238 男の約束
翌朝、朝食を終えると外で『隠蔽』の修練をすることになった。ウォルトは始める前にペニー達に説明する。
「今から『隠蔽』を教えるんだけど」
「うん!」
「楽しみだぞ!」
「2つ約束してほしいんだ」
「「約束?」」
ペニーとシーダは首を傾げる。
「まず、覚えることができても絶対悪いことに使わないこと」
「悪いことって?」
「魔法を使って悪戯したり、売り物や人のモノを盗んで食べたりしちゃいけない。そんなことのタメに教えるワケじゃないからね」
「俺達はそんなことしないぞ!」
「銀狼だからな!」
「わかった。それと、この魔法を他の銀狼に見せたり教えるのもダメだ」
「「ダメなのか?」」
「この魔法は信用できる相手にしか教えられない。他の銀狼も教えたら使えるようになるかもしれないけど、その銀狼が信用できるかボクにはわからない。だから、ボクとチャチャを入れた4人だけの秘密にしてほしい」
他の銀狼を信用しないと言ってるのようなモノだけど、コレだけは譲れない。そのくらい危険な魔法だ。
「わかったぞ!誰にも言わない!」
「俺もだ!父さんにも言わない!友達同士の秘密だ!」
「それなら教える」
「もし約束を破ったらどうなるんだ?」
「ボクが『隠蔽』を使えないようにする」
黙って聞いているチャチャの表情は険しい。
「そんなことができるのか?」
「やりたくないけど、狼吼を使う回路を破壊すればできる。一生狼吼は使えなくなる」
「それは困るぞ!」
「そんなの銀狼じゃない!」
気持ちはわかる。でも譲れない。
「それでも約束してほしい。守れないなら教えない。もし2人が約束を破ったら…狼吼を使えなくする代わりにボクも一生魔法は使わない」
「そうなのか?!」
「嫌だぞ!」
「それともう1つ。約束を破ったらボクはペニー達の友達じゃいられなくなる。それでもいいかい?」
『隠蔽』は犯罪にも使われかねない魔法。銀狼は賢い。習得すれば様々に使いこなすだろう。信用するとかしないという問題じゃなく、覚えるにあたっての覚悟を確認したい。魔法を悪用しないという覚悟を。
「絶対悪いことには使わないし、誰にも言わない!」
「友達の…男の約束だぞ!」
真剣な表情のペニーとシーダ。真っ直ぐに見つめてくる目から決意を読み取った。
「2人を信じる。じゃあ始めよう」
「「頼む!」」
お手本にまずは詠唱して姿を消してみせる。
「こんな感じだけど、わかった?」
「「全然わからない」」
「だよね。じゃあ、シーダがペニーの背中に前足を乗せて」
「こうか?」
ペニーの背中にお手をした状態のシーダに触れて詠唱する。
『隠蔽』
するとペニーの姿が消えた。
「なんか…変な感じだったぞ。身体の中をなにか通っていった」
「シーダの身体を通して魔法を使ったんだ。同じように狼吼を使えば発動できる。できるかわからないけど、感覚を掴むまで何回かやってみよう」
「わかった!」
何度か繰り返して隠蔽したり解除してみる。
「どう?感覚を掴めそうかな?」
「よくわからないぞ!難しいな!」
言葉とは裏腹にシーダはいい笑顔を見せてくれる。楽しそうだ。
「ウォルト。次は俺に教えてくれ」
「いいよ」
今度はペニーの身体を通して魔法を発動させる。
「確かに変な感じだ!何回か頼む!」
「わかった」
「う~ん…。なんとなくわかったような…。こうかな?」
消えていたペニーの姿がうっすら浮かび上がる。
「おぉ~!ペニー、いけるのか!?」
「すごいね!」
「いや。コレが限界だ」
「コツは掴んだみたいだから、あとは繰り返して修練するだけだよ。隠蔽も解除も自在にできるようにならなくちゃダメだ」
「わかった!やるぞぉ~!」
