20 5年ぶり
暇なら読んでみて下さい。
( ^-^)_旦~
薄暗い路地裏から出て、マードックが指差した建物に向かう。
風が入るように窓が開いている。黙ってで待っていればアイツなら気付くだろう。予想通り直ぐに出てきた。
「終わったんか?」
「あぁ」
「ちっと臭うぞ。やりすぎたんじゃねぇのか?」
血を拭き取っても匂いまでは消せない。コイツの嗅覚なら気付くと思った。
「アイツらは関係ないサマラに手を出すと言い出した。中途半端にやると迷惑が掛かる。とりあえず死んでない」
「そうか。悪ぃな」
「なんでお前が謝るんだ?」
サマラに会ったら二度とフクーベに来るつもりはない。変に逆恨みされないよう反抗する気も起こらないくらいまで徹底的に相手を痛めつける。それが嫌というほど味わった獣人流のやり方。
「お前……。なんでもねぇ。行くぞ」
「あぁ」
並んで歩き出す。
「サマラは服屋で働いてんだぜ」
「昔から美人だし、モデルもできそうだな。獣人も色々な服を着る時代だ」
街行く獣人を見れば、お洒落そうな服を着ている者もいる。昔は、獣人の着る服といえば楽で尻尾の邪魔にならない貫頭衣ばかりだったらしい。
「俺らにゃ服とか要らねぇけど、色んな種族の中で俺らだけ服を着ねぇってワケにゃいかねぇ」
「獣人専用の服もあったらいい。尻尾を出せるような服とか」
「爪で突き破ってっからな」
「ボクはローブだから関係ないけど」
「しっかし、お前を見てっと暑苦しいぜ」
「意外に涼しいぞ」
他愛もない会話をしながら歩く。やがて店が見えてきた。何人か外で荷下ろしをしてる。
「噂をすりゃあの店だぜ。サマラは…っ と、いるな。まだ仕事中かよ。ん…?おい」
ボクは…固まってしまった。
サマラに見とれて動けないでいる。遠目にだけど姿がハッキリ見える。
最後に見たのは5年前。あの頃は、まだ幼さの残る美少女といった感じだったけど、年月を経て美しく成長してる。
マードックは、体型がゴリラなことを除けば風貌は狼と言ってもいい。でも、妹のサマラは身に纏う毛皮と可愛らしくピョコッと立つ耳を除けばほぼ人間のような容姿。
艶のある長い濃紺の髪と毛皮。スラッと長い手足。引き締まったスレンダーな体型は万人が認める美女。
サマラの…匂いが届いてる。あの頃とは少し変わってるけど…ずっと隣にいたいほど好きだった匂い。無意識に思い出が蘇る。気付けば自然に涙が溢れて止まらなくなっていた。
たまらなくなって駆け出す。
「おい!どこ行くんだコラ!」
急いでその場を離れると、人目も気にせず顔を両手で覆って嗚咽する。様々な感情が胸に湧き上がってきて苦しい。
忘れたつもりだった…。逃げ出すほど苦しかったフクーベでの生活。そんな中でサマラとの思い出は特別で、楽しくて好きだった時間。
全ては過去のことだって…森で数年暮らして既になかったことにできてると思ってた。でも…蓋を開けたら思い出が溢れて涙が止まらない。
「うぁ……あぁ…。うぅっ…」
「おい…」
追ってきたマードックが心配してる。野蛮で横柄で口の悪い獣人が、初めて見る顔で言葉を紡げないでいる。
「すまない…。泣かないって言ったのに…。少しでいいから………待ってくれ…」
「おぅ」
★
時間が経って落ち着きを取り戻した。
何年分も泣いたな。泣きすぎて逆に頭がスッキリした。
「もう大丈夫。急に悪かった」
「目が真っ赤だぞ。そっちが心配だ」
「自分でも目が血走ってるのがわかる」
「そろそろ仕事も終りだ。今度こそ覚悟はいいか?」
「あぁ。問題ない」
再び店の近くまで移動したボクらは、少し離れた場所でサマラが出てくるのを待つ。
今はまだマードックと一緒に住んでるみたいだけど、家に帰らず彼氏の所に行くかもしれないからその前に会うことにした。
若干緊張しながら待っていると、ガチャッと扉のノブが回り従業員と思われる女性が数人出てきた。人間もいれば獣人もいる。
サマラは最後に出てきた。
「おい」
「わかってる」
皆が挨拶を交わして歩き出したところで意を決して声を掛ける。
「サマラ!」
精一杯の気持ちを込めて5年ぶりに名前を呼ぶ。
サマラの耳がピクリと反応して、こっちを向いたかと思うと大きな目を見開いて動くのをやめてしまった。従業員達の注目も集めてしまう。
「ウォルト……?」
「久しぶりだね…」
サマラは会いたくなんかないんじゃないか…。ボクのことなんて見たくもないかもしれない。でも、ボクは会って話したかった。
マードックのタメでもなく自分自身が望んだこと。もし許されるなら少しだけでも話したい。
「……ウォルトォ~!」
猛スピードで駆けてくる。走り方は変わってないな。微笑んでいるとサマラは両手を広げて飛び込んできた。
「危ないっ!!」
驚きながらもしっかりと抱き留めてあげる。かなり背が伸びてるなぁ…。
「ホントにウォルトなのっ!?夢じゃないよねっ?!」
興奮しているサマラは、昔と変わらず元気なようでホッとする。見た目はクールなのに性格は天真爛漫なのがサマラの魅力。
「夢じゃないよ。サマラに会いにきたんだ」
「うん!うん!ウォルトの匂いだっ!夢じゃない!」
胸に顔を擦り付けてくる。戸惑いながらも頭を優しく撫でると、顔を上げたサマラと目が合った次の瞬間、子供のように泣き出してしまった。
ボクの隣で、マードックが困ったように笑っていた。
読んで頂きありがとうございます。