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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
221/715

221 夕餉の香り

暇なら読んでみて下さい。


( ^-^)_旦~

 フクーベからそう遠くない場所に所在する小さな村【ダイホウ】は、猿の獣人チャチャが住む村。


 ウォルトの住み家からは駆ければ30分ほど。クローセと同じく自然豊かで長閑な村。

 村には人間と獣人が暮らし、農業と狩猟が主な収入源。フクーベに買い出しに行くのも苦にならない利便のよさが売り。そんなダイホウ村の一角にチャチャの住む家がある。



「チャチャ。今日も行くの?」

「うん。父さんに弁当渡しておく」

「お願いね。怪我に気を付けて」

「わかってる。皆、行ってくるね」


 見送るのはまだ小さな弟たち。


「「「姉ちゃん。行ってらっしゃい!」」」


 チャチャの母である猿の獣人ナナが娘を見送る。先に狩りに出た父親の元へ駆けていく背中を見つめながら目を細めた。



 チャチャは4人姉弟の長女。まだ小さい弟達に代わって父親の手伝いで狩りをしている。

 幼い頃から家族のタメに頑張っていた孝行娘は、いつの間にか狩りまで手伝うようになった。最近では狩りの腕も上達しているようで、今や父親のダイゴも唸るほどの腕前らしい。

 近頃、ふとした瞬間に「俺も複雑なんだよ…」と漏らすようになった。私の推測では、ダイゴが言う『複雑』には2つの理由があると見ている。

 まず、娘であるチャチャが狩りの腕を上げていること。おそらく技量で追い抜かれてしまったから。チャチャが狩りの手伝いを始めたのは、狩りが好きという理由ではなかった。「とにかく稼がなきゃ」という理由で幼くとも手伝える狩りを選んだ。

 ダイゴにとっては、嬉しくもあり『いつかは家を出る女の子に狩りをさせてしまっている』と申し訳ない気持ちもあったと思う。 


「チャチャには狩りの才能がある」と昔から口にしていて、ここ最近の上達ぶりは目を見張るものがあるらしい。

 元々好きで始めたワケじゃないのに、最近はダイゴより狩りに出掛けるくらい嬉々とした様子。目にしたことはないけど、よほどの獲物でなければ百発百中の腕前だという。

 おかげで家計は大助かり。まさか娘がこれほどの狩人に成長するとは思っていなかったに違いない。私だってそうだ。


 そして、もう1つの理由がチャチャは一家の恩人である獣人に惚れているであろうということ。

 ほんの1年ほど前まで男のような格好をして狩りに出掛けていた娘は、今では女性らしさが増して見違えるほど綺麗になった。その変貌ぶりは村でも度々話題に挙がるほど。

 料理の腕も上達して苦手な裁縫に挑戦したりもしてる。チャチャが変わったのは、定期的に住み家を訪れている『ウォルト』という名の猫の獣人に出会ってから。


 ことの始まりは、ダイゴがタカン病に罹ったこと。貧しさから薬も買えず、病気で苦しむダイゴの代わりにチャチャが単独で狩りに出掛け、森で魔物に殺されそうになったのを助けてくれたうえに、自家製とはいえタカン病の薬を渡してくれた獣人がウォルトさん。

 しかも、高価な薬なのに礼はいらないと言って料理までチャチャに持たせてくれた。薬を完全に信頼できずとも、藁にも縋る思いで飲んだダイゴは順調に回復した。今でも深く感謝している。

 そんな事情があって、ダイゴとチャチャに限らず一家にとってウォルトさんは恩人。そんな恩人は、チャチャの話を聞く限りとても知的で優しい人物らしく、度々会いに行っているチャチャが彼を慕っているのはダイゴや私にも直ぐにわかった。まだ娘離れできていないダイゴにとっては複雑だろう。

 恩人であるウォルトさんには頭が上がらないけど、娘を奪われてしまったような寂しさがあってなんとも言えない状態だ。

 彼はチャチャに門限を守らせたり、村の近くまで護衛してくれたり、家族に土産まで持たせてくれる誠実な人柄で、口を出したくても出せない歯痒さを感じていると思う。

 

