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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
234/715

234 合唱

 住み家までの移動で疲れていたのか、ヨーキーはお風呂から上がると直ぐに眠ってしまった。

 冒険者でもないのに魔物や獣が跋扈するこの森を歩いてきたんだから当然。


「まだ話し足りない!大丈夫!」


 そう言って瞼を擦りながら意気込んでいたけど、眠気に耐えきれなかったんだろう。そんなヨーキーを起こさないようにそっと抱えて、来客用の部屋まで運んでベッドに寝かせてあげた。眠る姿は昔のままだ。


「おやすみ」


 居間に戻って早速リュートの修理にとりかかる。完全に折れてはいないので、時間はさほどかからないはず。作業机に移動して修理を始めた。


 弦をそっと外して、反りを調整しながら折れた箇所を魔法で接着する。欠けてなくなってしまっている部分には、色の近い木片を溶かして接着する。カリーにドアを蹴破られたとき修復した余りの木材の中から同じ木を選ぶだけ。

 楽器の修理は初めてだけど、チャチャの弓と同じで少しでも感覚が変わると扱い辛くなるに違いない。歪みや反りがないように、綿密に修正を重ねながら思う。


 やっぱり楽しい。モノを作ったり修理するのは料理と同じくらい楽しくて、獣人だから料理人になるのは難しいことを考慮すると、現実的になれる可能性があるのは修理職人だと思っている。

 最近ではなんでもいいから修理したいと思ってて。どうせやるならナバロさんの依頼を受けてみたい。ただ、森に住んでいるとお金を稼ぐ必要性を感じないので、なかなか踏ん切りがつかない。


 ナバロさんに依頼されたとしても、報酬を渡されるのが心苦しい。材料費だけでいいと言っても絶対渡されるだろうし、断ったら『正座説教の刑』に処されるのが目に浮かぶ。アレは地味にキツい。どうにか誤魔化せないかな。


 考えながらも手を止めないでいると、リュートの修理は終わった。弦を張って音を奏でてみても綺麗に直せたかわからない。起きたらヨーキーに確認しよう。


 リュートは居間に置き、自分も眠る準備を整えてゆっくり就寝した。





 翌朝。


 微かに聞こえる楽器の音で目を覚ました。軽やかな音色は外から聞こえてくる。


 起き上がって外へ向かうと、家から離れた場所の木に寄りかかって座ったまま演奏しているヨーキーを見つけた。驚くくらい早起きだな。ボクは誰かが泊まってくれて後に起きたことがないのに。


