233 懐かしい顔
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ある朝のこと。
久しぶりにマードックがウォルトの住み家を訪ねていた。
「なにかあったのか?」
朝からなんの疑問もなく酒と肴を差し出して尋ねる。
「いや。別になんもねぇ」
澄まし顔のマードックだけど、なにか用があって来たはず。匂いではわからないけど、表情から感じ取れる。ボクらは一応幼馴染みだ。
そもそも、マードックはゴツいくせに出不精。遠出して来たからには言いたいことがあるはずだ。お茶をすすりながら黙って待つ。
「おい」
「どうした?」
「ちっと前に…トゥミエで獣人が流行病にかかったって知ってっか?ズーなんとかっつうらしい」
「知ってる。ちょうど実家に帰ってたからな」
「ずっと薬がねぇっつってたのに、いきなり薬が出回ってどいつもこいつもよくなったんだとよ」
「そうか」
「薬を作ったのは…お前だろ?」
口調とは裏腹に声が自信に満ちてる。確信してるような表情。バレてるなら仕方ない。どうせコイツに噓は通用しない。母さんのせいで嘘を見破られるらしい。
「両親とミシャさんの分だけな」
「余ったんじゃねぇのか?」
「作りすぎた分はハルケ先生に処分してもらうよう頼んだ。その後は知らない」
表情を変えずにお茶をすする。ボクが噓を吐いてないことはわかるはずだ。
「なるほどな…。……ありがとよ」
トゥミエにはマードックとサマラの両親も住んでいる。誰からか聞いたのか。
「礼を言われるようなことはしてない。なんでボクだと思ったんだ?」
「薬が出回る前日にお前が帰ってきてたって聞いたからな。ハルケは誰が作ったか教えないんだとよ。けど、俺は気付くぜ。ククッ」
笑って酒を呷る。
「そうか。名探偵だな」
ラットもそうだけど勘がいい。普通ならその程度の情報でボクだと気付くはずがない。
「シルバをぶちのめしたのもお前だろ?たまげたってよ。誰にやられたか口を割らねぇらしいけどな」
それも知っているのか。噂が広まるのは思った以上に早い。
「アイツが絡んできた。ボクや家族に手を出さなければ、こっちからなにかするつもりはない」
「家族に手ぇ出したらどうすんだ?」
「絶対許さない。二度と動けなくなるまで徹底的にやる。本人にも伝えた」
「そりゃ殺すってことだろうが」
「簡単に言うとそうだ」
「ククッ。とにかく礼だけは言っとかねぇと俺の気が済まねぇ」
「さっきも言ったけどなにもしてない。むしろシルバを殴ってハルケ先生に迷惑をかけただけだ」
マードックは、コップをテーブルに叩きつけるように置いた。
「お前も俺の立場なら礼を言うだろうが!この頑固猫がっ!」
「……そうかもな」
「黙って礼を受けとけ!」
ガハハハ!と豪快に笑う。頑固猫か…。改まって言われるとそうかもしれない。心当たりはある。
「ところで誰から聞いたんだ?」
「あん?」
「ボクがトゥミエにいたって」
「ヨーキーだ」
「ヨーキー?なんでまた?」
懐かしいな。
「たまにフクーベに来んだよ。吟遊詩人みてぇなことしてんぞ。いろんな街に行ってるみてぇだ」
「そうか」
「お前に話しかけようとしたら、どっかにいっちまったってよ」
「多分薬の材料を採りに行ったときだ。ヨーキーは元気か?」
「元気すぎてうるせぇよ。アイツのことはサマラの方が詳しいだろ」
昔を思い出して微笑む。その内ヨーキーに会えるだろうか?なぜかマードックは苦い顔をしてる。
「お前…アイツに会いてぇのか?」
「会えるならな。久しぶりだし、ヨーキーにはお世話になってる」
「会ったらココを教えていいか?」
「構わない」
「今度会ったら言っとくわ」
マードックは珍しく談笑して帰った。
★
数週間後。
いつものように作業に勤しんでいると、風が運ぶ知り合いの匂いを嗅ぎ取る。とても懐かしい匂いだ。
家の角から顔を出すと一目散に駆けてくる人物がいる。数年ぶりに会うけど変わってない。
「ウォルトォ~!!」
笑顔で出迎えると胸に飛び込んでくる。優しく受け止めてあげると、古い友人であるヨーキーはギュッと抱きついてきた。
「いらっしゃい。久しぶりだね、ヨーキー」
ヨーキーはボクやマードック兄妹の幼馴染み。歳は2つ下の人間で、故郷にいる数少ない友達。アニカやウイカと大差ないくらい身長が低くて、ふわふわ栗毛のくせっ毛に大きな瞳の可愛らしい容姿をしている。容姿と声や話し方からよく間違えられるみたいだけど、ヨーキーは男だ。
「この間、直ぐに帰ったよね!ゆっくり話したかったのに!」
「ゴメン。あの時はちょっと事情があってね」
「そっか!獣人の病気も流行ってたからね!」
両親の惚気がキツかったとは言えない。
「それにしても、しばらく見ない間にウォルトは大きくなったね!」
くりっとした瞳で下から顔を見上げてくる。こうして見ると確かに女の子みたいだ。
「マードックに比べると小さいけどね」
「マードックはゴリラだ!大きくて当たり前だよ!」
「いや、狼…」
「そんなことより、ウォルトは元気だったの?」
人の話を聞かないところも相変わらずだ。そんなところも懐かしい。
「元気だった。ヨーキーこそ元気だった?」
