202 誰にだって会いたい人がいる
ある日の夜。
住み家で準備を進めるウォルトの姿があった。
「このくらいでいいかな」
必要なモノを詰め終えてポンとリュックを軽く叩く。
明日は久しぶりに故郷へ里帰り。体調を崩してしまった時、母さんが看病に来てくれて父さんも仕事を休んでまで訪ねてくれた。「たまには帰ってこい」と父さんに言われて、こちらから訪ねようと思っていた。実家に帰るのは、母さんの勘違いによる浮気騒動以来。
友人達には、明日から不在にすることを伝えてある。オーレン達は「いつか自分達も行ってみたいです!」と言ってくれた。嬉しく思うし、いつか連れて行きたい。
森に住んでいると前もって便りを出せないから、突然の帰省になるのを申し訳なく思うけど仕方ない。明日は朝から向かうつもり。王都に行くより近いけど、今日は早めに床に就いて明日に備えることにしよう。
★
当日は晴天に恵まれて絶好の帰省日和になった。
準備したリュックを背負い軽快に駆け出す。故郷であるトゥミエの町までは、野を越え山を越えて2時間ほど。
「ちょっと休憩しよう」
思った以上に速いペースで駆けて約1時間。道程を半分以上進み少し休憩をとることに。
緊急事態は別だけど、駆けるときは基本魔法を使わない。怠けることなく体を鍛えたいのと、森の息吹を感じながら疾走したいのでそうしている。
最近は王都やクローセ、他にもダンジョンに行ったり遠出することが増えたので、前より速く駆けれるようになった。無理をしなくても30分は早く到着できそう。
「気持ちいいなぁ」
大きく息を吸い込み、澄んだ空気で肺を満たす。
……ん?
微かに聞き慣れた音を捉える。…蜂の蟲人の羽音だ。見渡しても姿は見えないけれど、数人の蟲人がいるのは間違いない。
ハピー達と交流しているから警戒心が強いのは知ってる。でも、離れていく気配がないので思いきって話しかけてみた。
「蜂の蟲人ですか?ボクは獣人のウォルトといいます。蜂の蟲人の友人がいます」
羽音がピタリと止む。存在に気付かれたことで警戒したのかな。
「友人はイハやハピーという名前なんですが、知りませんか?」
羽音が近づいてくる。辛うじて視認できるくらいの場所で、優雅に宙に留まった。直ぐに逃走できる逃げようにかな。予想通り蜂の蟲人だ。
「イハとハピーだと…?」
「はい。スズさんやアシナさんも一緒にボクの住み家の近くで暮らしてます」
蟲人はどこかへ姿を消した。しばらくして、数人の蟲人が姿を現したけどやはり近寄ってはくれない。
「お前はなぜ蟲人を知っている?」
「ちょっと縁があって…」
ハピー達と出会った経緯や今の状況を遠目に伝える。驚いたような反応を見せた蟲人だったが、信用してくれたのか接近して口を開く。
「ウォルトと言ったな。俺はクマンだ。少し話をしたい」
「もちろんです。ハピー達と知り合いなんですね?」
「そうだ」
クマンさんの話によると、元々はイハさん達と同じ集団で暮らしていたらしい。数年前に食糧難に見舞われた時、負担を分散するため集団を分けて暮らすことを余儀なくされたらしく、イハさんとクマンさんは兄弟だという。
「離れて暮らしているんですね」
「イハ達が元気にしているのならよかった。この森は広いからなかなか出会えない」
「是非ボクの住み家に来て下さい。歓迎しますし、皆さん元気にしていますよ」
住み家の在る場所を説明する。
「知り合いなのは俺だけじゃないし、そうしたいところなんだが…話に聞いた限りかなり遠いな。長距離移動はできる限り避けたい」
魔物や獣に遭遇する可能性を考えると、長距離移動は危険を孕んでいる。ただ、クマンさんの口調と表情から推測すると、会いたがっているんじゃなかろうか。
「今からでよければボクが連れて行きます」
「なんだって?」
「リュックに入ってもらえるなら、責任をもってイハさん達の元へ送り届けます」
突然の提案にザワつく蟲人達。
「あくまでボクを信用してもらえるなら。無理は言えないので」
「なぜ俺達のために?」
不思議そうに尋ねるクマンさん。答えは1つしかない。
「家族や仲間に会いたい気持ちに種族は関係ない。誰だって同じです」
「気持ちは嬉しいが…皆と話をさせてもらっていいか?」
「はい」
蟲人達は一旦離れていく。他にも仲間がいるのか、それとも話を聞かれたくないのか姿は見えなくなってしまった。
その場で待機して持ってきた花茶を飲む。森の中で飲むお茶は格別だ。のんびり待っていると、クマンさんと数名が姿を現す。話がまとまったのかな。
「やはり移動は厳しいという結論になった」
「そうですか。ハピー達には皆さんに会ったことを伝えておきます」
「よろしく頼む……ん?なにか…花のいい香りが…」
「ボクが作った花茶です。ハピー達にも褒めてもらえたんです。1杯いかがですか?」
さっきまで警戒していたのに、すぐ傍まで飛来してコップの中身を見つめる蟲人達。
「ちょっと待って下さい」
手頃な枝を拾い、ナイフを使って蟲人でも持てる小さなコップを作る。水筒の水で綺麗に洗ったあと花茶を淹れて差し出す。
「よかったら飲んでみて下さい」
クマンさんは恐る恐る口に含む。そして、カッと目を見開いた。
「美味い!これはカラムかっ!?なんて美味さだ…」
「なに!そんなにか!?」
「気になるな…」
蟲人たちはザワつく。
「イハさん達に分けてもらった蜜も少し混ぜてあります。口に合ってよかったです」
その後、小さなコップで花茶を回し飲んだ蟲人達はひそひそ話をしている。
「もう少し花茶を分けてもらってもいいだろうか?」
「何杯でもどうぞ」
コップに注ぐとどこかへ飛んでいく。またしばらく待機することに。クマンさんが戻ってくると蟲人が増えていた。10人はいる。どうしたんだろう?
