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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
199/705

199 旧友とまさかの再会

 ビスコにお礼を伝えて【注文の多い料理店】を出たウォルト。


 アニマーレに顔を出して帰ろうか…なんて思いながら通りを歩いていた時、突然声をかけられた。


「ウォルト…?」


 辛うじて聞き取れるほどの小さな声。だけど、間違いなく名を呼ばれた。聞こえた方向を向いても誰もいない。立っている場所が風上になるので匂いはわからないけれど、気のせいじゃないはず。


 声が聞こえた方向へ向かう。


「ウォルト…」


 また聞こえた。間違いなく誰かが呼んでるけど、見渡しても声の主が見当たらない。ただ、声の発生源は特定できた。視線の先にある路地裏だ。呼ぶ声が反響して聞こえた。脇目も振らず路地裏を目指す。


 路地裏に入ると、離れていく足音が聞こえる。クン…と鼻を鳴らして声を上げる。


「ラット!」


 声に反応して足音が止まり、今度は近付いてくる。奥の暗がりから姿を見せたのは鼠の獣人。

 身長はボクの半分より少し高いくらいで、大きな耳に細長い尻尾が生えている。容姿は鼠そのもの。手足も短く動物っぽくてモフモフしている。


「久しぶりだな」 

「やっぱりラットだったのか」

「あぁ。よく俺だってわかったな」

「路地に入ったとき残り香で気付いた。声で気付けばよかったんだけど」


 街の喧騒の中ではラットの声だと特定できなかった。ただ、とても懐かしい気がしたんだ。


「相変わらず敏感だな」

「なぜ呼んでおいて逃げるんだ?」

「なんとなくだ」


 ラットの答えに納得した。昔からマイペースな獣人。


「お前……生きてたんだな…」

「なんとか生きてたよ」


 揃って苦笑する。


「ところで、ラットはなにしてるんだ?」

「こっちの台詞だ。話を聞かせろ」


 ボクに背を向けて歩き出す。無言なのに『ついてこい』と背中で語る男。そんなラットの背中を見ながら昔を懐かしむ。



 ラットは、マードック達と同じで数少ない獣人の友達。サマラ達と違って幼馴染みではなく、人生で一度だけ仕事に就いた時、同僚だったことが縁で知り合った。

 ラットも非力で同じ悩みを抱えていたことや、年も同じで親しくなった。ただ、身長は低いけどボクより力がある。それに加えてラットには非凡な才能があった。


「着いたぞ。入れよ」

「ココは?」


 路地裏に突然ドアが現れた。


「俺の住み家だ。汚いとこだけどな」


 自嘲気味に笑ったラットは鍵を開けて中に入る。ボクも後を追った。


 路地裏にあるのに、天窓から光を取り入れる造りになっていて部屋は明るい。立地条件のせいか部屋は狭くて、室内には乱雑にモノが置かれてる。…というより足の踏み場もないほど散乱してるな。


