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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
249/715

249 真の最強は誰なのか

 ウォルトとシノが、激闘を繰り広げた次の日。カネルラ王城の国王執務室にシノの姿があった。



「どうしたのだ?急な報せか?」

「本日から職務に復帰したく…存じます…」


 国王様の表情が曇る。


「休みを与えたのは昨日だぞ…?」

「昨日は……有意義でありました…」

「むぅ…。気も晴れたのか?」

「はい…」

「そうか。ならば言うことはない。あいわかった」


 一瞬困ったような笑顔を浮かべられたが、俺の気持ちを尊重して頂いた。


「国王様…。僭越ながら…我が儘を申し上げたく…」

「なんだ?」

「今後…休みを頂く機会が……多少増えるかと…」


 国王様は優しい笑みを浮かべる。


「構わん。引き続き自愛せよ」

「有り難きお言葉…」


 深く礼をして、部屋を足早に立ち去る。背を丸めて廊下を歩いていると、また話しかけられた。


「シノさん。この間、木に引っ掛かった子供の風船取ってくれてありがとう。喜んでたよ」

「背が高いからな…。気にするな…」

「シノさん。暗部の若い方に野菜渡しておきました。いっぱい食べてくださいね♪」

「頂く…。健康にいい…」


 幾人かに対応したあと、気配を殺して食堂の近くを通りがかったが、またババアが声をかけてきた。


「シノ!隠れても無駄なん……」

「なんだ…?」

「アンタ……ちょっと寄っていきな!」

「そんな…暇じゃない…」


 面倒くさい奴だ。


「いいから黙って寄ってけ!人をババア呼ばわりしたこと国王様に言いつけるよ!」

「ちっ…」


 食堂のババアが国王様に何事か言いつけるなど普通あり得ないが、このババアはやりかねない。…というか、おそらくやる。

 ナイデル様はどんな民の声にも耳を傾ける国王。俺のせいでいらぬ手間をかけさせるわけにはいかない。黙って従うことにした。


 食堂の椅子に座って待っていると、ババアが料理を運んできて目の前に置く。


「アタシの驕りだよ。食いな!」

「………」


 差し出されたのは、まだ暗部に入りたての頃、よく食っていた料理。もう何年も食べていない。なぜ今…?混乱しているとババアはニカッと笑った。


「久しぶりに誰かにやられたみたいだねぇ。若い頃と同じ顔してるよ!食って気合い入れな!昔よく食ってたろう?」

「……ちっ!」


 新入りで、先輩を相手に手も足も出ず、手合わせでも連戦連敗の日々に、金もない俺とボバンがよく食っていた料理。この食堂で一番量が多く、安くて美味い料理。


「あたしの目はごまかせないよ……。ん…?そういえば、ちょっと前にボバンにも食わせたね。なんでだったかね…?」


 忘れるのか…。呆れる…が。


「頂こう…」


 黙々と食べ進める。懐かしんでいるのか、ババアは息子や孫を見つめるような優しい表情を浮かべる。…ちぃっ。


 料理を平らげ笑顔のババアを見た。


「どうだい?懐かしいだろ」

「相変わらず…………クソマズいな」


 青筋を立てて激怒するババアから、ささっと逃げ切った。

 



 思いがけず満腹になりリスティア様の部屋の前に立っていた。軽く扉をノックすると、中から「はぁい」と声がする。


「王女様…。急に失礼致します…。シノです…」


 自分なりに大きな声で名乗ると扉が開いた。顔を覗かせた王女様に「中に入って!」と笑顔で促され、一礼して入室する。直ぐに椅子にかけるよう促された。


「シノ、おかえり!」

「本日戻りました…。王女様に…御報告が…」

「なぁに?」

「親友に…お伝えしました…。王女様は…息災であると…」

「ありがとう!なにか言ってた?」

「そうですか…。ありがとうございます…と」


 ウォルトの返事が気に入らなかったのか王女様は頬を膨らませる。


「むぅ…!それだけ?冷たいね!今度会ったら文句を言わなきゃ!」


 ヘニャ!っと笑いながら怒っている。無表情の俺には絶対できない技能。王女様は器用だ。


「王女様…。私は……暗部の長だと身分を明かした上でウォルトに挑み…」

「うん」

「敗れました…。王女様の親友は……稀有な魔導師です…」

「強かったでしょ?」


 首肯する。


「命のやりとりは行わぬと…誓ったにもかかわらず……我を忘れてしまうほどに…。申し訳御座いません……」


 深く頭を垂れる俺の懺悔のような言葉を聞いても、王女様は笑顔のまま。


「結果的に守ってくれてる。2人が無事なら私は満足だよ。真面目だなぁ、シノは!」

「有り難きお言葉…」

「それに、ウォルトは常識外れの獣人だから仕方ないよ!」

「仰る通りです…」

「なにがあったか詳しく聞かせてもらっていい?」

「かしこまりました…」


 ウォルトとの出会いから手合わせ、その後について可能な限り詳細に話す。自他共に認める話し下手だが、王女様は鼻を膨らませて絵本を読んでもらう子供のように興奮している。


