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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
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206 熊の獣人といえばコレ

 熊の獣人であるアイヤばあちゃんは、ミーナ母さんの実の母親。


 ばあちゃんも母さんと同じく人間に近い容姿で、見た目は熊っぽくない。むしろ知り合いであるバッハさんの方が熊感は強いと言える。

 熊と猫、狼と兎といった風に祖先を違える獣人同士が番になると、子を成した時どちらかの種族を受け継いで誕生する。種族は子が生まれるまでわからない。


 遺伝は1代限りで、過去にどんな種族の祖先がいても当代の親どちらかの種族になる。なのに、毛色には祖先の遺伝も関係ある。獣人の世界では常識だけど、人間などの異種族からすると不思議らしい。


 猫なら猫、狼なら狼というように、同族の番は子を授かりやすいという特徴があると推測されているけど、獣人の口伝なので信憑性は低い。

 そうでなくても普通に授かっているし、単に同族で番う割合が大きいので、そう云われているだけだと反論する者もいる。


 獣人に限らず、人間と獣人、人間とエルフというように異種族間でも子を成すことはできるが、授かりにくいと云われていてなぜか信憑性が高いらしい。

 獣人が人間やエルフと交わっても、ボクのような完全に獣寄りの獣人が生まれることもあれば、人間やエルフに近い容姿の獣人が生まれることもある。


 共通しているのは獣人と異種族が交わると、必ず獣人が生まれるということ。ちなみに、サマラのように容姿が人間に近い獣人は先祖に人間がいるものと推測されているけど定かではない。


 要するに、獣人の出生は未だ謎に包まれている部分が大きい。



 ★



 家に入ると、ばあちゃんがお茶を淹れてくれた。ゆっくり寛いで椅子に座る。数年ぶりに訪れた家は懐かしい匂いに溢れている。


「やっぱりアンタは爺さん(サバト)に似ていい男だねぇ」


 ばあちゃんは目を細める。


「そうかな?自分では似てないと思うけど」


 ばあちゃんの夫であり、母方の祖父であるサバトじいちゃんは灰猫の獣人。ボクが小さかった頃に病気で亡くなっていて、この里へ葬式で来たことを覚えてる。

 記憶にあるじいちゃんは、いつも笑顔を絶やさないとても優しい獣人でボクを可愛がってくれた。ボクより父さんに似てると思う。

 過激で豪快なばあちゃんと優しく温厚なじいちゃんの番は、孫のボクから見ても不思議な組み合わせだった。でも、いつだって仲良しだったなぁ。


「ところで、ばあちゃんはボクに会いたいって言ってくれてたの?」

「そりゃそうさ!アンタが街に行ってから一度も会ってないんだ。ミーナの奴は住んでるところも教えないしね!」


 ばあちゃんも、小さい頃からボクを可愛がってくれた。孫だから当然といえば当然なんだけど、サバトじいちゃんのように優しい獣人であるところを気に入ってくれて、強くなりたいと願うボクを鍛えてくれたり、色々な世話を焼いてくれた。


 ボクの予想では、父さんも同じ理由で気に入られている。母さんと同じく細かいことは気にしない豪快な性格で、昔から強くて格好いい祖母だ。 

 母さんは、ばあちゃんの豪快な性格を考えてボクが森に住んでると言えなかったんだと思う。住み家に現れて騒ぐと思ったに違いない。気遣いを有り難いと思った。


「ところで、アンタは街でなにやってるんだい?」

「ボクは街に住んでないんだ。街の生活が合わなくて森で暮らしてる」


 隠したくないから正直に答える。


「そうかい。なんとか生きてるんだろう?それでいいさ」

「ありがとう。森の生活を楽しんでるよ」

「ミーナもそうならそうと言えばいいんだ!黙ってるから余計知りたくなるさね!」

「ボクの住み家で暴れたりして、迷惑かけると思ったんじゃないかな?」

「アンタは…サラッと失礼なことを言うねぇ…」


 ばあちゃんはジト目になる。


「ばあちゃんは優しいと思うけど、母さんはなぜか怖がってるんだ。なにをしたのさ?」

「なにもしてないんだよ!子供の頃はちょっと拳骨で気合いを入れたくらいさ!昔から言うこと聞かなかったからねぇ!」


 不満げに吐き捨てるけど、母さんは痛かったろう。ばあちゃんは体格だけで言えばマードックより少し小さいくらい。女性の獣人ではかなり大柄だ。

 熊の獣人だから力も強い。獣人でなければそこらの男が束になっても敵わないだろう。昔、父さんが相撲をとらされて軽々とぶん投げられたのを覚えてる。あの時も、父さんが手加減しているようには見えなかった。

