243 王都へ帰還 その後
テラが『動物の森』を訪ねた翌日。早朝の騎士団訓練場にアイリスとテラの姿があった。
私がアイリスさんに「見てもらいたいモノがあります!」とお願いして、早めに来てもらった。
「はぁぁぁっ!!」
槍を構えて、教わった闘気を纏って見せるとアイリスさんは驚いた表情。
「生まれ変わったみたいに出来てる…。無理やり休ませたのがよかったの?」
「はい!昨日だけでかなり成長できたと思います!」
「………」
「アイリスさん?どうかしましたか?」
顎に手を当てて思案してる。
「さっき見た訓練の動きも急に質が上がってた…。いくらなんでも成長しすぎてる……はっ!」
さすがアイリスさん!もう一声!
「まさか…昨日の休みを使って動物の森に行ってきたんじゃ…」
先輩騎士の見事な推理に笑顔を浮かべる。
「バレましたか!ウォルトさんに色々と教えてもらいました!」
★
やっぱり…。
アイリスは溜息を吐いた。
いくらなんでも、一昨日まで全く出来なかったのに中1日で闘気を操るなんてあり得ない。
闘気は騎士にとって必須の修練科目。覚えるのに個人差はあっても、テラの急激な成長は普通なら考えられない。でも、『常識なんか通じない獣人』のウォルトさんから学んだのなら納得できる。私が非常識だと感じることには大抵あの人が絡んでいて、直ぐに連想できた。
「とにかく覚えることができてよかったわね」
「はい!今後は私次第だって言われました。やりますよぉ~!打倒ウォルトさんですから!」
ブンブン頭上で槍を振り回すテラを見て苦笑いしかできない。少し前になるけれど、テラは宮廷魔導師に「魔法は習得できない」と言われて落ち込んでいた。
自力で闘気を習得したウォルトさんを知っているテラは、魔法が使えないと闘気も使えないと考えていたから。
実際は、騎士の中に魔法を操る者はほぼいない。団長や他に数名が魔力を保持しているみたいだけど、私も魔法は使えない。それでも闘気を操ることは可能で、魔法や魔力は関係ないと私は思っている。
闘気について、誕生祝宴の準備中にウォルトさんと話す機会があって、その時に闘気に関する推測を聞いた。
ウォルトさんの考察によると、闘気や技能はカネルラを守護するという使命を遂行するタメに騎士が編み出し、魔法とは別の角度から同じ着地点を目指して生まれたのではないかという予想。
魔法を操れない者であっても魔法に対抗しうる術を習得して、カネルラに対するあらゆる脅威を排除する目的で。
闘気を魔力で例えるなら、攻防一体で様々な活用ができる万能魔力。おそらく、生命力や体力などの誰もが備える力を元に生成され、だからこそ修練した騎士は魔力を持たずとも等しく操ることができる。
そう推測したあと、暇を見ては魔法闘気から逆算した修練を重ねて、今では魔力を一切使わずに闘気を操ることができるようになったらしい。
魔力を保持しない大多数の騎士でも操れるように生み出され、騎士達は試行錯誤して幾つもの技能を編み出した。創始者が誰なのか知る由もないけれど、誰も考え付かなかったことを具現化し、改良しながら後世に継承してきた。
己の強さを誇示すのではなく、未来永劫カネルラの民を守護するタメに。そして、騎士の後進は魂と技能を繋いでいく。そんな気高いカネルラ騎士を尊敬する。だから自分の操る闘気は紛い物であると彼は言った。
質や習得法云々ではなく、闘気とはカネルラ騎士が受け継いできた騎士の魂。伝統や思想、環境など多くの要因が騎士を作り上げ真の闘気を習得させる。騎士ではない自分が操る闘気はどこまで似せても模倣に過ぎない。そう言い切った。
話を聞いて涙が出そうになった。全てはウォルトさんの憶測に過ぎない。本人も「まったく自信はありません」と苦笑していたけれど、魔法や闘気を独自に習得する過程で様々なことに気付くらしい。
成り立ちや改良されたであろう点、今に至った経緯を読み解くのは上達への近道で、楽しみでもあると。そんなウォルトさんは騎士でなくとも騎士より先人に敬意を払っている気がしてならない。丁寧に先輩騎士から教わって身に付けた私達とは根本から違う。
「アイリスさん!私の闘気はどうですか?」
テラの無邪気な問いで意識が戻った。
「まだまだね。私もテラも真の闘気を習得するまでの道程は長い」
「ですよね!修練頑張ります!」
私にも真実はわからない。テラが操っている闘気があの人が言う紛い物の闘気であったとしても、騎士の弛まぬ修練や研鑚によってやがて本物へ昇華するのだろう。そう思うことにする。
「ところで、元気にしてたの?」
「ウォルトさんですか?」
「そう」
「元気にしてました。魔物との実戦に付き合ってもらったり、槍術の『螺旋』を見せてもらったんですけど、凄い威力でビックリしました!」
「相変わらず常識外れね。いまさら驚かないけど」
もはや呆れることしかできない。
「今度はアイリスさんも一緒に行きましょう!きっと喜んでくれますよ!」
「そうね…。カリーが乗せてくれたらね」
どうも私はカリーに懐かれない。私に限らないらしいけど。モフモフ好きなのでカリーを触りたいけど、手を出すとじっと見つめてくる目が怖いのだ。その点では王女様やテラが羨ましくて仕方ない。他の騎馬達は触らせてくれるのに…。
