207 焦げると臭いよね
相撲をとって、ばあちゃんと会話しながら家に戻る。
すれ違ったタオの住人は皆ボクのことを覚えてくれていた。
「ウォルトじゃないか!大きくなったなぁ」
「ミーナは元気かい?」
「サバトに似てよかった」
「アイヤに似たら大変だったぞい」
「アンタら…。どういう意味だい…?」
凄んで威嚇してる。皆の冗談だろうに。
「ボクはばあちゃんに似てますよ。負けず嫌いなとこや料理が好きなところも。相撲も好きですし」
「いやぁ。いい孫だなぁ」
「ほんとにねぇ。アイヤが羨ましいよ」
なぜか好感度が上がった気がする。
「ところで、今日トゥミエに帰るのかい?」
「決めてないよ。ばあちゃんに会えたからいつ帰ってもいいけど」
「だったら、久しぶりに今日は泊まっていきな。飯も食わせる」
「ご飯を作るのはボクに任せてくれないか?」
「あたしゃ構わないけどアンタはいいのかい?」
「もちろん」
ちょうど昼前になってお腹も空いてきた。家にある食材では少し心許ないと感じたので、森に食材を採りに行くことに決める。
「ちょっと食材を採ってくるよ」
「気を付けていくんだよ」
祖母らしい一言が初めて出た…って言ったら怒るだろう。さっきまで孫を全力で押し潰そうとしてたからなぁ。
とにかく、食べてもらうなら美味しい料理を作りたい。食材はなるべく多い方が幅が広がる。
森に向かって駆け出した。
タオ周辺の森は動物の森の一部だけど、この辺りにはまったく土地勘がない。
探索しながら歩き回り、木の実や果物を必要な分だけ採取していく。自生している野菜も結構生えてる。天然物は抜群に美味しい。森の恵を有り難く頂こう。
今日は、途中で見かけたカーシも魔法で仕留めた。魔法で狩るならほぼ百発百中だけど、獣人の誇りにかけて弓の狩りで仕留めないと嬉しくない。
「こんなもんかな」
ちょっと待たせてしまったけど、時間をかけて収穫した食材を背負って里に戻る。
里に近付くとなにやら騒ぐ声が聞こえた。
なんだ…?ばあちゃんの家の前に住人達の輪ができてる。一気に加速して接近する。
「アイヤ!動くなっ!」
「じっとしておくんじゃ!」
人の隙間から血を流して倒れているばあちゃんの姿が目に入った。住人達が必死に手当してる。
「ばあちゃん!」
息を荒げたばあちゃんは倒れたまま目と鼻を真っ赤にして、手で押さえたお腹は血で赤く染まっている。
「ウォルト!山賊がいきなり襲って来やがった!」
「なにかを顔に食らって目と鼻をやられちまってる!」
「腹も刺された!ひでぇことしやがる!」
状況を伝えてくれた住人達は、必死の形相で傷口の出血を抑えてくれたり、水で顔を洗い流してくれていた。
「皆さん、ありがとうございます!あとはボクに任せて下さい!」
倒れたままのばあちゃんを『身体強化』を使って持ち上げた。
「「「うおぉ!すげぇ!」」」
皆が驚く中、そのまま家に駆け込んで部屋に寝かせると全力で『治癒』をかける。幸いにも傷は浅くて、直ぐに傷を塞いで目と鼻の腫れも治療した。
粘膜をやられてるな…。刺激物を食らったのか。
「ばあちゃん。どこか痛むところは?」
「助かったよ…。どこも痛くないから大丈夫だ。アンタの魔法は凄いねぇ」
「よかった…。傷は浅かったけど血は流れてる。油断しないでくれ」
「心配かけてすまないねぇ」
「刺した奴はどんな奴だった?特徴を教えてくれ」
「いきなり家に入ってきて、顔を出したらいきなり唐辛子の粉で目潰しさ。酷いことしやがるよ…。あたしゃか弱いお婆ちゃんだってのに…」
オヨヨ…と泣き真似をする。
「………」
ボクは貝になった…。口を開くと余計なことを口走ってしまいそうだ。
「一瞬で目も鼻もやられちまって、なにも覚えてないのさ。あとはアタシが闇雲に暴れたもんで何発か殴ってぶっ倒したかね?その内に刺されちまったんだよ」
「そうか。とりあえずゆっくりしてくれ」
「そういうワケにはいかないんだよ」
