232 好機を逃さないのが大切
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ウォルトの姉貴分である黒猫の麗人キャロルは、せっかくの休日に自宅で悩んでいた。
というのも、少し前にランパードの旦那がベルマーレ商会と契約をまとめたとき、手伝ってくれたウォルトにお礼をすると言ったのに、まだできていないから。「アンタに拒否権はないからね!」と啖呵を切ってそこから進展がない。
参ったね。ウォルトに礼をするのがこんなに難しいなんて。甘く見てたよ。弟分が喜びそうなことが思い浮かばない。苦笑いしか出ないねぇ。
なにをしても、なにを渡しても喜んでくれるのは知ってるけど、どうせなら心から喜んでくれることをしてやりたい。
そうなるといい案が浮かばないもんだ。可愛い弟分は、出会った頃から欲のない獣人だった。獣人の男が大好きな金や女にも興味がない。いつも言われていた言葉を思い出すねぇ。
「姉さん。いつもありがとう」
アタイは昔から種族を問わず男が嫌いだった。自惚れた奴のゲスな話題や、人を舐めるように眺めてくる視線に嫌悪感しか感じない。
獣人なのに他人に感謝して生きるウォルトの性格を好ましく思って可愛がった。後にも先にも可愛がった男はウォルトだけ。
若いのに欲がなさすぎる弟分を心配した時期もあったけど、付き合っていく内にそんな獣人がいていいしウォルトらしさだと割り切ったんだ。
けど、お礼をするとなるとこれほど困る獣人も珍しい。金は間違いなく受け取らない。欲しいモノも離れていた期間が長すぎて想像つかない。
女には興味がなくはないだろ。けど、クソ真面目だから知らない女から接待を受けても喜ばない。むしろ気分を悪くする可能性大だねぇ。
ただ、サマラのことが好きなのは変わってない雰囲気だ。違うってことはないだろ。やっぱりサマラに協力してもらうしかないかねぇ。アタイにお礼をしないという選択肢はない。
…と、玄関のドアがノックされる。
「誰だい?」
ドア越しに声をかけると「俺だ」と旦那さんの声がした。まだ陽も高い昼間。今日も仕事だろうになんだってんだい?
「旦那さん、どうしたんだい?」
「休みの日にすまないな。お前に話があってきたんだ」
「気にすんじゃないよ。立ち話もなんだから中に入りな」
「邪魔する」
アタイは旦那さんの計らいで屋敷のすぐ傍にある家に住んでる。屋敷の警備員の巡回ルートにも入っていて、なにかあれば直ぐに駆けつけられるように気を使ってくれた。 何度も男に付き纏われた経験があるアタイを心配してくれてのこと。
最近じゃ旦那さんから貰った魔道具の効果もあって絡まれるのは格段に減ったけど、それでも心配なんだと。まぁ、旦那さんらしいね。
部屋に招き入れてお茶を淹れる。差し出して対面に座った。
「急にどうしたんだい?」
「ん…。この間、ベルマーレと契約したって言ったろ?」
「聞いたよ。上手くいったんだろ?」
「あぁ。ウォルト君のおかげでな。それでな… やっとできたんだよ」
「できた?」
なにができたのか旦那さんは答えない。立ち上がると怪訝な顔をしたアタイの傍に近寄って跪いた。上着のポケットから小箱を取り出すと、箱を開けて中身を見せてくる。
「なんだってんだい…?」
「キャロル…。前にも言ったが俺と結婚して番になってくれないか?」
小箱の中には見事な宝石をあしらった指輪。突然のプロポーズに驚いて言葉が続かない。
「実は…ベルマーレに注文したのはこの宝石なんだ。加工するのに思いのほか時間がかかった」
「契約って…宝石だったのかい?」
「そうだ。ウチの商会では手に入らない宝石だ。西の大陸で採れるモノでな。【永遠の愛】を意味する宝石だ」
…仰々しいねぇ。
「どんなモノを取引したのかと思えば…。まったく呆れるねぇ…」
「俺にとっては重要だ。俺の考え得る最高の指輪を用意したくてな。キャロル…。俺はお前が好きだ。ずっと共に生きてほしい」
真剣な眼差しを向けてくる。アタイは前回の旦那さんの告白の答えを保留してるけど、決して忘れちゃいない。
「返事は急がないと言った手前格好悪いんだが、待ちきれなくてな…」
「アンタは……アタイなんかのどこがいいんだい。他にも女は山ほどいるだろ」
「性格、顔、体型、その他諸々全部だ。女は嫌いじゃないが、お前以外に一緒になりたい女はいない。一目惚れした俺の直感は間違ってなかったと自分を褒めてやりたい」
