211 自慢の孫
結局、遅くまで飲み明かした里の住人とアルクス一行。
アルクスさん達は空き家になっている家に泊まることになった。子供達は「アイヤと寝たい!」と言うので、ボクとともにばあちゃんの家に泊まった。
ばあちゃんの周りに子供達が寄り添って眠ったけど、イビキが地鳴りのようにうるさいから『沈黙』で静かに眠らせる。寝てる間も豪快だ。
毛皮が暖かくて気持ちいいのか、子供達は幸せそうな寝顔。和やかな光景に笑みがこぼれる。
音を立てないよう外に出て夜風にあたると、山間部の風はひんやりと肌寒い。ぼんやりと夜空を見上げる。
ただばあちゃんに会いに来ただけなのに、様々な出来事が起こって目まぐるしい1日だった。怒りに任せてアジトに乗り込んで、大叔父に出会った挙げ句、殴ってしまうことになるなんて。
無茶なことをして皆を殺めなくてよかった。幾らか冷静さの欠片が残っていたから踏み留まれたんだ。アルクスさん達がばあちゃんを傷付けたことは許し難い出来事だったけど、事情を知れば仕方ないと思える部分が大きかったし、本人はすぐに笑って許した。むしろ「悪さをされていないのに、勝手に勘違いして絡んだアタシも悪い」と反省してたなぁ。
今となってはボクの行動が暴走に近いモノだったことは否めない。いや、単なる暴走だ。ばあちゃんは、アルクスさん達を殺してほしいと頼んでも怒り狂ってもいない。
突っ走ったのはボクの身勝手な行動。獣人だから仕方ない…と言えばそれまでだけど、冷静になって考えると短絡的で危険な思考だ。
最近では、スケ三郎さんがサマラにちょっかいを出したときや、銀狼のサヴァンさんが猫を侮辱した時も同様で、感情に任せて行動してしまった。
どちらもサマラやペニーのおかげで大事に至ってないから助かっているけど完全にたまたま。冷静に行動すればもっと上手く対処できていたはず。
直情的で純粋な怒りを抑えきれないのは、獣人である以上当然でボクは肯定してる。それでも…師匠のおかげで自制できているのかもしれない。
師匠に魔法を教わり始めた頃、この身に魔法を浴びて威力を知る修練を課された。身を焼かれたり凍らされたり、痺れさせられたりして何度も死ぬ目に遭った。
拷問のように辛い修練だったけど、あの修練のおかげで人に対して魔法を使うとどうなるのか身を以て学んだ。魔法の危険性について人一倍認識できたからこそ、人に向けて高威力の魔法を放たないよう思い留まれている気がする。
師匠は、獣人が魔法を使う危険性を危惧していたはず。人間やエルフのように理知的じゃなく、より感情に左右されやすい獣人が無闇に魔法を使うことを防ぐタメにあの過酷な修練はあったんじゃないだろうか。
魔法を使う側も受ける側も無駄に傷付くことがないように。
「ふぅ…。思い出しただけで吐きそうになる…」
つくづく師匠には敵わない。一見無茶に見えて信じ難い言動にも意味がある。何度も肌で感じてきた。決して認めないと思うけど…あの人は優しい。かなりの変人であることを差し引いても優しい。
元気にしてるかな。たまには帰ってきて顔を見せてくれたらいいのに。ばあちゃんに対して長いこと顔を見せていなかったボクも同じだけど…。
そんなことを考えながら、しばらく満天の星空を見上げていた。
★
「「「あいや!おきて!」」」
ウォルトはいつものように早く起きて朝食の準備中。聞こえてくる声に耳を澄ましている。
子供達の元気な声で目を覚ましたアイヤばあちゃんは、欠伸をしながらボリボリと身体のあちこちを掻いてるな。
「ふぁぁ~っ!おはようさん。よく寝れたかい?」
「ねれた!あいやは、さけくさいけどあったかかった!」
「そうかい。あたしゃアルクスより毛皮は少ないけどねぇ」
「あるくすは、けがかたくてくさい!」
「あはははっ!そうかい!まぁ、しばらく風呂に入ってなかっただろうからねぇ!」
まぁまぁ酷いことを言う子供達。けれど、一緒に眠るほどアルクスさんを慕っているということ。
「ウォルトならモフモフしてるんだろうけどねぇ。アタシに似てさ」
