224 ウークへ行こう
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
「ウォルトが一緒に?」
ボクの言葉にフォルランさんは困惑してる。
「邪魔されないように里まで付いていきます。多少なら手助けできると思うので」
「手助け?」
「ボクは…魔法を使えます。フォルランさんは、さっき雷系の魔法で攻撃されたんだと思います」
『治癒』を使ったとき、フォルランさんの身体に魔力の残滓を感じた。
「ウォルトが…魔法を…?」
「さっき『治癒』でフォルランさんを治しました」
真剣な表情で告げると、フォルランさんは微笑んだ。
「なるほど。信じ難いけど魔法を使えないエルフがいるんだから、魔法を使う獣人がいてもおかしくないな!」
「勝手な話ですが、フォルランさんを他人と思えなかったんです」
「どういう意味だ?」
「ボクは獣人なのに力が弱い。だから苦労しました。フォルランさんの苦労はボクにはわかりません。ただ、異端という意味で近いモノを感じたんです」
「なるほど…。君は獣人なのに力が…。そうか…」
魔法が使えないエルフと力の弱い獣人。どちらも稀な存在に違いない。
「ボクの勝手ですが力になりたいと思いました。疑問なんですが、なぜフォルランさんは攻撃を受けたんですか?」
「あの2人は知り合いだよ。俺はエルフだと認められてないのかもしれない。「里に入るな!」って言われたよ。魔法も使えず里から出ていったエルフなんて…里に戻る資格もないと思ったんじゃないか?」
「だからって…」
「君が気にすることじゃないさ。それはさておき、ウォルトがいれば助かる。ウークには魔力がないと入れないんだ」
「どういう意味ですか?」
言ってる意味がわからない。
「あと少し進んだらウォルトにはわかるさ」
フォルランさんは「付いてきてくれ」と言わんばかりに歩き始めた。後に続いてしばらく進むと、大きな岩山の前にそびえる大木が姿を現す。
この辺りは駆けたりして通ったことがある。岩山が存在するのは知っていた。けれど、大木をじっくり眺めて驚きしかない。
「コレは…『幻視』の大木…」
間違いない。薄ら魔力が浮き上がってる。かなり近くに寄らないと気付かないけれど。
「魔法を使えるのは本当なんだな。この木に一定の魔力を注ぐと里への道が開けるんだ。けど、俺には大木が見えてない。岩山だけが見えてる」
「どういう仕組みなんでしょう?」
「知らないけど、遙か昔に作られたモノらしい」
……ん?昔から……?まさか……。
「ウークは…昔から里の姿を隠してるんじゃ…?」
「そんなことないと思う。俺が住んでいた頃は、エルフ以外に誰も来たことはなかったなぁ。普通の人間や獣人には見つけられないのかもな!」
フォルランさんは笑うけど、人はそれを隠れ里と呼ぶ…。「隠れ里じゃない」と聞いていたからボクも行けると思っていたけど…。それに、もう1つ気になったことがある。
「フォルランさんは、魔法を使えないのにどうやってウークに入るつもりだったんですか?」
「誰か知り合いが出てくるか、通りがかるのを待って一緒に通らせてもらうつもりだったんだ」
…完全に話が変わってくる。
「ボクがウークに入るとかなり問題がありそうですね」
「そうか?多分、獣人がいてもなんとも思われない。珍しいと思われるくらいだよ」
さっきのエルフ達の態度からして考えにくい。でも、ここまで来たら乗りかかった船だ。能天気なフォルランさんの意見はとりあえず無視してあることを提案すると、二つ返事で了承してくれた。
「では、やってみます」
「頼むよ」
『幻視』の大木に触れて魔力を流す。解錠に必要なのがどんな魔力かわからないので、とりあえず『幻視』を詠唱するときの魔力を流してみる。
