210 語り合おう
相撲をとり終えたあと、ばあちゃんが里の住人達に声をかけた。
「ちょっと言いたいことがあるんだよ。聞いてくれるかい?」
集まる里の住人達。
「弟は、近くの森で何人かとはぐれ者みたいな生活をしてる。ソイツらをタオに住まわせてやりたい」
突然誰も予想していないことを言い出した。アルクスさんが驚いて口を開く。
「おい!ふざけんな!誰もそんなこと頼んでねぇだろ!」
「アンタは黙ってな!」
「なんだと…!?」
ばあちゃんは睨むようにアルクスさんを見る。
「お前のとこには年寄りや小っちゃい子供もいるんだろうが!ろくに飯も食わせてやれない奴が偉そうな口を叩くんじゃないってんだ!」
「ぐっ…!」
アルクスさんは黙り込んでしまう。そこからばあちゃんは、アルクスさん達の事情を語り始めた。里の住人達は真剣に話を聞いている。
「…と、まぁそういうワケだよ。里にも余裕はないし、どんな奴らかアタシも知らない。だからまずは会って話してみたいと思ってるのさ」
「なるほどな…」
「そんな奴らがいるのか…」
里の住人達は、突然の申し出にも頭ごなしに反発しない。タオは若者がいない里だ。年齢も老人と言っていい歳の者ばかり。もし悪い者でないのなら、里に若い働き手が増えることに反対する理由もない。
「タオがゆっくり廃れていくのも悪くない。けど、新しい風が入ってくるならそれもいいと思った。ただ、アタシが勝手に言ってるだけでアンタ達の話もソイツらの話も聞いてない。これから皆で決めたい」
「ソイツらが住みたくないと言ったらどうすんだ?」
「そんときは今まで通りさ。なにも変わらないよ。無理強いする理由もないだろ」
「そうか。ちょっと話してみたい」
「確かにな。気になる」
「このままもいいけど、里の住人が増えるのは悪いことじゃない…とは思う」
「出ていったり亡くなっちまったりで家も余ってるしな」
話し合う住人達を横目に、ばあちゃんがアルクスさんに告げる。
「あたしゃ会ってみたいと思ってる。アンタが勘弁っつうんならこの話はなしだ。どうすんだい?」
「………待ってろ。アイツらと話してくる…」
「わかった」
黙って話を聞いていたけど、そういうことならボクにもできることがある。
「ばあちゃん。布が余ってない?古くてもいいんだけど」
「なにするんだい?」
「服を作るんだよ」
「なるほどねぇ。じゃ、とりあえず帰るとしようかね」
とりあえず解散してそれぞれに帰っていく。アルクスさんはしっかりとした足取りで一足先にアジトへ帰った。
家に戻ってばあちゃんと貫頭衣を作っていると、なぜか溜息をついた。
「はぁ…。アンタは器用でなんでもできるねぇ。番がいらないじゃないか」
「そんなことないよ。ところで…」
「なんだい?」
「ばあちゃんは刺したのがアルクスさんだって気付いてたんだね」
ピタリとばあちゃんの動きが止まる。
「…しびれるねぇ。なんでわかったんだい?」
「アルクスさんが刺したって伝えたとき、動揺した匂いがしなかったから」
「アンタの鼻は凄いねぇ…。あのバカが訪ねてきたとき、微かに懐かしい匂いがしてね。もしかして…くらいに思ったのさ」
「今思えば、「無茶しないでくれ」って言ったのもアルクスさん達のことも心配してたんだろう?」
「アンタもアルクスも…どっちも心配だったのさ。……ウォルト」
「なに?」
「アイツの身体を治してくれてありがとうよ…。アンタの魔法だろう…?なんてお礼を言っていいか…」
ばあちゃんは俯いて鼻をすする。
「お礼なんていらないよ。本当にたまたま上手くいっただけだ」
確かに休憩しているときに背骨を魔法で治療した。今のボクにできる全力で魔法を付与したけど、治る保障なんてなかった。