「うん!うぉるとはやわらかくてもふもふ!」
毛皮を褒められて思わず笑みがこぼれた。準備ができて台所から顔を出す。
「ばあちゃん、おはよう。朝ご飯できてるよ」
「おはようさん。アンタ達は腹へったかい?」
「「「へった!」」」
「じゃあ朝飯にしようかね!」
円卓を囲んで朝ご飯を皆で食べる。
「おいしい~!」と笑顔を見せる子供達と「もったいないからこぼすんじゃないよ」と甲斐甲斐しく世話するばあちゃんは、まるで本当の祖母と孫のよう。
そうこうしていると、アルクスさん達が訪ねてきた。よく眠れたのかスッキリした表情を浮かべてる。
「お前は朝から忙しいな」
「好きでやってます。皆さんも朝食いかがですか?」
皆にも朝食を差し出すと、勢いよく食べ始めた。
「俺らはこのあと話し合いだ。飯食ったらさっさと行くぞ」
「おうよ!」
腹を満たすと立ち上がって家を出て行く。その足取りは、昨日までと比べものにならないほど逞しく感じられた。
ほどなくして話し合いを終えた皆が戻ってきた。
「アイヤ。今日から俺らもタオで世話になることになった。よろしく頼むぜ」
「そうかい!特にアンタにはしっかり働いてもらうから覚悟しときな!」
「うるせぇな。わかってるよ」
「あるくす。ここにすむの?」
「あぁ。いいか?」
「やったぁ~!」
飛び跳ねてはしゃぐ子供達。その様子を見つめる大人達は優しい笑みをたたえている。
「ウォルト。ちょっと顔貸してくれや」
アルクスさんに付いていくと、里の中をゆっくり歩きながら話し合いの内容を伝えてくれた。
里の住人としても、アルクスさん達に住んでもらって人手が増えるのはいいことだと感じた。同じ釜の飯を食って、互いに胸の内を話せたことで、悪い奴らではなく共に暮らしていけるのではないかと思えたと。タオには過去に似たような経験をした人もいて、後押しもあったみたいだ。
「アイヤと相撲をとった甲斐があったみてぇだぜ」
里に出現する獣や魔物はばあちゃんが倒してくれていたけど、アルクスさんの力を見て頼もしいと感じた。狩りの上手さにも驚いて、なによりアイヤの弟だから信用できると言ってくれたらしい。
「嬉しいですね」
「あと、ガキ共の存在もデカかった」
若者がいないタオの住人達は、元気で無邪気な子供の姿に癒されて皆で可愛がりたいと言ってくれた。
「アルクスさん達は…よかったんですか?」
「どういう意味だ?」
「アルクスさんが動けるようになったら、皆を食べさせることも可能でしょう?ボクやばあちゃんは余計なことをしてませんか?」
ボクの問いにアルクスさんは苦笑して答える。
「してねぇよ。俺もアイヤもいい歳だ。いずれ動けなくなる。長い目で見たら絶対にこの方がいい。それに…」
「それに…?」
「帰る家があるのは…やっぱいいもんだろ?」
笑みを浮かべるアルクスさん。
「お前には色々世話になったな。もう帰んのか?」
「はい。今日戻ろうかと思ってます」
「そうか。ガキ共が泣くぞ」
「大丈夫です。会うのは最後じゃないですし、なにより皆がいます」
「だな。そろそろ帰るか」
「戻りましょう」
ばあちゃんの家に戻ると、子供達は外に遊びに行ったらしく姿はなかった。
「俺はガキ共を見張ってくるわ。調子に乗って森にでも行かれたらたまらねぇ」
「アンタが迷子になるんじゃないよ」
「なるワケねぇだろ」
アルクスさんは子供達を探しに向かった。本当に気が利いて優しい獣人。
新しい住人を招き入れたタオの里は、これから明るく変化するだろう。たった1日だけど慕ってくれた子供達との別れに寂しさを感じる。クローセのときと同じで会えば辛くなる。
帰るなら今か…と準備を整えて声をかけた。
「ばあちゃん。トゥミエに帰るよ」
「そうかい。アンタには山ほど世話になったねぇ」
「大袈裟だよ。なにもしてないし家族なんだから気を使わないでほしい」
「アンタは…ホントにサバトにそっくりだねぇ。この際、孫でもいいから番にしようか…」
とんでもないことを言い出す。苦笑いしかできない。
「なんでそうなるのさ」