 コレは……やるしかない。


「よし。少し待ってろ」

「お前…。まさか…」


 その通り。散らかって落ち着かない部屋を片付けてやる。


「やりがいがあるな」

「やめろ!モノの場所がわからなくなる!お前は神経質すぎるんだよ!」


 ラットは必死に制止してくるけど、動き出した綺麗好き獣人は簡単には止まらない。


「この野郎…っ!昔より…力が強くなってやがるっ…!」

「ずっと鍛えてる。お前は怠けてるんじゃないのか?」


 ラットの妨害をものともせず部屋を片付けていく。止めるのを諦めたラットは座って不貞腐れていた。



 ー 1時間後 ー



「ふぅ。こんなもんか」


 部屋が片付いて心が晴れた。塵1つない仕上がりに満足。綺麗な部屋は落ち着く。


「お前は…ホントに…」


 ラットは項垂れて肩を落とす。


「片付けさせてくれてありがとう」

「許可した覚えはない。けど、お礼に茶でも出してやる」

「任せてくれ」

「はぁ?」


 台所に向かい、お茶を淹れてラットに差し出した。


「…お前は変わったな」

「そうか?どの辺が?」

「いや…。いい」


 お茶をすすったラットは、少し驚いた表情を見せた。元々表情の変化に乏しいけどボクは判別できる。


「美味いな…」

「よかった」


 無言でお茶を飲んでいると昔を思い出す。お互いに口数が多くないから、ラットといるときは基本的に静かに過ごしてた。


「ところで、今までどこにいた?」

「動物の森にいる。5年前、フクーベから逃げ出したあと、森で死にかけて助けてもらった人の住み家でそのまま暮らしてる」


 ラットは険しい表情で静かにコップを置いた。


「…そうか。今さらだが……街を出ていくなら教えてほしかった」

「それは……悪いと思ってる…」


 サマラやキャロル姉さんもそうだった。ラットも心配してくれたんだな…。


「言い訳になるけど、街を出た日は心も身体もボロボロで…人の気持ちを考える余裕なんかなかった。親しい人達のことも頭になくて気付けば森に向かってた」


 あの日は……世界に絶望していた。死んでも構わない…。もう死にたいと思って街を出たんだ。


「謝らなくていい。気持ちはわかる。今日は本当に驚いた。まさかお前に会うなんてな」

「ボクもだ。お前はもうフクーベにいないと思ってたから」

「俺も…そう思ってた時期もあったけどな」

「ラットの才能はこの街に収まらないと思ってたから」

「お前は俺を買い被りすぎだ」

「それはない。まだ描いてるんだろう?」

「……まぁな」


 部屋の隅に目をやると、布をかけられた絵らしきモノが置かれている。


 ラットは、獣人にしては珍しく絵を描くのが上手い。芸術なんて微塵も理解できないけど、初めてラットの絵を目にした時、とにかく凄いと感じた。今でもその時の衝撃は忘れてない。 

 ボクの知る限り芸術の分野で活躍した獣人はいないけど、素人が凄いと思うのだからきっと画家として大成する。そう信じていた。


「やっぱり絵で食べていくのは厳しいのか?」

「…あぁ。細々と食えてるけどな。今は油絵より看板や広告の挿絵を描いてる」

「そうか」

「お前はどうやって暮らしてるんだ?仕事は?」


 今の生活について説明する。森で野菜を育てたり、狩りをしたりの自給自足の生活で、足りないモノは薬や作ったモノで対価を払って暮らしていることを。


「なるほどな。お前は昔から頭がよくて器用だった。獣人なのに遂に薬まで作るようになったか」

「誰でもできる。面倒くさがってるだけだ」

「そんなことないだろ」

「まぁ、お前の絵みたいに唯一無二のモノじゃないことは確かだ」

 

 ラットは苦笑する。


「俺の絵は誰にでも描けるんだとさ」

「なんだって…?」

「画商に売り込んでみたり、露店で売ってみたりした。「凡庸だ」「見たような絵だ」って言われてな…。売れても二束三文だ」

「…絵を見せてもらっていいか?」

「好きなのを見ろよ」


 部屋の隅に置かれた絵を手に取って、かけられた布を丁寧に外すと、目に飛び込んできたのは大輪の花の絵。鮮やかな色使いと大胆な描写はボクの感性を刺激する。


 やっぱり凄い…。この絵は本当に凡庸なのか?素人のボクには判断できないけど…。ふとあることを思いつく。


「よかったら絵を1枚貸してくれないか?絶対傷付けずに返すから」

「なにをする気だ?」

「今見てもやっぱりお前の絵は凄い。ただ、絵の知識もないし価値がわからない。知ってる人に絵を見てもらおうと思って」

「無駄だぞ。誰に訊いても同じだ」

「タダの我が儘だ。ボクの感性がおかしいのかを知りたい。お前が嫌ならやめる」


 芸術品の価値というのは曖昧で、評価する人次第だというのがボクの持論。権威のある者が評価すれば黒も白になる世界だと思っている。

 そうでなければ死後の評価なんて有り得ない。なぜ生きてる内に評価されなかったのかって話だ。だから、単純にラットの絵を見た人の感性に響かなかっただけで、見る人が見れば違う可能性は充分あると思う。


「…好きなの持ってけよ」

「必ず綺麗なままで返す。今日はこのあとなにかあるのか?」

「なにもない。ここに居る」

「そうか。しばらく待っててくれ」




 絵を脇に抱えて家を出たボクは、ある人物を訪ねた。少し前に縁があって知り合った商人。


「ウォルト君。待たせたな」


 部屋に入ってきたのは、フクーベで大きな商会を構えるランパードさん。指輪の一件以来、久々の再会。


「約束もせず突然たずねてすみません。今日はお尋ねしたいことがあって来ました」

「気にしないでくれ。恩人の君に粗相してはキャロルに首を締め上げられてしまう。訊きたいこととはなんだ?」

「見てもらいたい絵があります」

「絵だと?君は絵も描くのか?」

「いえ。ボクの友人の描いた絵です」


 ランパードさんに事情を説明する。自分は凄い絵だと思うけど、世間では凡庸と言われていること。真に絵の価値が判断できる者の意見を聞いてみたい。

 ランパードさんの商会には、絵の目利きがいるであろうと思って訪ねたことを。


「なるほど。君が抱えているのがその絵だな。俺に見せてもらっていいか?」

「はい」


 布を解いてランパードさん見せる。


「むぅ…。コレは……」

「どうでしょう?」


 無言で絵を眺めているけど、しばらくして口を開いた。


「少しだけ時間がほしい。専門の目利きに見せて判断したい」

「わかりました」


 会話していると、ランパードさんに呼び出されたであろう男性が現れた。かなり高齢に見える人間の男性はしわくちゃの顔に微笑みをたたえている。クローセの村長テムズさんみたいだ。


「待っていたぞ」

「ほっほっ。貴方が儂に鑑定を依頼するなど珍しい」

「俺では判断がつかんのだ。見てくれるか?」

「拝見しよう」


 絵の目利きによる鑑定が始まった。

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