普通の魔導師じゃないことに気付いとるが、どんな生き方をすればこんな魔導師に育つのか。
「ドワーフの魔法は、戦闘や治療に使うモノは多くない。お前が覚えてもあまり得はないかもしれんな」
「魔法はどう使うかが重要だと思います。覚えて損な魔法はありません」
「ガハハハ!道具と同じで使い方が重要か。上手く使えば役に立つが、間違えば凶器にもなる」
「その通りです」
コイツにはドワーフ魔法を教えてもいい。決して悪用するような奴じゃない。むしろ、覚えたらどう使うか見てみたいと思わせる。
★
コンゴウさんと話しながら皆の輪に戻ると…。
「ウォルトはドワーフの魔法を知りたいのか」
「だったら見せてやるぜ。こんな魔法もあるぞ」
ドラゴさんがジョッキを置いて腕を組むと、しかめっ面で詠唱する。
『頑固』
詠唱したものの、一瞬魔力を纏っただけで大きな変化は見られない。効果が予想できないな。
「今のはどんな魔法ですか?」
「見た目じゃわからんだろ!実は精神耐性が上がってる!魔物の『混乱』や『魅了』に有効だ!凄いだろ!」
「初めて知りました。精神耐性が上がっても見た目は変わらないんですね」
頑固か。ドワーフにピッタリな名前だ。…なんて思っていると、他の頑固者達が呆れたように口を開く。
「わかりにくいわ!人に見せる魔法じゃねぇだろ!」
「ドワーフの魔法は沢山あるのになんで『頑固』を選んだ?!お前はバカなのか!?」
「そんなんだからドワーフは偏屈者といわれるんだ!ド阿呆!!」
「うるせぇな!黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって!」
小競り合いを繰り広げるドワーフ達。ゴツくて小さいおじさんが争う姿は、やっぱり可笑しくて心が和む。冷静に酒を飲んでいるコンゴウさんは、グビッと酒を呷って豪快に息を吐いた。
「ドワーフは魔法が得意だが、いざ闘うとなれば腕力にモノをいわせる。だから、使う魔法は鍛冶に役立つとか耐性を上げるような魔法が多い」
「なるほど」
「ドワーフにも大魔導師と呼ばれるような男がいるらしいが、そういう奴は珍しい。お前ほどじゃないだろうがな!ガハハハ!」
「獣人で魔法を使えるのは珍しいとよく言われます」
「そっちじゃないが…まぁいい」
「魔法を見せてもらってありがたいです。勉強になりました」
「まだあるぞ。見たいか?」
「是非見たいです」
「覚える気だろ?獣人のお前がドワーフの魔法をどこまで使いこなせるか見てみたい。お前なら悪用や吹聴しないだろうしな」
「信用してもらって嬉しいです。ただ、後でとんでもない要求されても応えられないんですが…」
シノさんの件もある。さすがに「ドワーフになれ」とは言われないと思うけど…。
「そんなことするか!俺達を見くびるな!」
他のドワーフも魔法を見せてくれるみたいだ。
「『鉄槌』は、槌で鉄を打つときに効果的な魔法だ。狙い澄ました正確な打撃と威力も上がる。こんな感じだ」
魔力を纏った腕で正確無比に鉄を打つ。
「凄い…。1点に寸分の狂いもなく…。攻撃にも使えそうですね」
「おい、ウォルト。こういうのもある。『鉄壁』」
詠唱すると身体が鉄色に変化する。
「打撃の威力も軽減するが、炎の暑さをかなり軽減できる。炉の作業に使うことが多いな」
「鍛冶には必要な魔法ですね。熱に耐えられるのは凄いです」
『硬化』は打撃や斬撃には強いけど炎には耐えられない。おそらく『鉄壁』は『硬化』に比べて硬度は下がるけど熱に強い。やはり魔法は一長一短。
次々見せてくれる魔法に興奮していると、ドラゴさんが再び魔法を見せてくれると言う。今度はどんな魔法だろう。
「見て驚けっ!『抵抗』」
ドラゴさんは腕を組んで一瞬だけ魔力を纏う。直ぐに魔力が視認できなくなったけど、特に変わった点はない。さっきと同じだ。
「ドラゴさん。今の魔法は?」
「ガッハッハ!魔法の抵抗力を上げる魔法だ!少々の魔法なら無効化できる!見えないか?!」
他のドワーフが口を揃えた。
「いい加減にせい!この大バカ野郎!」
「お前は3歩歩いたら忘れるのか!?頭の中が沸いとるのか?!」
「ドワーフがバカだと思われるだろうが!」
「誰かコイツを炉に入れろ!溶かして取鍋で捨てちまえ!」
「てめぇら…!言わせておけば!」
また小競り合いを始めたドワーフ達を尻目に、見せてもらった魔法を修練する構想を練っているとコンゴウさんが話しかけてきた。
「覚えられそうか?」
「なんとかなると思います」
「お前がどうやって魔法を覚えるのか見せてもらえたりするか?」
「構いませんよ。普通だと思いますけど」
「普通、ねぇ…」
コンゴウさんとともに、騒ぎ続けるドワーフ達の輪から外れて広い場所に移動する。
「では、修練を始めます」
「おう」
見せてもらった魔法の魔力色は全て記憶した。ドワーフの魔力を練り上げ魔法の発動を試みる。見様見真似だけど、実際に見た魔力の質と流れ、発動した光景などの情報を脳内で組み合わせて体内で繊細に魔力を変化させて発動する。
『石工の心』は一発で発動できたけど、完全にたまたま。今回は上手く発動できなかった。それでも、変化を加えながら何度か繰り返すと形になる。
コンゴウさんは真剣な顔で見つめてくる。緊張するなぁ。ボクは習得が遅い方だと思うし…。
その後、30分かからず全ての魔法を発動するに至った。身体が覚えたからもう大丈夫だ。あとは自分なりに改良しながらひたすら磨くだけ。
「コツは掴めました」
充実の表情を浮かべると、なぜかコンゴウさんは目尻を下げた。
「そうか!教えた魔法を使ってまた仕事を手伝ってくれ!だったら見せた甲斐があるってもんだ!ガハハハ!」
「喜んでやらせてもらいます。教えてもらったドワーフの魔法は誰にも言わないので信用して下さい」
とても希少な体験をさせてもらえて感謝しかない。
★
コンゴウは、ウォルトの修練風景を目にしても全く習得法が理解できなかった。
実際はなに1つ教えてない。たった一度見せただけだ。それだけで勝手に魔法を覚えて教えたと言われちゃ笑うしかない。
コイツは、種族なんぞ関係なく魔法に関して類を見ない化け物だな。唯一理解できたのは、魔力制御が桁外れに上手いこと。詠唱する度に目に見えて上手くなっていく。どうやって魔法を覚えてるのか俺には到底理解できん。
「俺らの魔法は別に秘伝でもないし、見せるくらいならいい。人間やエルフの魔法とは形態が違うから使われることはまずないしな。珍しい魔法も教えてやる」
「本当ですかっ!?約束しますっ!」
『やったニャ!』とか言いそうな顔をしている。不思議な奴だ。俺らの使う魔法なぞ、ドワーフなら誰もが操る大したことない魔法ばかり。それでも楽しくて仕方ない顔をする。
たとえ他人に見せても心配はいらん。見ただけで魔法を覚える魔導師なんているはずない。コイツを除いては。
魔法も鍛冶も同じ。誰かに師事して手取り足取り学ぶのが普通ってもんだ。ドワーフに限らんだろう。
コイツが、この先どれほどの魔導師に成長するのか見てみたい。




