227 フォルランの過去
キャミィさんの行動に驚いたけど、あまりの衝撃に冷静さを取り戻した。
「キャミィさん。ボクがルイスさんを治療します」
「必要ない。話がこじれるから気が付くまで寝かせておいて」
頬を腫らしたまま、白目を剥いて倒れているのがちょっと怖い…。
「やっと貴方とゆっくり話ができる。兄さんとも」
キャミィさんは初めて微笑んだ。その表情が美しくて一瞬見蕩れてしまう。
「私の顔になにか?」
「キャミィさんは綺麗だと思って」
「…そう」
不機嫌そうに返答してフォルランさんが耳打ちしてくる。
「キャミィは照れてるんだ。昔から堅物だから、褒められるの慣れてないんだよ。ウォルト、やるな!」
「そうでしたか」
ニカッと笑って親指を立てられた。思ったことを口にしただけ。アイリスさんのように怒られるかと思ってしまった。
「こほん!…そんなことより、改めて里のエルフの貴方に対する数々の無礼な言動をお詫びするわ」
「ボクこそ隠れ里に勝手に忍び込んで貴方達を罵っています。エルフを嘲笑うようなことをしてすみません」
「貴方は私の聞いている獣人とは違うみたいね」
「どう聞いていますか?」
「怒らないでほしいけれど…野蛮で傲慢不遜で、頑強な肉体を持っているけれど魔法は使えない。弱者や女性を軽視するような種族だと」
「皆がそうではないんですが、大体合ってます」
「俺の知ってる獣人もほとんどそんな感じだ!」
笑うフォルランさんを無視して、キャミィさんは話を進める。
「貴方の魔法には驚いた。フラウの魔力が枯渇するほどその身に受けて平然としているなんて。どうやったのか教えてもらえるかしら?」
この人は気付いていながら確認している。答え合わせをしたいだけだろう。
「『魔法障壁』を展開して、周囲から視認できないようにしました」
「『魔法障壁』…。おそらく『聖なる障壁』と同様の魔法ね。視認できないようになんて、なぜ手の込んだことを?」
冷静な状態で言うのは恥ずかしいけど…。
「ボクが魔法を使えないと思っているのは理解していました。なにもしてないように見せて、魔法に耐えて驚かせようという…ただの自己満足です」
「私達はまんまと驚かされた。貴方から全く魔力を感じなかったのは?」
「魔力を感じさせないように隠蔽しています」
最近色々な場所に行くことが増えたので、気が緩まないよう魔力を常に隠蔽している。おかげで魔力操作が上手くなった。
「やはりそうだったのね。貴方は、もしや高名な魔導師?」
「魔法を使えるただの獣人で魔導師ではないです」
「そう…。世界は広いのね」
キャミィさんの言葉に頷く。
「ボクも思いました。フラウさんの操る魔法は初めて見る魔法ばかりで素晴らしかったです。エルフ魔法はボクの操る魔法とは形態が違うみたいで凄く勉強になりました」
「どういう意味?」
「そうですね…。例えば…」
立てた人差し指の先に『炎』を発現する。
「ボクの使う『炎』という魔法です」
「それが?」
魔法を消滅させると、次に小さな『炎龍』を指先に発現させる。
「コレはフラウさんが使った『炎龍』です。見た目は大差ないんですが、エルフの魔法は変形が容易です。魔力の質と練り方がエルフ特有で勉強になりました」
フラウさんが浴びせてきた『炎舞』のように、指先の炎を魔力操作してウネウネと動かすと、キャミィさんはなぜか溜息を吐いた。
「初見でエルフ魔法を使いこなすなんて…。エルフは今や魔法に優れた種族ではないの?」
「エルフは間違いなく魔法に優れています。ほとんどの者が魔法を使いこなす種族は、エルフとドワーフくらいじゃないでしょうか。フラウさんの詠唱速度や魔法の威力には驚かされました」
「俺もそう思う!」
「そもそも、今の兄さんは魔法が見えないでしょ」
「まぁ、そうなんだけど」
途中から疑惑に変わったことをフォルランさんに聞いてみよう。今も気になることを言ったばかり。
「フォルランさんは本当に魔法の適性がないんですか?」
「ないんじゃないか?昔から使えなかったから」
