240 経験不足なんです
ある晴れた朝のこと。
ウォルトが薬を調合していると、遠くから聞き慣れた蹄の音が響いてきた。この音と駆けるリズムはカリーだ。そもそもカリー以外の馬種が住み家に来たことはない。
以前、ダナンさんに誓約させられた『ドアを蹴破らせない』という誓いを厳守するタメに玄関に向かうと、カリーの駆ける音が止まった。
ちゃんと約束を守っているんだな。ダナンさんの怒る声も聞こえない。迎え入れるために、ノブを回そうと手をかけた瞬間…。
「いぃっ!?」
ドアを突き破って鋭利な刃物が飛び出した。間一髪で躱して飛び退く。ドン!ドン!と何度もドアを突き破るのはどうやら槍の穂先。
外にいるのはダナンさんとカリーだと思うけど…なぜこんなことをするのか。2人だとわかってなければ魔法でドアごと吹き飛ばしている。どう考えても輩のような行動。
混乱しながらも、どうしようもないので心静かに待つことに…。落ち着いたところでゆっくりドアを開けると…。
「ウォルトさん!お久しぶりです!」
「ヒヒ~ン!」
笑顔のテラさんとカリーがいた。テラさんは、カリーに騎乗したまま槍で刺突を繰り出したみたいだ。2人に会うのもジニアス王子達の誕生祝宴以来。変わらぬ様子に安堵する。
「テラさんもカリーもお久しぶりです」
「カリーと一緒に遊びにきちゃいました!」
「ヒヒン♪」
てっきりダナンさんとカリーが来たものと思っていたから驚いたけど、来てくれたことが嬉しい。
「遠いところまで足を運んでもらってすみません」
「気にしないで下さい!来たくて来たので♪」
「ところで、なんでドアを突き破ったんですか?」
いきなりの謎行動だった。タイミングが悪ければボクに突き刺さって今頃赤猫になってたと思う。
「よくぞ聞いてくれました!カリーがダナンさんに「蹴破ってはいかん!」と口酸っぱく言われていたので、私が代わりに破壊してみました!カリーの元気がなかったんです!」
「ヒッヒ~ン!」
揃って爽快な表情。
「テラさんが壊す分にはダナンさんも怒らないでしょうから、いい考えですね。蹴破ってませんし修理も簡単です」
「さすがウォルトさん!ダナンさんは厳しすぎるところがあるんですよ!」
「ヒヒ~ン」
カリーも深く頷く。他人の家では絶対にやっちゃダメだけど。
「とりあえず中に入ってください」
「はい!お邪魔しまぁ~す!」
「ヒヒン♪」
テラさんは、キョロキョロと落ち着かない様子。
「ココがウォルトさんの住み家かぁ~!綺麗に片付いてますね~!」
「居候ですし、なにもないだけですよ。お茶を淹れてきます」
「カリー。遠いのに連れてきてくれてありがとね♪」
「ヒヒン♪」
こう言ってはなんだけど、ダナンさんと来るときよりもカリーは上機嫌。花茶を淹れて戻ってきた。
「どうぞ」
「頂きます……ぅ…ぅ…ぅ…うまいぞぉぉっ!」
「大袈裟すぎですよ」
テラさんの派手すぎる反応に苦笑しながら自分のお茶を注ぐ。
「今日は騎士の仕事はお休みですか?」
「はい。無理やり休まされました。また強制休暇です。騎士になってからの私の休みは全て強制です!」
訓練をやり過ぎるのは変わりないみたいだ。休息は大切だと思うけど、テラさんはそう簡単には止められない。いや、止まらないのか。
「貴重な休みを使って来てよかったんですか?」
「全然問題ありません!それに、やりたいことがあってきました!」
「やりたいこと…。なんでしょう?」
「私は騎士の中でもダントツで戦闘経験が少ないんです。なので、動物の森で実戦経験を積みたくて」
「それは…仕方ないことでは?」
テラさんは騎士になってまだ日が浅い。訓練も初期の段階だと思う。それに、騎士になる前は戦闘と無縁の仕事に就いていて、売り子をやってると言っていた。
「そうなんですけど…治安のいいカネルラで実戦といえば魔物との戦闘です。緊張感も訓練とは比べものにならないと聞きました。是非経験してみたいと思ったんです」
「なるほど」
「王都は堅牢で魔物が侵入することはほぼありませんし、周囲の森に住む魔物もほとんど冒険者達が討伐してくれるんです」
「王都は冒険者の数も桁違いでしょうね。それに、ダナンさんも反対してるんじゃないですか?」
「そうなんです!ずっと反対されてます!いつならいいのか…。今や過保護古ぼけ甲冑ジジイなんです!」
えらい言われようだな…。家族だから心配なんだろうけど、テラさんの過保護という言い分も理解できる。
「テラさん」
「なんでしょう?」
「本気で魔物と闘いたいんですか?怪我では済まないかもしれませんよ」
一瞬だけ怯んだように見えたけど、テラさんは真剣に応える。
「本気です!可能であればウォルトさんに手伝って頂けないかと思ってお願いに来ました!それならダナンさんも納得してくれると思いまして!」
「納得してくれるかわかりませんが、ボクでよければ手伝います」
何度もお世話になってる恩返しをしたいし、カネルラを守る騎士として経験を積んで強くなりたい気持ちは理解できる。
