251 時計職人
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
タマノーラの商人ナバロは、ウォルトの住み家を目指し森の中を歩く。
定期的な納品に向かう途中で、今回は別件で相談したいことがある。けれど、彼に頼んでいいモノか。まぁ駄目元か…。
背負う荷物の重みに加えて、気分が乗らないから足取りは重い。そんな足取りでもちゃんと辿り着くもので住み家が見えてきた。すると、いつもの笑顔で出迎えてくれるウォルト君。
「今日も納品に来たよ」
「ありがとうございます。お疲れさまでした。中へどうぞ」
笑顔で住み家に招かれる。
「お邪魔するよ」
背負った荷物を下ろしていつもの椅子に座って待っていると、飲み物を運んで来てくれた。てっきり絶品の花茶かと思っていたけど…。
「コレは…カフィじゃ?」
「そうです。タマノーラでも飲まれていますか?」
「まだ仕入れ値が高額すぎて、取り寄せが難しいんだ。いい香りだね」
なんとも言えない芳醇な香りが漂う。丁寧に煎った豆の香り。
「…苦さと酸味が絶妙で美味いなぁ」
「口に合ってよかったです。少し砂糖を入れて味を整えてあります。甘すぎませんか?」
「ちょうどいいよ」
「カフィ豆の販売は独占されてるらしいですね」
「そうなんだ。かなり儲けが出るだろうから商人として気持ちはわかる。ウォルト君は自分で見つけてるんだね?」
僕でも予想はつく。
「自分が飲めないので、ほんの少しだけもてなし用に森で採ってます」
「そうだろうね。今度知り合いに豆の相場を聞いてみようかな」
僕は商人だけど、自生地や製法についてしつこく尋ねたりしない。金の亡者だと思われたくないし、思いがけないことで友人を困らせたくないから。
卸してもらう花茶や薬だけでも他の商人は手に入らない代物だ。これ以上欲をかいたら罰があたりそうだし、ウォルト君とは商売を抜きに友人として長い付き合いをしていきたいと思ってる。
「持ってきた商品の確認を頼むよ」
「直ぐに確認します」
背負って来た荷物を確認してくれる。定期的に届けているのは主に調味料。頼まれたモノの他に入手した珍しい調味料も持ってくることがあるけれど、残念ながら今回はない。
★
数量と種類を確認していたウォルトは、塩や砂糖などと別に綺麗に包まれた布に気付く。
「ナバロさん。コレはなんですか?」
「ウォルト君に修理できないか訊こうと思って持ってきたんだけど」
「修理ですか?」
「もしかしたらできるかもと思ってね」
ナバロさんが手に取って布を開くと、包まれていたのは古ぼけた時計。
「…懐中時計ですか?」
「そうだよ」
普通、時計といえば柱時計を指す。主にゼンマイや歯車を使った仕掛けで時を刻む。以前、壊れた時計の内部を見る機会があった。計算し尽くされた見事な構造に感動したことを覚えてる。考案した技術者や作り上げた職人の凄さに溜息が出た。
懐中時計は携行できるほどに小さく、柱時計とは比較にならないほど精密に作られた逸品で、職人技の粋を集めたモノ。高級品で庶民が買えるような代物じゃない。
「壊れてしまったみたいなんだ。修理を頼まれて、どうにか直してあげたいんだけど僕の伝手では修理できる者が見つからなくてね」
「それでボクにですか?」
「ウォルト君は職人に負けないくらい器用だから、もしかして…と思ったんだ。駄目元で訊こうと思って」
「修理したことはないです。でも、やらせてもらえるなら是非やってみたいです」
「本当かい?」
「こんな貴重なモノを修理できる機会は滅多にないと思います。ボクの個人的な興味と願望で申し訳ないんですが」
単なる好奇心と個人的な願望で申し訳ないと思う。
「それでも助かるよ。直せなくて当然だし、時間がかかってもいい。お願いしていいかな?」
「預かっていいんですか?」
「君を信用してる。たとえ修復できなくても綺麗に原形を留めて返してくれるだろうし、高級品だけど預けることに躊躇いはない。君は誰かに横流ししたり乱暴に扱うよう獣人じゃないからね」
