208 腹が減っては話ができぬ
ウォルトは魔力の糸を辿って森を駆ける。
予想通り一目散にアジトへ帰還してくれたようで助かる。木に絡みつくこともなく、糸は先へと続いていて見失うことはない。
全力で駆けること10分ほどで前方に洞窟のような場所が見えてきた。入口には見張りであろう山賊の姿が確認できる。
どうやらアジトで間違いないな。
「フゥゥッ…!」
さらに加速して疾走する。見張りが接近に気付いたようだが関係ない。
「白い獣人がきたぞ!」
情報が伝わっていたのか、見張りは錆びた鉄格子のような扉を閉めて洞窟の入口を塞いだ。
格子の隙間から何本かの矢が此方に向けられたのが目に入る。どうやら弓で狙ってくるつもり。
「やってみろ…」
獣の顔で嗤いそのまま突き進む。
「撃てぇっ!」
号令と共に数本の矢が放たれた。
『硬化』
身体に当たったはずの矢が弾かれて、山賊は驚いている。その後も何本か飛んでくるけど腕が悪いのか当たらない。チャチャなら1発で頭を射貫いているだろうに。駆けるスピードを落とすことなく洞窟に接近する。
「化け物だっ!奥に逃げろぉ!入ってはこれない!」
洞窟の奥へと待避する山賊達。古びた格子に到達して即座に詠唱した。
『破砕』
魔法の衝撃波で凄まじい音を立てながら鉄格子は吹き飛んだ。破片を踏みしめながら内部に侵入する。暗い洞窟も夜目が利くから関係ない。『周囲警戒』を詠唱すると、岩陰に隠れて待ち伏せしている数人の反応がある。
甘く見られているな。
『操弾』
「ぐおっ…!」
「がぁっ…!」
「ぎゃあぁっ!」
以前、マルソーさんから見せてもらった魔法『操弾』は既に習得してる。
完全に使いこなせてはいないけど、ボクが魔法を使うとは露ほども考えていない油断した山賊に躱されるようなことはない。
魔法で全方位を索敵しながら、同時に『操弾』で山賊を倒しつつ歩を進める。暗い洞窟内で謎の攻撃を受けた山賊達は大いに混乱してる。
倒した山賊に近寄り、武器を回収しては『漆黒』で消滅させる。『操弾』は相手を殺さない程度まで威力を抑えてるけど、およそ山賊らしくない年寄りなど息絶え絶えの者は『治癒』を使って回復させる。
ばあちゃんに危害を加えて、ボクを攻撃してきた山賊達を殲滅することに躊躇いはない。けれど、気がかりがある。確認するまで殺すようなことはしないと決めていた。
警戒しながら先に進むと、洞窟はさほど奥深い構造ではなく山賊は10人もいなかった。最深部に辿り着くと、上から微かに光が差し込む拓けた場所に出た。そこには意外な光景が。
「だれだ、おまえはっ!かえれ!」
「ねこか!ねこだな!」
「あやしいしろねこだ!」
威嚇してくる人間の子供達と…。
「お前が急に里に現れたって獣人か?」
「そうだ」
木の椅子に座る大柄の熊の獣人がいた。顔は熊そのものだけど、見たところ若くはない。身体は痩せ気味で体毛に白髪も交じって年齢はボクよりかなり上に見える。この男が山賊達の頭だな。
「熊の獣人は死ななかったらしいな?お前がなんかしたのか?」
熊の獣人はユラリと立ち上がった。子供達は、男の足にしがみついてボクを見つめている。
「ボクが治療した。長生きしてもらわないと困るからな」
「お前となんの関係があるのか知らねぇが、余計なことしやがって」
コイツは…。
「お前は……本当にそう思ってるのか?」
「んだと…?」
ボクの言葉に男は眉をひそめる。
「もしそうならお前が気に食わない」
「お前はなんだ…?なにが言いたい…?」
目を瞑り、自分を落ち着けるように息を吐いた。そして、ゆっくり瞼を開き男を睨む。
「お前は……なんでばあちゃんを刺したんだ?!」
大きな声を張り上げ、全力で間合いを詰めると闘気を纏った拳を振りかぶる。
「なっ…!?」
「ウラァァァァッ!」
「ぐはぁぁっ…!」
右拳を男の鳩尾に突き刺した。グルンと白目を剥いて力なく崩れ落ちる。驚いた子供達が倒れた獣人の周りに集まる。
