215 休みは必要
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
ウォルトは動物の森を軽快に駆ける。
向かう先は、小さな町【タマノーラ】。色々な商品を卸してくれる旧知の商人ナバロさんが商売を営む町。
先日、商品を届けてくれとき「ウォルト君の花茶を買いたい人が急増して困ってる」と教えてくれた。暇を見つけて作った茶葉を届けようとナバロさんの住む町を目指して駆けている。
タマノーラに行ったことはないけど、最近色々な町へと出向いているので特段嫌な気持ちもない。ボクが作った茶葉で喜んでくれる人がいるのなら嬉しい限りだし、ナバロさんは相変わらず上質のモノを届けてくれて非常に助かってる。
感謝の意味も込めて出向こうと思った。当然鍛錬も兼ねて。タマノーラはクローセに比べると住み家から近い場所に存在する。故郷であるトゥミエと同規模らしい。ナバロさんに描いてもらった地図を頼りに向かって、1時間かからず辿り着いた。
聞き込みを始める前に町民から声をかけられる。
「獣人さんかい?珍しいねぇ」
「この町で見るのは何年ぶりかのぅ」
「しろねこさんだ!かわいい!」
獣人は嫌われてないようでよかった。
「ボクはウォルトといいます。タマノーラで獣人は珍しいんですか?」
町民達は頷いた。昔は獣人も住んでいたらしいけど、今は1人も住んでないらしい。亡くなってしまったり、フクーベに移り住んだりしてタマノーラでは滅多に見かけないとのこと。
「ナバロさんの知り合いなんですが、どこに行けば会えますか?」
「ナバロなら…」
親切に道順を教えてもらい、子供と少し遊んだあと商会へ向かった。
辿り着いたナバロさんの商会は、ランパード商会のように大きな建物ではなく、地域密着型のなんでも屋さんという装い。
ん…?アレは…。店の前でお姉様方に詰め寄られるナバロさんの姿。
「ナバロ!いつになったら頼んでたモノは入荷するんだい!」
「首を長くして待ってたけど、このままじゃキリンになっちまうよ!」
「なんとかならないのかい!」
「そんなこと言っても…なかなか手に入らないんですよ。参ったなぁ…」
首の長いキリンに例えるなんて冗句が上手いなぁ。感心しているとナバロさんと目が合った。
「ウォルト君!?なんでここに?!」
「茶葉を持参してきました。たまにはこちらから伺おうと思いまして」
「なんだって!?それは助かる!皆さん、茶葉を持ってきてもらいました」
「なんだって?…ありゃ、獣人さんは飛脚かい?」
「違います。彼が茶葉を作ってくれる職人さんです」
「初めまして。ウォルトといいます」
「そうなのかい?獣人の職人さんは珍しいね。アンタの作る花茶はもの凄く美味しいよ」
「絶品だね」
「アタシらはクセになってるのさ」
お姉様方は揃って微笑んでくれた。
「ありがとうございます。今日は新作も持ってきました。よかったら試しに試飲して頂けませんか?ナバロさん。茶器があったらお借りしたいんですが」
「もちろん。ちょっと待っててくれ」
お湯と茶道具を持って戻ってきた。その間、お姉様方とお茶談義に花を咲かせた。
「ウォルト君。準備できたよ」
「ありがとうございます。では、ボクなりの美味しい淹れ方で」
いつものように花茶を淹れる。茶葉を蒸らす時間なんかの手順や、適量などをお姉様方に伝えると黙って耳を傾けてくれた。
「召し上がって下さい」
「「「いただきます」」」
お茶を飲んだお姉様方は「ほぅ…」と一息つく。
「いかがですか?」
「…美味いねぇ」
「…凄い。ただの天才じゃないか」
「…カラムじゃないね。でも美味しい」
「レンゲの花茶です」
口に合ったみたいでよかった。反応がよかったので、唸るお姉様方に次の一品を差し出す。
「こちらもどうぞ」
「…コレも美味いねぇ」
「…ほんのり甘くて爽やかだ」
「…鼻に抜ける香りがいいよ」
