229 キャミィの嗜好
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ウークから帰宅したウォルトは、住み家でお茶をすすっていた。
住み家で嗜む花茶は美味しい。今日は素晴らしい経験ができた。エルフの魔法を幾つも体感することができて、この目に焼き付けた。戦闘魔法から治癒魔法まで見ることができたのは幸運でしかない。
フォルランさんの治療を見届けたら、直ぐに里を出ると決めていた。あとはエルフが解決すべき問題で、兄妹に挨拶もせず帰ったことは少しだけ心苦かったけど、一刻も早く里を離れたかった。
奴らと話していると、傲慢な獣人達を思い出す。決して好きにはなれない。今でも心に火種は燻っている。
あくまで手助けをしただけだし、フォルランさんは「君のおかげだ!」とか言いそうだけど、治療を成し遂げたフォルランさんが凄いんだ。
治療を終えた神木の姿は素晴らしかったな。不思議な神々しさを感じる大木。エルフが奉っているのも頷ける。
治療が上手くいってよかったと思えるのは、フォルランさんの努力が報われたから。獣人のボクを同胞であるエルフの魔法から守ろうとした優しい人の力になれて満足だ。
傷を観察しながら様々な魔法で治療法を探った結果、『治癒』と『成長促進』を一定の割合で混合した魔法が有効だと気付いた。どうしても多重発動が必要だと。
ただ、いくらエルフいえど長い間魔法を発動していなかったフォルランさんに多重発動は厳しいと感じて違う方法を提案した。
ボクがフォルランさんの魔力を一旦吸い取り、体内で練った『成長促進』の魔力をフォルランさんに戻した上で、その魔力を使用して治癒魔法を発動すること。発動前に体内で魔力を混合しておく作戦。
フォルランさんの身体に触れたまま同時に魔法を発動するのは容易いけれど、他のエルフに難癖をつけられるのが目に見えていて、神木の治療はあくまでフォルランさんが単独で成功させる必要があった。
『治癒』と同様の『精霊の慈悲』というエルフ魔法を詠唱できたから順調に修練できたけど、ボクが驚いたのはそこじゃない。
他人に純粋な魔力を譲渡されるだけならさほど問題ない。魔力の質が違ったり、魔法を発動するために既に練られた魔力を取り込んだ場合は凄まじい拒絶反応に襲われる。師匠との修練で嫌というほど経験済み。
フォルランさんからエルフの魔力を吸い取ったボクの体内でも拒絶反応は起こった。元々操る魔力が違うのだから当然。「魔力は血のようなモノだ、駄猫が」と師匠は表現していたっけ。腹立つ。
ただ、ボクの場合は師匠との修練で耐性ができている。…というより、感覚がバカになっているのでさほど不快感は感じない。
むしろ、フォルランさんの魔力を何度も吸収したことで身体にエルフの魔力の質を刻み込んだ。今後の修練に活かせる。
慣れていないフォルランさんは何度も繰り返して苦しかったはずなのに、最後には「癖になる!」と笑顔で和ませる余裕も見せた。
魔力を体内で混合するのは決して簡単じゃない。けれど、フォルランさんはコツを掴むのが異常に早くて、短時間で習得した技量に感嘆した。ボクが同じ立場だったらできない自信がある。
フォルランさんの魔法の才には脱帽。魔法から離れていた80年の時を経ても才能が錆び付いてない。
結局どうなったのかな。それだけが気になる。願わくばいい方向に話が進んでいてほしい。自由な里帰りだけでも認めてもらえたなら力になれたと思える。
ウークのエルフ達とは絶対に親しくなれない。けれど、フォルランさんとキャミィさん兄妹とは友人になれそうな気がした。
『白猫の獣人に会ったのは、100年前だっけ?』
『まだ50年よ!燃やすわよ!』
あの2人にとっては、その程度の出会いだと思う。それでもいい。そんなことを考えていると、玄関のドアがノックされた。
玄関に向かいドアを開けた先には…。
「なにも言わずに帰るなんてひどいわね」
ウークの次期里長候補であるキャミィさんが立っていた。
突然の訪問に驚いたけれど、居間に招き入れて花茶を差し出す。
「凄く美味しい…」
「ありがとうございます」
コクコクと花茶を飲み干した。
「ウォルト。今回の兄さん…ひいてはウークの里への尽力深く感謝しているわ」
「ほんの少し手助けしただけです」
「貴方は本当に謙虚ね」
「事実です」
キャミィさんは微かに微笑んだ気がする。でも、判別できてる自信はない。