 私はチャチャとウォルトさんについて話したことがある。


「兄ちゃんは私を友達と思ってる。今はそれでいい」


 そう言って苦笑した娘の顔は少し寂しそうに見えたけれど、気持ちを尊重したいと思った。ともあれ、住み家に顔を出してあの時と日頃のお礼を言いたいと常々考えているけど、まだ幼い息子達の世話もあって中々行けずに申し訳なく思ってる。

 ダイゴが行ってくれるといいけど、複雑な心境だからか本人もそう思いながら足が向かないようで。


 一度だけチャチャが「兄ちゃんの家に泊まってお世話したい」と言い出した時は、苦渋の決断といった様子で悩みに悩んでいた。

 ウォルトさんの言動から、会ったことはなくとも信頼のおける獣人だと理解していたので私は全く心配していなかった。チャチャを手籠めにする気ならとっくにやっている。それが獣人という種族。


 あの時のダイゴの様子は可笑しかった。血の涙を流すんじゃないかと思うほど悩んでいた。いい思い出である。


「さて、いい天気だから洗濯しよう!手伝って」

「「「任せて!」」」


 笑顔の息子達とともに、夫と娘のいない家を守るために働き始めた。




「お母さん!腹減った!」

「はいはい」


 掃除と洗濯を終えて、昼ご飯を作ろうと台所へ移動したとき玄関のドアがノックされる。


「はぁ~い!」


 元気良く玄関に向かった息子達。ドアが開いて驚いた声が聞こえた。  


「猫だ!」

「おっきい!」

「しろい!」


 猫…?


 玄関に向かうと、子供達に囲まれて微笑む白猫の獣人がいた。碧い瞳にモノクルを着けて黒いローブを身に纏っている。誰なのか一目でわかった。


「お母さん!猫の獣人!初めて見た!」

「やせててかっこいい!」

「すごくやさしそう!」


 子供達の言葉にはにかんだ猫の獣人は、私を見て口を開いた。


「初めまして。ウォルトといいます。こちらがチャチャのお宅で間違いないですか?」


 獣人らしからぬ丁寧な挨拶をして微笑む。チャチャに聞いたイメージ通り。


「私はチャチャの母でナナといいます。ウォルトさんのことは娘から聞いています。いつもお世話になっていると」

「ボクの方が世話になってるんです。狩りを教えてもらって、料理も手伝ってもらってます」

「色々教えてもらってると聞いてます。夫の病気のときもお世話になったのに、お礼にも行かずにすみません。その節は本当にありがとうございました」


 私は深くお辞儀した。


「気にしないで下さい。チャチャの頑張りに感動して薬を渡しただけで大したことはしてません」

「そう言ってもらえると助かります。今日はなにか御用ですか?」

「いつも獲物を分けてもらって助かっているので、今日はお礼に回復薬と花茶葉を持ってきました」

「ありがとうございます。でも、あの娘は朝から狩りに出てしまって…」

「約束もせずに来たので当然です。渡して頂けますか?」

「わかりました」


 本当に優しそうな獣人。語り口も丁寧で、獣人というより人間のよう。小箱と茶葉の入った袋を受け取ると息子達が騒ぎ出す。


「お母さん!お腹空いたよ!」

「早くご飯にしよう」

「たべたいよ~!」

「はいはい。少しだけ待っててね…。うっ!」


 口を手で押さえてしゃがみ込んでしまう。


「ナナさん!?大丈夫ですか!?」

「お母さん!大丈夫!?」

「どこか痛いの?」

「しんじゃやだ!」


 心配する息子達に笑いかける。


「大丈夫。死んだりしないわ。生まれてくるのよ」


 心配そうな息子達の頭を優しく撫でる。


「つわりですか?」

「えぇ。昔から少し重い方で…。よし!ご飯を作ろうかし……うっ!」

「無理はいけません。少し休んで下さい」


 ウォルトさんが背中を優しくさすってくれる。温かい掌で心地よい。


「この子達に……ご飯を作らないと…」

「よかったらボクに任せてもらえませんか?」


 そう言ってウォルトさんは微笑んだ。



 ー 30分後 ー



「うめぇ~!ウォルト兄ちゃんは料理の天才だぁ!」

「めっちゃくちゃ美味しい!!」

「おいしぃ~!すごくおいしぃ~!」

「ありがとう。お代わりもあるよ」

「食べる!」

「俺も!」

「おかわり!」

「ゆっくり食べるのよ」


 笑顔の子供達を見つめながら、わざわざ私用に作ってくれた料理を口にする。つわりでも食べやすいようにとさっぱりした野菜中心の見たこともない料理を作ってくれた。食べやすくてとても美味しい。あとで作り方を教えてもらおう。