「こちらはスイカズラです。もし気に入って頂けたなら、ナバロさんにお渡ししますので買って頂けると嬉しいです」
「買う!」
「アタシもさ!」
「今しかない!」
「またお願いするよ!」と笑って、満足そうに帰って行くお姉様達。
「助かったよ…。最近勢いが凄くて暴動が起きるんじゃないかと思ってたんだ」
「花茶で暴動なんて大袈裟ですよ。優しい人達でした」
「あの人達の怖さを知らないから言えるんだよ…。いや、君の花茶の中毒性が凄すぎるのか…」
苦笑いを浮かべたナバロさんが教えてくれる。お姉様方は普段優しいけれど、最近は『ナバロ…。仕入れた茶葉を売らずに懐に入れてるんじゃないだろうね…?』とあらぬ疑いをかけられていたと。
ボクの花茶には阿片のようなモノが入ってるんじゃないか?と疑ってしまうほど、お姉様方は鬼気迫る様子だったらしい。それほど楽しみにしてくれているなら…。
「茶葉の作り方を教えましょうか?多少でも売れたら商会も潤うでしょうし、お姉様方にも満足してもらえると思います」
「いいのかい?こう言っちゃなんだけど、君の作る茶葉は凄く売れるよ」
「ボクが作っているモノと全く同じではないんです。作り方が感覚頼りなので教えるのが難しくて。似た花茶になりますけど近い味は保障しますし、それでもよければ教えます」
茶葉を作るとき魔法を駆使してる。工程も多くて細かく分けると50くらい。花の種類が変われば当然作り方も変わる。
とにかく感覚で作るので人に教えるのは難しい。仕上げに長期間持続する『保存』をかけて鮮度を保っているのもある。
「それでも助かるから是非お願いしたい。君の花茶を仕入れるまでの繋ぎになってくれれば御の字だよ。お姉様が怖くて仕方ないんだ」
苦笑するナバロさんに、お茶を淹れて差し出す。ちょっと大袈裟な気がするけど、お疲れの様子なので一服して落ち着いてほしい。
「はぁ…。ホントに美味しいなぁ。ホッとするというか。皆の気持ちもわかるよ」
「教えるのはいつにしましょう?今度住み家に来たときにしますか?」
「できれば今すぐにでも教えてもらいたい。次の波がいつ来るかわからないからね」
「じゃあ、花の採取に行きましょう」
「ちょっと待ってくれないか」
店の奥に向かったので黙って待っていると、ナバロさんは赤ちゃんを抱いて戻ってきた。
「うちの娘のユミンだ。君にもらった服のおかげでいつも気持ちよさそうにしてる。是非会ってほしくて」
「ユミンちゃんですか。可愛いですね」
微笑みながらゆっくり顔を近づけると、ユミンちゃんは笑ってくれた。ヒゲと耳をピクピク動かすと、「きゃはっ!」と嬉しそうに反応してくれる。
ジニアス王子達を見たときにも思ったけど、やっぱり赤ちゃんは可愛い。赤子を見ると恋人もいないのに子供がいたら楽しいだろうと想像してしまう悲しい独身獣人…。
「店番を頼んでくるから、ちょっと待っててくれないか?」
「わかりました」
待っている間、店に陳列された品を見て回る。回復薬の棚らしき箇所に『入荷未定』と書かれている札が。
今度は薬を準備しておこうと苦笑い。元々売り物にするつもりで作ってないけど、さっきの花茶で感じた。実際に買った人の笑顔を目にすると、作ったモノが少しは人の役にたったと知れて嬉しくなる。
そうこうしているとナバロさんが戻ってきた。
「準備できたよ。行こうか」
「行きましょう」
森に向かい必要な花を摘んで戻ってきた。帰り際、町中をぶらりと歩きながら話す。
「タマノーラには食事処がないですね」
「そうなんだ。昔から食堂をやってたおやっさんが、ちょっと前に高齢で引退してしまってね。皆もたまには外食したいと思うんだけど、フクーベは遠いし……って、そうか!」
なにやら1人で納得してる。
「ウォルト君!もしよかったら帰る前に調理をお願いできないかな!」
「ボクは全然構いませんけど」
いいことを思いついた顔をしたナバロさん。急にどうしたんだろう?
