200 節穴じゃないんだよ
1人になった部屋で黄昏れるラット。
片付いた部屋では心が落ち着かず、余計なことをしてくれた友人の気遣いに溜息が出る。
嬉々として掃除するウォルトの姿は昔となんら変わりなく、相変わらず獣人らしくなかった。
「ふぅ…」
フクーベでウォルトに出会うなんて、夢にも思わなかった。…もう亡くなっているだろうと諦めていた。
俺は、アイツが逃げ出したいほど思い詰めていることに気付かなかった。どれだけ殴られ酷い目に遭っても、反骨心だけは持ち続けていた奴だから。
突然姿を消した日から、思いつく場所を探し回ったが見つけることは叶わず、しばらくして「森に入るのを見た奴がいる」と風の噂に聞いた。
その後も消息は不明で、「魔物に食われたんだろ」「野垂れ死んだに決まってる」と獣人どもに揶揄されてたことを覚えてる。
信じたくはなかったが、そうかもしれない…と諦めていた。小さくウォルトの名を呼んだのは、亡霊や似た奴かもしれないと思ったから。
だが、昔と変わらず異常な聴覚の持ち主はすぐに気付いて俺を探し出した。声に反応した時点でウォルトだと確信したが、つい遊んでしまった。
生きていてくれて嬉しかった。自他共に認める偏屈者の俺にとって、唯一といっていい獣人の友人。
2人まとめて「弱っちぃ獣人は死ね!」と殴られ蹴られ投げられて、ボロ雑巾の様になるまで痛めつけられたこともある。強がりを言いながら共に笑ったのは、悔しくて苦い思い出。
長く一緒にいられなかったが、苦楽を共にした優しく思慮深いウォルトは確かに俺の友人だった。
どこへ行ったか知らないが、「やっぱり凄い絵だ。納得できない」と、人の絵の評価を聞きに行ってしまう謎の行動力。
そんなことをしてもアイツにはなんの得もない。偏屈な頑固猫のくせに基本的にお人好しなのは変わってないな。
もし「この絵はつまらない代物だ」と言われたら、俺にどう伝えるつもりなのか。きっと考えてない。楽観的で鈍い部分はアイツの獣人らしさ。昔から「お前の絵は凄い」「才能がある」と力説していた。描いた本人が引くほどに。
アイツが評価してくれたことで俺は充分救われてる。大金持ちになりたいワケでも、画家として名声を馳せたいワケでもない。願わくば、好きな絵を描いて食うに困らぬ程度の収入を得たいと思っているだけ。
様々な想いを巡らせていると、玄関のドアがノックされた。開けると絵を脇に抱えてウォルトが立っている。
「戻ったか。入れよ」
「その前に一緒に来てくれ」
「…どこへ?」
「絵を鑑定してくれた人のところだ。お前と話がしたいらしい」
「俺と?」
「ついでに他の絵も持っていきたいんだけどいいか?」
「別にいいが…なんなんだ?」
俺の問いにウォルトは答えない。微笑んだまま動くのを待っている。
「ふぅ…。ちょっと待ってろ。すぐ支度する」
絵を風呂敷で包み背負って外に出た。
「どこへ行くのか教えろ」
「さっきも言ったろ。絵を鑑定してくれた人に会いに行く。変な人じゃないから心配いらない」
「ならいいが」
久しぶりに連れ立って街を歩く。隣で見上げるウォルトは、昔よりかなり背が高くなった。瘦せっぽちなのは変わらないが。
「お前、でかくなったな」
「背は伸びたけど相変わらず非力だ」
「それでも俺より強い」
「お前が鍛えてないからだろ。身体は動かさないと」
「絵を描くのと両立がな…。いや、言い訳か…」
「なにかを犠牲にしないと身体が強くならない。ボクらは難儀する」
「そうだな…」
そんな言葉を交わしながら歩いて目的地らしい屋敷の前に立つ。
「おい。ホントにココで合ってるのか?」
「間違いない。さっき来たばかりだ」
目の前にはフクーベでも屈指の大きさを誇る屋敷。主の名は俺でも知っている。