すると、大木の幹に人が通れそうな穴が空いた。どうやら正解に近い魔力を注げたみたいだ。ボクが操るのは人間が操る魔力。エルフの魔力は質が違うはず。ドワーフもそうだった。
「どうにか穴が空きました。いきましょう」
「おぉ!凄いな!…久しぶりの里だ。緊張する…」
大木に空いた空洞を潜って進む。すると、直ぐに明るい場所に出た。外から岩山に見えているのは、どうやらエルフが張った特殊な結界のようなモノ。内側からは普通に森や青空が見えている。
「岩山は見えている」とフォルランさんが言っているから魔法ではない気がするけどボクにはわからない。
「帰ってきた!久しぶりだ!…もごっ!もご!」
「しっ…!」
慌ててフォルランさんの口を塞ぎ、小声で伝える。
「ダメですって…!姿を消してるんですから…!」
「すまん…!つい…!」
『隠蔽』で姿を消していて周囲からは視認できない状態だけど、声は消せないから聞かれると直ぐにバレる。
姿を消すことはできるけど、匂いや音を消すことはできない。ボクは匂いでフォルランさんの居る場所を特定できる。
逆にフォルランさんは魔力を感じない体質だからなのか、ボクの姿が普通に見えているらしい。初めて知る事実だ。
ともに『隠蔽』で姿を隠して、実家まで移動することを提案した。後を付いていくので家まで連れて行ってほしいと。その後、魔法を解除して再会…といった流れでいこうと里に入る前に決めた。
「いい案だ」と言ってくれたけど、段々心配になってきた…。
ここまでの言動で薄々感じてる。凄く失礼な考えになるけど、フォルランさんは細かいことを気にしない。
なんでも適当に考えて失敗を恐れない前向きな性格。ハッキリ言えば、まぁまぁのおバカなんじゃないか?
ボクの心情などお構いなしにフォルランさんは歩を進めて、少し後に続くボクは歩きながらゆっくり周囲を見渡す。
とても面白い。初めて見る光景だ。里といっても、切り拓かれた土地ではなく森そのもの。ちらほらエルフの姿も見えるけど、ボクらに気付いてない。『隠蔽』はエルフにも通用するみたいだ。ボクの魔法程度では即行で見破られることも懸念してたから胸をなで下ろす。
エルフ達の住居とおぼしきモノは全て木の上に組まれていて地表にはなにもない。こんな環境で暮らしているのなら、さっきのエルフ達の身軽さも納得。
フォルランさんはどんどん奥へと歩を進め、やがて1本の木の前に立つ。見上げる先にはポツンと一軒家。あそこが実家なのか。
気付くとフォルランさんは木を登っていた。軽やかに登っているのだろう。漂う匂いが薄くなったので急いで後を追う。木の上の家に辿り着いて小声で話し掛けた。
「ココですか?」
「魔法を解除してもらってもいいかな?」
言われるままに『隠蔽』を解除したけれど……妙な胸騒ぎがする。
フォルランさんは深呼吸してゆっくり扉を開けた。中にいた女性エルフを見て笑顔になった。
「久しぶりだな!シフォン!」
「……フォルラン?」
彼女が妹だろうか?似てないように見えるけど、エルフの容姿は見分けられない。シフォンさんは後ろに立つボクの存在に気付いて目が合った。
「……キャ~~~ッ!!」
甲高い声が里に響き渡る。ぞろぞろエルフ達が集まってきた。
「ぬっ…!?お前はフォルラン!」
「なにっ!?どうやって入ってきた!?」
「なぜ獣人が里にいる!?」
あっという間に取り囲まれてしまう。嫌な予感が的中してしまった。今さらだけど気になっていることを訊いた。
「妹さんはなぜ悲鳴を…?」
「シフォンは妹じゃない。昔の彼女だ。家に帰る前に会っておきたくて。知らない獣人を見て驚いたんじゃないか?」
あっけらかんと答えてくれる。溜息を吐いて目を閉じると、脳裏に浮かぶ一言。ボクは生まれて初めて思ったかもしれない。
殴ってもいいだろうか?
