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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
212/715

212 ご迷惑をおかけします

 タオを離れたウォルトはトゥミエに戻ってきた。


 昨日までと違って町中には獣人の姿が散見される。ハルケ先生が薬を処方したんだろうか。すっかり回復していつも通りの獣人達は大声で会話して騒がしい。


 特に気にすることなく実家を目指して歩く。すると1人の獣人が近寄ってきた。その獣人は…ボクにとって懐かしく不快な匂いを漂わせる。あえて無視しようとしたけれど…。


「おい!ウォルト!」


 話しかけてきた男に向き直って答える。


「久しぶりだな。シルバ」


 男は直ぐ傍に立つ。ボクより一回り大きい豹の獣人。身体を覆う斑な毛皮に加えて鋭い眼光。しなやかな筋肉に覆われていて瞬発力が高そうな体躯。

 

「お前、まだ生きてたのか?なんだその変な眼鏡は?獣人のくせに気持ち悪ぃ」


 耳とヒゲが勝手に動く。


「言ってくれるな」

「ククッ…!若作り母ちゃんの乳でも飲みに来たのか?」


 ゲスな笑みを浮かべても動じない。


「なにか問題あるのか?」


 無表情で聞き返すと、シルバは可笑しさを堪えきれない様子で続ける。


「さっさと愛しの母ちゃんが待ってる家に帰れや…と言いてぇとこだが、俺は病み上がりなんだよ」

「だからなんだ?」

「身体がちゃんと動くか知りてぇんだよなぁ。ちょっと付き合ってくれや」


 大きく溜息をつく。シルバは、トゥミエに住んでいた頃に難癖つけては絡んできた因縁のある相手。この町で最もボクに危害を加えた獣人でもある。


 病み上がりってことは、コイツもズーノシスに罹っていたということか。そして、薬を処方され回復した。元気になっていきなり人を殴りたいとほざく。


 笑えるな…。でも後悔はない。


「別にいいけどお前は大丈夫か?」

「あん…?」


 シルバはピクリと眉を動かす。


「せっかく病気が治ったのに、しばらく動けなくなるかもしれないけどいいのか?」

「…どういう意味だ?」

「そのままの意味だ」

「殴られすぎて昔のことも忘れちまったのか?はぁ…可哀想になぁ……。……死にてぇのか?」


 低い声で睨みつけてもボクの表情は微塵も崩れない。もう飽きた。人生でどれだけ威嚇されてきたと思ってる。


「それは勘弁だな。ククッ!」

「ツラ貸せやクソ猫が…。思い出させてやるよ」


 年を取っても変わらない。成長する気がないのか?それともできないのか?シルバを追って路地に入ると、変わらず気持ち悪い笑みを浮かべて揶揄する。


「オイ、ボンクラ猫!思い出したか?よく、お前が泣きながら俺に謝ってた場所だ!ククッ!」


 ふぅ…。気分が悪い。


「よく覚えてる。ボクはお前と違ってバカじゃない。やられたことは忘れない」

「お前…気の利いたこと言うようになったなぁ」

「なにか面白かったか?つくづく頭がめでたい。速く駆けることだけが自慢の狩猟豹(チーター)は」


 狩猟豹は豹に似て非なる獣。獣人は自分の種族を間違えられるのを嫌がる。


「テメェ……八つ裂きにしてやる…!」


 …面白い。


「さっき言ったことを覚えてるか?」

「なんだと…?」

「もう一度だけ言う。しばらく動けなくなるけどいいのか?」

「口ばっかりのドラ猫が…!死ねやぁ!」


 度重なる挑発に耐えきれなくなったのか、シルバは血相を変えて殴りかかってきた。豹の獣人らしく素晴らしいスピードとしなやかな動きで迫りくる。


「お前らの……能力だけは羨ましいと思う」



 ★



 路地に入っていく2人を遠くで見つめる者がいた。


「あれは…ウォルトと……シルバか?」


 診療所の外までタバコを吸いに出てきたハルケは、路地に入っていく2人を偶然見かけた。起こり得る事態を敏感に感じて、急いで診療所に入りミシャに声をかける。


「ミシャ!ちょっと来てくれ!ウォルトがシルバと路地に入っていった!」

「えっ!?すぐ行く!」


 すっかり回復しているミシャは、直ぐにピンときたみたいだ。話が早くて助かる。人間の俺ではなにかあっても獣人を止める力を持たないが、同じ獣人のミシャならなんとかなるかもしれない。まだ途中だった片付けをやめてミシャは駆け出した。


「シルバの奴…。いい歳こいて変なことするなよ!」

「あの子は未だに思考が子供だから危ないのよ!」


 外に出た俺とミシャは一目散に路地に向かって走る。直ぐに到着して入口に立っても奥から声は聞こえてこない。移動してしまったのか?それとも…殴り倒されてしまった?