「見ての通りだよ!」
少し離れたヨーキーは両手を腰に手を当て「えへん!」と胸を張った。背中には楽器を背負ってる。
「マードックから聞いたけど、吟遊詩人みたいなことしてるんだって?」
「吟遊詩人じゃなくて弾き語りだけどね!」
「凄いじゃないか。ヨーキーは歌が上手かったけど、人前で歌うなんて」
「えへへ!そうかな」
頭を掻いて照れてる。でも、直ぐに沈んだ表情に変わった。
「ウォルトにも歌を聞いてもらいたいと思って来たんだけど…ちょっと問題が…」
「どうしたの?」
「楽器が壊れちゃって…」
「見せてもらっていい?」
背負っている楽器を見せてくれる。見たことない弦楽器だ。指で押さえる首の部分が見事に折れている。
「リュートっていうんだけど、さっき森で転んだ弾みで折れちゃって…」
背負っていたのにどう転んだらこうなるのか疑問だけど、ヨーキーは昔からおっちょこちょいだ。
「ボクが直してみようか?」
「えっ!?直せるの?」
「やったことはないけど、見た感じでは大丈夫。全く同じようには無理かもしれないけど」
「お願いしていいの?」
「ボクに会いに来てくれて壊れたんだ。直してあげたい」
微笑むとヨーキーが抱きついてくる。
「ありがとう!お願いします!」
「今日ヨーキーは帰るのか?」
「泊まっていいの?」
「もちろん。泊まってくれるなら朝には渡せると思う」
「泊まる!」
「じゃあ、家に入ろうか。………ヨーキー?」
ヨーキーが離れようとしない。
「離れないと家に入れないよ?」
「す~…は~…すぅ~…はぁ~…」
ボクの匂いを嗅いでる…?…まさか!?母さんが言ってた『猫吸い』…?ヨーキーも使う『技能』なのか?…と下らないことを考えていると顔を上げた。
「満足したっ!家に行こう!」
満面の笑みを浮かべたヨーキーは、複雑な表情を浮かべるボクの手を引いて住み家へと向かう。
もう夕方ということで、晩ご飯を作ることに。ヨーキーは居間で大人しく待ってる。出来上がった夕食を運ぶと目を輝かせた。
「美味しそう!いただきます!」
「どうぞ」
口に運んで大騒ぎ。
「う………まぁ~い!凄すぎるよ!こんな料理を作れるなんてウォルトは天才だ!」
「大袈裟だよ」
笑顔でパクパク食べ進める。こういうところがサマラと似てるんだよなぁ。
サマラとヨーキーは歳も同じで仲がいい。ヨーキーは男だけど、まるで姉妹のように仲良しだった。
よく周りから「お前ら好き合ってんだろ?」と揶揄われていたし、ボクもそう思ってた時期がある。
「サマラのことは好きだけど、そういうのじゃない!」
「そうだよ!全然違う!」
なんて否定していたっけ。
「よかったらお代わりもあるよ」
「いただきます!」
その後、小さな身体で驚くべき量を平らげたヨーキーは花茶を飲んでまた騒いだ。
「ウォルトが料理人になってたなんて…」
「料理人にはなってないよ。ただ料理が好きなだけで」
「そうなの?もったいないなぁ。絶対稼げるのに」
「ボクの料理は趣味なんだ。お金はもらえない」
「そうか…。ウォルトは無欲の獣人だもんね!」
「そんなことないけど。それより、お風呂も入れるけどどうする?」
「入る!ウォルトも一緒に入ろう!」
「狭いし、恥ずかしいからやめておくよ」
「そっかぁ。残念」
目に見えてガッカリしたヨーキーと、お腹が落ち着くまでのんびり会話する。こうして話すのは本当に久しぶりだ。
「ウォルト達がトゥミエからいなくなって僕は寂しかったよ」
「ヨーキーは友達も多かったし、そんなことないんじゃないか?」
ヨーキーはいつも友達に囲まれていた。ボクは大勢の友人の中の1人。
「他の友達はいたけど、ウォルト達がいなくなってやっぱり寂しかった。だから…今日は会えて嬉しいよ!」
「ボクも嬉しい。でも、マードックには会ってたんだろう?」
「そうだけど、アイツは冷たいんだ!僕に会うと直ぐ『面倒くせぇ!』って顔するし、ウォルトのことを訊いても教えてくれなかった!」
ぷんぷん怒る姿は、子供のようでまるで怖さを感じない。
「ココに住んでるのを知られたくないって考えたんじゃないかな。この間、ヨーキーに教えていいってボクが言ったんだ」
「い~や!アイツの顔には『コイツに教えるとろくなことにならねぇ』って書いてた!」
マードックとヨーキーは、それほど仲良くなかったから仕方ないかもしれない。あと、ちょいちょい出てくるモノマネが凄く似ててボク的にはツボにはまる。
「そのくせ『俺はウォルトの居所知ってるぜ』感を出してくるんだ!腹立つ!」
「気のせいだと思うけどなぁ。サマラには会ってる?」
「最近は会えてないけど、前に何回か会ったよ。ウォルトがいなくなって辛そうにしてた…」
サマラに再会する前に会ったんだな。マードックに尋ねたのは、サマラのことも気にしてくれていたからに違いない。ヨーキーは昔から優しい男だ。
「最近はココに遊びに来てくれるようになったんだ。謝って許してもらえた」
ヨーキーの表情が明るくなる。
「よかったぁ~!そっかぁ…。ホントによかった…」
「2人で遊びに来てくれると嬉しいよ」
「うん!楽しみだなぁ!」
満面の笑みを見せるヨーキーとしばらく語り続けた。
読んで頂きありがとうございます。