あっけらかんとした返答に、キャミィさんは苦い表情を浮かべる。
「本当に覚えてないのね…。ちょっとは細かいことを気にした方がいいわ」
「失礼な。ここ5年くらいは覚えてるぞ」
「もっと昔よ。里を出る前の話。兄さんは……魔法を使えたのよ」
「えぇぇぇぇぇっ?!」
なぜか「初めて聞いた!」と言わんばかりに驚いている。そしてボクの思った通りだ。さっきキャミィさんは、「『今』の兄さんは魔法が見えない」と言った。つまり昔は見えていたということ。
エルフは血統で能力が決まるような話もしていた。それが事実なら魔法の才能があるはずだし、フォルランさんの性格からして忘れているだけの可能性が高いと予想しただけ。
「なぜそんなに驚いているの。覚えてない方がどうかしてる」
呆れたように言い放つ。
「キャミィさん。どういうことなんですか?」
「兄さんが魔法を使えなくなったのは…80年ほど前かしら。あの時のことはよく覚えてる」
「俺は覚えてないぞ!」
「黙らっしゃい!」
フォルランさんを一喝してキャミィさんは語り始める。薄々気付いてたけど、妹の方が強い兄妹。
「まず、兄さんが左手に嵌めている腕輪がなんなのか覚えてる?」
フォルランさんの手首を見ると、模様が彫られた銀の腕輪が嵌まっている。
「里を出るときにもらった母さんの形見だ」
「全っ然違う!その腕輪は魔道具よ。魔法を発動すると、魔力を無効化して発動できなくする。加えて魔法も視認できなくなる」
「そうなのか?なんでそんなモノが俺の腕に?」
キャミィさんは深い溜息をつく。心底呆れたように…。
「昔は兄さんも将来を嘱望されたエルフだったわよね?」
「う~ん…。100歳より前のことは記憶にないなぁ。そんな時代あったかなぁ?」
「あったのよ!次の里長も安泰だって皆が喜んでた時期もあったの!」
遂に声を荒げた。でも遅すぎるくらいだと思う。
「フォルランさんはなぜ魔法を使えなくなってしまったんですか?」
「兄さんが犯した罪のせいよ」
「罪…ですか?」
「短い付き合いでも気付いたと思うけど…兄さんの性格が原因。魔法を操る者として致命的なの」
「細かいことを気にしないからですか?」
コクリと頷いて、過去のフォルランさんの所業を語り出す。
「私が幼かった頃、兄さんの魔力と魔法の技量は同年代でずば抜けてた。けれど、魔法を使って悪戯ばかりしていた」
「そんなことしてないぞ!」
「やかましい!黙って聞かないと口を縫い付ける!」
反論を一刀両断されたフォルランさんは口を噤んで頷いた。キャミィさんは怒りを隠そうとしない。
「兄さんは…魔法で風を起こして女性の下着を覗いたり、魔法の風に乗ってお風呂を覗いたりしてただけで大した問題はなかった」
とにかく覗くことに使ってたんだな…。オーレンもそうだけど、本能に従う行動ができることをほんの少しだけど羨ましく思う。
チラリとフォルランさんを見ると、首を捻ってる。覚えがないんだろうけど、ココまでくると本当なのか怪しい…。
「色々な魔法を操るようになって、やがて大事件を起こした」
「聞いてもいいですか…?」
「エルフがなにより大切にして崇めている…里の神木を燃やしたのよ。魔法の修練という理由で」
「エルフの神木を…」
聞いたことがある。エルフは自然と共に暮らす種族。世界のどこかにエルフが崇める【世界樹】と呼ばれる大木が存在して、世界樹から分かれたとされる【神木】を奉って寄り添い暮らしていると。
「素早く消火したことで神木は燃え尽きることなく今も残ってる。けれど…その姿を見た皆は兄さんを「許さない」「追放すべきだ」と騒いだ。灼かれた痕が残っている神木を見ると今でも心が痛む。だから当然なのだけれど」
「思い出した!「よく燃えたぞ!」って親父に自慢したら、しこたま怒られてボコボコにされたんだ!痛かったなぁ~!」
「エルフにとって同族殺しは禁忌だから兄さんは助かってるのよ!本当なら死に値する!わかってるの!?」
「はい!すいません!」