のそりと起き上がり、直ぐに外に出て心配して待ってくれていた里の皆に元気な姿を見せる。
「ありがとよ!おかげさまで元気になった!もう大丈夫だ!傷は浅かったし、こんなこともあろうかとウォルトがいい傷薬を持ってたのさ!」
あっはっは!と豪快に笑って、ホッとしたのか住人達も笑顔になる。
「もう治ったのか?!」
「よかったなぁ!」
「なにもできなくてすまねぇな」
「相変わらず化けもんだな!」
「誰だ!?人を化け物呼ばわりした奴はっ!!」
笑顔に囲まれているのを黙って見守っていたけど、不穏な匂いを嗅ぎ取る。
匂いは…風上から流れてくる。『身体強化』で匂いの元に駆け出すと、匂いの元は急に動き出したけど動きが遅い。
直ぐに汚い装束に身を包む山賊のような男の後ろ姿が見えた。風呂に入っていないのかひどい匂いを撒き散らしているおかげで気付けた。
里から少し離れた場所で追いつき、回り込んで男の前に立つ。人間の男の腰には脇差し。コイツがやったんだな…。
怒りを抑え静かに尋ねた。
「熊の獣人を刺したのは…お前か…?」
男は答えずに黙って腰の脇差しに手をかけた。
「答えないか……。いいだろう…」
「う… うぅ…」
あっという間に男は這いつくばった。脇差しで反撃をする間もなく、腹への一撃で無様に崩れ落ちた。冒険者でもない人間相手に魔法を使う必要もない。
「もう一度だけ訊く。言う気はないんだな?」
見下ろしながら近寄って、男の武器を取り上げて尋ねる。
「誰が言うか…」
「そうか…。残念だ」
『炎』で男の髪の先端に火を付ける。
「火がっ!?なんで!?」
髪を手ではたいても火は消えない。解除するまでは消えない魔力の炎。じわじわ進行するよう調節した。髪の焼ける匂いが辺りに漂う。
「なんで消えない!?熱いっ!!熱いぃぃっ!」
「そのまま頭を焼かれろ」
「火を消してくれ!頼むっ!」
「虫がよすぎないか?」
「わかった!教える!俺が刺したワケじゃない!俺はアイツが死ぬか見張ってただけだっ!」
「じゃあ誰が刺した?」
「俺らの頭だ!うわぁぁ!皮膚が焼けるっ!助けてくれ!」
そこで『炎』を解除する。
「火が……消えた…?」
「お前らの頭はどこにいる?言わないのなら……次は喋れるように口だけ残して目と耳から顔をジワジワ焼いてやる…」
意味もわからず大切な人を傷付けられて、黙っていられるほどお人好しじゃない。実行犯でなくとも容赦などしない。男は観念したように話し出した。
「隠れ家にいる…」
「案内しろ」
「それは勘弁してくれ!」
ふとあることに気付く。
「ところで…見張りはお前だけか…?」
男は問いに答えない。
「お前はボクを舐めてるな」
呆れて『炎』で男の服を燃やす。
「うわぁぁ!!やめろっ!言うから!もう1人いる!この火はなんだっ?!」
「今さら知るか。燃え尽きろ」
それだけ告げ里へ向かって駆け出した。
さほど離れていなかったので、直ぐに待っているばあちゃんが目に入った。急いで駆け寄ると、足下にはさっきの男と似たような格好をした男が這いつくばっている。コイツがもう1人の見張りだろう。
なにもなかったようにばあちゃんは笑う。
「珍しい虫でもいたかい?あたしゃまとわりついてた虫を探してぶちのめしちまったよ!あっはっは!」
強いのは知ってる。けど…。
「病み上がりなのに手間かけてゴメン」
「気にすんじゃない。アンタのおかげですっかり元気だ。相手が人間ならそう簡単にやられたりしないさ」
『ばあちゃんを倒すには頭数がいる』という考えが抜け落ちていた己の浅はかさを恥じる。
「コイツらはこの間の山賊紛いみたいだねぇ。か弱いババア相手に大勢で……みみっちい奴らだよ」
「…今度こそゆっくり休んで」
「今の間はなんだい!…まっ、言う通りにしようかねぇ。とりあえずあたしゃ飯が食いたい。血が流れたら腹が減っちまったよ!」
本当に元気そうで心配はいらないみたいだ。噓の匂いもしない。