 弾いてる曲は知らないけど心地よく耳に響く。しばらく耳を傾けていると、ヨーキーがボクに気付いた。演奏をやめて笑顔で駆けてくる。


「ウォルト~!」

「ぐふっ…!」


 受け止めようとしたボクの腹に頭突きしたヨーキーは頭を鳩尾に擦りつけてくる。


「ヨーキー…。やめっ…」


 予期しなかった攻撃に声を出せず悶絶する。


「修理してくれてありがとう!前より綺麗になってるんだけどどうやったの!?たった一晩で信じられないよ!」

「…ふぅ。どういたしまして。ちょっと変わった修理方法なんだ」


 魔法で直したと伝えていいか迷う。おそらく信じてくれるけど、人に伝えるときは覚悟が必要だ。ヨーキーは頬を膨らませた。


「その顔はなにか僕に隠してるな!なんだよぉ~!水くさいぞ!僕らの仲じゃないか!」


 苦笑いして頭を掻く。ヨーキーにも噓はつけないのか。


「ボクは魔法が使えるんだ。魔法で直したんだよ」

「魔法…?ウォルトが…?獣人なのに?」

「信じてくれるかい?」


 ニパッ!と笑う。


「もちろんだよ!ウォルトは昔から頭がよかったもんなぁ。そっかぁ!魔法を使えるのかぁ!」


 腕を組んでうんうん頷く。


「信じてもらえなかったり、騒がれるのが嫌で内緒にしてるんだ。ヨーキーも内緒にしてくれる?」

「もちろん!マードックやサマラは?」

「2人は知ってる。あと、トゥミエの住人で知ってるのは両親だけだ」

「くっそぉ~!マードックの含み笑いにはコレもあったのか!僕を見て優越感に浸ってたんだ!」

「そんなことないと思うよ。マードックに対して当たりが強いな」

「そりゃそうだよ!昔から『ナヨナヨしてんな』とか『このもやしが』ってバカにされてたんだ!ウォルトの友達でサマラの兄さんじゃなかったら僕は…」

「僕は?」

「あのちょろっと生えてる申し訳なさげなタテガミを燃やして、ゴリラの獣人から完全なゴリラにして森に帰してる!」


 憤慨するヨーキーだけどやっぱり怖さは皆無。マードックに対して怒る人間はヨーキーぐらいかもしれない。


「いや、マードックは狼なんだけ…」

「ウォルトから聞いて僕も同等だから、今回だけは許してやろうかな!仕方ない!」


 あっという間に変化する豊かな表情を見て、気持ちがほっこりするなぁ。


 その後、朝食にしようと住み家に戻った。






 食事を終えて満足した様子のヨーキーは、歌を聴いてほしいと言ってきた。


「なにもできないけど、修理のお礼に僕の歌を聴いてほしい。精一杯歌うから」

「お礼はいらない。聴かせてもらうよ」


 断る理由はない。ヨーキーは椅子に座り、リュートを奏でながら歌う。とてもいい音で耳に心地いい。歌を聴きながら昔を思い出す。

 ヨーキーは昔から歌が好きだった。遊んでいるときも、よく歌を口ずさんだり口笛を吹いてた。思わず手拍子を始めてしまうような不思議な魅力がヨーキーの歌にはある。


 しばらくして、歌い終えたヨーキーに拍手を贈った。でも、気になったことがある。


「凄くよかったよ。音楽家になれるんじゃないか?」

「そうかな!なれたらいいけど今のままじゃ難しいんだよね…」

「微かに声が掠れてるのと関係あるのか?」


 ヨーキーは頷いた。


「耳のいいウォルトにはバレるよね…。高音が出にくいんだ…。ハルケ先生じゃ原因がわからないって言われた。喉に声を邪魔するモノができてるんじゃないかって話なんだけど…」

「何曲も歌うのは厳しいんだね?」


 声を出すほどに掠れは酷くなっていた。


「そうなんだ…。段々喉が痛んで声が出なくなるし、練習もろくにできない。続けて歌うのは2曲が限界かな。耳のいい人には掠れるのが不愉快に聞こえるらしくて困ってる…」


 ボクが力になりたいな。


「魔法でヨーキーの喉を診てもいい?」

「えっ!?ウォルトが?どうやって?」

「もしかしたら治癒魔法で治せるかもしれない。ボクを信じてくれるなら」


 病気は魔法では治せないと云われてる。医者と薬師の力が必要だというのが常識。無茶苦茶で逆説的な意見だけど、医者がどうにもできないなら魔法でなんとかできるかもしれない。


「信じるよ!お願いします!」

「悪化することはないから心配しなくていいよ」


 寝室に移動して、ベッドに横になってもらう。


「じゃあ、喉を診るよ」

「うん!」


『診断』

 

 ヨーキーの喉に手を翳して診断する。すると、喉の辺りに腫瘍のようなモノがある。コレが声を出すのを邪魔しているのかもしれない。


「どう?」

「喉の辺りに気になる箇所がある。魔法で治療してみるけどいいかい?」


 頷いてくれたので詠唱した。


『治癒』


 その後、診断してみても変化はなかった。『治癒』では治療できないのか不明だけど、魔力を強めても変化はない。


「ウォルトの魔法でも無理かな…」

「まだ諦めるのは早い」


 エルフの魔力を練り上げ『精霊の慈悲』を詠唱した。しばらく付与を続けたあと診断してみると、腫瘍らしきモノは消滅している。この魔法が身体の内側に効くという推測は正しいかもしれない。無理そうだったら多重発動することも考えていたけど、その必要はなさそうだ。


「もう大丈夫だよ」

「うそ!?なにか変わった?」

「高い声を出してみてくれないか?ゆっくりね」


 起き上がったヨーキーは、言われた通り少しずつ高い声を出していく。さっきまで掠れていた音域でもすんなり声が出てる。驚いた顔でまた抱きついてきた。

 

「声が出る!痛みもない!すごいよウォルト!ありがとう!」

「大袈裟だよ。完治したか素人のボクにはわからない。油断は禁物だ。少しずつ練習してみてくれ。喉に効く薬も作って渡すよ」

「ウォルトは優しいなぁ…。昔と変わらないね…」

「優しいのはヨーキーだ。トゥミエにいた頃、何度も救われた。少しは恩返しできたかな」


 ボクはヨーキーに幾度となく助けられてる。トゥミエに住んでいた頃、ボロボロになって倒れているのを何度も見つけてくれて、ハルケ先生を呼んでくれたり、家に連れて帰ったりしてくれた。