その後、ペニーはシーダに請われてやり方を説明していた。
「まず、ガァ~!グワァ~!とアレを出すんだ!」
「アレか!わかったぞ!」
「炎と雷の間くらいの狼吼を使う感じだ。どっちかというと、氷を吐くように!」
「なるほどな!」
「なんか…腑からひねりだして耳から出す感じだ」
「こうか!いや…こうか?」
ボクにはまったく理解できなかったけど、銀狼同士の感覚と言葉は伝わりやすいのかしばらくしてシーダもできるようになった。
「できたぞ!やった!」
「すごいな」
素直に感心する。ペニー達が習得できるか半信半疑だった。しかもこんなに早くコツを覚えるなんて露ほども思ってない。
「ねぇ、兄ちゃん。ペニー達が『隠蔽』を完璧に操れるようになったら街に行ってもいいかな?」
「いいと思う。その時はボクも一緒に行きたいな」
「「やった!よ~し、頑張るぞ!」」
「ただ、自在に操れるようになるまではダメだ。ボクが大丈夫と思えたら行こう。それでいいかい?」
「「それでいい!」」
その後もひたすら修練したペニー達だったが、さすがに習得するには至らなかった。
そろそろ夕方といったところで、ペニーからお願いが。
「ウォルト。頼みたいことがあるんだ」
「なんだい?」
「俺達が帰る前に、一緒にダイホウに行ってほしい。ルリに本当の姿を見せておきたいんだ」
「!俺も会っておきたいぞ!」
「なるほど。その子はペニー達の声しか聞いてないんだよね。一緒に行こうか」
「「やった!」」
「兄ちゃんはいいの?」
「構わないよ。カズ達にも会えるかな?」
「会ったら喜ぶと思う。みんな兄ちゃんが好きみたいだからね」
「嬉しいなぁ」
カズはチャチャの上の弟。三兄弟で、上からカズ、ニイヤ、サン。一度しか会ったことがないのに、遊んでくれて楽しかったな。別れ際に「また遊ぼう!」と言ってくれた。
「俺達もチャチャの兄弟に会ってみたい!友達になれるかな?」
「多分仲良くなれる」
「じゃあ早めに行こうか。あまり遅くなると相手に悪いからね」
「「すぐ行こう!」」
「わかった」
全員でダイホウに向かうことに。ペニー達が「駆けたい!」と言うので皆で駆けた。
村に入る前にチャチャに頼まれる。
「弟達に会っても魔法を見せないでね」
「使ってるところを見られたら仕方ないけど、自分から見せたりしないよ」
「わかってる。念押しなの。魔法を見ちゃうと間違いな「俺もやりたい!」って言い出して困る」
「気を付けるよ」
ボクの魔法自体は大したことないけど、獣人でも魔法を使えると勘違いさせてしまうと、チャチャは説明に苦労するだろう。
「兄ちゃんの魔法は格好いいからね。見られたら大変なことになる」
「綺麗だしな!気持ちはわかる!」
「銀狼でも魔法を使ってみたくなるぞ!」
「大袈裟だよ」
皆に魔法を褒められて照れ臭い。気を取り直して、ペニー達に『隠蔽』を付与してから村に入った。
★
「ちょっと待ってて」
チャチャは皆を待たせて我が家に向かう。カズ達を誘って一緒に戻ってきた。
「ダイゴさんにご挨拶を」って兄ちゃんが言ってくれたけど、「今日はやめたほうがいいよ」って断った。
父さんには自分からお礼を言いに行ってほしいし、兄ちゃんに会ってどんな反応をするか予想できない。ひどい態度をとる可能性があるから、ペニー達もいる今日は会わせたくない。
もしそんなことをしたら、さすがに私も黙ってないけど。獣人なのに恩知らずもいいとこだ。
「ウォルト兄ちゃん!久しぶり!」
「遊びに来てくれたのか!」
「うれしいぞぉ~!」
「久しぶりだね。元気だった?」
笑顔で再会を喜ぶ4人。本当に仲良し。このままルリの家に向かう。弟達は兄ちゃんに肩車されたり、しがみついたりしていてる。
