230 魔法を見せ合うと仲も深まる
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ウォルトと魔法を見せ合うことになったキャミィは更地で向き合う。
どこからどう見ても、凄い魔導師には見えない。魔力も一切感じない。モフモフした優しそうな猫獣人。
けれど、それがウォルトの凄さであり、対峙して油断すれば待つのは敗北のみ。私は既に知っている。
「私が先に魔法を見せるわ」
「お願いします」
生半可な魔法では通用しないはず。集中して魔力を練り上げる。
『炎龍』
翳した手からウォルトに向かって炎の龍が襲いかかる。フラウの魔法とは比べものにならない熱量で放つ。詠唱速度も倍以上速めた。
「凄い魔法です」
それでも『魔法障壁』で完璧に防がれてしまった。フラウの時と同様にじっくり観察するように目を凝らしている。
エルフの魔法を観察して、受けながら分析しているということなの?
「簡単に防ぐのね」
「簡単じゃないです」
そうは見えなかった。今の『炎龍』は、ウークのエルフでも完璧に防げる者は少ない威力。なのに、いとも簡単に防がれた。想像通りの優秀な魔導師。
「では、ボクの魔法を見せます」
「お願い」
『火焔』
見たこともない巨大な炎が迫る。
『聖なる障壁』
エルフの障壁を張って受け止めても炎の勢いは止まらない。
「くっ…!このっ…!」
一瞬で魔力を練り上げて障壁を強固なモノに変化させると炎は霧散した。
「さすがです」
「ありがとう…」
余裕の笑みを浮かべるウォルトを見て、つくづく感じる。フラウとの闘いを制止してよかった。やはり私の感覚は間違っていなかったと。
もし判断を誤っていたら、ウークは今頃エルフの屍の山……塵も残っていなかったかもしれない。
平然と放たれた魔法は、術者の雰囲気とは全く異なる凶悪な威力。里のエルフで防げる者は、私と父さん以外にいないと言い切れる。それも単発だった場合の話。フラウでは…おそらく灼き尽くされていた。しかも、今の魔法は間違いなく全力じゃない。
「自分を信じて正解ね」
「え?なんですか?」
「こっちの話よ。この魔法はどうかしら?」
どう対処するか見せてもらう…。
可能な限り魔力を隠蔽した魔法を詠唱する直前、ウォルトは素早く飛び退いて身を躱した。さすがね。信じ難いけれど。
『大地の憤怒』
詠唱と同時に地面が変形し、ウォルトが立っていた場所に剣山のように突き出す。
土の槍の高さはウォルトの身長を軽く超える。エルフが得意とする自然を生かした魔法の1つ。
「凄いです…。自然と共に生きるエルフだからこその発想…。魔力で土を武器に変形させるなんて予想できませんでした」
心底感心してくれている様子。けれど、私に言わせれば大袈裟な反応。
「難なく躱した貴方のほうが凄いわ。直前に魔力を感知したの?」
「はい。なぜ地面から…?と思いましたが見て納得しました」
本気で串刺しにするつもりで詠唱した。それでも躱されるという確信があったから。
悟られないようギリギリまで魔力を隠したつもりだったけど、発動前の微かな魔力の揺らぎを感じたというの?
「素朴な疑問なのだけれど、貴方はなぜ凄い魔導師であることを隠しているの?」
ただの魔法使いだと言われても到底信じることはできない。仮にそうだとしたらエルフは間違いなく魔法において劣等種族。
「隠してないですし、ボクは魔導師じゃないです。憧れている魔法を操れるようになって、いつかそう言えるようになるのがボクの目標です」
「そうなのね」
まだ魔導師の高みに登っている途中。そう言いたいのね。
「貴方はどこまで行くんでしょうね」
「どこにも行きませんよ。多分ずっとこの場所に住んでます」
首を傾げるとぼけた態度に思わず笑みがこぼれるし、モフりたいくらい可愛い。そういう意味じゃないわ。
「ずっとそのままでいてほしい。次は貴方の番よ」
「では、いきます。『操弾』」
ウォルトは魔力弾を操作して四方から撃ち込んでくる。威力も強力。
「くぅっ…!」
負けじと『聖なる障壁』を複数展開して防ぐ。予期せぬ魔法にも冷静に対処できた。
「貴方の魔法は面白い。とても勉強になる」
★
驚くべきエルフ魔法に感嘆しきりのウォルト。
世界は広い。キャミィさんが操るエルフ魔法に感動に似た感情を抱く。
