201 不器用なところもある
ウォルトが古い友人であるラットと再会して数日が経った。
渡された花の絵を住み家の居間に飾る。張り切って作った木彫りの額に収めて、硝子も綺麗に加工した。
ラットに宣言した通り、オーレン達やチャチャ、それにサマラにも絵を見せて「この画家は有名になる」と伝えること決めた。間違いなく有名になるはずだし、少しでも多くの人にラットの絵を知ってもらいたい。
絵を眺めながらのんびりお茶をすすり、友人の訪問を心待ちにしていた。お茶を飲み終える前に玄関のドアがノックされる。玄関へ向かい、ドアを開けると予想していた通りチャチャの姿。
「いらっしゃい」
「今日も獲物持ってきたよ。あと、弓の修理をお願いしたくて」
「わかった。入って」
「お邪魔します」
昼食を作って一緒に食べ終えると、弓の修理にとりかかる。修練しようにも、チャチャの弓がなければできない。
出会ったとき壊れた弓を直したことがきっかけで「兄ちゃんに直してもらった方が微調整しやすい」と言ってくれるので、嬉々として修理を請け負っている。
細かい作業は楽しくて仕方ない。チャチャは報酬に直した弓で狩った獲物の肉をくれる。正直もらいすぎぇ申し訳ない。でも、もらわないと怒られるので有り難く頂いている。
作業机に移動すると、チャチャも椅子を持ってきて隣に座る。どうやら作業を見るのが好きらしい。ボクを器用だと褒めてくれて、細かい手作業は見ていて飽きないと。
「壊れた弓を見せてもらっていい?」
「コレなんだけど…」
背負っていた細長い布袋から弓を取り出した。
「派手に壊れたね」
「狩りで動いてるときに木に引っ掛けちゃって…。やっぱり直すのは無理…?」
今回は割れや反りなどではなく、完全に弓が折れて真っ二つに分かれてしまっている。
★
チャチャも修理は厳しいと薄々感じてた。
父さんにも「諦めて新しい弓にしたほうがいい」って言われたけど、やっぱり使い慣れた道具が一番。手に吸い付く感覚で身体の一部のように扱える。
新しい弓を使うことになったら、慣れるまでに時間がかかる。仕方ないことだけど、兄ちゃんに「できない」と言われたら諦めるつもり。
「大丈夫。直せるよ。少し時間はかかるけどいいかい?」
「ホントに!?全然大丈夫だよ!」
やっぱり兄ちゃんは凄い。分断された弓を直せる人が他にいるとは思えない。
「とりあえず、材料がいるから森に行ってくる。直ぐに戻るから待ってて」
「私も一緒に行っていい?」
愛用の弓の修理。無理を言ってるのに任せっきりにはしたくない。
「もちろん。でも、直ぐ帰ってくるよ?」
「私の弓だから手伝いたいの」
「じゃあ一緒に行こう」
兄ちゃんの先導で森を駆ける。材料のある場所は知ってるみたい。少し駆けて到着した場所には、立派な黄櫨が生えてる。
「材料って黄櫨?」
「そうだよ。チャチャの弓は竹と黄櫨でできてるから、少しだけ枝を分けてもらおうと思ってね」
「知らなかった。よくわかるね」
「細工品を作ったこともあるし、匂いや感触で判別できる。よく観察すれば気付いたはずだよ」
「無理」
笑ってるけど私の弓は作られてかなり経ってる。普通の獣人に匂いなんか嗅ぎ取れるわけない。木の匂いしかしないんだから。
弓の職人なら見分けるのかもしれないけど、素人なのに五感で判別できるのはきっと兄ちゃんだけだ。ただ、いつものことなので黙っておく。
「とりあえず…このくらいあればイケそうかな」
手頃な枝を探して必要な量だけ袋に入れる。樹液に触れるとかぶれてしまうので、細心の注意を払って。
「次は竹を採りに行こう」
「了解」
竹林に移動して、使えそうな竹を採取すると住み家へと舞い戻った。
住み家に戻って、兄ちゃんは直ぐに修理を再開する。ワクワク感が前面に出てるので休憩は必要なさそう。
「修理するよ」
「お願いします」
弦を弓から外して分断されてしまった弓を置いてみると、握る部分が欠けてなくなっている。
「しっかり握ってたからその部分だけ砕けたの」