「いい歳こいて、恋人でもない相手にこっ恥ずかしいことを堂々と…。面の皮が厚いね」
「お前が訊いたんだぞ!?正直に答えたのにひどいな!」
苦笑する旦那さんは、ちょいと可愛らしく感じた。
「直ぐには返事できないよ。ゆっくり話をしたいから椅子に座ってくれないかい?」
「やっぱり勢いでは無理だったか」
照れたように頭を掻く。
「初めから上手くいくなんて思ってなかっただろ?」
「もちろんだ」
笑って椅子に座り直した旦那さんは、一気にお茶を飲み干す。
「アタイは旦那さんの番になれるような女じゃない。口は悪いし育ちもよくない。学もない」
「全部ひっくるめてキャロルだからな。気にしない」
「アンタはそれでいいかもしれない。けど、一緒になればアタイも仕事や付き合いに多少は関わることになる。行儀よくなんてできないのさ。間違いなく迷惑をかける」
仕事でもなんでも余計なことを口走るだろう。
「お前は賢いから全然心配してないぞ。やるときはやるのは知ってる」
「その自信はどこからくるんだい。楽観的過ぎるんだよ。アンタの肩には、商会で働いてる奴らの生活もかかってるんだ」
旦那さんは、偉いくせに妙にのほほんとしてるとこがある。そこがいいんだけどさ。
「言われなくてもわかってる。俺は商売も含めてお前となら一緒にやっていけると思ったんだ」
なにを言っても退きそうにない雰囲気だねぇ…。時には強引に…ってのも商人らしさってワケか。
「ケンカの絶えない番になる。アタイはずけずけモノを言うからね」
「そうかもな。けど、俺達ならケンカしても許し合うことができると思う。お前はいつだって他人に謝る余裕をくれる。ウォルト君も言ってたろ?気遣いのできる姉御肌だと」
「普通にしてるだけさ。それに…アンタとの間に子ができたとして、その子は獣人だ。跡継ぎはアンタの商会を継げない」
獣人の経営者なんてほんの一握り。それも、個人で小さな商売をしてるか多種族のブレーンが付いていることがほとんど。面倒くさがりの獣人に商才なんてありゃしない。せっかく一代で商会を大きくしたんだ。子に継いでほしいだろうに。
「残念だろうけど、アタイは愛人を黙認できるほど心は広くない」
「見くびるなよ。愛人を作るつもりはないし、もし俺がそんなことをしたら煮るなり焼くなり爪で顔面を引き裂くなり、お前の好きにしてくれて構わないぞ」
「ホントかねぇ?」
「本当だ」
疑うようなことを言いながらも、旦那さんが女遊びをしない男だと知ってる。昔は知らないけど、出会ってからは見たことも聞いたこともない。
気になって少し情報網を使って調べてみたけど、過去にも真面目な付き合い以外はなかったみたいだ。
「子供は元気に育てばそれでいい。商会は優秀な人材に任せてもいいと思ってる。その頃まで上手く商売できていれば…だが」
「そうかい」
いろいろ考えてるねぇ。あぁ言えばこう言う商人だよ。
「あのな、キャロル。俺は嬉しい」
「なにがさ?」
「前向きに考えてくれたんだろ?だから、結婚したあとの問題点も次々出てくるし、今も悩んでくれてる」
「…さぁね」
「俺も考えてるんだぞ。その結果、お前と番になるのになんの支障もなかった。だから堂々と申し込んでる」
「なにもないワケないだろ」
「不思議となかったんだよな。だから、1番の問題は…お前が俺のことをどう思ってるかってことなんだよ」
そこんとこがアタイもわからないから困ってるんだけどねぇ…。今まで男に惚れたことがないんだ。
「旦那さんと一緒にいるのは嫌じゃない。いきなり番になるってのは飛躍しすぎだと思うけどさ」
「恋人ならいいのか?」
「そうさねぇ…」
そっぽを向いて話すと、旦那さんはニカッと笑った。
「なら、やっぱり番になったほうがいいな」
「なんでそうなるんだよ!人の話、聞いてんのかい?!」
いい歳したおっさんが小首を傾げるのが腹立つ…。
「なんでって…行き着くところは同じだからだ。俺にとっての恋人は、一緒に遊んで楽しむだけの存在じゃない。遅かれ早かれ一緒になりたいと思う存在だ。だったら番になったほうが俺は嬉しい。お前だって遊びで人と付き合いたいと思わないだろ?」
「そりゃそうさ。けど、商売でも焦って失敗することがあるだろう?気変わりもあるだろうし。じっくり吟味する必要があると思うけどねぇ」
