226 エルフ魔法は一味違う
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
フラウに「ついてこい!」と言われたウォルトは後を追う。
エルフ達の他に、ルイスさんとキャミィさんも追従している。歩きながらフォルランさんが声をかけてきた。
「ウォルト。こんなことになってゴメンな」
謝ってくるけど筋違い。この状況を作ったのはボク自身だ。フォルランさんは切っ掛けを作っただけ。
「貴方は悪くない。ボクは獣人と祖先を侮辱されるのが許せないだけだ」
「そうだよな…。けど、フラウは里でも優秀な魔導師だ。逃げていいんだぞ。手伝うから」
「あり得ない。意味不明だ」
「そうか…。わかった」
しばらくすると拓けた土地に出た。木は綺麗に刈られて、まるで小さな草原のよう。魔力が漂っているな。エルフ達の修練場のような場所か。
「ココなら魔法を使っても森に被害はない。お前を存分に燃やして…森の肥料にしてやる!」
「いい加減御託は聞き飽きた」
偉そうなことを言いながら、フラウは離れて距離をとる。どうやらバカではないようだ。他のエルフ達は、囲むようにして離れた場所で見ている。
「獣人……俺達を許さんと言ったな」
「邪魔をすればな」
「お前を灼き尽くし、森中の猫を狩り尽くしてやる!下らん妄想だが、獣人にとっては祖先らしいな?!二度とお前のように驕った獣人が生まれないように!」
言ってはならないことを平然と口にする。
「怯えて声も出ないか!絶望の中で燃えろっ!」
『炎龍』
詠唱は速い。翳した手から放たれた螺旋の炎が襲いくる。けれど、発動の瞬間は丸わかりで難なく躱してフラウに向き直った。
「生意気な…。魔法は視えるようだな…」
「エルフの魔法は…違う」
自分でも意外だ。知らない魔法を見て、一気に冷静さを取り戻した。エルフに対する怒りは消えずとも、もっと魔法を見たいという気持ちが湧き上がってくる。今は怒りより興味が勝る。
「知ったような口をっ!『炎龍』!」
再度放たれた魔法を観察するように見つめながら躱す。なるほど。エルフ魔法は面白いな。
「まだ躱せるとはな…。偉そうなことをぬかすだけのことはある…」
感心した口振りのフラウ。コイツはなにを言ってるのかわからない。
「本当に殺す気があるのか?」
「なんだと…?」
「今の魔法でボクを燃やす?冗談だろう?」
目を細めてククッと笑うと、フラウは顔を赤く染めて再び詠唱した。
★
静かに争いを見守るキャミィは、予想外の展開に驚くことなく観察を続けていた。
「つけあがるな!獣人ごときがぁっ!」
『炎舞』
フラウの掌から数本の捻れた炎の柱が放たれる。獣人に向かって不規則に迫る巨大な炎。エルフの代表的な炎魔法だけれど、フラウの『炎舞』は驚異的な威力。
私は「魔法を見せろ」と大きな口を叩いた白猫の獣人をしかと見つめる。再度躱すと予想していたけれど、白猫の獣人ウォルトは躱そうせず魔法が直撃した。
見物していたエルフ達からは「おぉ!」と歓声にも似た声が上がり、私は思わず目を背ける。
「口だけの獣人がっ!偉そうな口を叩きやがって!もはや聞こえないだろうが!ふはははっ!」
やがてフラウの笑い声と共に炎はおさまり…。
「…バカなっ?!」
炎の中から無傷のウォルトが姿を現した。薄ら笑みを浮かべている。
「まさか燃えたと思ったのか?今の…焚き火のような脆弱な炎で?」
白猫の獣人は…エルフ魔法を嘲笑う。
「ありえん…」
ウークの里長である父さんも驚愕しているのが見てとれる。私も同意。フラウの放った魔法は獣人を灼き尽くした…はずだった。それだけの魔力を秘めた魔法にもかかわらず、現に無傷の獣人が立っている。亡霊ではない。
なぜウォルトが無事なのか見当もつかない。特別なことをしたようには見えなかった。今の『炎舞』を生身で受けてなんの被害もないはずがないのに。
兄さんに至っては魔法が視認できない。眼前で起こっていることが理解できていないはず。驚く私達の様子と肌で感じた熱気から、ウォルトがフラウの魔法を受け、それを凌いだのだということだけは感じたかもしれないわね。
昔の兄さんなら…。いえ…今さらね…。
★
「獣人が……どんな手を使っている…?」
険しい顔をしたエルフの魔導師フラウは思った以上に芝居が上手いようだ。驚いたような表情は見事。
「わかっているんだろう?神に選ばれた優秀な種族だ」
ボクは『魔法障壁』を展開して防いでいるだけ。身体に薄く纏うように魔力を圧縮した障壁を張って、『隠蔽』の魔力を混ぜて視認できないよう隠している。