「ランパード商会の親玉の屋敷だぞ」
「わかってる。お前に会わせたいのはランパードさんだ」
ウォルトは門番に用件を告げる。既に連絡が来ていたのかすんなり通された。
「お前…なんでランパードと?」
「長くなるからその辺は今度話す」
ウォルトは迷うことなく堂々と屋敷の中を進む。後に続く俺は、辺りを見回して挙動不審に見えるだろう。
しばらく進むと大きな扉の前に到着した。明らかに他の部屋と造りが違う扉は、偉い奴が中にいると主張してやがる。
ウォルトが扉をノックすると、中から「入っていいぞ」と入室を促す声がした。
「行こうか」
「あぁ」
揃って部屋に入ると、ソファに並んで座る体格のいい男としわくちゃの老人。身なりからして体格のいい男がランパードだとすぐにわかった。
「よく来てくれた。ラット…だったか?俺はランパード。商人でこの屋敷の主だ」
「あぁ。知ってるよ」
「立ち話もなんだ。とりあえず座ってくれ」
ランパードに促され、ウォルトと並んで対面のソファに座る。
「わざわざ来てもらったのは絵の評価を聞かせるためだ」
「…アンタに絵がわかるってのか?」
ランパードはただの商人だ。絵の価値は気にするかもしれないが絵を知ってるとは思えない。俺も知らないがな。
「ハッキリ言って俺にはよくわからん。だが、無性に気になってな。だから、知り合いの目利きに聞いた。絵に関しては商会の鑑定人より詳しい」
「それが…隣の爺さんか?」
視線を向けると、ジジイが笑う。
「ラット殿、だったか?」
「ラットでいい」
獣人を相手に殿もクソもないだろ。大袈裟なジジイだ。
「では、ラット。儂の見立てを正直に言おう。お主の絵は粗い」
「粗い?」
真剣な表情でジジイが続ける。
「技術も発想も拙い。素人に毛が生えたようなモノ。評価できる絵ですらない」
「…そうかよ」
面と向かって言われて気分はよくないが、予想通りの評価で怒る気もしない。絵の師匠がいるワケでもなく絵の基本も知らない。好きで描いている。ただそれだけ。
何度も同じ指摘をされてうんざりだ。やはりウォルトが大袈裟なだけ。俺に…絵の才能なんてない。
「勘違いするでないぞ。お主には才能がある」
ジジイは意外な言葉を発した。
「なんだと…?」
「まだまだ蕾じゃが、拙い技術を補って余りある魅力を感じる。持ってきた残りの絵を見せてもらえんか?」
風呂敷ごと絵を手渡すと、丁寧に解く。
「ほほぅ…。コレは…」
1枚ずつじっくり絵を眺めている。ランパードも横で絵を見つめる。
「ラット。お主、儂の弟子にならんか?」
「弟子…?」
「絵の技術を教えてやろうと言ってるんじゃ」
「絵の技術…?アンタは何者なんだ…?」
ジジイは深い皺を寄せて微笑んでるが、言ってる意味が理解できない。ランパードが口を挟む。
「この老人はヴィンセントという画家だ。聞いたことあるか?」
名前を聞いて目を見開く。
「アンタが……ヴィンセントなのか…」
「ほっほっほ。儂を知っておるのか?」
愉快そうに笑う。コイツ…いい性格してやがるな。
「ちっ…。気付いてるんだろ?」
「当然じゃ。お主の絵は儂の画風を模倣している。光栄じゃぞ」
「……アンタの絵だけが俺の知る名画だ」
俺の絵は、ヴィンセントという画家の絵を参考にして描いてる。絵画の本など高くて買えない。画廊などで眺めた記憶を頼りに描き上げた作品ばかりだ。
俺が唯一素晴らしい絵を描くと評価している画家がヴィンセント。心に訴えるような絵を描く画家。絵の基本も知らない俺は、ヴィンセントの画風を真似ることで技術も向上して、絵も売れるかもしれないと考えた。
猿真似で上手くいくはずもなかったが、まさか本人に会う機会が訪れるなんてな…。
「ほっほっ。唯一とはえらく褒めるのぅ」
「…事実だからな」