「申し上げられるのは…この程度かと…」


 話し終えると、王女様は短い腕を組んで何度も頷いた。


「なるほどぉ~。『闘気』の次は『気』まで…。どうかしてるね!私の親友は!」


 自慢するような台詞に俺は心の中で頷いた。王女様の親友は…本当にどうかしている。


「王女様…。恐縮ですが……私の要望を聞いて頂きたく…」

「なぁに?」



 丁重に要望をお伝えさせて頂いた。

 

「では…失礼致します…」

「うん!またね!」


 リスティア様の部屋を後にして、次なる目的地へ向かう。目指すは、負け犬へっぽこ騎士団長ボバンの執務室。


「帰ってきたのか。早かったな」

「あぁ…」


 訪ねるとボバンは書類に目を通していた。団長ともなれば報告文書などの事務仕事も職務の内。首をゴキゴキ鳴らしたボバンはソファに座るよう促してくる。


「会えたか?」

「あぁ…。お前の望み通り……負けたぞ…」

「そうか!ははははっ!」


 あまりに遠慮がないボバンの態度に苛立つ。


「笑い事じゃない…」

「お前があっさり認めすぎて意外だった」

「事実だからな…。アイツは……強かった…」

「俺はお前が負けるのを望んでなかったぞ。見たことのない世界を見ただろう?」

「あぁ…。洗練された高度な魔法に…多重発動…。心底驚かされた…。それに…」

「『気』の模倣だろ?」

「そうだ…。経験者は語る…か…?」


 ククッと目を細めて笑う。


「まぁな。俺は度肝を抜かれた」

「俺もだ…。あんなことが可能とは…思わなかった…」


 激しい闘いの中で技能を習得し、使いこなすような者が存在するなど考えたこともない。誰もが血の滲むような修練を重ね技能や術を身に着けている。そんな常識を打ち破る存在。


「お前はウォルトの魔法をどう思った?俺の見立てでは本気を出してない」

「同意見だ…。力の半分も見せているか怪しい…。魔法の威力が凶悪すぎる…。本気を出さないんじゃなく…出せないんだろう…」


 アイツの魔力量と技量から推測すると、あの程度の魔法しか使えないはずがない。間違いなくカネルラ最高の魔導師。


「ウチのアイリスの話だと、対魔物では比べものにならないほど多彩な魔法を見せるらしい。対人では使える魔法が限定されるんだろう」

「…ふははっ!是非…見てみたいモノだ…!」

「意外だな。お前が声を上げて笑うとは」

「やかましい…。俺は…王女様に進言したぞ…」

「なにをだ?」

「アイツを……暗部に引き入れる…」

「…本気で言ってるのか?」

「本気だ…。アイツの力は…暗部に相応しい…」

「言ってることは理解できるが、本人は嫌がるだろう」

「誘ったら…喜んでいた…。アイツは…暗部の職務を十二分に理解してる…」

「王女様はなんと仰られたんだ?」

「悩んでおられた…。だが…本人がよければいい…と許可を頂いた。その時が来れば国王様にも進言する…。今後が楽しみだ…」


 要望を受けた王女様は、「ウォルトが暗部として傍にいてくれるなら嬉しいけど、基本的にお人好しだから暗部に適応できるか心配だね」と仰ったが、ウォルトは暗部に造詣が深く、責務を充分理解しており心配は無用である旨を伝えた。


 王女様は確かに親友かもしれんが、少し勘違いされている気がした。獣人という種族は、非常に好戦的で残虐非道なことも難なくこなす。人間とは性分がまるで違う。むしろ暗部に向いている。

 ウォルトは賢く優しいように見えるが、やはり一皮剥けば獣人。決してお人好しなどではない。闘った俺が一番理解している。

 さらに「尊敬している」と握手を求められたことや、過去の暗部の活動について本に書かれていないことまで考察し、その内容がほぼ正しかったことを伝えると聡明な王女様も驚いていた。そして、最後に「ウォルトは無類の暗部好き」であることを伝えた。


「ただ…アイツを引き入れるには…倒す必要がある…」



 ★



 時は遡って。


 気を失った後の行動について、ウォルトから説明を受けたときのこと。「気を失いながらも自分を追い詰めた」という説明を俺は頑なに信じなかった。


「残された記憶が…俺にとっての真実…。お前の勝ちだ…」


 だが、ウォルトも引かない。


「ボクは…カネルラが好きなんです」

「それがどうした…」

「シノさんやボバンさん…騎士や暗部の皆さんは、表裏一体でカネルラを絶え間なく守り続けてきました。おそらく今後も…」

「なにが言いたい」

「ボクは守られる側、カネルラ国民の1人です。ハッキリ言います。尊敬する暗部や騎士と手合わせして…どんな結果になったとしても勝ったとは思えない。噓とか見栄とか余計な気遣いではなく……そういう性格なんです!諦めて下さい!」