ボクは、自分が操っている魔法が世界で最も普及している魔法だと思ってる。なぜなら、世界の人口の7割を占めると云われる人間が操る魔法だから。
対するエルフ魔法は、絶対数で少数の種族が長い年月をかけて独自に進化させた魔法。歴史の古さを考えると、こちらが源流で人間の魔法が亜種の可能性もある。
全く別物として生まれた可能性もあるけれど、魔法理論を詳しく学んでいないからわかりようもない。なんにせよ色々な魔法を見れることが純粋に楽しくて仕方ない。
ドワーフは鍛冶と魔法が得意だと云われてる。独自の魔法があるはずだから、機会があればコンゴウさんに聞いてみたいな。
「今のに似た魔法はエルフも使えるのよ」
キャミィさんは両手を頭上に掲げ、目を閉じて詠唱した。
『破魔の矢』
詠唱と同時に頭上に魔力で作られた巨大な1本の矢が出現する。太く鋭く煌びやかで、鏃はボクに照準を合わせている。
「なんて大きさの魔力の矢…」
凄まじい魔力量で構成されているのが瞬時に理解できた。造形的に『操弾』に似てないような気はするけど。
「いくわ」
キャミィさんが腕を振り下ろすと、魔法の矢が発射される。『魔法障壁』を張って防ごうとして、キャミィさんが魔力を操作すると眼前で矢が細かく分裂した。
「…っ!」
『操弾』と同様に四方から凄まじい数の魔力の矢が襲いかかり、激しい閃光とともにボクは被弾した。
★
目が眩むほどの光が落ち着いたあと、自分を取り囲むように障壁を変形させて、静かに佇むウォルトの姿があった。予想通りの展開にキャミィは微笑む。
「あの一瞬で障壁を変形させて防ぎきるなんて想像もしなかったわ」
魔法操作の技量に唸るしかない。どんな修練をすればこんな芸当が可能になるのか。私もできるけれど、あのスピードでは不可能。しかも涼しい顔で防がれた。まさに鉄壁。
「もの凄い威力でした…。魔力操作も繊細かつ大胆で…。確かに『操弾』と似てますね」
ウォルトの言葉からは嫌味や謙遜が感じられない。本心なのだろうけど、完璧に防がれたのに褒められると複雑な気持ちになる。
「ボクの番ですね。この魔法はキャミィさんは見たことがないと思います」
「楽しみだわ」
私に両手を翳して詠唱した。
『闘気乱舞』
無数の刃が襲いくる。当然目にしたこともない魔法。
「コレは…魔力とは違う…?」
『聖なる障壁』で受け止めながら、ウォルトのように繰り出された魔法を観察する。
迫り来る刃は魔力とは少し違う力で形成されている。凌ぎきったところで説明してくれた。
「今のはカネルラ騎士の操る『技能』を魔力で模倣したモノです。騎士が闘気で放つ『騎神乱舞』は遙かに凄いんです」
「騎士の『技能』…というのね。ウォルトは博識だわ」
騎士という存在は知っているけど、『技能』という言葉は初めて耳にした。本当に面白い。
「ボクは本物を食らっているんです」
「貴方は騎士とも闘ってるの?どうすればそんなことになるかわからない。私が次に見せる魔法も見たことがないと思うのだけど」
この魔法は、おそらく多種族の魔法には類似魔法すら存在しない。
★
ウォルトは楽しくて仕方ない。
ふわりと余裕を見せて笑うキャミィさんは本当に凄い魔導師だ。ボクの知る限り、間違いなく師匠に次ぐ実力の魔導師。エルフの凄さをひしひしと感じる。
「『大地の憤怒』も『破魔の矢』も見たことがなかったで……」
言い終える前にキャミィさんは詠唱に入っている。
「えぇぇっ!?」
魔力に覆われていくキャミィさんを見て、驚きの声を上げた。過去に目にしたことのある魔法の中でも5本の指に入る衝撃。
『淑女の誕生』
詠唱したキャミィさんは…姿を変化させた。さっきまで少女だったはずなのに、今は立派な成人女性。紛うことなきエルフの美女に変身した。
「驚いた?身体が成長する魔法なの」
ふわりと可憐に笑う姿に目を奪われてしまう。
「驚きました…。エルフはそんなことができるんですね…。初めて知りました…」
ただ、コレは…。
「それともう1つ。魔力も成長するのよ」
キャミィさんは、全力で『炎舞』を詠唱しようとしている。
「ちょ、ちょっと待った!」
一瞬で間合いを詰めて接近する。キャミィさんの背後に回り込み、ローブを脱いでそっと肩に掛ける。
「一体、どうしたの?」
顔を背けるボクに訊いてくる。答えていいのかな…?
