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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
246/714

246 知っているを超えた感情

 シノが長を務める暗部は、アグレオ率いる騎士団と違って統括している王族がいない。

 いわゆる王族直轄部隊であり、暗部の長として国王陛下に休暇を申請し、無事に数日の休みを与えられた。



「許可する。シノが休暇を申し出るなど珍しいこともあるものだな。就任して初めてではないか?」

「はい…。突然の我が儘を聞き入れて頂き…。可能な限り…早急に復帰致します…」

「常々其方は働き過ぎだと思っていたところだ。黙っていると1日も休まぬだろう?今後も余裕があるときは部下に任せ定期的に休むといい」


 ナイデル様は苦笑している。


「それは……了承致しかねます……」

「無理にとは言わん。だがな、シノ」

「はい…」

「多くは休まなくとも自愛せよ」


 優しさに満ちた表情で告げられる。


「仰せのままに…。有り難き幸せ…」


 深く一礼し音もなく部屋から去る。さて、早急に復帰しなければならない。時間に余裕はないが…ボバンが地図を描き上げるまで待つ必要がある。


 ぶらり廊下を歩いていると何人も声をかけてくる。


「シノさん。顔色よくないぞ。ちゃんと飯食ってんのか?」

「心配いらない…。いつもだ…」


 顔はほぼ見えていないはずなのに、顔色がよくないだと…?不思議なことを言う。


「シノさん。暗部の皆さんで野菜食べて下さい。大きく育ったんですよ♪」

「頂く…。あとで若いのに取りに行かせる…」


 長身なのに肉より野菜を好むと思われているのはなぜだ?痩せているからか?実は肉の方が好き。


「こら、シノ!あんまり城内で騒ぐんじゃないよ!ボバンと一緒に後で顔出しな!説教してやる!」

「うるさい…。ババアめ…」


 顔馴染みのババアに向かって悪態をつく。王城内に設置されている食堂で働く小太りで愛嬌しかない顔のババアは、俺やボバンが新入りだった頃からの顔見知りで腐れ縁。ことある毎に説教してきたり、絡んでくるうざったい奴だ。


「なんだって!?もう一遍言ってみな!」

「その歳でもう耳が遠くなったか…?コレだからババアは…」


 嘲笑ったところで、飛んできた杓文字がパコーン!と頭を直撃する。


「ぐぅっ…!」

「あっはっは!ちゃんと聞こえてんだよ!生意気なガキンチョめ!今日はコレで勘弁してやろうかね!あんぶかおんぶか知らないけど、ババアにやられるようでカネルラが守れるかっ!もっと修行しな!」

「くっ…!」


 生意気なっ…。


「それとも腹でも減ってんのかい?減ってんならいつでもきな!アンタなら金がなくてもツケといてやるよ!」


 豪快に笑う肝っ玉ババアに向かって呟く。


「マズくて…食えたもんじゃない…」


 激怒して追いかけてくるが、足音もたてず逃げ切った。



 ★



「城中、探させやがって」

「お前が…城の中で待ってろと言った…。文句あるか…」

「普通は人を待ってるのにうろちょろしない。バカかお前は」

「黙れ…」


 ボバンは城内をうろいていたシノをどうにか捕まえた。王城の中だけは堂々と歩き回るから、あちこちで情報をもらえる。

 アイリスとテラに確認して描いた地図を渡すと、シノは地図を凝視した。


「遠い…。動物の森…か…」

「だから言ったろ?やめるか?」

「愚問だ…」

「いつ行くんだ?」

「今からに決まってる…。長くは休めない…」

「そうか。行く前に腹を空かせとくといいぞ」

「ワケのわからんことを…」

「ところで、俺がソイツに負けたのをどうやって知ったんだ?」

「お前の訓練を見ていればわかる…。誰かを想定して新たな戦法を試してる…。倒したい奴がいる…」

「そこまでわかっているなら俺から言うことはない」


 シノは細い目をさらに細める。


「お前……なぜ負けた…?」

「なぜって…俺の方が弱かっただけだ。負けるつもりは微塵もなかった」

「ふっ…。お前には失望した…」

「悪かったな」


 困ったように笑うしかできん。言い訳することもできない。ウォルトは強かった。


「俺は……負けん…。カネルラの影を……照らされてたまるか…!」


 ギリッと奥歯を噛み締め、背を向けて歩き出す。長身なのに背を丸めて歩くシノの後ろ姿を黙って見つめた。


 ハッキリ口に出さなかったが、カネルラの最後の砦となるべき騎士団長が知りもしない何者かに負けてしまったことが許せないんだろう。「そんなことでカネルラを守れると思っているのか?」と言いたかったに違いない。

 言葉は少ないけれど、愛国心は誰よりも強く、カネルラを守るという強い意志を持つ男だ。ただ、かなりの偏屈野郎ではある。


 シノがなぜウォルトと闘いたいのかが理解できない。俺が負けたことが気に入らないなら、直接仕掛けてくる性格だと思うが。

 もしかすると、カネルラの驚異となり得る存在を排除するのが狙いか。芽は若い内に摘むつもりで。だが、王女様の親友だと聞いて排除は不可能だと認識したはずだ。格付けを図ろうとしているだけかもしれない。妙な考えを起こすなよ…と。


 影を照らされる……か。負けるとカネルラの影である自分の存在が消えてしまうと思っているのか?そんなことあるはずもない…が、ウォルトを知らない者に言っても聞く耳を持たないだろう。

 