★
「いらっしゃい。よかったら食べてくれ。味見はお代は取らないよ」
魔導コンロで寸胴をことこと沸かしながら、店先で通りすがりの町民に料理を振る舞うナバロ。
「…うめっ!なんじゃこりゃ?!」
「…ホントだ!なんつう美味さだ!こんなキーナグは初めて食うぞ!?」
「すっごくおいしいよ~!」
皆が笑顔で食べているのは、キーナグというタマノーラの郷土料理。ついさっき僕の妻に教わったばかりのウォルト君が直ぐ自分なりに改良したモノ。
「容器を持ってきてくれたら、家族で食べる分だけ持って帰ってもらって構わない。1杯10トーブだ。皆にも教えてくれないか?」
「そりゃ安すぎるぞ!いいのか!?」
「嫁さんを連れてくる!」
散り散りになって帰っていく住人達。後は黙っていても人が集まるはず。タマノーラでは噂が広まるのはあっという間。
「ウォルト君。どんどん作ってもらっていいかな?」
「任せて下さい」
僕は、お姉様方のイライラした様子を思い出して家事に疲れているんじゃないかと考えた。お姉様達もたまには休みたいんじゃないかと。
今日だけでも少し休んでもらいたいと思ってウォルト君に事情を話したところ、笑顔で協力すると言ってもらえた。薄利どころか利益は出ないけど、いつものご愛顧に応える恩返し。ウォルト君はウキウキした様子で調理するタメに店の奥に戻っていく。
僕の妻ヤコが横で手伝いながら呟く。
「ウォルトさんは、獣人なのに料理も上手いね。初めて食べた料理を直ぐ美味しくアレンジするなんて信じられない」
「僕達にとってはいつものが落ち着く味だけど、皆もたまには刺激が欲しいと思うんだ。ウォルト君のキーナグは似て非なる料理。でもそこがいい」
「確かにそうね。外食したような気分かも」
客がどんどん増えて、忙しく対応しているとウォルト君が戻ってくる。
「次が出来ました。あと、よかったらコレもどうぞ。上手くできたと思います」
キーナグとは別に「食材がもったいないので」と食材の余りで違う一品を作ってくれた。付け合わせのようだけど、食べると唸るほど美味しい。
「君は…ホントに…」
「また作ってきますね」
お礼も言わせず笑顔で奥に引っ込む。素早いったらない。
「ウォルトさんには恩ばかり増えるね」
「まったくだよ」
ヤコと顔を見合わせて苦笑した。
その後、ほとんどの町民がキーナグを購入しにきて夕方まで対応に追われた。皆の笑顔がなによりの報酬。
余すことなく食材を使って、次々に料理の種類を増やしたおかげで損失も微々たるもので済んだ。彼は本当に凄い。
お金を稼ぐ術を山ほど持っているのに、無償で惜しみなく技術を使う。決していいことではないけど、商人の常識で縛っていい男じゃないのも知ってる。彼の技量や能力を進化させるには好きにやらせないとダメなんだ。
そんなウォルト君は、「楽しかったです」とだけ告げて満足そうに帰った。疲れ切った僕達に配慮してくれたんだろう。茶葉の作り方を書いた紙だけを残して。
「今日はナバロさんの気持ちに賛同して手伝ったので、報酬はいりません」と先手を打たれてしまった。参ったなぁ…。
さらに予想外の展開が起こった。引退した食堂のおやっさんが、ウォルト君の料理を食べて「負けられん!」と奮起して店を再開した。タマノーラ住民の憩いの場が復活したのである。
次はなにを返せばいいんだろう?考えておかないとな。
読んでいただきありがとうございます。