「それは確かにある」
腕を組んでうんうん頷いた。
「だがな、商売でも『今が好機』と感じたら機を逃さないことも重要だ。後で取り返しがつかなくなる時もある」
「今はどっちだと思うんだい?」
「これ以上ない好機だと思ってる」
「そう言うと思ったよ」
互いに笑い合う。
「なぁ、旦那さん。アタイは…惚れたはれたは苦手だ。元々男嫌いだし番になることに興味もない」
「だろうな。知ってる」
「アタイと番になるなら、死ぬまで一緒にいてもらうよ。相手が誰であれ、番になると決めたら別れるつもりはない」
「望むところだ」
満面の笑みを見せるこの男と…ずっと一緒にいられるのかねぇ?いくら考えても…やってみなけりゃわからないか。
恩人であることを差し引いても、魅力的な男なのは確か。もう数年になる付き合いでも出会った頃と変わらず誠実で優しい。
偏屈なアタイを容姿だけでなく性格までも好きだと言ってくれる珍しい存在。ウォルト以外で唯一好ましいと思える男。
試すようなことを言っている自覚はあって、自分でも面倒くさい性格だと思っている。それを理解した上で、笑って一蹴する懐の深さ。
旦那さんとなら……やっていける……かもしれないねぇ…。自信なんてないけどさ。
「ふぅ…」
観念して目を瞑ると、黙って左手を差し出した。
★
キャロルは瞼を閉じて左手を差し出した。
「うん?」
ランパードは首を捻ってキャロルの綺麗な指を見つめる。
急にどうしたんだ…?
「………?」
「………?」
静寂が俺達を包む。
しばらくして、カッ!と目を開けたキャロルは顔を真っ赤に染めてバッ!と手を引っ込めた。
「……もういい」
「大丈夫か…?顔が赤いぞ?」
「この話は……とりあえずなかったことにしな…」
「なぜだ!?」
かなりいい雰囲気じゃなかったか?!嘘偽りなく正直に気持ちを伝えて、キャロルも前向きに考えてくれてる空気だった。突然告げられた終了の知らせに戸惑う。
「なんで…?じゃないよ!!この…唐変木っ!」
キャロルは珍しく赤面して怒っている。なんだっていうんだ?
「俺のどこが気が利かないって…」
……ん?
キャロルが差し出したのは左手…。俺が準備した指輪…。さっきの手は…そういう意味だったのか!?プロポーズを受け入れ…指輪を薬指に嵌めてくれ…というキャロルの意思表示!
意図に気付いたが時既に遅し。キャロルは平常運転に戻っている。むしろ視線が冷たい…。やっちまったかもしれん…。
「旦那さん。とりあえず帰ってくれないかい?アタイは休みで、ウォルトへの御礼を考えなきゃならないんでね。こう見えて忙しいんだよ」
麗しくも冷たい笑顔で微笑んだあと、ふん!とそっぽを向く。腹を立てた姿を可愛いと思うが…完全にやってしまった!
「ちょっと待ってくれっ!俺の話を聞いてくれっ!」
「やかましいっ!アタイは……もの凄く恥ずかしかったんだぞ!」
顔も向けてくれない。
「俺が悪かった!頼むっ!もう一度だけチャンス…」
「女々しいねっ!二度とやるもんか!黙って帰りな!…でないと叩き出すよっ!それに……アンタが言ったんだ!」
「俺がなにを言ったっていうんだ…?」
「今が好機とみたら機を逃さないのが大事なんだろ?!違うのかい!?」
「ぐぅっ…!」
なんてこった。完全に手詰まり。
「わかったら帰りな!ほらっ!放り出されたくなかったら、さっさと出てけっ!」
「ちょっ、ちょっと待てって!話を聞いてくれ!おい、キャロル!」
出しっ放しにしていた指輪をポケットに無理やり突っ込まれ、背中を押されて家から追い出される。ドアを壊れんばかりの勢いで閉められた。
参った…。商人人生で過去最大の商談失敗と言っても過言じゃないな…。
★
「…ふん!」
素早く玄関のドアを閉めると、溜息をついてドアにもたれかかる。
両頬に手を当てると熱を感じる。柄にもなく、乙女のようなことをやっちまった…。指輪を嵌めてくれるのを待つなんてね…。
「ふぅ…。よしっ」
男に振り回されるなんてアタイらしくない!恥かいたことなんて忘れりゃいいのさ!
頬を叩いて気合いを入れる。しばらくないだろうけど、次に旦那さんが似たことを言ってきたときは、絶対浮かれることなく冷静に対処してやる。
旦那さんが気付かなかったのには、なにか意味があるかもしれない。ボケてるって意味じゃなく、今じゃないって意味でね。
神様って奴が言ってるのかもしれない。