王都からウォルトさんの住み家まではかなり距離がある。馬車で向かうと長い休暇を取らなければならず現実的ではない。走って行けばかなり早く着くけれど。
「カリーには私から頼んでおきます。行けたら行きましょうね!」
「その時はね」
「よぉ~し!今度は覗いてもらえるようにアイリスさんと策を練るぞぉ~!」
「覗いてもらう?」
私の声が届いていないのか、テラはしばらく1人で盛り上がっていた。
★
帰宅したばかりのダナンは、闘気を纏ったテラの姿を目にして驚く。
強制での休みを利用してウォルト殿に教わってきたと言う。
「拙いが確かに闘気だ」
「でしょ!なんとか習得できたと思う」
「いやはや。さすがはウォルト殿というか」
最近は私も仕事が忙しく王城に泊まる日もある。今日は数日ぶりの帰宅。昨日カリーの姿が見えないことには気付いていたが、まさかテラと一緒にウォルト殿に会いに行っているとは想像もしなかった。
本日カリーは家にいない。騎馬隊に配属された新馬が情緒不安定らしく、付き添いで今日は厩舎に残った。騎馬にとってカリーは頼れる姐さん的存在のようだ。 『任せなさい』と嘶いていた…ような気がする。
しかし、カリーと同行して御仁に迷惑をかけていないだろうか。後で訊くとするか。
「ウォルトさんは『螺旋』も見せてくれたよ。凄かった」
「そうだろう。ウォルト殿は内包する闘気量が違う。私の『螺旋』の軽く倍以上の威力があるはずだ」
淡々と答える。別に驚くようなことではない。恥ずかしいとも思わない。ウォルト殿にはできないことのほうが少ないのだ。
「それで、魔物との実戦ではなにか掴めたのか?」
「バレた?」
「わからいでか。ウォルト殿が一緒なら心配などいらないが、首尾は上々だったのか?」
実戦経験を積みたいと焦る気持ちは理解していた。まだ力量が足りないと私は判断したが、ウォルト殿の見立ては違ったのだろう。
「最初は緊張して上手くいかなかったけど、途中からは普通に動けるようになった。場慣れは凄く大事だと感じた」
「それだけで収穫だ。闘いの恐怖は誰にでもある。少しずつ克服すればいい」
「そうだね。今回は私の強さに応じたダンジョンに連れて行ってもらえたから上手くいったと思ってる」
「理解しているのならいい。なにかしらお礼を考えておかねばならんな」
「お礼は私に任せて!」
「お前には任せられん」
即答した。
「なんで!?」
「お前の言う礼とは、どうせろくでもないことだろう?風呂を覗かせるとか着替えを覗かせるとか」
「うっ…!」
図星か。品のない御礼を考える。安易な思考に呆れてしまうわ。
「やめておけ。貧相な胸や尻を見せてどうする?喜ばれるどころか破廉恥な娘だと呆れられるのが関の山。ウォルト殿はそういう男なのだ。そこらの獣人と一緒にするな」
「ウォルトさんは真面目なだけで普通の獣人だから喜んでくれる!私は貧相じゃないし!…そもそも違うと言ったら?」
強がっているのが丸わかりだ。口を尖らせた小娘に問うてみるか。
「是非聞きたい。御礼になにができるのか」
「いいでしょう!う~んと……」
しばらく首を捻って思案していたが、いい案について返答はなし。だが、予想通り。
「テラよ。お前が礼をするのは当然だ。だが、よく考えて御仁のタメになることをしなければならん。尻や胸を見せて仮に喜ばれようと後にはなにも残らん。刹那的な快楽だ」
「それは……確かに…」
「今でなくてもいい。そもそも他人に礼を求めるような御仁ではないのだからな」
「そうなんだよね…。難しい…」
考え込むテラに、気になった大事なことを確認する。
「それはさておき、テラよ。今回カリーはドアを蹴破っておらんだろうな?」
テラはギクッ!と反応する。
「その反応…。まさか…?」
またも恩人に迷惑をかけてしまったのか!?
「いやっ!カリーは蹴破ってないよ!」
「カリーは…?どういう意味だ…?」
「いや……その……」
「ど・う・い・う意味だ?」
微かに闘気を纏った古甲冑の迫力に負けて、テラは全てを白状した。聞き終えてから烈火の如く怒る。
「この…バカタレがっ!お前はっ…私がいいと言うまでウォルト殿の住み家へ行くのは禁止だっ!」
「そんなぁ!なんで!?」
「そんなもこんなもない!…お前が付いておきながら……いや、むしろお前がしでかしてどうする!御礼以前にお詫びが必要だっ!」
「ウォルトさんは笑ってくれたもんね!」
「やかましい!人のよさにつけ込むようなことをするな!恩人を困らせおって…。そこに直れっ!」
床に正座させて1時間以上に及ぶ長い説教を繰り広げ、テラにも『ウォルト殿に迷惑をかけない。かけたら二度と会いに行かない』と約束させた。
★
テラは長い説教を受けて精も根も尽き果てた。
なんて小言を並べるのが得意な御先祖様だろう…。うんざりして気が遠くなるくらい叱られてしまった。
私だってウォルトさんに悪いことをしたとちょっとは思っている。さすがにドアを槍で突いたのがダナンさんにバレたらこうなるだろうと予測できてたし。
けれど私は知っている。ウォルトさんは、私やカリーのしでかしたことをほぼほぼ迷惑だと思わない。ドアを突き破っても変わらぬ笑顔で笑ってくれた。
余程でなければなにかをしでかしても安泰なのだと。