 細い路地に足を踏み入れると、前方の暗がりに白い毛皮が見えた。ウォルトの後ろ姿だ。


「ウォルト!」


 声をかけるとウォルトはゆっくり振り向く。


「……先生?ミシャさんもどうしたんですか?」

「どうしたって…。無事だったか。シルバはどうした?一緒にいただろ?」


 ウォルトは足元に目を向ける。視線を移すと、顔中血塗れで倒れているシルバの姿。


「シルバ!大丈夫かっ?!」

「大丈夫!?」


 抱き起こして呼びかけても「うぅ…」と唸るだけだが、ちゃんと息はある。シルバの顔を見れば鼻は潰れて歯も折れている。腫れてしまった両目は開いてない。暗くてよく見えないが、他にも怪我している箇所がありそうだ。


 それにしても、見かけてからまだ数分しか経っていないはず。どうやればこんなにボロボロになるんだ…。


 マードックがいなくなった今となっては、シルバはトゥミエに住む獣人で1番の強者と云われている。ましてや相手は…。ウォルトに目をやると白い両拳が血に染まっていた。


「お前がやったのか…?」


 ウォルトは無表情のまま答えない。だが、直ぐに困ったような表情を浮かべた。


「先生…ミシャさん…。申し訳ないんですが、コイツの処置をお願いしていいですか?治療費を母さんに伝えて下さい。ボクが必ず支払います」


 シルバの傍に近寄ってウォルトが呟く。


「シルバ。聞こえるか?」

「クソ……猫……野郎…」


 目が開かないシルバが絞り出すように応えると、耳元に顔を寄せた。


「ボクの家族に少しでも絡んだりしたら、次は八つ裂きにして殺してやる…。お前の家族も恋人も皆殺しだ。忘れるな」


 そう告げて嗤うと、シルバは眠ったかのように意識をなくした。


 初めてウォルトの獣人らしさ…凶暴な部分以外を目にして鳥肌が立つ。

 今までに見たどの獣人より危険な匂いを発している…。町を出てからどんな生き方をしてきたんだ…?

 直ぐに柔らかい表情に戻ったウォルトは、「よろしくお願いします」と告げて立ち去ろうとしたが、咄嗟に呼び止める。


「ウォルト!」

「なんでしょう?」


 シルバから絡んだのは間違いない。そしてウォルトは気付いているだろう。今回の原因を作ったのは…俺だ。

 昨日までズーノシスで寝込んでいたシルバは、俺が処方したウォルトの薬で回復して知らずに恩人に絡み返り討ちにあった。恩を仇で返すことすらできてない。


「俺のせいで…迷惑をかけたな」

「気にしてません。先生は悪くない」

「獣人達は元気になったが…ちょっと元気になりすぎたみたいだ。金なんかいらない。コイツのことは任せておけ」


 俺の言葉でハッ!としたミシャも頭を下げる。


「本当に助かったの!昨日は疑ってゴメンね!ウォルトを傷つけるつもりはなかったの!」


 ゆっくり振り向いたウォルトは「わかってます」とミシャに微笑む。直ぐに前を向いて歩き出し路地から姿を消した。



 ★



 陽に照らされた場所に向かいながら脳裏をよぎるのは、アイヤばあちゃんの言葉。


「無茶しないでおくれよ」


 シルバと再会して、いきなり母さんや師匠のモノクルを揶揄された挙げ句、過去に受けた仕打ちを鮮明に思い出した。

 ボクは…今でこそ綺麗な風体になったけど、小さな頃は毎日のようにシルバ達に苛められて、殴られたり毛を燃やされたり千切られたり、体中が傷だらけハゲだらけの見るに耐えない姿をしてた。

 両親に心配ばかりかけて毎日のように泣いて過ごしていた。涙と屈辱にまみれた最低の日々。 そんな仕打ちを受けた相手でも思い留まれたのは、ばあちゃんに会ったばかりだからかもしれない。


「ちょっとは小綺麗になったな。クソ猫」


 脳裏に浮かぶのは師匠に言われた言葉。師匠の魔法を身を以て受ける修練の際に、全身に何度も高度な『治癒』をかけられたことで、毛皮を掻き分けて見ないと気付かれないくらいまで傷が目立たなくなって毛並みも整った。

 それとなく聞いたら「たまたまに決まってるだろボケ。どこに見返りなしでドブ臭い野良猫を治療するアホがいる」と言われたけど、師匠なりの優しさだと確信していて多大な恩を感じてる。恨み辛みに支配された心を、少しでも軽くしようとしてくれたんだ。

 ボクは優しい人に助けられてばかり。思い出した言葉に胸が温かくなって、同時に師匠の物言いに対する怒りも込み上げる…。


 虫の息になるまでシルバを痛めつけて、殺してやりたいという衝動に駆られたけど、怒りに取り込まれることなく思い留まれたことにホッとしてる。

 ティーガやシルバのように、人を苛めて喜ぶ奴の気がしれない。知りたくもない。怒りに任せて人を殴ると、自己嫌悪なのか冷静になってから胸糞悪くなる。

 今だって因縁の相手を殴ったにもかかわらず最高に気分が悪い。昨日殴ってしまったアルクスさん達にも申し訳ない気持ちで一杯だ。


 アイツらのようになりたくないからコレでいい。でも、わかってる。ボクはきっと同じことを繰り返す。この先も怒りに任せて失敗する。自分のことは自分が一番よくわかってるんだ。

