245 黒ずくめの男
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ある日のこと。
カネルラ王城内の広い廊下を歩く騎士団長ボバンの姿があった。
一通りの訓練を終えて、統括者であるアグレオ王子に予定を確認に行く途中で、前方から歩み寄る男が目に入った。
漆黒の長髪に目以外を隠す黒の覆面を装着して、長い手足には黒い包帯を巻き黒装束に身を包んでいる。要するに全身真っ黒で人型の謎の物体。
異様な気配を漂わせ王城に似つかわしくない黒ずくめの格好をした男は、知人で名をシノという。長身で冒険者でいうところの盗賊のように細身で引き締まった体躯は、いかにも俊敏だと主張している。
付き合いは長いがなかなか会う機会はなく、年に数回あるかないか。遠い間合いから目にも留まらぬ速さで懐に入り込んできた。
「ボバン…。油断しすぎだ…」
抑揚のない声で語りかけてくる。
「油断はしてない」
シノは俺の腹に短刀の刃を突きつけてきた。半端に抜いた剣で刃先を受け止める。
「世辞は…よくないな…」
刃を装束に隠しながら呟く。
「お世辞じゃない。いきなり人に刃を突きつけるな」
「お前には…これぐらいでちょうどいい…。他の者にはやらない…」
コイツ…。まったく反省してないな。
「まぁいい。今日は仕事か?」
「お前に話がある…」
「俺に?」
「お前……誰かと闘って……負けたか…?」
「よくわかったな。まぁ、最近でもないが」
あっけらかんと白状する。なぜなら、コイツに噓を吐いても無駄だ。既に確信があって尋ねているはず。
「やけに…素直だな…」
「お前に噓は通用しない。だろ?」
「潔し…。さすが騎士団長…」
「時間の無駄だからな。…で、それがどうかしたか?」
「ククッ…。面白い…。お前が負けるような奴が…カネルラにいるとは…」
愉快とも嘲笑ともとれる声で微かに笑う。
「強者は世界にいくらでもいる。俺は別に最強じゃない。最強を目指してるがな」
「お前が負けた奴は……どこにいる…?」
「どういう意味だ…?」
「俺は……ソイツと死合ってみたいんでな…」
額に手を当てて天を仰ぐ。訊いてきた時点でその可能性に気付くべきだった。余計なことを口走ってしまったが時既に遅し。コイツに言っても無駄だと思うが、一応言ってみるか。
「とりあえず、やめとけ」
「断る…」
「結構遠いぞ?」
「仕事は若いのに任せる…。国王様に…少々暇をもらう…」
「実は俺は負けてない」
「噓つくな…。負け犬が…」
「なんだと!?言わせておけば…!」
「事実だろう…?ヘッポコ騎士団長…」
「この野郎っ!」
「やるかっ…!」
廊下で取っ組み合いのケンカを始めた。ドタバタ暴れる騒々しさで騒ぎを聞きつけた者達が集まってくる。
「ボバンさん!やめてください!城内でなにやってんですか!?」
「シノさんもやめましょう!普段大人しいくせに!」
皆が止めようとするが、俺達は簡単には止まらない。子供のようにポカスカ殴り合う。互いに数人がかりで羽交い締めにされて引き剥がされた。
「はぁ…はぁ…。お前……本気か?」
「はぁ…はぁ…。俺は……冗談は嫌いだ…」
シノの目を見て本気だと悟った。皆に謝って離してもらう。
「シノ。俺はアグレオ様に用件がある。その後、ちょっと顔を貸せ」
「いいだろう…」
連れ立ってアグレオの部屋へと移動を始めた。
★
「失礼致します」
ボバンがアグレオに予定を確認している間、シノは部屋の外で待機していた。
出てくるなり「付いてこい」とほざいて歩き出す。
「どこへ行く気だ…」
「王女様の部屋だ」
「王女様の…?なぜだ…?」
「黙ってついてこい。すぐにわかる」
ボバンの後ろを足音もなく歩く。 王女様の部屋に到着すると、躊躇いなくボバンが扉をノックした。すぐに間の抜けた声がする。
「はぁ~い。誰~?」
「ボバンです。突然お訪ねして申し訳ありません」
ペタペタと近寄ってくる気配がして扉が開くと、ヒョコッと中から顔を覗かせたのは王女リスティア様。
「なぁに……って、シノも!?2人で来るなんて珍しいね!」
「王女様…。ご機嫌麗しく…」
深々と頭を垂れた。この御方は…カネルラの至宝。
「固いことは言いっこなしだよ。さっ、中に入って♪」
「「失礼します」」
促されて室内に入ると「座って!」と椅子にかけさせられる。座らねばなにかしらの罰を受けるらしい。
「揃ってどうしたの?」
「王女様。本日は、ウォルト絡みでシノの話を聞いて頂きたく参りました」
「お前は……なにを言っている…?」
ウォルト絡み…?もしや、コイツを倒した奴の名か。
それにしても…この負け犬騎士団長は、王女様を相談窓口くらいに思っているのか?王族に迷惑をかける輩は抹殺してくれよう。
「なるほどね!ボバンが言いたいことはわかったよ!」
王女様の返答に眉をひそめる。今のでなにがわかったというのか?いかに聡明な王女様といえど…。
「シノは本気のようです。是非ウォルトと死合いたいと…」
「う~ん…。それは困ったね…」
短い腕を組んで思案している。まったく話が見えん。
「おい…ボバン…。どういうことか説明しろ…」
「お前が死合いたいと言っている者は、王女様の親友なのだ。ゆえに王女様に話を聞いて頂きに来た」
「なに…?」
コイツは…王女様の親友と闘ったというのか…?そんなことが…許されるのか…?