「アルクスさんはボクの大叔父さんだし、全力の相撲を見たかった。それに、あの人は優しい獣人だから治療したいと思っただけで」
「ミーナはいい息子をもったねぇ…。いや、ストレイのおかげか。ミーナが死んだらストレイを番にもらおう!あははは!」
「ばあちゃんが言うと洒落に聞こえないよ」
母さんよりばあちゃんの方が長生きしそうだ。会話してる内に服を縫い終えた。手早くリュックに詰めて出発する。
「じゃあ行ってくるよ」
「気を付けて行きな。まぁ、アンタは心配いらないか」
洞窟に到着すると、皆は既に出ていく準備を終えていた。アルクスさんが前に出る。
「コイツらも話してみたいとよ」
「そうですか。皆で行きましょう」
皆に作ってきた貫頭衣を渡す。
「よかったら着替えてください」
「悪いな。恩に着るぜ」
「汚ぇ服しか持ってねぇもんな」
「気にしないで下さい」
皆はそそくさと着替える。ボロボロの服はとりあえず放置して里に向かうことに。小さな子供達はボクとアルクスさんの肩に乗せたり、背負ったりして連れて行く。
「たか~い!」
「きもちいい!」
「うぉるとのかおはもふもふ~!」
「ボクの顔にしがみつくのは危ないよ。せめて肩に…」
「やっ!」
「まいったなぁ…」
ボクの顔には子供がよじ登りたくなにかがあるのかな?サマラの言う『崖案件』的な。
「俺もモフモフだろうが!グワハハ!」
アルクスさんは自慢気に笑ったけど…
「あるくすのけはかたい!」
子供達にバッサリ斬られてショックを受けてる。毛が硬いと言われるのは、獣人にとって『年をとった』と言われているのと同義だからだ。地味にキツい一言。
歩を進めてタオに到着すると、まずはばあちゃんの家に向かうことに。
「ただいま。皆を連れてきたよ」
「おかえり。…おぉ!子供が沢山いるねぇ!」
呼びかけに応じて突然現れた大柄の獣人おばあちゃんに驚いたのか、子供達はボクの後ろに隠れる。
ニヤリと笑ったばあちゃんは、回り込んで素早く子供達を捕まえると肩に乗せてやった。
「あたしゃアイヤって言うんだ!アルクスの姉ちゃんで、ウォルトのばあちゃんだよ!そんなにびびりなさんな!」
「えぇ~!ほんとに!?」
「あるくすににてないからわからなかった!」
「わかいしびじん!」
「うぉるとはかっこいいけど、あるくすはぶさいく!」
「お前ら…」
「「「あはははは!」」」
なにか言いたそうなアルクスさんはさておき、子供達の無邪気な姿に皆が笑顔になる。
「汚れちまってるねぇ。風呂でも入りな。話はそのあとだよ」
「おふろ!?」
「はいりたい!」
「うぉるとといっしょにはいりたい!」
「ボクと入ると狭くなるけどいい?」
「「「いい!」」」
「そっか。じゃあ行こうか」
ボクが子供達と入浴している間に、大人達は里の住人達と話すタメに里の集会場へ向かった。
「うぉると!ぬれたらもっとやせてる!」
「ほんとだ!ねこみたい!」
「もふもふじゃない!」
「毛がペタッとなるからね。みんな洗い終わったかい?」
「「「おわった!」」」
「じゃあ、あがろうか。みんな集まって」
タオルで子供達の身体を拭いてあげると、汚れを落としてスッキリしたのか元気に家の中を走り回る。子供は元気な姿が一番似合う。
浴槽の汚れた水を捨てて『水撃』で水を張って湧かし直す。そうこうしていると大人達が帰ってきた。
「どうでした?」
アルクスさんに訊く。
「詳しい話はまだこれからだ。けど、悪い印象はもたれなかったみてぇだな」
「…そうだ。今日は懇親会をしませんか?」
「懇親会ってのはなんだ?」
「同じ釜の飯を食うって感じですね。ボクが料理を作ります。里の皆とアルクスさん達で一緒に食事すれば話もしやすいと思って」
「お前がコイツらと打ち解けたようにか?」
アルクスさんが皆を指差してボクは頷いた。
