213 チャチャと冒険者
ある日の昼下がり。
チャチャはいつものように狩りに出掛けて、獲物を仕留めたあとウォルトの住み家に向かっていた。いつもならご機嫌に向かうところだが、今日は緊張して足取りが重い。
ー 数日前 ー
チャチャが住み家を訪ねて来て一緒に食事していた時、ウォルトはあることを思い出して訊いてみる。
「チャチャがよければなんだけど、ボクの友達が会いたいらしいんだ」
「私に?兄ちゃんの友達が?」
「そう。冒険者のね」
「なんで?」
基本的に人見知りなのは知ってる。チャチャは「知らない人に会ってみたいと思わないし、積極的に人の輪を広げたいとも思わない」みたいだ。不思議なことにボクとの初対面ではすんなり話すことができたらしい。
「ボクに女の子の狩りの師匠がいるって言ったら、「是非会ってみたい!」って言われて。どうかな?」
「ふぅん…」
「嫌なら断っていいよ。無理に会う必要はないんだ」
自分自身も人付き合いが得意じゃないから、無理強いはしたくない。会いたくないと言うならチャチャの意志を尊重する。
「…その人って男?女?」
「チャチャに会いたいって言ったのは冒険者の姉妹だよ」
「獣人?美人なの?」
「人間で2人とも美人だよ」
途端にチャチャから不機嫌な匂いが漂う。この質問を受けたとき、いつも不機嫌になるチャチャのことを不思議に思う。怒る理由は不明だけど、自分が訊いたのに…と。
「なんで私に会いたいんだろ?」
「ボクも知らないけど嬉しそうに見えた」
「嬉しそうに?」
「「是非会ってみたいです!」って満面の笑みで言われたからね。悪い子達じゃないことは保障する」
「…ちょっと考させてもらっていい?」
「もちろん」
黙り込んだチャチャから困惑の匂いを嗅ぎ取る。
「やめほうがいいんじゃないか?さっきも言ったけど無理して会う必要はないよ」
「実は…兄ちゃんは会わせたくないとか?」
「それはない。ただ、知らない人だから無理をする必要ないと思ってる」
「う~ん…。会ってみたいかといえばそうでもないけど…。でも、会ってみようかな…」
「いいの?無理してない?」
「無理はしてないよ。目的が不明なのが気になるだけ」
こうして、チャチャとアニカ達の対面が決まった。
★
チャチャは狩ったばかりの獲物を背負って歩く。
まったく気分がのらない…。やっぱり断ればよかった…と若干後悔してるけど、今さら会わないと言ったら約束を取り付けてくれた兄ちゃんに悪いしなぁ…。
重い足取りで住み家に辿り着いた。すると、家の前の更地で修練している兄ちゃんと2人の女性。きっと話に聞いた冒険者の姉妹だ。炎や氷の魔法を繰り出して魔法の修練中に見える。
遠目に眺めていると、兄ちゃんがこっちを見た。さすが異常な嗅覚の持ち主。修練中でも気付くなんて。なにやら姉妹に話しかけてる。すると、1人が私を見るなり疾走して向かってきた。
驚いて私も咄嗟に駆け出した。疾走してくる女性も追うのをやめない。私達は更地をグルグルと駆け回る。
「ちょっと待ってぇ~!」
「待ちません!なんなんですか?!」
「怪しい者じゃないからぁ~!」
「なんで追いかけてくるんですか!?」
獲物を背負っているとはいえ私は獣人。結構速いけど、駆けることで人間に負けるわけにはいかない。しばらく走り続けたけど、追ってきた女性はさすがに疲れて肩で息をしている。そんな女性に兄ちゃんが話し掛けた。
「アニカ。なんでチャチャを追いかけたの?」
「いや…。はぁ…はぁ…。可愛い娘だったから、つい…」
『つい』なんなの…?軽く混乱していると、もう1人の女性が近寄ってくる。近くで見ると凄い美人で思わずビクッとした。
「初めまして。私は冒険者のウイカ。妹がいきなり追いかけ回したりしてごめんね」