 ボクより小さいのに獣人から庇おうとしてくれて、シルバ達に噛みついて殴られたこともある。年下で人間なのに、昔から勇気ある優しい友人。


「気にしないで!友達じゃないか!」

「ありがとう。ボクはいい友達をもったよ」

「そうだ!ウォルトにお願いがあるんだけど」

「お願い?」


 ヨーキーは花が咲いたように笑った。



 


「…ホントにやるの?」

「もちろん!ダメかな?」

「う~ん…。ダメじゃないけど…」


 ボクらは芝の上に胡座をかいて座り、笑顔のヨーキーの手には直したリュートが握られている。

 対照的にボクの表情がすぐれない理由は、歌が下手なのに「喉の確認で一緒に歌ってほしい」と要望されたから。


「歌うのは得意じゃないんだけどなぁ…。邪魔することになるけど…」

「上手いか下手かは関係ない!歌は心だからね!一緒に歌いたいんだ!」


 力説したヨーキーはすかさず曲を弾き始めた。ボクもよく知る歌。諦めて伴奏に耳を澄ます。

 目で合図をされて演奏に合わせて歌い始める。笑顔で聴いてくれてるけど、しっかり歌うのなんて何年ぶりだろう。精々下手な鼻歌を奏でるくらい。


 歌い続けていると、ヨーキーが一緒に歌い始めた。わざと音程をずらして歌ってる。思わずつられそうになるけど、慣れると心地よく感じられる不思議。こんなことができるなんて凄いな。


 歌い終えると、ヨーキーは満足したように破顔して喜んだ。


「いいね!もう1曲いこう!」

「えぇ!?恥ずかしいからもうやめよう」


 知らん顔で次の曲を弾き始めた。これまたボクの知っている曲。さすがは幼馴染み。「知らないとは言わせないよ」という無言の圧を感じる。

 しばらくボクらの合唱は続いた。歌うことは苦手だけど、楽しそうなヨーキーと合唱し続けたからか最後には少しだけ楽しく感じた不思議。




 帰路では獣や魔物に遭遇したら危険なので森の出口まで同行した。別れ際に蜂蜜を混ぜて作った特製の喉薬を渡すと喜んでくれた。


「歌ったあと水に溶かして飲むと喉にいい。作り方を書いた紙も渡しておくから」

「ありがとう!また遊びに来てもいい?」

「いつでも待ってるよ。でも、森は危ないから無理はしないでくれ。それに、歌はもう勘弁して…」

「しないよ!今度はサマラも連れてきて一緒に歌う!」

「えぇ~~?」


 露骨に嫌そうな顔をしてもヨーキーは意に介さないし、言いだしたら聞かない。ボクの数少ない昔からの友達は皆そうだ。


「じゃあ、またね!」

「うん。また」


 見送って住み家に戻ると、軒下からハピーが出てきて肩に留まる。


「ハピー。どうしたの?」

「驚いた!ウォルトって歌が上手いね!」

「聴いてたの?恥ずかしいなぁ…。お世辞でも嬉しいよ」

「お世辞じゃない!皆、驚いてたよ!」

「友達のヨーキーは歌が上手いからね。一緒に歌えばそれなりに聞こえるんだよ」

「ホントなのに…」



 ★


 

 森を出て、街に向かうヨーキーはご機嫌。


 今日は楽しかったぁ!ウォルトの歌はさすがだったなぁ。僕はウォルトの歌が大好きで、何年かぶりに聴くことができた。


 本人は認めないけど誰が聞いても歌が上手い。音感も抜群だ。なのに、昔から歌が下手だと思い込んでいる。完全な勘違いなんだけど、なぜか芸術の分野全般が苦手だと言い張るんだよなぁ。

 

「絵も下手だし、特に芸術分野はダメだ…」って昔から頑固に主張して歌うのを嫌がる。僕やサマラが「そんなことない」と伝えても、「そんなことある」と断固信じなかった。

 嫌いなのは知ってたけど、ウォルトの歌を聴くのが好きだから久しぶりに一緒に歌いたくて頼んだんだ。街角で歌っていれば誰もが足を止めるほど上手いのに、なかなか歌を聴く機会はない。すごく勿体ないことだと思う。


 今回は喉の回復の確認を理由に上手くいったけど、次もウォルトの歌を聞くにはまた策を練る必要があるなぁ。

 もっといろんな人に聞いてほしい。歌い手になれるくらい上手いんだから!



 いつか大勢の人の前でウォルトに歌わせてやりたい!という大きなお世話の野望を胸に、ヨーキーは笑顔で帰路についた。

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