 とにかく賽は投げられた。どういう結末を迎えるのか正直興味はある。



 ★



「やはり遠いな…」


 シノは動物の森を駆ける。そこら辺の獣人が相手なら置き去りにするスピードで。


 暗部伝統の走法『ナンバ』を駆使して疾走する。スピードはそれほど出ないが、身体の振りや捻りが少なく長距離かつ長時間駆けることが可能な走法は極東で生まれた。


 王都から休まず駆けること3時間ちょっと。やっと目的地の周辺に辿り着いた。警戒しながらゆっくり進む。いつ対象に出会うかわからない。

 この森の空気は…いい。木漏れ日の中を進むと、どうやら対象の住み家らしき建物が見えた。森の中の更地に建つ一軒家。不思議な光景。


 …と、直ぐに家の角から顔を覗かせる人物が。まだ距離があるのでハッキリ視認できないが、白い毛皮で耳がピンと立っている。


 猫の獣人?まさか…匂いで気付かれたか?俺は風上に立っているが、かなりの距離。いかに獣人の嗅覚が鋭くてもこの距離で気付かれるはずはない。たんなる偶然だろう。

 姿を見られて隠れるのはさすがに怪しすぎる。今回は潜入しに来たのでも暗殺に来たワケでもない。


 堂々と獣人に向かって歩き出す。警戒は怠らずに。白猫の獣人は顔だけでなく全身を見せた。獣人にしては痩せた体躯に、黒のローブを身に纏ってモノクルを着けている。暑がりで有名な獣人には見えない。


 距離が縮まって気付いた。コイツが……王女様の親友で間違いない…。近づくほどに肌で感じる全身の毛が逆立つような感覚…。脳が『コイツは危険だ』と警鐘を鳴らす。痩せた白猫の獣人は歩み寄って話しかけてきた。


「ボクになにか用ですか?」


 微笑みかける獣人に逆に尋ねる。


「お前が…ボバンを倒した男か…?」


 突然の問いに、少し思案している顔。


「ボバンさんの知り合いの方ですね?ボクはボバンさんを倒してはいません。仕合っただけです」


 噓を言っている様子はない。勘違いだというのか…?少々混乱する。言動から噓を見抜くのは俺達暗部の得意とするところ。だが、この獣人が噓を吐いている様子はない。


「ボクはウォルトといいます。貴方は…?」

「俺は…シノという…」

「シノさん。立ち話もなんですから、住み家へどうぞ」

「わかった…」


 招かれて住み家に入る。緊張感など微塵もない。見ず知らずの怪しい男を家に招き入れるとは余程の阿呆か、若しくはなにが起きても対処できるという自信の現れか。

 疑問に思っているところに、お茶が運ばれてきた。花のいい香りがする。


「王都から来られたんですよね。喉が渇きませんか?よければお茶でもどうぞ」

「…頂こう」


 暗部はあらゆる毒を無効化する訓練を受けている。ゆえに毒は通用しない。ゆっくり茶を飲む。


「美味い…」

「ありがとうございます」


 笑顔のウォルトもお茶をすすって、『うミャい!』と言いそうな表情を浮かべた。緊張感皆無の獣人に訊く。


「ウォルト…と言ったな?お前は…王女様の親友か…?」

「リスティア王女のことですか?」

「そうだ…」

「はい。リスティアはボクを親友と呼んでくれます」

「やはりか…。王女様から伝言だ…。元気でやっている…と」

「そうですか。わざわざありがとうございます」


 飄々としたウォルトの様子にいまいち人物像が掴めない。


「お前は…俺が何者か気にならないのか…?」

「リスティアとボバンさんの知り合いじゃないんですか?カネルラ王城関係者では?」

「そういうことじゃない…。見るからに怪しいだろう…」


 自虐的だが事実だ。百人中百人が怪しむ風貌。


「怪しい?」

「全身黒ずくめの…顔を隠した男が普通か…?」

「そういう人もいると思います。ボクも痩せてますし、ローブを着て普通の獣人に見えないですよね?怪しいですか?」


 自分で言って苦笑している。なるほど。変わった獣人だ。どうやら、はっきり目的を伝えないと理解しないようだな。


「俺は…カネルラ暗部の長をやっている…。今日は…お前と闘いに来た…」


 ウォルトは目を見開いた。やっと驚いた姿を見せてくれてなぜかホッとする。


「シノさんが……暗部の長……?」


 暗部の存在はカネルラ国民にも知られている。この反応はどうやら知っているようだな。小さく頷いて黙っていると、ウォルトは意外な反応を見せた。


「シノさんは本当にカネルラ暗部の長なんですかっ?!」

「む…。そうだ…」


 激しく驚いているが、信じてもらえないのも無理はない。暗部の長である証明などできないのだから。この男が信じるかどうか。


「ボクは……感動してます…。まさか暗部の長にお会いできるなんて……」

「どういう意味だ…?」


 ウォルトはそそくさとどこかへ向かう。しばらくして戻ってくると、手に1冊の本が握られていた。


「その本は…」

「小さな頃からの愛読書です」


 俺もよく知る本の表題は『暗部の歴史』。表立って語られることのない暗部の歴史について詳細に書かれた本。暴露ではなく、暗部の活動について国民に正しい認識を持ってもらおうと、王族と暗部監修の元に書かれた書物。

 一部苛烈な内容はあるものの、捏造や誇張は一切なく、この本を発刊したことで暗部に所属したいという者も増加した。

 著者は匿名になっているが、先々代の長の付き人である。日々記載する内容に頭を悩ませていたと聞く。暗部は汚れ仕事をこなす裏組織ではなく、誇り高くカネルラを守護する部隊であることを国民に認識させた功労者であり、暗部の中でも尊敬されている人物。


「ボクは小さな頃から暗部を尊敬してるんです!よかったら握手してもらえませんか!?」

「別に構わんが……」


 目を輝かせるウォルトと握手を交わしながら、身分を明かしたことを後悔する。


 一気に…やりづらくなった。

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