テラさんの気持ちを尊重したい。けれど、その前に確認しよう。
「テラさん。ボクと手合わせしてもらえませんか?」
「いいんですか?願ったり叶ったりですけど」
「今のテラさんの実力をボクなりに判断させて下さい。それで対応が変わると思います」
「なるほど!よろしくお願いします!」
外に出て手合わせすることに決めた。その前に…。
「ウォルトさん。装備を着けたいんで部屋を借りてもいいですか?」
「もちろんです」
来客用の部屋に案内する。部屋に入ったテラさんはドアを閉める直前に微笑んだ。
「ウォルトさん。少しくら…」
「覗きませんよ」
「ちぇっ…」
残念そうな声を残してドアが閉まる。気にすることもなくカリーと共に外へ出て、更地でテラさんを待つ間にカリーが『念話』を飛ばしてきた。
『ウォルト。ありがとう』
『なにが?』
『テラは、ダナンに「お前にはまだ早い!」ってずっと言われてるの。ああ見えて昔から心配性なのよ』
『見た目通り優しい人だよ』
『見た目って…どこを見てるの?ただの古くさい甲冑でしょ…?まぁ、生前も不細工だったし、今とあまり変わりないけど』
『さらっとひどいこと言うね…』
毒舌な騎馬の魔法使いは続ける。
『それはさておき…このままじゃ初の実戦がいつになるか…って焦っててね。一度経験すれば自信も付いて気も晴れるだろうと乗せてきたのよ』
『テラさんの気持ちはわかるよ。騎士なら有無を言わさずいきなり実戦に投入される可能性もある』
言うまでもないだろう。カリーは旧王都で戦火の中を駆けた。騎士や戦争についてボクより遙かに詳しいはず。
『あの子のタメに少しでも経験を積ませてあげたい。貴方がついていれば守ってくれるし心配してない。お願いね』
カリーはペコリと頭を垂れた。種族は違っても優しいお姉さんだ。
『できることはやらせてもらうよ。それより、カリーとテラさんは随分仲良くなったね』
『テラとリスティアは妹みたいで可愛い。つい世話をやきたくなるわ』
『ダナンさんは?』
『うざったくて野暮ったいクソ親父ってところね』
「ヒヒン!ヒヒン!」と笑うけど、本心でないことは伝わる。そうこうしていると、装備を整えたテラさんがやってきた。前に見たときよりも騎士姿が様になっている。
「お待たせしました!」
「準備はいいですか?」
「万端です!よろしくお願いします!」
テラさんが槍を構え、ボクも身構える。
「では、いきます」
「はい!ハァァァァ!」
★
先に仕掛けたのはテラ。
鋭い刺突を立て続けに繰り出すも、焦る様子もなくウォルトさんは身を躱す。真剣な表情で私の動きを観察しているっぽい。
「さすがです…!はぁぁっ!」
休むことなく攻撃を繰り出す。ウォルトさんはギリギリで躱したり、魔法で受け止めながら真剣に観察してる。私は一方的に攻撃しながら内心焦っていた。
攻めても当たらないぃ~!なんで!?騎士になって間もないけど、真面目に訓練を重ねて先輩騎士にも「筋がいいぞ」と褒められることもある。
訓練中も、相手に攻撃が全く当たらないということはない。だけど、ウォルトさんには全て見透かされているように躱される。たまに魔法で穂先を受け止めているのは、なにか理由があるっぽい。絶対にわざとだ。
「はぁ…はぁ…」
猛攻を防がれて、息を整えていると確認された。
「テラさん。『闘気』は使えますか?」
首を横に振る。
「まだ習得できてません。思ったより難しくて…」
「わかりました。手合わせは終わりましょう」
「はい…。ありがとうございました…」
ガッカリされてしまったかな…。
構えを解いて肩を落としていると、ウォルトさんが微笑んだ。
「テラさんは魔物と闘える実力があると思います。実戦に行きましょう」
「ホントですか!?」
嘘を吐くような人じゃない。素直に嬉しい。
「昼ご飯を食べて向かいましょう。腹が減っては戦はできないので」
「わかりました!」
住み家に戻って食事を終えると、準備を整えて出発した。私はカリーに乗って、ウォルトさんは併走しながらダンジョンに辿り着いた。
初めて見たけど、めちゃくちゃ走るのが速い。しかもかなり余裕。魔法と同じくらい凄い。
「ウォルトさん、ココは?」
「人々に忘れられたダンジョンです。テラさんの今の実力ならココが最適だと思います」
辿り着いたのは、多幸草の群生地に出るためのダンジョン。
「ダンジョンに入る前にテラさんに幾つかお願いがあります」
「なんでしょうか?」
「まず、決して無理をしないこと」
「はい!」
「次に、勝手に色々な場所に行かないこと」
「はい!」
「相手は魔物です。絶対に油断しないこと」
「わかりました!」
「最後に、ボクがテラさんを守ります。信じて下さい」
「…はい」
…その台詞は反則でしょ!顔を見られないように俯いてしまう。耳が熱い。
「では、行きましょう」
「はい!」
ペチペチと自分の頬を叩いて気合いを入れる。真剣な表情で前を見据えた。