 それに加えて、かなりの年齢なのにもの凄く若く見える。身体はがっちりしていて肌の張りも毛皮の艶もある。

 母さんと違って、若作りしてないのに獣人でも見抜けないほどの若々しさ。それも力が強い要因なのか?お世辞ではなく母さんと姉妹に見える。サバトじいちゃんは普通にお爺さんだったのに。


「ウォルト。アンタ…変わったね」

「どういうとこが?」

「昔より胸を張ってる。上手く言えないけどさ」

「そう言ってもらえると嬉しい。ところで、腕を怪我したの?」


 二の腕に血の滲んだ包帯が巻かれている。


「コレかい?この間、山賊紛いの怪しい野郎共が里に来たもんだからぶちのめしてやったんだ。うっかり斬られちまってね」


 アハハハ!と豪快に笑う。ばあちゃんらしいと思いながら、放っておけない。


「傷を見せてもらっていい?」

「なんでさ?」

「ばあちゃんに教えておきたいことがあるんだ」

「よくわからないこと言うねぇ」


 包帯を解いてもらうと、隠されていた刀傷が現れた。思った以上に傷は深くて痛々しい。よく平然としていられるな…。


「コレでいいのかい?」

「ありがとう」


 立ち上がってばあちゃんの横に寄りそうと、傷に手を翳して詠唱する。


『治癒』


 見る見るうちに塞がる傷を目にして、ばあちゃんは驚いてる。傷は綺麗に回復した。


「まさか…アンタは魔法を使えるようになったのかい…?」

「実はそうなんだ。嘘つき呼ばわりされるのが嫌で内緒にしてるんだけど、ばあちゃんには言っておきたくて」

「たまげたよ…。アンタが賢いのは知ってたけど…。サバトにも見せたかったねぇ…」


 ばあちゃんは、とにかくじいちゃんのことが好きだった。亡くなってからもずっとじいちゃんを想ってる。そんなばあちゃんにはもう1つ大好きなモノがある。


「今なら相撲で勝てるかもしれない」


 そう言って笑うと、ばあちゃんの耳がピクリと反応した。


「…聞き捨てならないねぇ。相撲でアタシに勝てるだってぇ?」

「多分だけどね」

「…面白いこと言うじゃないか…!ちょっと魔法が使えるからって…試してやるさね!表に出な!」


 愉快だといわんばかりに家を出ていく。


 ボクもあとを追った。





 相撲は昔から行われてる対人の闘いで、相手を投げ飛ばしたり、転ばせたら勝ち。殴ったり蹴ったりするのは反則。

 純粋に立った状態からの力比べや、知恵を使った戦略で相手を地面に倒す必要がある。その他でも、土俵と呼ばれる円形の舞台から押し出されたら負けになる。

 なぜか『相撲といえば熊の獣人』と云われるほどに強くて、ばあちゃんも例に漏れない。 相撲が大好きなので相手をするとなにより喜んでくれる。誰が相手でも常に真剣勝負で、力を抜いたり途中で諦めたりするとしこたま怒られる。


 だから、ボクも小さな頃からよく相撲で鍛えられたけど一度も勝ったことはない。「弱いけど根性があるし、なにより頭がいいねぇ」と褒めてくれた。単純に力で敵わないから、あれこれ戦略を張り巡らせただけなんだけど凄く嬉しかったな。

 相撲をとることでばあちゃんを喜ばせたい気持ちもあるけど、ボクの弱さを心配されているであろうこともわかっているので、今の力を見せたかった。



 里に唯一の古ぼけた土俵に裸足で上がり、ばあちゃんと対峙すると、既にやる気が漲った顔をしてる。

 周りには当然観客なんていない。足裏に感じる冷たい土の感触が懐かしくて、少しだけ昔を思い出した。


「どんな手を使うのか知らないけど、まだアタシには勝てないと思うけどねぇ」


 ばあちゃんは不敵に笑う。獣人は年を取っても負けず嫌いだ。


「ばあちゃんが強いのは知ってる。けど、ボクも昔より強くなったところを見せるよ」


 ローブを脱いでモノクルを外すと、なぜかばあちゃんも着ている貫頭衣を脱ぎだした。


「ちょっと待った!なにしてるんだ!?」

「なにって…服を脱いで気合い入れてるんだよ。アンタも脱いでるじゃないか」


 こともなげに平然と言い放つ。やっぱり親子だな…。


「ボクは男だからいい。誰も見てなくても…ココは外なんだ。じいちゃんは嫌がると思う。自分以外の前でばあちゃんが肌を晒したりするのは嫌だっていつも言ってた」

「なっ…!?それを先に言いな!」


 慌てて服を着てくれたから、とりあえずホッとした。


 ばあちゃんと母さん。ボクが流れるように嘘をつけるのは2人だけ。ばあちゃんに言うことを聞かせるには、「爺ちゃんの言葉だ」と伝えるのが最も効果的。

 幼いながらも『ばあちゃんはじいちゃんが大好きなんだ』と気付いて、暴走を制止するときによく使わせてもらった。なぜかこの手は何度使っても疑われない。

 じいちゃんには申し訳ないと思うけど、ばあちゃんが言うようにボクがじいちゃんに似ているなら、同じように思ってくれるはず。

 