「心変わりして申し訳ないが、君の住み家に俺達を連れて行ってくれないか?」
「いいんですか?」
蟲人の皆が頷いてクマンさんが説明する。やはり、初対面の獣人であるボクを信用できなかったことを正直に教えてくれた。住み処から移動するには満場一致でないと難しいとも。でも、花茶を飲んで信用するに足る人物だと判断したらしい。
「花茶の味でですか?」
「これだけの花茶は性根の悪い者には絶対作れない。他の種族は知らないが蟲人にはわかる」
皆が頷いている。ハピー達もそう思ってくれてたのかな…と少し嬉しくなった。
「今から向かいますか?」
「そうしたいんだが、いいだろうか?」
「もちろんです。リュックに入ってもらえますか?」
「できれば君の服にしがみついて行きたい」
「もしもの場合を考えるとその方がいいですね。すぐに逃げられます」
「随分勝手な申し出だとわかっているが」
「構いません。行きましょう」
ローブにしがみついた蟲人達。住み家に向けて来た道を駆け出した。
ー 1時間後 ー
「到着しました」
「…おぉ!素晴らしい場所だ!」
ローブにしがみついていた蟲人達は、一斉に飛び立つ。
「ウォルト。君は凄い速さで駆けるな」
「危うく振り落とされそうだったよ」
「獣人は凄いわね」
「安全に連れて来てくれてありがとう」
獣や魔物の気配を察知しつつ遭遇しないように駆けてきた。振り落とさないように細心の注意を払いながら。
「無事に帰れてよかったです。ちょっと待ってて下さい」
住み家の床下に向かって話しかける。
「ハピー。いるかい?」
「いるよ~」
ハピーが姿を現すと、懐かしい顔と対面を果たす。
「…えっ!?クマン!わっ!みんないる!」
「おぉ!ハピー、久しぶりだな!」
ハピー達は再会を喜ぶ。再会の光景を眺めていると、ハピーの声に呼ばれるようにイハさん達も姿を見せる。休憩中だったのかな。
「クマン!無事だったのか!」
「イハ!元気そうだな!」
それぞれに再会を喜ぶ蟲人達。涙を流して抱き合っている者もいる。久しぶりの再会を邪魔してはいけないと思い静かに住み家に入った。
少し経って住み家の窓がノックされた。目を向けると、窓の外に笑顔のハピー。
歩み寄って少しだけ窓を開けると、スッと中に入ってくる。ボクらにとってはいつもの連絡手段。ハピー達は、訪問者がいるときは決して姿を見せない。ボクも友人にハピー達の存在を伝えてない。
基本的に用心深い蟲人は、気心の知れたボク以外と交流することに未だ抵抗があるらしく、皆の意志を尊重している。ボクも人見知りで気持ちがわかるから。
「皆を無事に連れてきてくれてありがとう!感謝してる!」
「大袈裟だよ。ただ連れてきただけなのに」
「相変わらずだね。それでね、お願いがあるの」
「なんだい?」
「再会を祝して皆で宴会したいんだけど…無理かな…?」
「もちろんいいよ。肴も作ろうか?」
ハピーはパァッと笑顔になる。
「いいの!?お願いします!」
「直ぐに準備するからちょっと待ってて」
食材となる花を摘みに庭へと向かう。玄関を出ると、まだ蟲人達は話し込んでいた。積もる話があるだろう。
「イハさん。今から皆さんの再会を祝して宴会をしませんか?肴も作ります」
「いいんですか?!よし!今日は皆で飲もう!」
クマンさん達は首を傾げたけど、「いいから!」とイハさんやスズさんに促されて住み家に入った。
その後、摘んできた数本の花を調理して肴を作る。最近は様々な花料理を考案して、ハピー達に好評だ。魔力を含んだ酒蜜をたっぷり用意して宴の準備は整った。
「コレは…花だろう?この飲み物はなんだ…?蜜のようだが…」
クマンさんは得体の知れないモノを見るような目だ。
「食べたら驚くぞ。では、再会を祝して乾杯!」
イハさんのかけ声で宴は始まった。見たこともない花料理を美味しそうに食べるハピー達に触発されたのか、クマンさん達も1口食べる。皆に倣って手掴みでかぶりついた。
「コレは…!美味すぎるっ…!」
「うまっ…!なんだコレ!?」
「俺達って蜜以外も食べれるんだな!」
ガツガツ食べ進めてる。口に合ったかな。
身体が小さい蟲人は火を扱えないので料理は作れない。ボクの花料理は「蟲人にとってご馳走だ」と褒めてもらえる。ただし、胃にもたれるらしくてたまにしか食べない。
クマンさん達は酒蜜を飲んで味に驚いてる。飲み進めるにつれ、楽しくなってきたのか表情は明るい。
「気持ちいいな!今日は…最高だ!」
「そうだろ!ウォルトさんに出会えたのが俺達とお前達の幸運だ!」
イハさんとクマンさんが肩を組んで笑う姿を見ていると、ボクまで嬉しくなってしまうな。騒ぐ蟲人を眺めながら花茶をすすっていると、ハピーが飛んできて肩に留まった。
「ウォルトには恩ばかり増えるね」
「気にしなくていい。誰だって家族や友人に会いたいんだから」
「うん。ありがと!」
楽しそうに騒ぐ蟲人達。ハピーは微笑んで見つめていた。
明くる日。
クマンさん達もまた住み家の近くに住むことになり、思いがけず友人が増えた。