「ありがとうございます。わざわざ訪ねてもらったのに料理まで」

「料理を作るのが趣味なので気にしないで下さい」


 なるほど。チャチャは大変ね。チャチャがたまに持って帰ってくる料理はとても美味しい。手伝っているんだろうけど、ほとんどウォルトさんが作っている料理なんだと今さらながら気付いた。


 ご飯を食べ終えると…。


「後片付けもボクがやります。ゆっくり身体を休めてください」


 ウォルトさんは率先して片付けに向かう。子供達も「兄ちゃん!料理のお礼に手伝うよ!」と言って仲良く台所へ消えた。

 実際、今日は少し症状が酷いので本当に助かる。台所から聞こえる子供たちの楽しそうな声を聞いている内に、椅子に座ったまま眠りについた。




 どのくらい寝ていたのだろう。


 目を覚ましたとき、家の中にウォルトさんと息子達の気配はなかった。立ち上がってみるとつわりの症状も治まっていて、かなり楽になっている。

 食卓の上に目をやると、綺麗な文字で『子供達と遊びに行ってきます』と書かれた伝言。代わりに調理してくれただけでなく、眠ってしまった私に気を使って息子達の遊び相手までしてくれている。


 なんて優しい獣人なの…。チャチャの気持ちがわかる気がした。親子だもの。


 言葉に甘えてゆっくりしていると、ウォルトさんが息子達を連れて帰ってきた。肩車されたり、手を引かれたりとすっかり懐いている。


「お母さん、ただいま!」

「ウォルト兄ちゃんと外で遊んできた!」

「にいちゃんはいろいろすごい!たのしかった!」

「よかったわね」

「「「うん!」」」


 お礼を伝える。


「ウォルトさん。色々とすみません。助かりました」

「気にしないで下さい。皆と遊んでボクも楽しかったです。あと、ナナさんにお願いが…」





 その後、日が暮れる前にダイゴとチャチャは帰ってきた。


「ただいま。今日も獲れたぞ」

「おかえり。お疲れさまね。チャチャも」

「うん。ただいま」

「「「おかえり!」」」


 家族に出迎えてもらったチャチャは、家の中にいい匂いが漂っていることに気付く。


 この匂いは…。


「美味そうな匂いがしてるな!急に腹が減ってきた!」


 笑顔でサッと居間に向かう父さん。


「チャチャ、どうしたの?」

「そんなはずないのに…似てる…」


 混乱していると、母さんがクスッと笑って耳打ちしてきた。


「合ってるわよ」

「合ってる…?………えっ!?」

「姉ちゃん!早くウォルト兄ちゃんのご飯食べよう!」

「きっと美味いよ!ウォルト兄ちゃんが作ったんだから!」

「まちがいなくうまい!」

「なんで…皆が兄ちゃんを知ってるの…?」


 弟達に手を引かれながら居間に向かう。予想外の展開に思考が付いていかない。


 匂いが兄ちゃんの作る料理に似てると思ったけど、そんなのあり得ない。この家に来たこともないんだから。

 でも、弟達は「ウォルト兄ちゃんが作った!」と確かに言った。母さんは「合っている」とも。


 居間に着くと、ご飯を頬ばる父さんの姿。一心不乱に掻き込んでる。


「ナナ!今日の飯は一段と美味いな!」

「ふふっ。そう?」

「父ちゃん、ずるいぞ!」

「俺達も早く食べよう!」

「まけない!」

「たくさんあるからゆっくり食べなさい」


 我先にと食べ進める男達を横目に、母さんがよそってくれた料理を食べて確信した。やっぱり兄ちゃんが作った料理だ。


「チャチャにお礼をって訪ねてきてくれたの。つわりがひどい私の代わりに料理を作って、皆とも遊んでくれたのよ。「今日はゆっくり休んで下さい」って晩ご飯まで作ってくれて。すごく優しい獣人ね。「住み家で待ってるよ」ですって」

「そうなんだ…」

「チャチャも大変ね。あの人は、一筋縄ではいかない気がするわ」

「わかってもらえて嬉しいよ」


 笑顔で料理を奪い合う家族を見て私は苦笑した。

読んでいただきありがとうございます。

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