「よく鍛えてるじゃないか。見違えたよ。偉そうに言うだけあるねぇ」

「ありがとう。昔よりは力もついたんだ」

「へぇ。じゃあ覚悟はいいかい?あたしゃ…孫だからって相撲じゃ容赦しないよ」

「知ってる。いつでもいい」


 互いに腰を落として臨戦態勢に入る。ばあちゃんを相手に様子見をする余裕はない。油断すると一瞬で倒されてしまう可能性が高い。『身体強化』を使った直後、低い姿勢で間合いを詰めてきた。


「シッ!」


 掴もうとした手を躱す。


「やるじゃないか。捕まえたと思ったけどねぇ」

「やっぱり速いね。驚いたよ」

「まだ余裕がありそうだねぇ。…シッ!」


 頭を低く構えて間合いを詰めてくる。さっきより速い。躱さずに正面から胸で受け止めた。


「ぐうっ…!」


 ズドン!と吹き飛ばされそうな衝撃に肋骨が軋む。とても普通のおばあちゃんにできるようなぶちかましじゃない。まさに常識破り。


 なんとか踏ん張ってもズズズッ!と押し込まれてしまう。


「おらぁぁっ!一気に決めてやるよっ!」

「くっ…!」


 ボクのズボンに手をかけ、がっぷり四つに組んで凄い力で一気に押し込んでくる。土俵際に追い込まれる前に身体を捻って投げをうった。


「ウラァッ!」

「ちぃっ…!」


 軽やかに投げを躱され、パッと間合いをきる。


「確かに強くなったねぇ。久々に楽しいよ」


 過去、大人げなく何十回も瞬殺してきた孫の成長に目を見張ってる様子。ただ、驚いてるのはこっちもだ。


「相変わらず強いね」


 とうに力が衰え初めている年齢なのに、昔と変わらないように感じる。少しずつ間合いを詰めて、今度はボクが先に動いた。


「シャァッ!」

「うっ…!」


 一瞬で眼前に迫り、両手を眼前でパン!と叩く。相手を驚かせる相撲技の『猫だまし』だ。怯んだばあちゃんの懐に潜り込んでズボンを掴みすり足で一気に押し出しにかかる。


「ウラァァァ…!」

「ちぃっ…!」


 ズリズリと後退させる。踏ん張っても勢いは止まらない。今度はばあちゃんが投げを繰り出す。


「おらぁっ!くらいなっ!」

「くぅっ…!ウラァッ!」


 跳ね上げてきた足を上手くすかして、ボクも投げをうつ。2人とも片足立ちで根が張ったように倒れない。


「ふぅっ!」


 先に体勢を戻して懐に入り込むと、再度押し出そうと土俵際に押し込みにかかる。また少しずつ前進するけどなんて重さだっ…!


「このっ…!止まれっ!」

「グゥッ…!」


 大きな身体を上手く使い、上から覆い被さるように体重をかけて力で押し潰しにきた。『身体強化』でも跳ね返せないほど重くて強いっ。


「はっ!まだまだ青いねぇ!こちとら年季が違うんだよっ!」

「くっ…!…ラァッ!」


 押し潰される前に両足を掴んで刈り倒しにいく。


「甘い!」


 ドシッと踏ん張ったばあちゃんの両脚は掴んでもピクリとも動かない。土俵に根を張った丸太のよう。


「おらっ!潰れなっ!」

「ぐっ…!」


 ばあちゃんはボクが重みに耐えきれなくなったら潰れて終わり…と考えているだろう。


 そうはいかない!


「ふぅぅっ…!」

「なんだっ!?」


『筋力強化』を纏い、ばあちゃんを軽々と持ち上げる。驚いてる隙に肩に担いで土俵際に運び、外に出してトンと立たせた。


「ボクの勝ちだね」


 魔法を使ってるけど、生まれて初めて相撲でばあちゃんに勝った。しばらくポカンと口を開けて呆けていたばあちゃんは大声で笑いだす。


「あはははははっ!負けた負けたっ!強くなったじゃないか!完敗だよ!こんなに愉快なのはいつぶりかね!」


 少しは成長を見せられたかな?間違いなく行われる再戦に向けて、また身体を鍛えておこう。

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