「あるくすっ!?」
「あるくすっ!だいじょうぶっ?!」
「おきてっ!あるくすっ!」
名前はアルクス…か。なぜだ…。なぜばあちゃんを刺したんだ…。
「グルァ……」
熊の獣人アルクスが目を覚ますと、意外な光景が広がっていた。
「こりゃうめぇ!」
「おいし~い!」
襲撃してきた白猫の獣人と、笑顔で鍋をつついている仲間とガキ共。洞窟の中には美味そうな食いモンの匂いが漂う。
なんだ…?懐かしい匂いだ…。
状況を掴めないで混乱していると、目が合った猫人がガキにお椀を渡した。笑顔で駆けてきやがる。
「あるくす!たべて!うぉるとがつくってくれたんだよ!すごくおいしいんだから!」
「あぁ…」
椀を覗くと…。
「…なんで…コイツが…」
「あるくす、どうしたの?」
クソ…。思い出しちまった…。
山賊と子供達は満腹になって全員が幸せそうに眠ってしまった。ウォルトがアルクスの元へ歩み寄る。
「アルクスさん。初めまして。ボクはアイヤばあちゃんの孫でウォルトと言います」
アルクスさんは苦笑い。
「アイヤは…猫の獣人と番になったんだな。お前……俺が何者か気付いてんだろ?」
「ばあちゃんの兄弟ですね?」
「俺は…アイヤの弟だ。なんでわかった?」
「ばあちゃんと匂いが似てます」
「匂いでわかんのかよ…。いい鼻持ってんな」
「コレを返しておきます」
ポケットから巾着袋を取り出してアルクスさんに手渡す。
「どこで拾った…?」
「ばあちゃんの家です。ばあちゃんが暴れたんでしょう?その時に紐が切れたんだと思います。巾着袋のおかげで貴方の存在に気付きました。ばあちゃんに似てるけど違う匂いの持ち主に」
匂いを嗅いだときに気付いた。ばあちゃんの親族が刺したと思いたくなかったけれど。
「そうか…。アイツにゃ悪いことしたぜ…」
アルクスさんはポツポツと語り出す。アイヤばあちゃんとアルクスさんの姉弟は何十年と会っていなかった。互いに成人して実家を出てからは今日まで一度も。
ただ、ばあちゃんが番を見つけてどこかの里で暮らしていることだけは風の噂に聞いていた。
アルクスさんも違う街で仕事をしながら普通に暮らしていたけれど、仕事中に大きな怪我をして身体に麻痺が残った。
身体を上手く動かせなくなって、力をなくした獣人が他になにかできるはずもなく、直ぐに仕事も失った。家に戻るのも忍びなく、森でひっそり自給自足で暮らしていた。
そんな生活をしていたアルクスさんは、やがて様々な事情で森を徘徊する者達と出会う。同じように身体を壊して仕事ができなくなった者。恋人や家族に裏切られて行き場をなくした者。身寄りのない老人や親を亡くした子供達。
死ぬために森に来た者達を見捨てられなかったアルクスさんは、皆を保護して共に暮らしていた。だから、ココにいる者達は山賊でもなんでもなく世捨て人の集団。
「なるほど。だから山賊らしくないんですね」
「見た目はソレっぽいが弱ぇだろ?そもそも山賊でもなんでもねぇからな。自分の身くらい守れるように教えても、そうそう上手くいかねぇ」
ボクもおかしいと思ってた。かなりの年寄りや痩せっぽちの男達。食う物にも困っているような雰囲気を醸し出していて、まったく山賊らしくない。
里に現れたのに、盗られたモノもなければ絡んだばあちゃん以外には被害もない。普通なら里を荒らされて当然なのにだ。
そんなことが有るのか?と不思議に思っていた。だから、ばあちゃんも山賊紛いと言っていたんだろう。
「なんとか暮らしてたけどな…。人も増えたし、元々がなにもできねぇ者の集まりだ。最近じゃ食う物にも困っちまった」
「それで里に現れたんですか?」
アルクスさんは頷く。
「俺が知らねぇ内に、里の生活を偵察に行くって何人かで見に行ったんだと。できるなら少しでも食糧を分けてもらえればって甘い考えでな」
「そこでばあちゃんに会ったんですね」
「あぁ。戻ってくるなり『バカ強い獣人の女がいた!』って言われてな。山賊と間違えられて思わず刃物で斬りつけたんだとよ。今となっては…アイツに謝りようもねぇ」