「い、いえ。大丈夫…です…」
微笑むウイカさんに思わずドギマギしてしまう。
「アニカ。いきなり追いかけられたら誰でも驚くよ。謝らないと」
アニカと呼ばれた妹は、ウイカさんほどではないけど兄ちゃんの言葉通りタイプの違う美人だ。
「驚かせてごめんね!つい興奮しちゃって!私は前からチャチャちゃんに会ってみたかったから!」
なぜだろう…。この姉妹からまったく嫌な感じを受けない。私も自己紹介する。
「初めまして。猿の獣人のチャチャです。気にしてないので大丈夫です。あと、ちゃん付けは呼びにくいからチャチャでいいです」
アニカさんは満面の笑み。
「私もアニカって呼んでいいよ!」
「よろしくね、チャチャ。私もウイカでいいよ」
「それは…考えておきます」
「ところで、その背負ってるの獲物だよね!?狩ってきたの!?すっごぉ~!さすがウォルトさんの師匠だね!」
嬉しいけど照れくさい。
「大したことないです。いつものことなんで」
「今日ももらっていいの?」
「もちろん」
「じゃあ、チャチャの獲ってきてくれた肉で昼ご飯にしよう。皆、家に入って」
「「はい!」」
「うん」
ごく自然にアニカさんとウイカさんに挟まれて、会話しながら住み家へと向かった。
いつも兄ちゃんの料理を手伝ってるけど、ウイカさん達もそんな雰囲気。でも、この家の台所はそんなに広くないから入るのは3人が限界。初対面の私達が連携する。
「料理の手伝いはチャチャに任せて、私とアニカはお茶とその他を準備しよう」
「了解!」
「わかりました」
料理の手伝いを任された私は、いつものごとくテキパキと手伝う。その間にウイカさん達は食卓の準備に向かった。
「2人に会ってみてどう?大丈夫?」
「いい人達だと思う。全然嫌な感じがしない」
「よかった」
初めて会った気がしないくらい普通に話してくれる。凄く話しやすくて、お姉ちゃんがいたらこんな感じなのかなと思う。
料理ができあがって皆で食卓を囲む。いつ食べても美味な料理に大満足。
「うまぁ~い!チャチャも料理上手!」
「ホントだね。私達が手伝ったときより美味しい」
「大袈裟ですよ」
「チャチャは器用だからもっと上手くなるんじゃないかな」
会話しながら仲良く食事する。食事を終えると、アニカさん達が私の弓の腕を見たいと言うので躊躇いながらも承諾した。
「ねぇ、チャチャ!距離は大丈夫!?」
木に括りつけた的を狙おうとして、アニカさんに指摘された。
「近すぎますか?もっと離れましょうか?」
「ううん。アニカは遠すぎるんじゃないかって心配してるの」
「そう!」
なるほど。私が無理していい格好しようとしてないか心配してくれたんだ。
「大丈夫です。じゃあ撃ちます」
矢筒からスッと矢を抜き取り、狙いを定めて矢を射た。的のド真ん中を射抜く。
「マジで!?すっごぉ~!!さすがウォルトさんの狩りの師匠!」
「すごい!あんな小さい的に!しかもど真ん中だね!」
「獣人なら誰でもできます」
照れくさいけど嬉しい。
「…ボクはできないよ」
兄ちゃんの呟きは風に掻き消された。私はアニカさん達と目を見合わせて互いに頷く。
耳には届いていたけど、兄ちゃんの口癖である「このくらいなら誰でもできる」という勘違い発言を顧みてほしくて黙った。でも、本人は気付いてないっぼい。
その後も、駆けながら撃ったり連射してみせるとアニカさん達は大袈裟に驚いてくれた。
「こんな感じですけど」
「チャチャ!凄い!」
「狩人って凄い。私はチャチャしか知らないけど感動しちゃう」
「お姉ちゃん!今度は私達の魔法を見てもらおうよ!」
「そうだね。見せてもらってばかりじゃ悪いね」
その後は一緒に修練して仲を深めた。
「アニカさんもウイカさんも、さすが冒険者です。凄い魔法!」