魔法の扱いに長けるエルフなら直ぐに見破るだろうと思っていたけれど、どうやらバレてない。だが、教えてやる義理はない。
「…その余裕がどこまで続くか見物だっ!」
魔法で責め立ててくる。ただし、放つのは『炎龍』と『炎舞』がほとんどで、多彩な魔法じゃない。躱したり纏った障壁で受け止める。どうやら使える魔法の種類は多くないのか。
エルフの魔法は形態が違って興味が尽きない。あえて身に受けながら、魔法と魔力を内部から観察した。魔法を観察していると、怒りも治まって冷静になれる。内外から解析してエルフの魔力色をしかと記憶しておこう。
「はぁっ…!はぁっ…!」
やがてフラウに疲れの色が見えてきた。無駄に通用しない魔法を連発し、魔力の消費が激しいのか周囲のエルフ達も言葉を失っている。
獣人を侮り…遊んでいるつもりか。いかに優秀な魔導師であろうと、これ以上遊び続けるつもりならボクにも考えがある。本気を出さない相手に命懸けの勝負など無意味。
「くっ…!なぜだっ!?魔法を無効化する魔道具を持っているのか?!」
突然的外れな推測を口にする。つまらないエルフの笑えない冗談。
「次はまだか?」
「なんだと…?」
「まさか限界だとほざくつもりじゃないだろうな。もしそうなら、耳長族は自慢の魔法で劣等だと蔑む獣人すら殺せないちっぽけな存在…」
「だまれぇぇぇぇ~っ!」
フラウの纏う魔力が膨張していく。コイツは……まさか…。
「ぐ…。ぐくぅっ…!」
絞り出すようにフラウは魔力を練り、掌に魔力の球体を発現させようとした。
「コレで決めてやる…!……なっ!?」
一瞬で間合いを詰め、拳を大きく振りかぶって腹を殴る。魔法に集中しすぎてガラ空きだ。
「ウラァァッ!」
「ぐはぁぁっ…!」
身体がくの字に折れたフラウは、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。発動しかけた魔法は消滅する。
「なにをするつもりだった…?お前らは……自然と共に生きる森人じゃないのかっ!」
怒鳴るように声を張り上げた。フラウは相当な威力の魔力弾を形成しようとしていた。森を破壊することも厭わない魔法を放つことは許さない。そんなことをしなくても相手を屠ることはできるのだから。
「うっ…。うぅっ…」
倒れたまま唸るばかりでフラウは答えない。答えを待っていると、急に周囲のエルフ達の魔力が高まる。皆が魔力を纏いボクに向けて手を翳した。いつでも魔法を詠唱できる態勢。
小さく溜息を吐く。耳長族にプライドなどないか。優秀な種族が聞いて呆れる。
ココからが本番だ…。一度冷静になれたことで、この状況を打破する手段を考える余裕はある。柄にもなく我慢してみたけれど限界だ。これ以上は許容できないしするつもりもない。
やっぱりボクは獣人でやられたらやり返すことしかできない。相手が殺す気でくるなら殺すことしか思いつかない。
相手がいかに優秀な魔導師でも、敵が何人いようと、あらゆる手段を駆使して獣人を……祖先を嘲笑った驕るクソ共を1人でも多く土に還してやる。
たとえ死ぬことになっても。
「ククッ…」
覚悟を決めると黒い感情が沸き起こって全身を駆け巡る。死への恐怖が薄れ興奮がやまない。この状況が快感にすら感じる不思議。獣人だから感じるのなら、獣人に生まれてよかった。
奴らが蔑む獣人が、神に選ばれた種族とやらを何人屠ることができるか見せてやろう。まずは、後々厄介になりそうな魔力の質が高い者を標的にする。
隠していた魔力を全力で解放しようとした瞬間…。
「やめて!」
叫ぶ声が聞こえた。
「皆、やめて!ウォルト、貴方も!」
制止する声にザワつく耳長族。険しい表情で声の主であるキャミィを見つめる。
「これ以上の争いは私が許さない!皆は魔力をおさめて!早く!」
キャミィの言葉を聞いても、耳長族は魔力をおさめようとしない。ボクも視線を奴らに戻した。耳長に許されるつもりなどない。
「そう…。皆の好きにして…。私達は…愚かなエルフとして歴史に名を残すことになる」
キャミィの言葉にルイスが眉をひそめる。
「なんだと…?」
「今日でこの里は終わる。ウォルト、そうでしょう?」
質問には答えない。彼女が言ってる意味がわからない。
「なにを言っている?里が滅びるワケがない」
「父さんにはわからないの?随分と節穴ね」
父娘が言い争っていると…。
「もうやめようぜっ!」
ボクの前に出てきたフォルランさんが、背を向けて立つ。仲間である耳長族に対峙する形で。
「どけっ!フォルラン!お前も死にたいのか!?」
「なんのつもりですか…?」
この人はなにがしたいんだ?この里のエルフだろう?耳長族とボクに挟まれた形のフォルランさんは振り返らずに言葉を紡ぐ。