「とりあえず、兄さんの処遇については皆で話し合うことになった。自由な里帰りくらいは許されそう」
「そうですか。よかったです」
「ところで、なぜなにも言わずに帰ってしまったの?」
「フォルランさんが治療を成功させたら直ぐに帰ると決めてました。あとはエルフ同士の話です。それに、もうウークにはいたくなかったので」
隠すことでもないので正直に告げる。彼女は気付いていたはず。「刺激するな」と何度もルイスさんに言い放っていたから。
「貴方は私達をどう思った?長く外界から遮断された世界に生きるエルフを」
「特にはなにも。エルフにはエルフの生き方があります。誰にも否定できません」
エルフのことが大の苦手になったけれど、生き方をとやかく言うつもりはない。エルフらしく生きればいい。獣人や多種族のことをよく知りもせず蔑むような言動が容認できないだけ。余計なお世話だ。
キャミィさんは柔らかく微笑んだ。
「貴方と話してると落ち着くわ」
「そうですか?生意気じゃないですか?」
苦笑すると、キャミィさんは横に首を振る。
「私は…恥ずかしいけれど今日初めて遠出したの。…といってもココまでだけれど」
「えっ!?1人で来たんですか?」
「そうよ。兄さんに地図を渡したでしょう?それを見ながらね。積極的に外界に出てみようと決めたの」
「なぜですか?」
「貴方に出会って感じた。世界は広い。もっと他の種族と交流して自分の視野を広げたい。このままでは私も父さんと同じように思考が凝り固まってしまう。そうなる前に知識と経験を積みたい」
賢い人だ。きっといい里長になるんじゃないか。
「キャミィさんは素晴らしい里長になれると思います。ボクみたいな若造が言うのはおこがましいんですが」
「若造……?ウォルトは私を何歳だと思ってるの…?」
「えっ?」
ジト目で見てくる。この返答には、細心の注意を払う必要がありそう…。容姿で女性の年齢を当てるのは苦手だ。どうしたものか…。
得られた情報から割り出してみよう。正直エルフの年齢は全く判別できない。それでも、フォルランさんがオーレンと同年代くらいの容姿で177歳だと言った。そして、キャミィさんとの間には弟がいる。
キャミィさんの容姿は人間でいうところの少女に近くて、リスティアより少しだけ年上に見えることを加味すると…。
「110歳くらい…だと思います」
フン!と横を向いた。気のせいか少しだけ嬉しそうに見える。
「いいとこ突いてるわ。実際は120歳よ」
「そうでしたか。すみません」
「謝る必要はない。貴方は幾つなの?」
「ボクは21歳です」
「その年数しか生きていないのに高度な魔法を操るなんて驚かされるわ。エルフならまだ赤子よ」
「ボクはただの魔法使いです。…ところで、キャミィさんはお腹空いてませんか?」
「空いてるけど、なぜ?」
「ボクも空腹なんです。よかったら食事していきませんか?」
「食事?」
せっかく来てくれたお姉さんを創作料理でもてなそう。というか、創作料理しか作れないけど。
「貴方は…何者なの…?凄く美味しい…」
「森に住んでる猫の獣人です。口に合ったならよかったです」
フォルランさんに食べてもらった料理を少し変化させて出してみた。キャミィさんは黙々と食べ進める。表情では読み取れないし、言葉も少ないけど美味しいと思ってくれているようなので満足。
「ご馳走さま。お世話になってばかりで申し訳ないわ」
「気にしないで下さい。好きでやってます」
後片付けを終えて花茶を差し出すと、ボクの顔をジッと見つめてくる。
「ウォルト。貴方にお願いがあるの」
「なんでしょう?」
「ココに…たまに遊びに来てもいいかしら?」
ほんの少し照れているように見える。
「もちろんです。ボクはいつもココにいます」
「ありがとう。厚かましいけれど、もう1つお願いがあるの」
「なんでしょう?」
頬を染めてモジモジしてる。首を傾げていると、意を決したように口を開いた。
「貴方の顔を触りたいのっ!モフモフさせてもらえないかしらっ?!」
「えぇっ!?」
突然の要望に驚く。
「無理よね…。嫌ってるエルフに触れられるなんて…」
目に見えてショボンとしてしまう。なんか…可愛いな。見た目は子供だし。
「貴女なら構わないんですけど、ちょっと意外だったので」
「意外って?」
「ボクが怖くないんですか?初対面のとき震えてたので」
「それは……ゴニョゴニョ…」
言い辛いことなのかな?