住人達を怖がらせないように、倒れた山賊は『睡眠』で眠らせてばあちゃんの家に連れ込むと、念のため『拘束』で縛り上げて玄関に捨て置いた。外に置いて逃がすワケにはいかない。
「ん?……コレはなんだ?」
玄関の隅で紐がちぎれた巾着袋を拾う。使い古されてボロボロだ。
刺した奴の所持品か?ばあちゃんが暴れたときにちぎれたのか?気になって匂いを嗅ぎ、顔をしかめてローブのポケットにしまった。
再度外に出て、まだ残っていた住人達に山賊を見かけたり襲われたら大きな声で知らせてほしいことを伝えると承諾してくれた。
その後、焦っても仕方ないと山賊は転がしたまま仕切り直して、昼ご飯をばあちゃんに食べてもらう。一口食べたばあちゃんは目を見開いた。
「なんじゃこりゃ?!美味すぎる!アンタは料理人になんなよ!」
「大袈裟だよ」
料理をどんどん食べ進めていく。若く見えるけど実際はおばあちゃんなのに凄い食欲だ。豪快な食べっぷりを黙って眺めていると…。
「なんだい!?アンタの飯が美味すぎるんだよ!血も流れたからね!あたしゃ別に食いしん坊ってワケじゃないんだ!」
口いっぱいに料理を頬張って言い訳する。誰もそんなこと思ってないのに…どこまでも親子だ。
食事を終えると、「くうぅ~!美味かった!血も増えた!もう元通りさ!」と息巻く。昨日の母さんの回復ぶりを考えると充分あり得ると思えてしまう不思議。母さんの体質は、おそらくばあちゃんからの遺伝だな。
「アンタには驚かされるねぇ。アタシがサバトと出会ってなくて、あと40も若かったら間違いなくアンタに惚れてたろうねぇ!」
じいちゃんがいなかったらボクはこの世に生を受けてない。たらればですらない話。
食後の花茶を出してばあちゃんがさらに驚いたところで、ゆっくりしておくよう釘を刺して玄関に向かう。
「どこへ行くんだい?」
「山賊のアジトだ。里を頼んでいいかな?」
「あんまり無茶しないでおくれよ」
「大丈夫。晩ご飯までには戻る」
笑顔で告げ、魔法で眠らせている山賊に目をやる。服を燃やした男と同じように、汚い格好をした人間の男。『覚醒』で起こして話しかける。
「お前らのアジトに案内しろ」
さっきより気持ちが落ち着いているので優しく告げてみる。
「連れて行くと思ってるのか…?」
「思ってないけど、断ったお前の仲間はよく燃えたぞ」
「ほざけ…」
「そうか」
男の襟を掴んで外に引きずり出す。喚き散らすので、里に響かないように男の周りに『沈黙』を展開して里の外まで引きずって行く。
先程の男を燃やした場所に辿り着き、同じように髪に魔法で火を付けてやると山賊は直ぐに懇願を始めた。
「連れて行く!連れて行くから火を消してくれ!頼むっ!熱い~!」
騒ぐ男と対照的に冷めた口調で告げる。
「その必要はなくなった」
見つめる先には魔力の細い糸がふわりと浮かんでいる。かなり注意しないと視認できない微弱な魔力で切れることはない代物。
先に見つけた男の身体に細く伸びる魔力の糸の束を生成して貼り付けておいた。いくら服を魔法で燃やしても脱げば済むこと。さすがにそれくらいは気付いたか。
ボクが里に戻ったのがわかっていて、武器も持たず裸となれば直ぐにアジトに戻るだろう。その状態で魔物や獣に遭遇すれば、命に関わるのだから。帰る途中で獣や魔物に襲われていたら天罰だ。
そんなことより、火が着いたまま脱ぎ捨てた服が原因で森が燃えなかったことにホッと胸を撫で下ろす。また自分の考えが至らなかったと反省した。
この糸を辿ればアジトに行けるな。
「早く火を消してくれぇ!!死んじまう!」
騒ぎ続ける男に眉をひそめた。
「黙れ…」
立ち上がらせ、『炎』と『拘束』を解除して蹴り飛ばす。
「ぐはぁっ!」
吹き飛んだ山賊は木にぶつかり白目を剥いて倒れた。男の脇差しを回収したあと、『疾風』の応用で服を切り刻んで放置する。万が一にも里を襲撃されないよう念のため両手に『拘束』をかけておこう。
「行くか」
糸の先へ向かって駆け出した。