「そうなんだよね。でも、シノは走り出したら止まらないよね」
「俺は事前に王女様から許可を頂いた。そして、その者に挑んだ。お前はどうする?」
「むぅ…」
問いに熟考する。仕える王女様の親友と死合うなど、通常あり得ない。だが…。
「王女様…。私も…その者と死合いたく…存じます…」
「だよねぇ~!」
王女様はジッと見つめてくる。語りかけるような真っ直ぐな視線に、思わず目を逸らした。
「わかった。シノ、1つだけ約束してくれないかな?」
「なんなりと…」
「死合いは許可できないけど、正々堂々の手合わせならいいよ」
「手合わせ…ならば可能であると…?」
「うん。手合わせ。殺し合いはウォルトが受けてくれないし…それに…」
それに…?
「万が一親友を殺されたら……私は貴方を許すことができない」
真剣な表情の王女様から感じる凄まじい威圧感。即座に片膝をついて頭を垂れた。
「御意…。ここに誓約致します…。決して…命のやりとりは行わぬことを…」
王女様は表情を明るくした。
「ありがとう!あとは本人がよければ私は構わないよ!」
「王女様。貴重なお時間を頂いて感謝致します」
「失礼致します…」
「気にしないで!あとね…」
「はい…」
「私の親友のことはお父様やお兄様も含めて誰にも言わないでほしいの。お願いできる?」
「承知しました…。国王様にも…漏らすようなことは致しません…」
「あと、親友に会ったら『リスティアは元気だ』って言っておいて!」
「必ずや……お伝えしておきます…」
深々と礼をして、ボバンと共に部屋を後にした。広い廊下を並んで歩く。
「おい…」
「なんだ?」
「ソイツは…一体何者だ…?王女様の親友だと…?」
王女様はおそらく歴代でも規格外の王族だが、親友と呼ぶ存在がいることは俺達にも知らされていなかった。
「お前が手合わせして帰ってきたあとに教える。1つだけ言っておくぞ」
「なんだ…?」
「アイツを絶対に甘く見るな。死ぬぞ」
「…ククッ!面白い…」
「住み家の大体の位置を聞いといてやるから、城内で待ってろ」
「わかった…。国王様に暇を頂きに向かうとしよう…」
「呆れた行動力だな。まぁ、気持ちはわからんでもないが」
「じゃあな…。敗北者…」
「この…!」
★
去りゆくシノの姿を見つめながら、ボバンは浮かない表情を浮かべる。
シノはカネルラの裏組織【暗部】の長だ。平和なカネルラであっても、国内はもとより他国における情報収集や動向を探るのは必要不可欠。小国であるがゆえに情報収集に注力している。
基本的に平和主義国のカネルラだが、自国内や周辺国でキナ臭い動きがあれば実力行使も辞さない。その際、真っ先に動くのがシノ達暗部と呼ばれる組織。
表立って王族を警護するのが騎士団や宮廷魔導師とすれば、暗部は暗躍する集団。決して光が当たることのないカネルラの影のような存在。この国を影から支えている。
主に諜報活動を行っているが、必要とあれば破壊工作や暗殺も実行する。ただ、活動の詳細は俺にもわからない。連動して活動しない限り、国王様以外数名しか知らないのだ。
光と影は表裏一体。必ずどちらも存在する。カネルラに限った話ではないが、周辺諸国と違ってカネルラは暗部の存在を隠そうとしない。
そこには『暗部とて国を守る使命を持った、同じカネルラの民である』という歴代国王の方針があり、姿を公にしないだけで国内の式典に参加したり堂々と功績を称えられることすらある。ゆえに城内や国民にも存在は知れ渡っていて、憧れて入ってくる者が存在する。
初代暗部はカネルラ国民ではなかった。どういった経緯か不明だが、先の戦争で敵国の暗殺部隊であった者達がクライン国王とカネルラの民に救われ、以後「カネルラを影から守護する」と誓いを立て誕生したとされる。
その後の彼等は、クライン王政から今日まで陰からカネルラを支えてきた功労者であり忠誠心の高さも人一倍。
暗部の使う【術】は、さる東洋の国の戦闘技術であるとされ、騎士団長の俺ですら全容は知り得ない。知っているのは騎士とは全く異なる技能であるということ。
シノは何代目かの長であり、現暗部で最高の術の使い手とされる。ちなみに『シノ』という名は、暗部の長が代々継承している名だと聞いた。
幾度か手合わせしたこともあるが、いつも飄々としていて勝負が有耶無耶に終わる。ただ、コレだけは言える。実力は未知数だがシノは強い。
「どうなるか…」
シノとウォルト。どちらも知っているが予想ができない。王女様の要望とウォルトの性格からして殺し合いにはならないだろうが。
アイツらの闘いを想像して、心躍る自分がいる。だが、すぐに気を取り直した。
「どうなろうと、俺は自分の力を高めるだけだ」
呟いて訓練場に向かった。