「そっか。手を貸して」
差し出した手を取って『治癒』をかけてくれる。左掌には弓が壊れたときの切り傷が残っていたけどすっかり元通り。
「怪我したって言ってくれたらいいのに」
「ちょっと恥ずかしくて。ありがとう」
自然な優しさが心に染みる。直ぐに兄ちゃんの修理が始まった。邪魔しないように横で見せてもらう。
採ってきた竹の節を魔法で削って『乾燥』で綺麗に乾かし、適度な大きさに切り揃えたあと曲げたり戻したりしながら弓に反りを合わせていく。
何度も確認しながら納得いくまで繰り返し、竹を1枚ずつ重ねて隙間ができないことを確認する。
納得いくまで調整した竹を重ねて、欠けた部分に合わせてみると、ピッタリとはいかず少しだけ幅が太い。でも、『狙い通りだニャ』って顔してる。
『同化接着』
滅多に出さない鋭い爪の先で重ねた竹を魔法で融着させて厚みを持たせる。その後は、弓の欠けた部分に補修用の竹をはめ込んで魔法で繋いだ。淀みなく進む修復作業を食い入るように見つめる。
「器用にくっつけるね」
「さほど難しくないよ」
兄ちゃんは作業中も普通に会話してくれるから、今では魔法にも詳しくなった。訊けばなんでも答えてくれる。魔法を使っての修理はいつも信じられない気持ちで一杯。
猿の獣人は、獣人の種族の中では器用って云われてるけど、比べものにならない。種族問わず、兄ちゃんより器用な人はそういないと思ってる。
淡々と修理は続いていく。ムラがでないよう細心の注意を払いながら全ての接着を終えると、弓をしならせて強度を確認してる。
ほんの少し前まで、真っ二つに折れていたとは思えない見事な仕上がり。思わず笑みがこぼれる。
「強度はいい感じだ。あとは細かく調整しよう。どうすればいいか教えてくれないか?」
「わかった」
弦を張って、長さや重さ、太さについて細かく修正をお願いした。兄ちゃんは細かい作業が大好きだから嬉しそうに直ぐ修正を始める。
削ったり短くしたり反らしたりと修正を繰り返してもらって、最終的に納得の弓が出来上がった。作業を終えた兄ちゃんは満足そうに笑う。
「凄くしっくりくる…」
前と違うのは、弓を握る箇所の色が真新しいことくらい。それ以外は完全に復元できてる。
「それはよかった。楽しかったよ」
「絶対職人になったほうがいいよ…」
「ありがとう。でも、知り合いだから上手くいくんだと思う。お金を稼ぐとなったら緊張してできない」
絶対にそんなことないと思うけど、兄ちゃんは異常に自己評価が低いので仕方ない。
「外で実際に撃ってみて」
提案に同意して住み家の外へと移動した。いつものように木に的を設置してくれたあと、的から離れて合図をくれる。
「いつでもいいよ~」
「いくよぉ~」
弓を構え、狙いを定めて矢を射る。放った矢は寸分の狂いなく的のド真ん中を射抜いて矢尻が震えた。
いつもと変わらない弓の感覚に、兄ちゃんの凄さをひしひしと感じる。木の質や色が変わったこと以外なんの変化も感じない。
「使い勝手はどうだ~い?」
「バッチリだよ~。あと何本か撃つよ~」
「わかった~」
その後も矢を射ると、全て的の真ん中に命中してくれた。風が吹く中でもちゃんと狙えてる。嬉しくて駆け寄る。
「ありがとう。あとは弦の微調整で大丈夫。できればお礼をしたいんだけど」
「好きでやってるから気にしなくていい。お礼はいらないけど、また狩りを教えてくれないか?」
「そんなの簡単だけど…それでいいの?」
「もちろん。ボクの狩りが上手くなればチャチャが肉を持ってきてくれる負担も減るからね」
正直そうなったら寂しい。でも、まだ大丈夫。
「まだ時間があるから、今から少し狩りに行ってみない?」
「いいよ。準備してくるからちょっと待ってて」
兄ちゃんは、自分の弓を取りに住み家に向かった。
狩りが好きで練習を怠らない。ただ、もの凄く器用なのになぜか狩りの腕はなかなか上達しないんだよね。
その後、仲良く狩りに出掛けたけれど…。
「シッ!」
ズドン!