「その……目のやり場に困るというか…」
「目のやり場?なにを言ってるの?」
魔法による急激な成長によって服のサイズが合わなくなり、キュロットはギリギリ下着が見えないくらいまで短く、上衣はヘソが丸出しになってる。
気付いたのか赤面してローブで身体を隠すキャミィさん。ボクも耳まで熱い。
「ごめんね…。ありがとう…」
「いえ…」
すっかり気の抜けたボクらは「また今度にしましょう」と互いに苦笑して、魔法の披露を終えた。
★
「ココまででいいわ。送ってくれてありがとう」
「気を付けて」
頼んでもいないのにウォルトはウークの近くまで送ってくれた。「初めての遠出と聞いたので、念のため」と同行を願い出てくれた形。
紳士な獣人。彼のおかげで、私の中の獣人のイメージはガラッと一変してしまった。
「今度また訪ねるわ」
「いつでも待ってます」
里の入口を開くとウォルトは住み家へと駆けていく。さすがは獣人、もの凄い速さだと感心しきり。ウークに入ると、直ぐにフラウに見つかって声をかけられた。
「あの獣人に会ってきたんだろ?…アイツの魔法はどうだった?」
フラウもウォルトの魔法が気になるのね。気持ちはわかる。
「私の『炎龍』と『破魔の矢』は簡単に防がれて、『大地の憤怒』も躱された。放つ魔法は強力で、辛うじて防げたけど間違いなく全力じゃなかった」
誇張も謙遜もなく素直に感じたまま答えた。
「そうか。お前で無理なら今の俺じゃ歯が立たない」
「信じてくれるの?」
「お前が噓をつく理由がない。それに…あの獣人ならそれくらいやるだろう。フォルランの腕輪もアイツが解除したんだってな。ふざけた奴だ」
「フラウは凄い。父さんは気付きもしない」
「そう言ってやるな。ルイスも対峙したら気付いたはずだ。魔法を使えることをエルフにすら気付かせないアイツがおかしいんだ」
それは間違いない。父さんの目を騙しきれることは凄いこと。
「フラウはもっと荒れると思ってた」
「負けて直ぐは荒れてたが、アイツの力に気付いたら不思議と清々しい。魔法を操る者なら、どうやればあんなことができるのか知りたいと思うだろ」
「そうね」
確かに普通なら気になって仕方ない。
「次に会ったら絶対倒す…。宣言通り灰にしてやらなければ気が済まない。それまで修行だ。アイツが死ぬ前には再戦して、今度こそあの毛皮を燃やしてやる!」
意気込むフラウに忠告する。
「寿命はあと5~60年くらいかしら。彼が老いるまではあと30年くらいだと思うわ」
「クソッ…!あっという間だな。それまでには倒してやる!アイツが衰えてからじゃ意味がない」
フラウは去って行く。その後はすんなり家に辿り着いた。
「ただいま」
「帰ってきた!ウォルトにお礼言っといてくれたか?!」
帰るなり笑顔の兄さんが気持ち悪い。この笑顔からすると、里への出入りくらいは許されたみたいね。
「言っておいた。兄さんからじゃなくて私からね」
「なんでだ!?俺の方が世話になったのに!」
「自分で言いに行きなさい」
「俺だけじゃウォルトの住み家に辿り着けないのがわかってて言ってるだろ!ひどいぞ!」
ギャーギャー騒ぐ愚兄を無視して、座ってお茶している父さんに告げる。
「父さん。お願いがあるの」
「なんだ?言ってみろ」
「私が里長になるのはちょっと待ってもらえないかしら?」
「む…?どうしたと言うんだ?」
「私はもっと外の世界を見たい。世界中を旅したいとかじゃなく、別に近くの街でもいい。色んな種族や人と交流して知識を蓄えて見識を広めたいの」
「吝かではないが…あの獣人に出会ったからか?」
頷いて続ける。
「そうよ。獣人は魔法を使えないどころかエルフよりも巧みに操るという事実。エルフの知識は時代遅れだと感じた」
「エルフは万能の神ではない。当然知らぬこともある。だが、我々には積み上げてきた記憶と長い歴史がある。他の種族には決して真似できないことだ」
父さんに限らずウークのエルフは極めて保守的。全員と言ってもいい。新たな事実や外界での革命的な出来事から目を背けて、意図的に排除しようとする。『古きは良き』という思想と風潮。
多種族の話になると直ぐエルフと比較して、二言目には「我々の方が優れている」と自慢する。私は昔から疑問に思っていた。
「言いたいことは理解できるけれど、自慢の記憶もほとんどが朧気で曖昧。はっきりした年数もわからない者の発言を誰が信じるというの?呆けた身内だけで話すタメ?」
「ぬ…」
父さんは言葉に詰まる。心当たりはあるはずだから。