木から下りて即座にエルフに囲まれる。
「お前らは許されんぞ!来いっ!」
お気楽なフォルランさんに呆れて、抵抗などする気も起きず言われるがままに付いていく。普段なら命令に従う気なんてない。
「どうやって入ってきた!?」
「獣人を里に入れるなんて!」
エルフ達は憤っているけど、答えるのも億劫で黙る。面倒くさいことこのうえない。フォルランさんが答えるだろう。
「ちょっと通りすがりのエルフに開けてもらったんだ!」
嘘を吐いたフォルランさんは、エルフ達に殴られている。エルフ達が「里長に抗議する!」と言い出したので、フォルランさんの実家に行くのか。エルフ達の方が、ちゃんと目的地に案内してくれそうで安心した。
なされるがまま数人のエルフに連れられて里長の家に辿り着くと、1人のエルフが声を上げた。
「ルイス!いるか!」
声に反応するように家のドアが開く。中から顔を出したのは、長髪の金髪を靡かせる容姿端麗なエルフ。どことなくフォルランさんに似てる気がしなくもない。
「なんだ?……フォルラン!?それに……獣人?!」
「親父。久しぶりだな」
ルイスさんはヒュッと木から飛び降りた。軽やかな身のこなしで地面に降り立ちフォルランさんに歩み寄る。
「…帰ってきた目的はなんだ?」
「親父が里長をやめるって聞いたから、話を聞きに」
「お前と話すことなどない」
ハッキリ告げられた。
「ルイス!フォルランは獣人まで里に入れたぞっ!」
「完全に追放で構わないなっ!」
「この獣人はどうする!?」
いきり立つエルフ達。ルイスさんはボクを見て鼻で笑う。
「『薫衣草ノ香』で眠らせて、森に捨てておけ」
「それで済むワケないだろう!」
「里の場所を知られたんだぞ!」
『薫衣草香』とは『睡眠』のような魔法だろうか。隠れ里に侵入されたとあって気分が悪いだろう。ずっと貝になっていたけど口を開く。
「ボクが里に入ったのはフォルランさんのせいじゃないです。この里のことも誰にも言わないと約束します」
「黙れっ!獣人なぞ信用できるか!」
「ウォルトは信用できる獣人だぞ!」
フォルランさんが擁護してくれる。
「お前の言うことは信用できん!ふざけてるのか!」
酷い言われようだけど、間違いではないと思ってしまう。エルフ達が正しいな。
「ならば、どうするというのだ?」
「そうだな…。猫の獣人…。お前、なにができる?それ次第では許してやってもいいぞ」
許してやる…?エルフの高圧的な態度に苛立ちを覚える。見世物でもやれと言いたいのか?
「なにもできません。少しならできることはありますけど」
「はははっ!まぁ、獣人なんてそんなモノだな!」
「所詮、獣を先祖に持つ劣性な種族だ!面白いことの1つもできまいて!」
「猫など日なたぼっこと顔を洗って生きているだけだ!」
獣人と祖先を嘲笑う言葉に耳がピクリと反応する。
「貴方達は…猫や獣人に詳しいんですか?」
「なにを言うかと思えば。獣人や獣は単純明快な生き物。複雑なことなど考えもせず、餌を食べて生きるだけの存在」
「獣人は頭が悪い。言ってもわからない」
「身体の強さだけが自慢の生き物。魔物となにが違う?はははっ!」
エルフ達は同意だとばかりに嘲る。
そうか…。黙っていれば図に乗る…。
「面白いことを言う…。地に足も着いてない種族が…」
「なに…?」
エルフ達が一斉に眉をひそめる。
「上から人を見下ろすただの悪趣味…。頭が空っぽだから、あまりの軽さに自然と上に登ってしまったのか…?もしくは、獣に襲われるのを恐れる……臆病者の集団か…。ククッ」
軽蔑するように笑ってやる。
「貴様ぁ…!」
「待てっ!」
ルイスさんは、腰の短刀を抜こうとしたエルフを手で制して語りかけてくる。
「面白い男だ。獣人のくせに気の利いたことを言う」
獣人のくせに…?