「チャチャこそ!かなり強い!」
「私は冒険者になりたてだから、まだ全然だよ。ねぇ、チャチャ。そろそろ帰るの?」
「はい…。暗くなる前に帰らないといけないので…」
そろそろ門限が迫ってる。ウイカさん達がいつも泊まってるのは知ってるし、話すのが凄く楽しかったから一緒に泊まりたいけど…そういうワケにもいかない。
「わかった!今日は私達も一緒に帰る!いいよね、お姉ちゃん!」
「もちろん。途中まで一緒に帰ろう」
「いいんですか…?」
「いいんです!…というワケで、ウォルトさん。今日は帰ります!」
姉妹は声を揃える。
「うん。気を付けてね」
笑みを浮かべて会話しながら森を歩く。嬉しさと…若干の申し訳なさを感じながら。
「ウイカさん達はいつも兄ちゃんの家に泊まってるんですよね…?無理に付き合ってくれなくても…」
「そうだけど、今日はチャチャと話したかったの。ウォルトさん抜きで」
「そう!大事な話をしたくて!」
「大事な話…ですか?」
「うん。会ったばかりでこんなこと訊くのはどうかと思うんだけど、チャチャはウォルトさんのこと好き?」
ウイカさんからいきなり直球の質問に面食らう。驚いて言葉が出ない。
「驚かせてゴメンね。順を追って説明してもいい?」
「はい…」
アニカさん達は、姉妹揃って兄ちゃんが好きなことや、サマラさんという兄ちゃんの幼なじみが作った【白猫同盟】の活動内容と、加入してくれる同士を探していることを説明してくれた。私も加入してくれると思ったって。
驚きながらも2人の話に耳を傾けた。
「…というワケなんだ♪チャチャもよかったら是非と思って!」
「なるほど…。話は理解できました。3人とも凄いです…」
私は兄ちゃんが好き。だから、アニカさんやウイカさん、サマラさんの話を兄ちゃんから聞くときいつもイライラしてた。
今日会うのもそんな人達だと知ってたから気が引けていたのもある。子供の私に大人の対応ができるとは思えなかった。
でも、アニカさん達に実際会ってみたら不思議と嫌な気持ちはなくて、この人達とは兄ちゃんを取り合うとかそんな感じじゃない気がした。上手く言えないけど、『どんな手を使っても勝ちたい!』じゃなくて『負けたくない!』みたいな。
皆はお互い協力しながら兄ちゃんの隣に立つことを目指してる。詳しい経緯は知らないけど、兄ちゃんを困らせたくない気持ちもあるような気がした。きっと優しいお姉さん達なんだ。
「サマラさんも言ってたけど、非常識なことを言ってる自覚はあるの」
「非常識な獣人が相手なので、それはいいんです。目には目をで」
「あはははっ!そうだね!」
「でも、コレは【同盟】という名の元での【勝負】ですよね?」
「そうだよ。私とアニカも姉妹だけど、恨みっこなしなんだ」
「わかりました…。私は…兄ちゃんが好きです。だから私も加入したいです。そして…皆さんに勝ちます!やるからには負けたくないので!」
2人を真っ直ぐ見つめる。
「そうこなくっちゃ!さすがだね!あと、チャチャ」
「なんですか?」
「誠に勝手なんだけど、私はチャチャを妹だと思ってる!これからもよろしく!それだけ♪」
「私もアニカと一緒だよ。妹が増えて嬉しいの。よろしくね」
「よろしくお願いします」
ふふっ…。
家に帰って自然と顔がニヤける。妹だと言ってもらえて嬉しかったな。2人を見ていて姉妹っていいなと思ってた。私には弟しかいない。しかも4人姉弟の長女だ。
ウイカさん達と話して、なんでも話せる歳の近い姉のような安心感があった。母さんとは違う初めての感覚。ライバルなのに、優しく接してくれる不思議なお姉さん達。今度はいつ会えるかな。
会いたくないと思っていたのに、掌を返したように現金な自分に驚きながらも、また会うときが楽しみになった。