「エルフは、長命種であることに胡座をかいて近い将来に目を向けようとしない。知識も魔法も緩やかに向上すればいいと考える」
「胡座をかいてなどいない。天から授かった運命なのだ。無限にも思える生を与えられたのは世界で我々だけ。緩やかに成長することのなにが悪い?」
「悪くはない。それでも…死は平等に訪れるの」
「お前はなにが言いたいのだ?」
「エルフの生き方を否定したいんじゃない。けれど、短命種は限られた生ある時間でなにかを為そうと…必死に未来を作ろうとする。命の数珠つなぎで急速に発展を遂げてきた」
少しずつでも水をやり続ければいつかは花が咲く。ゆっくりでも歩を進めればいつかは辿り着く。
そんな思想は嫌いじゃないけれど、手をこまねいていたから奉っている神木を何十年と治療できなかった。外界から現れた獣人の魔導師は、たった1日…いえ、数時間で治療してしまった。エルフの足踏みを実感せざるを得ない出来事。
「奴らはそうするしかないのだ。必死に繋いだ未来を見ることは叶わない」
「訊きたいのだけど、緩やかにしか成長しないエルフが自分達を多種族より優秀だと主張するのはなぜ?」
「なに…?」
「圧倒的な寿命の長さ?皆が高度な魔法を操るから?揃って容姿が美麗だから?身体能力が高いから?」
「よく理解しているではないか。お前の述べた全てだ」
「違うわ」
「なんだと?」
「私が述べたのは他の種族との相違点よ。エルフが優秀である証明にはならない」
「そのどれもが他の種族より優れているのだ。天恵と言わずしてなんと言う?」
父さんは事実から目を背けてる。都合の悪いことに目を瞑っているだけ。
「ならば、なぜフラウはウォルトに負けたの?エルフが最も得意とする魔法を浴びせたのに」
「うっ…。それは…」
「彼が魔法を使えないと思っているのよね?じゃあ、彼はどうやって魔法に耐えたの?彼も言っていたでしょ。エルフは優秀だからわかるだろうと」
「魔法を弾く魔道具の類か…」
「違うわ。彼は紛れもなく魔導師。私はこの目で見たの。素晴らしい魔法を操る」
「ぬぅ…。信じられん」
「彼は21歳なのよ?エルフならまだ赤子。魔法を操れないと伝わっていた獣人を相手に、200歳を越えるエルフが傷1つ付けることができなかった。私達は本当に優秀な種族なの?」
「優秀に決まっているだろう!!それに……」
フラウの技量について言い出しそうね。勘違いも甚だしい。
「言いたくないけれど、私でもウォルトに魔法で勝つことはできない」
「なんだとっ!?」
「彼の住み家で魔法を見て確信した。私の判断は間違ってなかったと。闘いを止めなければウークは滅ぼされていた。たった1人の獣人に」
「お前が負けるだと!…世迷言を!」
自分の実力は自分が1番わかっている。
「彼の力に気付いてすらいなかったでしょう?闘ったフラウだけが気付いてる。別に責めたいワケじゃない。ただ、私はエルフが優秀であることに疑問を持っていたからこそ気付けた」
「お前の言っていることはとても信じられん!熱でもあるのか!?」
「信じられなくても事実よ。彼は技量の高い魔導師。そんな存在を目にして未来に危機感を持った。エルフの常識は世界の非常識かもしれないという怖さ。里長として、己の知識不足でウークを危機に晒せない。父さんのウォルトに対する態度や考えは…里に危機を招いた」
真っ直ぐに父さんを見つめる。
「エルフにも死は平等に訪れる。それは寿命だけじゃない。無知は死に繋がりかねない」
「むぅ…」
「里に引きこもって、たまに手に入る不確かな情報を頼りに生きていくだけでは、世界から取り残されてゆるやかに朽ちていくだけ。それがエルフの運命で天から与えられた幸福なの?」
父さんは言葉に詰まる。
「里長になりたくないんじゃない。『生きた化石』になりたくない。ただ外の世界を知りたいだけ。そして、エルフの未来を造りたい」
険しい顔でしばらく黙っていたけれど、父さんは大きく息を吐いた。
「…いいだろう。お前がウークのエルフを発展させるのならば許可する。もうひと頑張りするとしよう」
「ありがとう。大体、まだ寿命の半分も生きていないのに引退なんて早すぎる」
「早めに後進に譲るのは、里長が意固地にならないようにだ。歴代そうしてきた」
「かなり意固地になってる。今さらよ」
「む…」
黙って話を聞いていたフォルラン兄さんが、笑顔で割り込んでくる。
「俺はいい仕事したろ!」
「お前がなにをしたというんだ?」
「どういう意味?」
言ってる意味が理解できない私達に向かって、笑いながら堂々と告げる。
「ウォルトをウークに連れてきたのは俺だからな!」