楽しそうだけどちょっと複雑だ。1回しか遊んでないのに、距離感が凄く近い。正直羨ましい。
ルリの家に着いて私が呼びに行く。ルリに理由を説明すると笑顔を見せて飛び出した。
「ルリには事情を説明しておいたよ」
小声で兄ちゃんに伝える。
「ありがとう。じゃあ人目につかないところに移動しようか」
「うん」
村はずれの空き地に向かう。あそこならまず人は来ない。到着して、まずカズ達に説明からだね。
「カズ、ニイヤ、サン。今から私と兄ちゃんの友達を紹介するよ。ルリは知ってるよね」
「うん!」
「姉ちゃん達の友達?」
「どこにいるんだ?」
「ねぇちゃん!うそはよくないぞ!」
「噓じゃないよ。それと、今から会う友達のことを他の人に内緒にできる?できないなら会わせるのは無理なんだけど」
「「「できるよ!」」」
「じゃあ、友達に会わせるよ」
目で合図を送ると、兄ちゃんは頷いて『隠蔽』を解除した。行儀よく私の両隣に座った笑顔のペニーとシーダの姿が露わになる。
「「「うぇぇぇっ!?!」」」
カズ達は目を丸くして驚いてるけど、ルリは笑顔で駆け寄る。
「ぺにー!しーだ!ふたりともかっこいい!」
「そうだろ!」
「ルリ!もっと褒めてもいいんだぞ!」
「「「狼が喋った?!」」」
ルリと戯れるペニー達を見てカズ達は驚いてる。まぁそうだよね。この反応が普通だと思う。
「2人はペニーとシーダ。私と兄ちゃんとルリの友達だよ。狼じゃなくて…」
「ふぇんりるなんだよ!」
「「そうだぞ!」」
言葉を遮ってルリとペニー達が笑顔で教える。
「銀狼って……動物の森の伝説の?」
「カズは知ってるの?」
「森の守護者って云われてるんだよね?ホントにいるんだ…」
ニイヤとサンは、恐れることもなくペニー達とじゃれ合いだした。
「2人ともすごくかっこいい!強そうだ!」
「ふわふわ!もふもふ!」
「そうか!もっと褒めてもいいぞ!」
「チャチャと匂いが似てる!」
見ていたカズも辛抱できなくなったのか輪に加わって遊びだした。
「ホントだ!ペニー達はもふもふしてる!」
子供達は一緒に駆け回ったり、背に乗って対決を始めた。私と兄ちゃんは並んで見守る。
「ペニー達ってすぐ子供と仲良くなるよね」
「ペニーもシーダも身体は大きいけど、まだ銀狼の子供だからかな?」
ひとしきり遊んだあと、ペニー達が満足顔で告げる。
「ペニー。そろそろ里に帰るぞ!」
「そうだな。楽しかったな」
ペニー達の言葉を聞いたルリ達は、駄々をこねだした。
「えぇ~!そんなぁ~!」
「ペニー達、帰るのか?」
「なかよくなったのにさみしい!」
「いやだぁ~!とまっていってよ~!」
子供達の勢いに、いつもは我が儘を言う立場のペニー達も困り顔。ルリは今にも泣き出しそうになってる。相当楽しかったんだろうね。
宥めようとしたとき、笑顔のペニーがルリに近寄った。前足を頭にポンと置いて肉球で優しく撫でる。
「また会いに来るから泣くな。その時は遊ぼう。約束だ」
「またきてくれるの…?やくそく…?」
「友達の約束だ。シーダが行かないって言っても俺は来る」
「俺もペニーは里に置いて1人で来るから、その時は頼むぞ!」
「なんだとぉ~!!」
「なんだよ~!」
ケンカを始めた2人を見て皆が笑った。
★
銀狼の里に向かって駆けながらペニー達は会話する。
「めちゃくちゃ楽しかったな」
「友達も増えたし最高だったぞ!」
「明日からは消える狼吼も修行だ。忙しくなる」
「いつでも消えるようになって、ウォルトやチャチャを驚かせよう」
「約束も沢山した」
「俺達の…友達との約束だ!絶対守るぞ!」
声を揃えて高らかに吠えた銀狼は、風のように動物の森を駆けた。