 だけど、最後の一線を越えないことが大切だと思えばそれだけで気が楽になる。結果守れなかったとしても後悔しない選択でありたい。


 獣人だから恩は忘れない。大恩あるハルケ先生達にまた借りができてしまった。種族も地位も関係なくどんな者でも分け隔てなく平等に治療するハルケ先生とミシャさんを心から尊敬している。ボクはそのおかげで今があるから。

 シルバを治療したこともハルケ先生にとっては当然のこと。ボクには絶対にできないことを昔からやり続けている2人にいつか恩返しできたら。過去の分も含めて次来たときはなにかしらお礼をしたい。

 




 家に帰ると、笑顔の母さんが出迎えてくれた。父さんは今日も仕事に出てるみたいだ。病み上がりに無理してなきゃいいけど。


「お帰り!お茶でも飲んでゆっくりしなよ!」

「ありがとう」


 お茶は当然ボクが淹れるけども。


「はぁ…。やっぱりアンタの淹れたお茶は美味しい!ところで母さんは元気だった?」

「元気だったよ。危うく番にされそうになった」

「…意味がわかんないけど、とにかく無事でよかったよ。過激なばあちゃんに会わせるのが申し訳なくてね」

「ばあちゃんは優しいよ」

「どこがよ!昔っから騒いだら拳骨だし、反抗しても拳骨だし、悪戯しても拳骨だったんだから!」


 頬を膨らませる三毛猫母さんだけど、最後のは当たり前だし、ほぼ自業自得。


「母さんの叔父さんにも会ったよ」

「アタシの叔父さん?」

「ばあちゃんの弟でアルクスさんっていうんだ」

「名前しか知らない。母さんの弟……熊だよね?」

「そう。熊」

「ゴツいんでしょ?骨太母さんみたいに」

「まぁね。優しくていい獣人だった」

「母さんの弟なのに?」

「だからばあちゃんは優しいんだって」

「アンタとは平行線だね。水と油…いや猫と鼠だ!」


 ボクとラットは仲良いけどなぁ…。通説では猫と鼠は天敵らしい。ちなみに犬と猿もだ。動物の世界だけで獣人の種族には関係ないのか?それとも迷信なのか?


「そんなことより、母さんに頼みがあるんだけど」

「なに?」

「さっきシルバが絡んできたから立ち上がれないくらいまで殴った。多分大丈夫だけど、アイツになにかされたら直ぐに教えてほしい。直ぐに帰って来る」

「はいよ。アンタの気分は晴れたの?」

「いや、気分は悪い」

「いいんじゃない。獣人だからって暴力ふるえばいいってもんじゃないから」


 どうでもいいって感じで母さんは笑う。


「ボクは元々争いが好きじゃないんだ」

「知ってるよ」

「今は降りかかる火の粉を振り払えるくらいになった。ただ、新しい火種を作ることは避けたいと思ってる」

「ほう」

「でも、ボクの行動で母さん達に迷惑をかけるかもしれない。その時はゴメン」

「気にしなくていいって。アンタは昔から手がかからなかったし、やられることはあっても人にケンカを売るようなこともしなかった。悪さする気はないでしょ?」

「もちろん」

「アンタは獣人なんだから、やられたら思う存分やり返せばいい。それで私達になにかあってもアンタは悪くない。ただの逆恨みだからね」

「…ありがとう」

「で、アンタはいつ帰るの?」

「夕方には帰るよ」

「泊まってもいいんだよ?」

「大丈夫。また来るし、父さんに悪い」

「なんでよ?ストレイも喜んでるじゃん」

「それは嬉しいんだけど…」


 首を傾げる母さんは、やっぱり気付いてない。いつまでも両親には仲良くいてほしいな。


「そういえば、ばあちゃんが母さんが先に死んだら父さんを番にもらうって冗談で言ってたよ」


 揶揄うように告げてみた。


「なっ…!?あんニャろう…。ストレイを狙ってたなんて…。今度会ったら秘伝のスープを飲ませて息の根を止めるしかない!」

「そんな物騒な…」


 そういえば、ばあちゃんもアレを作れるんだと今さらながら気付いた。むしろ、伝授したのはばあちゃんか。


「父さんがサバトじいちゃんに似てるから気に入られてるんじゃないか?」

「優しいところはそっくりだからね。ストレイは体格も熊に近いし。まったくクマったもんだ…」

「………」

「なんとか言いなさいよ!」


 その後、しばらく談笑して夕方前に帰路についた。これ以上父さんを恥ずかしがらせて困らせたくなかったし、両親の惚気る姿を見るのも意外にキツい。


 こうして久しぶりの帰省は幕を閉じた。

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