「ありがとうございます。直せるとは言えませんが、やれるだけやってみます」
「こちらこそ頼むよ」
その後、物資の対価に傷薬と花茶、少量だけど手持ちのカフィ豆を渡すと喜んでくれた。
「君に習って作った代用の花茶も売れてるんだ。最近ではフクーベからも注文があるんだよ」
「よかったです。お姉様達も喜んでくれてますか?」
「お姉様軍団はウォルト君の作った茶葉でないと納得してくれないんだ…。繋ぎにはなってるけど舌が肥えちゃってて困る」
「評価してもらえるのは嬉しいです。また作って渡すのでよろしくお伝え下さい」
「うん。じゃあ、また」
ナバロさんを見送って住み家に戻ると、食卓に置かれた懐中時計を布で掴んでそっと手に取る。年季が入って真鍮の色もくすんでいるけど、大事に使われていたのがわかる。丁寧に扱わないと。
作業机に向かって、修理するのに特殊な工具が必要だと気付く。ネジを回したり部品を掴むのに部品に合った小さな工具が必要。拡大鏡はあるし目はいいので問題ない。なんとかなるかな。
モノづくりが趣味なので、一通りの工具は揃ってる。1つずつ手に取って詠唱した。
『圧縮』
工具は縮むように縮小する。使い易いように先だけを細く加工したり、全体を短くしたりと魔法で微調整していく。
「こんなもんかな」
準備を終えてまずは丁寧に時計の外装から外す。文字盤には硝子が使われているので特に慎重に。ほんの少しずつ、傷付けたり壊したりしないよう注意深く観察しながら分解していく。
その上で、組み直すことを考慮して分解図を描く。絵を描くセンスが絶望的だから、自分しか理解できないと思うけど問題はない。
その後は、食事もとらず時間を忘れて作業に没頭する。汗をかくので水分だけは補給しながら作業を進めた。
そんな中で込み上げる想い。ナバロさんへの感謝。作業が楽し過ぎる。
懐中時計の内部は精巧な歯車が幾重にも重なり、複雑に部品が結合されて動力のゼンマイにより時を刻む仕組み。分解しながら唸ってしまう。
時計の仕組みを閃いた発想も凄いけど、昇華させて持ち歩ける程の大きさに凝縮させるなんて、どんな頭脳と技術の持ち主なんだろう。製作者には頭が下がる。
分解を終えて部品を細かく点検すると、歯車に気になる部分があった。歯の一部が折れて上手く噛み合わない。故障の原因はこの部分で間違いなさそう。
部品を全て外すと、内部に歯車の欠片が残されていた。鉄嘴で摘まみ、欠けた部分に合わせてみると隙間なくピッタリ合う。
ならば…と詠唱した。
『同化接着』
魔力を注いで溶け合うように接着された歯車は、あっという間に継ぎ目のない仕上がりに変化する。魔力の消費は激しいけど、『同化接着』は鉄でさえ融着させる。引っ張っても叩いても問題ない。老朽で欠けた可能性があるので万全とはいえないものの、外観は問題はなさそう。
今のボクに部品を作るのは不可能なので修理が精一杯。どうにか使えるといいけど。
「よし。後は組み立てるだけだ」
その後、自分の描いた分解図を元に時計を復旧する。手間をかけた分だけ早く終わるはず……だった。
こうだったはずだけど……図だとこうかな…?自分の描いた図に惑わされながら、なんとか無事に組み終えた。むしろ見ないほうが早く終わっていた。
まさか、自分でもなにを描いているか理解できないなんて…。今後は少しずつでも敬遠していた絵を描く練習することを心に決める。
それはさておき、錆びていたり汚れていた部品は綺麗に磨き上げて油も塗布した。満足いく仕上がり。
「最後にゼンマイを巻けば…」
動力のゼンマイを巻いてみる。指を離すと懐中時計は時を刻み始めた。正確で淀みない音が耳に心地よく響く。
「動いてくれてよかった。いいモノを見せてもらえたなぁ」
ふと窓に目をやる。気付けば夜になっていた。目の間をキュッ!とつまんで、肩をトントン叩くと、首を回しながらお茶を淹れるために台所へと向かう。
★
次の日。
ウォルト君がタマノーラを訪ねて来た。
「懐中時計の修理が終わりました」