「なら、どうじゃ?お前が認める絵を描く男の弟子にならんか?」
「言ってる意味がわからない。なんで俺なんだ?アンタならいくらでも弟子がいるだろ?」
「儂は弟子をとったことなどない」
「なおさら、なんでだ?」
「お主には才能がある。このままでは路傍の石じゃが、光るまで儂が磨いてみたくなった。それだけのことよ」
「アンタの…道楽か?」
「ハッキリ言えばそうじゃ。そして…才能を磨いたあとにお主の描いた絵が見たい」
真剣な表情。冗談や嘘を言ってる顔じゃない。
「弟子ってのは、なにをするんだ?」
「とにかく絵を描け。そして、儂の教えることで納得したことだけ吸収すればいい」
「そんなの…アンタに得がないだろ?」
「損得で考えるなら弟子なぞいらん。面倒くさいだけよ。身の回りや下の世話をするなどと宣う輩もいたが余計なこと」
「アンタ、変わってるな…」
ランパードが提案する。
「ラット。ウチの商品の絵を描かないか?」
「冗談だろ。俺は素人だぞ」
「別に全部任せるワケじゃない。一部の商品だ。お前の絵には俺でも感じる不思議な魅力がある。ウチで仕事しながら絵を描けばいい。もしお前が有名になれば、価値も上がって商会の看板になるしな!ワハハハ!」
隣でずっと黙っていたウォルトがドヤ顔を見せる。
「だから言ったろ?見る人が見ればわかるんだよ」
ボクも含めて…って言いたいのか。
…有り難い話だ。二度とないチャンスをもらえた。断る理由がない。
「ヴィンセント…さん。俺に絵を教えてもらいたい。ランパードさん…。仕事よろしく頼む…」
「ほっほっ!楽しみができた。まだ死ねないのぅ」
「交渉成立だな。今後とも頼むぞ」
「あぁ」
ウォルトは黙って微笑んでやがる。やっぱりボクの目に狂いはなかった…と思っていやがるな。
外に出るともう夕方。家までウォルトと連れ立って歩く。
「おい、ウォルト」
「なんだ?」
「ありがとうな…。仕事ももらえて絵も教えてもらえるなんて…昨日までなら考えられない」
たった1日で劇的に生活が変化した。間違いなくコイツのおかげだ。
「なにもしてない。ランパードさん達がお前の才能に気付いてくれただけだ。感謝なら2人にしてくれ」
微笑むウォルトは、視線を逸らして言葉を続けた。
「ラット…」
「なんだよ?」
「また……ボクの友達になってくれないか?」
ピクリと耳を動かして、ウォルトを見ずに答える。
「お前は昔も今も友達だ。勝手にやめるな」
「ありがとう…。心配かけて…すまなかった」
「気にしてない。あと、コレはお前が持って帰れ」
ウォルトに花の絵を渡す。一応俺の自信作。
「貰っていいのか?」
「俺には絵の才能があるんだろ?有名になったらこの絵は価値が出る。自信があるなら今から知り合いに自慢しとけ。もし、そうならなかったらお前の目は節穴だったってことだ。ククッ」
「…わかった。ボクの目が節穴じゃないってことを友達にも知ってもらう」
家に着いたが、中には入らず言葉を交わす。
「明日は予定があるから今日はもう帰る。またフクーベに来たときには寄らせてもらう」
「無理はしなくていい。けど、余裕があるときには顔を出せ。いつでもいい」
「また話そう」
「あぁ。また」
何年ぶりかの約束。気持ち悪いが共に笑った。
「じゃあな。俺が森に会いに行くかもしれない。その時は頼む」
「その時は張り切ってもてなす。お前の好物でな」
久々の再会を果たし、それぞれの胸に温かい気持ちを灯して別れた。
読んで頂き、ありがとうございます。
細々と200話まで書くことができました。読んで頂いた皆様には感謝しかありません。
今後も、まだのんびり書いていきたいと思っています。
これからも、暇なときに読んで頂けると幸いです。
( ^-^)_旦~