「気の利いたこと?褒めているつもりか?耳長」
エルフ達は一瞬で魔力を高める。素晴らしい反応。
「耳長だと…?貴様は誰にモノを言っているかわかっているのか?」
「お前など知るか。エルフは優秀な頭脳を持つ種族だと聞いていた。だが、蓋を開ければ人の名も呼べないような陳腐な輩。種族の名しか知らない阿呆とはな。ならば、お前らは耳長で充分だろう」
「ほぅ…」
「初めて面と向かって話したが、無駄に耳と命が長いだけの低能な種族か」
端正な顔が怒りに歪む。とても面白い反応に思えた。コイツらはバカにされたことがないのか?
「獣風情がっ…!言わせておけば!」
1人のエルフが短刀を抜いて斬りかかってくる。手枷を嵌められているワケでもなく動きも緩慢。軽やかに身を躱して腹を蹴り飛ばした。
「ウラァァッ!」
「がぁっ…!ぐぅぅぅっ…!」
大きく吹き飛んだエルフはうずくまって唸っている。大袈裟な奴だ。
「今のは宣戦布告とみなすぞ」
「貴様ぁっ!」
「獣人ごときが!」
「死に値する!」
魔法を詠唱する構えを見せるエルフ達。グッ!と両拳を握りしめて口角を上げた。
コイツらは…獣人を舐めている。いや、蔑んでいる。許し難い…。
「待て!」
ルイスは再び制止した。
「なんだ!?」
「なぜ止める!」
「しばし待てっ!……獣人よ」
「なんだ?耳長」
フッと鼻で笑って確認してくる。
「お前は我らの魔法を恐れていないな?」
「詠唱される前に殴ればいいだけだ」
「貴様にできるというのか?」
「優秀な種族なら結果が見えているんだろう?自慢の魔法とやらを見せてみろ」
エルフ達はかなり近い距離にいる。実際、詠唱する前に打撃を加えるのは容易い。さっきのエルフの動きと同程度ならボクが殴る方が速い。
強力な魔法を使うにはお互いが近すぎて味方にも影響が及ぶ。囲む時点から考えが足りてない。数で囲んで威圧すれば相手が臆するだろうという浅はかな思考。獣人を…ボクを舐めているとしか言いようがない。
コイツらを殴り殺してやる。いかに魔法に長けていようと、多勢に無勢であろうと知ったことじゃない。勝ち負けを考える必要もない。どちらかが死ぬまで全力で闘うだけだ。そのくらいの覚悟はある。
コイツらにエルフとしての誇りがあるのなら、互いに消え去るまでやるしかないだろう。相手を罵って退くという選択肢はボクにはない。
エルフ達は声も出さずギリッと歯を軋ませた。
「なるほどな。この場は俺が預かる。お前達は矛を収めろ」
「なんだとっ!?」
「ふざけるなっ!」
「ふざけてなどいない。納得いかないならこのままソイツを相手にしてみるか?今の状態だと魔法は使えん。お前達が魔法で仲間を傷付けるのは許されんぞ」
「むぅっ…!」
「…ちっ!」
ルイスの言葉に顔をしかめるエルフ達。
エルフも身体能力に優れた種族だと云われているが、獣人相手では分が悪いと思ったか。
底辺のボクでも瞬発力や力で負けることはほぼない。接近戦では被害は避けられないと判断したな。
それに、魔法で同族を傷付けてはならないという不文律でも存在するかのような物言いに感じる。エルフについて幾つか学んだ。必要があれば利用させてもらう。
「異存ないなら一旦退け。俺はソイツと話をする」
エルフ達は渋々ながらも納得した様子で離れていく。
「貴様は強情な獣人だな」
「恩を着せたつもりか?」
「違うな。珍しく獣人に出会った。フォルランと共に住み家に来い。里長として話を聞いてやろう」
「聞いてもらう必要はない」
「フォルランの話も聞く必要はないのか?ならば、直ぐに2人まとめて里から去れ。話す用件などない」
「………」
大きく息を吐いて、少しだけ冷静さを取り戻した。ルイスに言われた通りに里長の住み家へと向かう。