「皆さんがお風呂に入ってる間に、ボクが食材を採ってきます。時間を決めてやりましょう」
「よし!決まりだね!ウォルト、料理は頼んだよ!」
「なんでもかんでも頼めねぇ。俺も狩りに行く。アイヤ、弓持ってたら貸せ」
「アンタにやれるのかい?」
「どこも痛くねぇ。昔から狩りは俺の方が上手かったろうが」
「病み上がりのくせに言うじゃないか」
「じゃあ、肉はアルクスさんにお任せします。ボクはその他を集めてきます」
「任せろ」
ボクとアルクスさんは皆に見送られて食材集めに向かう。
日が暮れる前に里に戻ると、アルクスさんは既に戻っていた。しかも、体格のいいカーシを3匹も仕留めてる。
「うぉると!あるくす、すごいんだよ!」
「そうだね。本当に凄い」
改めて獣人の能力の高さに唸る。何十年と満足に動けなかったのに、いくら回復したとはいえこの短時間で狩りを成功させて平然としてる。
ボクからすれば信じられないくらい凄いけど、サマラもそうだった。普通の獣人にとっては当たり前のことなんだな。
「おぅ、ウォルト。ちっとだが獲れたぞ。この人数なら充分だろ。…なに変な顔してんだ?」
「いや、ボクは狩りが下手なんで凄いと思って」
「狩りは続けてたからな。当たりにくかったけどよ。じゃなきゃ今頃死んでる」
それもそうか。アルクスさんもボクと同じで1人で生きていたんだ。
「食材は充分です。準備を始めます」
調理を始めると、アルクスさん達も代わる代わる風呂に入って綺麗に身なりを整えた。ばあちゃんは腕にしがみつかせた子供達を振り回して遊んでる。昔から薄々感じてたけど、ばあちゃんは子供好きだ。とてもいい表情。もしかして、ボクの子供好きは遺伝なのか?
懇親会の開始に合わせて、皆で一緒に食べられる料理を作り終えた。今回は鍋を作って文字通り同じ釜の飯を食べてもらおう。時間を迎えたので里の集会場へと料理を運んで、いよいよ懇親会が始まる。
まずはばあちゃんの第一声。
「よく知らない者同士だけど、楽しくやろうじゃないか!細かいことは気にするんじゃないよ!」
全員で並べられた料理を食べ始める。
「美味い!こんな美味い料理は生まれて初めて食うぞ!」
「ウォルトは獣人なのに料理人なのか!?」
「我が孫ながら信じられないねぇ…」
「確かにな…。お前…マジで獣人なのかよ…?」
「おいしいよ~!」
概ね好評みたいでよかった。タオは年配者が多いから味付けを薄めにしたけど、その分しっかり出汁をとってコクを出したのがよかったかもしれない。
「たくさん作ってるので、どんどん食べて下さい。アルクスさんの獲った肉もまだあります」
料理を食べながら会話も弾んでる。ビスコさんも言ってたけど、食べてくれた人の笑顔がなによりの報酬。里の住人もアルクスさん達も関係なく話をしている。
「おし!アタシが酒を出してやる!ウォルト、台所にあるから持ってきてくれないかい!アテも追加で頼むよ!」
「わかった。任せてくれ」
酒を取りに向かう。こんな山間の里では、たまの行商が訪れる以外に酒を買う手段はない。穀物を発酵させて作った濁り酒はばあちゃんの自作だ。
大きい徳利のような容器に入った酒の匂いを嗅いでみると、強い酒精の香りがする。酔ってしまいそうで直ぐに蓋をした。
その後、運んできた酒を皆が飲み始めると、他の住人も家からそれぞれ酒を持ち寄って大宴会と化した。
アルクスさんの同居人の中には、久々の酒をじっくり味わう者、涙ながらに辛い過去を語って想いを吐き出す者、ともに涙を流す者、陽気になって踊る者まで様々。そこに垣根はない。
互いに寄り添い語り合っている。楽しそうで、少し苦しそうで、そして理解し合えたような…いい酒を酌み交わしている。ボクにはそう思えた。