「私は…モフモフが好きなの。たまに里を出るときも、近くで触れる獣を探してて。あの時は貴方に触りたい気持ちを我慢してた」
か細い声で俯いたまま話す。長い耳が赤く染まっているけど、そんなに照れることかな?
「ボクでよければモフっていいですよ。あまり毛皮はふわふわしてないと思いますけど」
自分で言うのもなんだけど、獣人の中では毛量が少なくて細い。モフモフ度は低いから満足いくかな?でも、オーレン達に言わせると「そんなに痩せてない」らしい。
「ホントに!?ありがとう!」
花が咲いたように笑うと、傍に駆け寄ってきた。椅子に座ったままのボクの首に抱きついて頬を擦り付けてくる。
「はぁ~!最高…。幸せ…」
突然エルフの美少女に抱きつかれて困惑する。まさか顔を擦り付けてくるとは思わなかった…。
でも、子供のように嬉しそうなキャミィさんを見て思わず笑みがこぼれる。人生の大先輩だけど、見た目はリスティアのように少女だ。
無意識にキャミィさんの頭を撫でるとパッと離れた。しまった!つい子供にするようなことを…。謝ろうとしたら強く抱きついてきた。
「もう一度、頭を撫でてくれない…?」
「いいんですか?」
抱きついたまま頷いた頭を優しく撫でる。掌に収まりそうなほど小さい。
「貴方の掌は温かくて気持ちいい…。落ち着く…」
「ありがとうございます。ボクでよければいつでも撫でますよ」
「…またモフらせてくれるの?」
「ボクでよければいいですよ。今度はもっとふわふわになるように毛皮の手入れをしておきます」
「嬉しい…」
他の獣人は知らないけど、ボクはモフられるのは嫌いじゃない。毛皮を褒めてもらったようで嬉しい。全く知らない人は嫌だけど。今は口に出せないけど…相手が子供だと特に嬉しい。
その後も、キャミィさんはモフモフを堪能していた。思った以上に長くて照れ臭かったのはやっぱり年上だからだろう。
「こほん…!モフモフさせてくれてありがとう。またお願いするわ」
「はい。いつでも」
「それと…お願いばかりで申し訳ないのだけど、最後に私の我が儘を言わせてほしい。嫌なら断っても構わないわ」
「なんですか?」
彼女のはきっと無茶なお願いじゃない。聞くだけは聞く。
「私は…こう見えてもウークの若手で最高の魔導師と云われているの」
「はい」
魔力操作を見て気付いていた。里長候補であることも実力を物語っている。フラウさんよりも技量は上だろう。
「私の魔法を見てもらって、貴方の魔法も見せてほしい。無理かしら?」
「喜んで。ボクも是非見たいです」
キャミィさんの操る魔法を見てみたい。断る理由はない。この人となら落ち着いて魔法の話ができそう。
「お手柔らかにね」
「こちらこそ」
笑い合って外に出た。