キャミィさんは今にも噛み付きそうだ。
「父さんは「魔法を使えなくして里から出す。だから許してやれ」という条件で兄さんを出奔させたの」
「なるほど…」
それなら、ルイスさんが直ぐに追い出そうとした理由も納得できる。住人達が里に入れたがらなかった理由も。
「フォルランさんは記憶にないんですか?」
「まったくない。魔法が使えないから「お前はエルフじゃない!」って里を追い出されたとばかり」
「そんなワケないでしょ!どうやったらそこまで記憶が改ざんされるの!?めでたい頭が羨ましい!私達はしばらく白い目で見られたのに!」
「ホントにすまん!」
キャミィさんは、イライラが止まらない様子で続ける。
「こんな調子だから里長になんかなれっこない。兄さんは……エルフの中でも異端中の異端。異色すぎるエルフだと断言できる。簡単に言うと、とんでもないバカなの」
「ハッキリ言うな!」
「話を聞いててそう思わない?」
「ウォルトは思わないよなっ!なっ?!」
兄妹は同意を求めてくるけど、別のことを考えていて耳に入ってこない。
フォルランさんがおバカであろうことには気付いてたけど、大した問題じゃない。性格をどう活かすかを考えるべき。
「話を聞いた限りでは、腕輪を外すと魔法を使えるんですね?」
「その通りよ」
「よぉ~し!今から外そう!」
「話を聞いてたの?!それを着けてるから兄さんは許されてるの!いい加減にしないと…いくら兄妹でも燃やすわよっ!」
「すまない!勘弁してくれ!」
「いつまで子供のつもり!?いい加減にして!」
騒ぐ兄妹を尻目に、なんとかならないか思案する。考えなしの性格は褒められないけど、フォルランさんは悪いエルフじゃないと思う。だからルイスさん達も出奔させたんだろう。
★
ウォルトが真剣に考えを巡らせている隣で、フォルランはキャミィに告白した。
「ふっ…。いつまで子供のつもり…か。キャミィ…」
「なに?」
「俺も昔とは違うんだ。もう……大人の階段も登ったしな」
「なんの話!?誰もそんなこと聞いてないし!全然関係ないでしょ!妹に言うな!気持ち悪い!」
「気持ち悪いとはなんだ!兄の成長を喜べ!」
「喜べるワケないでしょ!」
倒れたままの里長と、ギャーギャー騒ぐ兄妹。そして、考えを巡らせ続ける白猫の獣人。混沌とした空間。
★
とりあえず考えが纏まったウォルト。
「キャミィさんの話を聞いても、フォルランさんは里に帰りたいですか?」
「そりゃあね。無理なら住まなくてもいいけど、自由に帰れるようにはなりたい」
「キャミィさんもいいんですか?」
「可能ならいいわ。兄さんのことは嫌いじゃない。たまになら会ってもいいと父さんも思っているはず」
「やっぱりな!そうだと思ったよ!お前は昔からお兄ちゃん子だったからな!」
「このっ……。禁忌を犯しそうになる…」
キャミィさんは薄ら魔力を纏う。想像通り見事な魔力操作。間違いなく技量の高い魔導師。
「わかりました。であれば、皆に認めてもらわないと無理ですね。もし可能なら連れて行ってもらいたい場所があるんですが」
キャミィさんが道案内してくれて、ある場所に辿り着く。
「コレが…エルフの神木…」
案内してもらったのは、ウークの神木が鎮座する場所。エルフでないボクでも不思議な力を感じる大木は、幹に魔法で焦げた痕がくっきり残ってる。ボクが見ても許し難いと思うくらい焦げてるなぁ。
「神木も大きくなったな!」
「覚えてないでしょ?」
ジト目のキャミィさん。フォルランさんは『バレたか!』とでも言いそうな顔をしている。いずれ本当に燃やされそうだ。気になったことを確認しよう。
「焦げ痕は魔法で治療できないんでしょうか?」
「何人ものエルフが協力して治療にあたったけど、どうやっても治らなかった。樹木に効果がないのか神木だからなのかは不明」
「神木に触れてもいいですか?」
「エルフしか触れてはいけない決まりなの」
「触れなければ大丈夫ですか?」
「大丈夫よ」
触れないように手を翳し、しばらく神木を見つめた。