「また逃げられた……」
放った矢は避けたカーシの後ろに生えている木に刺さる。軽やかに躱され軽やかに逃げられてしまった。
「今のは惜しかったね。射る直前に気配がバレてたよ」
「やっぱり?不甲斐ない弟子で面目ない…」
目に見えて落ち込んでるけど、一緒に狩りに来た時にはよく見る光景。口には出せないけど、この姿を見ると兄ちゃんにも苦手なことがあるんだと再認識して、むしろ好感が持てるんだよね。
「気にしなくていいと思う。出会った頃に比べるとかなり上手くなってるから」
「そうならいいんだけど…」
決してお世辞じゃない。出会った頃は『絶望的な下手』だったけど、今は『かなり下手』くらいまで腕を上げている。
初めて見たときは、明後日の方向に照準して獣2頭分くらいズレてた。あの頃に比べると雲泥の差。
苦手なのに努力を重ねて少しずつ上達していく姿は、見ていて尊敬できる。負けられないと触発されてる。その後も、1時間以上狩りを続けたけど、兄ちゃんが獲物を仕留めることはなかった。
上達するのはゆっくりでいいの。
私が一発で仕留めたカーシを背負って兄ちゃんは歩く。足取りは重い。
「毎度のこととはいえ自信なくすなぁ…」
歩きながらポツリとこぼした。
「でも、狩りに行ったら5回に1回は仕留めてるよね。ちゃんと成長してるから自信持っていい。私は狩りについて絶対にお世辞を言わないよ」
笑顔で励ますと、『そうかニャ~』とか言いそうな表情で照れた。可愛いな…。
喜ばないから言わないけど、兄ちゃんは表情とか仕草が凄く可愛い。獣人なのに獣人じゃないみたい。
銀狼の里で初めて怖い一面を見て、やっぱり獣人の男だって感じたけど、基本的にはあり得ない優しさと可愛さを見せてくれる。
獣人の女性は男性に強さを求めるのが一般的らしい。でも私は違う。兄ちゃんの優しさや可愛い部分が凄く好きだ。別に大多数じゃなくていい。
住み家に到着すると、「帰るまではお茶したい」と告げて、兄ちゃんは準備するタメに台所に向かった。待っている間に額に飾られた絵が目に入る。前に来たときはなかったはず。
兄ちゃんが戻ってきた。
「あの絵はどうしたの?」
「ボクの友達が描いた絵なんだ。凄くいい絵で、将来有名になると思ってるから皆にも見てもらいたくて」
「私もいい絵だと思う。なんて名前の人?」
「ラットっていうんだ」
「ラット…。もしかして獣人が描いたの?!凄い!」
「そうだよ。同じ獣人だからこそ凄さがわかるよね」
まさか獣人が描いた絵だったなんて…。絵は描くのには時間もかかるし、色の配合とか細かい作業が獣人に向いてない。
私だったらイライラして紙を破り捨ててる。こんなに繊細な絵を描く獣人がいるなんてびっくりだ。兄ちゃんの友達だからかもしれないけど。
ふと気になった。
「兄ちゃんは絵を描かないの?」
動きがピタッ!と止まる。
「ボクは…絵を上手く描けないんだ…」
「器用なのにそんなはずないでしょ」
「本当なんだ」
「兄ちゃんの描いた絵を見てみたいんだけど、ダメ?」
「う~~ん…。見ても笑わないならいいけど…」
「絶対笑わないって約束する。じゃあ、あの花の絵を同じように描いてみて」
「いいよ」
花の模写は30分ほどで完成した。
「あはははははっ!ははははっ!」
「やっぱり笑った!ひどいなぁ!」
兄ちゃんが描いた絵を見て、腹を抱えて笑ってしまう。お腹が痛い!でも、笑うのを止められない!
至って真面目に描いてくれたのは、子供も描かないような幼稚な絵。なぜか大輪の花には目と口が付いてて、人のように笑顔だ。よく見るとちょっとだけ手足も生えている意味不明な怪画。花と人の奇跡の融合。
私は同じように描くようお願いしたのに、同じところが1つもない。斬新すぎるし、ツッコミどころが満載で抜群に面白い。とても器用な兄ちゃんが描いたとは思えなくて、ギャップが笑いのツボに入ってしまった。自分でもどうしようもない。破壊力がありすぎる。
「笑わないって言ったのに!」
『もう描かニャい!』とか言いそうな表情で怒ってるけど、全然怖くない。むしろ可愛い。
「兄ちゃん…ゴメンね…。でも…んふっ!あはははっ!意外性があって……私は……ふふっ!…いい絵だと思うよっ!あははははっ!」
「全然褒めてない!」
信じられないくらい器用な獣人なのに、不器用なところも包み隠さず正直に晒してくれる。
そんな兄ちゃんがやっぱり好き。