 ウォルトは大苦笑して、やはり嘘を吐いているように見えなかった。事実だとすると手合わせに初めから勝ちはあり得ない。

 信じ難いが…獣人としての矜持…。ただ負けたくないだけだったのだと気付かされた。ならば…これ以上は不毛。渋々だが納得することにした。


「今回の手合わせと…治療の礼に…コレをやる…」

「いいんですか…?」


 懐から取り出して手渡したのは、暗部の使用する秘薬。代々受け継がれてきたモノだ。礼に渡せるモノがこれくらいしか手持ちにない。


「暗部に伝わる…解毒剤と回復薬だ…」

「ありがとうございます…。こんな貴重なモノを…」


 ただでさえ丸い目を感動で更に丸くしている。殊勝な獣人だ。その後、模倣したばかりの『気』の修練に付き合ったり、茶を飲みながら暗部の活動について語り合い、益々暗部に引き入れる意志を強固なモノにした。


 そして、今後は『手合わせしてウォルトが負けたら暗部に入る』ことを約束させた。「負けたら暗部に入るとは一言も言ってません!」とはウォルトの弁。だが、俺の耳には届かん。




 思い出して目を細めていると、いつの間にかボバンが不思議な表情を浮かべていた。


「お前…ウォルトに暗部の薬を渡したのか?」


 ボバンは眉をひそめる。


「手合わせと…治療の礼にな…」

「よかったのか?門外不出なんだろ」

「構わん…。製法は教えてない…」

「お前がいいなら、別にいいが…」


 含みのある言い方が気になる。コイツはなにが言いたい?


「言いたいことがあるなら…ハッキリ言え…」

「ウォルトは薬師としても一流らしいから、製法がバレるかもしれない。悪用はしないだろうが」


 肩がピクリと反応する。


「嘘をつけ…」

「本当だ。アイリスから聞いた」

「さすがに…製法には辿り着けまい…」

「相手は『模倣犯(ウォルト)』だぞ?時間の問題だろうな」


 コイツ…。


「なぜ先に言わない…?」

「お前が暗部の薬を渡すなんてわかるか」

「この……ボンクラ騎士団長…」

「はぁっ!?」

「一寸先も読めない……無能が…」

「ふざけるなよ!!自分の至らなさを棚に上げやがって…!この真っ黒ネクラ野郎!」


 取っ組み合いのケンカを始めた。騒ぎを聞きつけて人がわんさか集まってくる。


「もぉ~!2人ともいい加減にして下さいっ!」

「貴方達はホントに偉い立場なんですか?!やめて下さいっ!」


 床で転がりながら、組んずほぐれつやり合う俺達は聞く耳を持たない。


「アンタら~!いい加減にしなっ!」

「いでっ!」

「ぐぅっ…!」


 ゴン!ゴン!と、厚みのある鉄鍋で俺達の頭を叩いたのは、呼ばれて駆けつけた食堂のババア。


「マールさん!助かった!」


 俺とボバンはうずくまって「おおおおっ…!」と頭を抑える。眼前に幾つもの星が飛んでくらくらする。普通の人間なら死んでしまいかねない強さで容赦なく殴りやがった…!クソババアめっ…!


「いい歳こいて、人に迷惑かけるんじゃないよ!バカたれどもがっ!」


 ババアは鍋を片手に仁王立ち。


「…っぅ!この…クソババアめ…」

「いってぇ~!おばちゃん…。丸々太ってから力強くなったな…。旦那が可哀想だ」


 珍しいがボバンに同意だ。



 ★



 反省する様子が見られないボバンとシノに、マールの身体は打ち震える。


「アンタらには口の利き方から教えてやる…。浣腸とおんぶごときが調子に乗るんじゃないよっ!この…クソガキどもがぁっ!」

「がはぁっ…!ぶふっ…!」

「ぐはっ…!がぁっ…!」


 マールは2人が気を失うまで鍋でしばき倒した。大男を容赦なくしばきあげる形相はまさしく鬼のようだった。息を切らしながら目を回して倒れた2人を見下ろす。


「…ふざけんじゃないよ!偉くなったからって人様に迷惑かけていいワケじゃないんだっ!こらっ!聞いてんのかい?!」

「多分、聞こえてません…」

「2人とも死んだんじゃない…?」

「マールさん、めちゃ強…」


 周囲の者達は思った。


 カネルラの2強を倒したマールが、実はカネルラ最強なのでは……と。

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