「それで、なんで今日アルクスさんが来たんですか?」
「謝るつもりだった。うちの奴が粗相してすまねぇ…ってな。一緒に連れてったのはアイヤを斬った奴らだ」
「それがなんでばあちゃんを刺すことに?」
当然の疑問を口にする。
「念のために顔を隠していったけどよ、まさか相手がアイヤだと思ってなくてな。顔見た瞬間ビックリしちまった。思わず持ってた唐辛子を砕いた粉を投げつけたんだよ」
「それで、どうなったんですか?」
なんとなく先は読めるけど…。
「アイヤが「てんめぇ!ぶっ殺してやる!」って暴れ出した。止めようとしたけど無駄だった。目が見えてねぇのに捕まって、殴られてぶん投げられまった。目隠し相撲ってヤツだ」
やっぱりか。大暴れだったのは想像に難くない。
「もしかして、ばあちゃんが刺されたのは…」
「アイツに寄り倒された弾みで、ぼろっちい脇差しの鞘が割れちまって、暴れてる内にそのままな…。姉弟で…笑えねぇ…」
珍しく予想通りだ。やっぱり故意じゃなかったんだな。
「あとは…うずくまるアイヤを見て怖くなっちまった…。助けもせずに平然を装って他の奴に見張らせたまま逃げたってワケだ…。情けねぇだろ」
項垂れるアルクスさんに訊く。
「アルクスさんが、さっき言った言葉は本当ですか?」
「さっき…?」
「ボクが余計なことをしたって」
目を真っ直ぐ見て答えてくれる。
「お前には感謝しかねぇ。アイツを救ってくれてありがとよ。俺はただの見栄っ張りの臆病モンだ」
「もし、ばあちゃんが死んでたらどうするつもりだったんですか?」
アルクスさんは遠い目をする。
「…あの里に行って、ちっと暴れて誰かに殺してもらうつもりだった。わざとじゃなくても、家族を殺しておめおめと生きてられねぇだろ」
アルクスさんの告白にふっと表情を崩す。
「ボクは…ばあちゃんを殺そうとした奴らを皆殺しにするつもりで来ました。けど…」
「けど…なんだ?」
「貴方は噓を言ってない。他の皆と子供達も優しい人ばかりです。食事しながら話を聞いたとき、包み隠さず正直に答えてくれました。今はそんなつもりはありません」
「そうか。助かるぜ」
ばあちゃんの兄弟だと確信して、山賊や子供達の様子からアルクスさんが悪い獣人だと思えなかったから、山賊達を『治癒』で回復させて事情を聞いた。
皆は恩のあるアルクスさんと子供達を守るタメにボクの侵入を阻止したかったと言った。
このアジトを知られたくなかったのもそのせいで、刺し違えてでもボクを殺すつもりだったらしい。
話を聞いた後、髪を燃やしてしまった者も『治癒』で元通り治療して、里の近くに置き去りにしてきた者も食材探しついでに事情を説明して連れて帰ってきた。
なにが起きたのか理解できずしばらく混乱していたけど、あえて詳しい説明はしていない。自分達なりに解釈してもらおう。
「アルクスさん。一緒に行きませんか?」
「どこへだ?」
「謝りにです。昔を思い出したんじゃないですか?」
「やっぱ…さっきのはアイヤの飯か」
何十年も昔、まだ一緒に暮らしていた頃にアイヤばあちゃんが作った料理の味や匂いがしたはず。獣人の記憶力は決して他種族に劣らない。
「森で食材を集めて作ってみたんです。文句も言わず手伝ってくれて助かりました」
「美味いはずだぜ…」
「皆が起きたら行きませんか?」
断れないと思ったのかアルクスさんは苦笑い。
「その前に…ちっと眠っていいか…?」
「ゆっくり休んでください」
「悪いな…」
かなり疲れているはず。いつも子供達に自分のご飯を分けて食べさせていたらしい。だから大柄なのに痩せている。ばあちゃんの弟だけあって優しい獣人。森で師匠に助けられたボクは、助けられた皆の気持ちが痛いほどわかる。
久しぶりに満腹になって自然と眠くなったであろうアルクスさんは、大きな身体で座ったまま寝息を立て始めた。