「君は……本当に凄いな…」
手渡されたけれど信じられない…。腕利きの職人でもかなり時間がかかると言っていた。渡してからまだ1日経っていない。
「部品が古くなってましたが、整備したのでおそらく大丈夫だと思います。今回はありがとうございました」
「礼を言うのはこっちだよ…。なんてお礼を言っていいのか…。とにかくありがとう」
「やってみたかったのでお礼はいりません。いいモノを見せてもらいました。凄く楽しかったんです」
「そういうワケにはいかないよ。必ず…」
僕の言葉をウォルト君は笑顔で遮る。
「ボクはモノづくりが好きなんです。だから凄い技術や発想を知りたい。今回は高価な懐中時計を預けてもらって、構造を知ることができただけで充分です」
屈託ない笑顔になにも言えなくなってしまう。ウォルト君はさらに続けた。
「もしお礼をしないと気が済まないなら、たまにでいいので珍しいモノを見せてくれませんか?充分お礼になります」
「そんなことでいいならお安い御用だよ」
「あと、モノの製作や修理を請け負ってみたいんですが」
「むしろお願いしたい」
タマノーラは職人が少ないので、修理や製作で伝手を頼られることも多い。ウォルト君が引き受けてくれるならもの凄く助かる。
「ただ、請け負うのに1つだけ条件がありまして」
「条件?」
彼から提示するなんて珍しい。
「成功してもボクが作ったり修理したことは依頼人に内緒にして下さい」
「わかったよ。約束する」
本当に目立つのを嫌うなぁ。それと、彼の満面の笑みを見てちょっと困った予感がある。お礼が返しきれないくらい溜まるんじゃないだろうか…?
★
「確かに修復されている。素晴らしい」
「驚くべき早さです。一時しのぎで修復しただけかもしれませんが」
「刻む音に淀みがない。どんな手を使ったのか見当もつかないが見事に修復されている」
「さすがで御座います」
懐中時計を手にしているのは、王都の大商会を率いるベルマーレ。大事そうにスーツの胸ポケットにしまう。
「修理した職人は渡したとき以上に綺麗な状態で返してきた。報酬は倍渡して構わない。弾んでやってくれ」
「かしこまりました」
執事のフランクが立ち去ろうとして呼び止められる。
「フランク」
「なんで御座いましょう?」
「タマノーラの商人に依頼したと言ったな?」
「指示のあった通りフクーベ近郊の町商人に依頼致しました」
主人は、時折常人には理解し難いようなことを指示する。「新規開拓だ」と笑って、先代の形見の懐中時計を知りもしない商人に「修理してほしい」と預けた。
高級品ゆえに返ってこない可能性すらあり得るにもかかわらず。「フクーベ近郊の商人なら誰でも構わない」と指示を受けたが、万が一を考えて自分の遠縁にあたるナバロを選んだ。商人にしては珍しく、過ぎた欲深さを持たず誠実で信頼できる男。
ベルマーレ様には考えがあってのことなのだろうが凡人には理解できない。リスクが高すぎる。そんな心情を察したのかベルマーレ様は目を細めた。
「ガルヴォルンの採取やランパード商会との契約も然り。そして、今回の懐中時計の修復。全てフクーベ近郊での出来事。無茶な要求に応えるだけでなく、常に予想を上回ってくる。本当に面白い。あの街には…絶対なにかある」
狙いはそれか…と内心呆れてしまう。ベルマーレ様の興味を引いているのは、フクーベにあるなにか。もしくはフクーベにいる何者かの存在。
確かに王都の冒険者や職人でも困難と思われる依頼を、驚異的な早さと確実性で成し遂げている事実は驚くべきこと。
偶然はそう何度も続かない。フクーベになにかあると思わせるには充分過ぎる理由。なにかに近づくタメに、ベルマーレ様なりのやり方で情報を収集しているのだろう。あまりに大胆すぎる気がするが…。
「それでは失礼致します」
「あぁ。お疲れさん」
深くお辞儀をして退室したフランクは、扉の前で小さく嘆息した。
次はどんな手でいくのだろう?…少々忙しくなりそうだ。
読んでいただき、ありがとうございます。