「…い~や!アンタはサバトの生まれ変わりだ!相撲でも負けたし…。あたしゃ決めたよ!」
目が完全にイってしまっている。
「ばあちゃん!ちょっと落ち着こう!」
掴まえようと迫るばあちゃんから逃げるように家を飛び出した。
「一旦落ち着いてボクの話を聞いてくれ!」
「やかましい!黙ってお縄につきな!」
最後にゆっくり話したかったのに、なんでこうなった?!全力で追ってくるばあちゃんから逃れて、そのまま里の外まで逃走する。
駆けるのはボクの方が速いけど、巨体なのにさほど遅れずに追走してきた。かなり距離をとって息を整えているとばあちゃんは笑う。
「またいつでも会いにきな!それまで元気でやるんだよ!」
大きく手を振ってくれて、ばあちゃんの心遣いに気付いた。このままボクを帰してしまうと、ばあちゃんが暴走した挙げ句、追い出して帰してしまったことになる。
最後は明るく、そしてバカバカしく見送ってやろうという祖母の優しさ。辛気臭いことが嫌いなアイヤばあちゃんらしい別れ方。
口に出したワケでもないのに「あとはアタシに任せな!」と言われた気がして胸が温かくなる。
「また会いに来るよ!」
ボクも大きな声を出して手を振る。ばあちゃんが笑ってくれたのを見て微笑むと、振り返ることなく駆け出した。
★
「えぇ~!うぉるといないの!?」
「さみしいよぉ!」
「つれもどして!」
案の定、子供達はウォルトが帰ったことを知って騒ぎ出す。アイヤはふっと鼻で笑った。
説明しとこうかね。
「アタシが帰らせたのさ。また来るから心配いらないよ。いい子にしてたらもっと美味い飯を食わせてやるってさ」
「ほんと!?いいこにする!」
「おれも!」
「わたしも!いいこになるから、うぉるととけっこんしたい!ごはんおいしいから!」
「あはははっ!そうかい!なら、なおさらいい子にしとかないとねぇ!ウォルトはモテるよ」
「まけないもん!」
よっぽどウォルトを気に入ったんだねぇ。まぁ見る目があって嬉しいけどさ。隣に立ってるアルクスが小声で話しかけてきた。
「おい。1つ教えろや」
「いきなりなんだい?」
「ウォルトは俺になにをした?知ってんだろ」
予想外の質問に少し困る。勘がいい弟だねぇ。どう答えようか。アルクスは昔から生意気で熊のくせに賢い。ちょっとウォルトに似てる。あの子にとっちゃ大叔父か。…教えてやろうかね。
「誰にも言わないって約束できるなら教えてやってもいい。あの子が内緒にしてるって言ってたからねぇ」
「誰にも言わねぇよ。信じろ」
「ウォルトは……魔法使いなのさ」
「なんだと…?」
「アンタの身体を魔法で治したんだよ」
信じられねぇ…って顔してるねぇ。まぁそうだろう。
「ホラ吹いてんじゃねぇだろうな?俺は何人も治癒師に診てもらった。全員無理だっつったんだぞ?」
「そんなのは知ったこっちゃない」
「アイツが俺に触れたのは相撲のときしかねぇ。そもそもアイツは獣人だ。魔法は使えねぇだろうが」
昔っから理屈っぽかったけど変わってないねぇ。面倒くさい奴だよ。
「信じるも信じないもアンタの自由だ。言っとくけど…アンタだから教えた。誰かに喋ったらぶっ殺す」
約束を破るなら、せっかくあの子が治してくれた弟をアタシが怪我させることになっても仕方ないか。
「お前の腕と腹の傷もウォルトが治したんだな…?」
「そうさ。アンタにやられた唐辛子の傷もな!」
「しつけぇな。けど、そうか…」
刺されたり切られた傷も、唐辛子で真っ赤に腫れた顔もすっかり元通りで、アタシの身体には傷1つ残ってない。いくら獣人の回復力が凄くて傷薬を使ったとしても、普通は綺麗に治らないんだよ。あの子は大したモンだ。
里の連中は『アイヤは化け物だからな』と思ってそうだけどねぇ。…顔に書いてあるんだよ!
「お前の孫は…とんでもねぇ奴だな…」
「アンタと違ってアタシの自慢の孫だからねぇ!」
「ぬかせ。お前も俺の自慢じゃねぇよ。恥だ」
「こんのバカ弟がっ!ぶん投げてやるから土俵に行くぞ!」
「調子に乗るなよババアが!望むところだ!」
互いに笑って土俵に向かった。