「なぁ、ウォルト!里の皆は根は悪い奴じゃないんだよ!」
「根だろうが葉だろうが知るか」
「そう言わないでくれ…。外界を知らないから排他的なだけでさ…。俺が優しいお前を殺させないしコイツらも殺させない!俺は…魔法が視えないから怖くないんだよ!」
脚を震わせながら振り向いてフォルランさんは笑った。…と、また大きな声が響く。
「そこまでだっ!矛を収めろ!」
「黙れルイス!日和ったか!」
「日和ってなどいない!里長の決定だ!納得いかない者はウークから出て行け!止めはしない!この状況で同族に被害を加えず獣人を倒せるというのならやってみせろ!」
「ぐっ…!」
ルイスの言葉に、1人また1人と手を下ろしていく。
「家に戻れ。あとは私に任せろ」
耳長族の1人がフラウに寄り添い、『治癒』のような魔法を使って回復させると、起こそうとした手を振り払って走り去る。皆もフラウに続くように散り、立ち竦んでいるとキャミィが歩み寄ってきた。
「ウォルト。森を守ってくれてありがとう」
「…なにもしてない」
顔を見ずに答える。まだ興奮は治まってない。
「フラウが高威力魔法を使おうとしたのを見抜いて、森や周りのエルフ達に被害が出ないように止めてくれたんでしょう?」
「………」
「ありがとう…。白猫の魔法使い」
キャミィさんの希望で、ボクは再びルイスさんの家に招かれた。
ある程度の冷静さを取り戻したけど、ボクが里を出なければ騒動は治まらないのはわかっていたので、出て行こうとして引き留められた。
キャミィさんから「少しでいいからどうしても話を聞きたい」と泣きそうな顔で何度もお願いされて断りきれなかった。
子供を泣かせているようで…。
「お前は本当に魔法を使えるのか?」
問いかけてきたルイスさんは、獣人が魔法を使うなど露ほども思っていない。また猫や獣人を蔑むような発言を聞いたら、今度こそ止まれない自信がある。だから答えない。
黙っていても口に出される可能性はあるけれど、次に火が着いたら里を駆け回って全力で暴れてやる。我慢する気などない。
その時はフォルランさんもキャミィさんも、この森すら関係ない。持てる能力と思考をフル回転させて里ごと滅ぼすつもりでいく。
「聞くまでもないわ。ねぇ、兄さん」
「ウォルトのおかげで里に入れたんだ!間違いなく魔法は使える!」
「ぬぅ。聞いたこともない…」
なぜか兄妹が代わりに答えた。キャミィさんには伝えてないのに確信している様子で続ける。
「私は、ウォルトとフラウの闘いを見ながら、なぜフラウの魔法が届かないのかずっと考えてた。導き出した結論は、ウォルトの方がフラウより優れた魔導師ということ。これしかあり得ない」
フォルランさんが頷いてもボクは反応しない。
「兄さんの言う通りで、里に入ってこれたのはウォルトが魔法を使えるから。しかも、姿を隠すような魔法を使って里に潜り込んだ。そして、さっきの闘いでは私達に気付かれないよう魔法を操ってフラウの魔法を防いでいた。合ってるかしら?」
チラリと見てくるけど気付かないふりをする。
「我々エルフに気付かれず、そんなことができるというのか?ならば、お前の魔法を見せてもらおう」
上から目線のルイスさんの言葉にはハッキリ答える。
「断る」
見せたくない相手に魔法を見せるほどお人好しじゃない。なぜ見せなくちゃならない。信じないのなら信じなければいい。こうなるのが嫌だから誰にも知られたくないんだ。
「やはりキャミィの思い過ごしか。獣人ごときが魔法など使えるはずも……ぐはぁっ…!」
言いかけたときキャミィさんがルイスさんの頬を張った。それも往復ビンタ。
突然の出来事に驚いて声が出ない。小さな身体から想像もできない力を見せられて唖然とする。
「本気で里を終わらせたいのっ!?お願いだからウォルトをこれ以上刺激しないで!」
パパパパ!と頬を打つ連打は止まらない。少女が父親を往復ビンタする光景なんて初めて見た…。
「キャミィ…。やめ…」
「ウォルトと獣人を貶める発言をしないと約束するならやめるわ!」
「言わ…ない…。だから…やめ…」
「ウークの里長として……反省しなさい!」
最後は大きく振りかぶってルイスさんの頬を張った。
「ぶへぇぁっ…!!」
倒れ込んで目を回している。キャミィさんは息を整えて冷静に告げた。
「他の種族を貶めて楽しいの?なぜ相手の力が計れないの?慧眼と云われたエルフの目は曇ってしまった。私達エルフは……いつから傲慢で驕り昂る下劣な種族に成り下がったの?」
小さな身体で凜と立ち、父親に対する堂々としたキャミィさんの姿を目にして、まるでリスティアのようだと思った。




