196 伝説の獣人の謎
ウォルトが無事に祝宴での魔法披露を終え、動物の森の住み家に帰ってからお茶を淹れて一息つき、リスティアに貰ったフィガロの手甲を荷物から取り出す。
布で拭いたり綺麗に磨いたり、手入れをしながらじっくり眺めて表情が緩む。
リスティアには感謝しかない。ボクにとってあまりに高価な報酬だ。幼馴染みや家族は知ってるけど、ボクはフィガロに関して造詣が深い。幼い頃から『とにかく強くなりたい』と願っていた獣人にとって、今も昔もフィガロは憧れの獣人。
戦闘において生涯無敗と云われている伝説の獣人フィガロは、世界中の獣人…特に男性にとって憧れの的。多くの獣人は幼い頃から子守歌代わりにフィガロの伝説を聞いて育つ。
若かりし頃のフィガロは、コレを装備して闘ったのか…。口許を緩めてゆっくりと手甲に手を通してみる。あまりの大きさにブカブカを通り越して足に着ける装備かと勘違いしてしまうほど。
こんな拳を持つ獣人が本当に存在したのか?リオンさんやマードックでもこの手甲は装備できないはず。
フィガロは恵まれた体躯に強靭な精神力と信じられない身体能力をもって、並み居る他の種族の強者と対峙しても1対1の勝負で負けたことがないと伝えられる。
魔法の直撃を受けても耐え抜く強靭な身体に、ほぼ一撃で相手を屠る力を備えたまさに怪物中の怪物であったと。
そんなフィガロには多くの謎が残されていて、その中でも大きな謎の1つが、獣人としての種族が不明確だということ。
毛皮を纏っていたことと強靭な体躯から獣人であったことは間違いないけれど、風貌については人間に近かったと伝わっているだけで、なんの獣人なのか定かじゃない。
実際にフィガロを見たことがある者の情報を総合すると、獅子、熊、ゴリラの獣人のいずれかであろうと推測されている。
フィガロは無口で積極的に人と交流しなかったらしく、自分のことについて尋ねられてもハッキリ答えなかったと云われている。ゆえに素性については知られていない部分が多い。
この手甲は、世界を旅していた頃のモノかな?
フィガロが若かりし頃、世界各地を武者修行で旅していたのは有名な話。各地の戦場で雄々しく闘う姿は、味方を鼓舞し敵を絶望させた。伝説は世界各地に残されており、畏敬の念を込めて獣人達は口伝で後世に残してきた。
そんな中、カネルラには多くの伝説が残されている。なぜならフィガロはカネルラ出身だからだ。
出身地については珍しく本人が各地で話していたと伝わっており、話を照合しても齟齬はなく信憑性は高い。現代でも、世界中の獣人がカネルラ国内に点在する縁の場所を訪れていて聖地のような扱い。
ただし、カネルラのどこで出生したのか?とか、家族の存在は?などの詳細については現在に至るまで不明。
不思議なことにフィガロは突如現れたので年数は正確ではないけど、約300~250年程前に活躍した記録が残されている。
多くても5~6世代ほど遡れば足取りを掴めるはずなのに、カネルラ国内にて多くの人員を投入して調査しても全く情報を掴めなかった。
今でもフィガロの出自について研究を続けている者はいるようだけど、大きな進展はない。ボクは嬉々として続報を待っているものの、そもそも【生誕の地】と呼ばれる場所はカネルラ各地に多く存在してる。
困ったことにほとんどの生誕の地に確固たる証拠はなく、過去に長期立ち寄った記録があるとか、何度も訪れた記録が残されているからだとか、挙げ句の果てにはフィガロによく似た獣人が住んでいたからといった、めちゃくちゃな理由で主張している場所もある。
未だに「我こそは!」と主張を続け、観光客を呼び込んでいる数々の生誕の地に胡散臭さを感じながらも、いずれその全てを訪れてみたいと思ってる。
世界一有名な獣人なのに、あまりに情報が少なく謎の多い獣人フィガロ。逆に言うと、実在していた人物であるにも関わらず、未だ多くの謎に包まれているところが様々な想像をかき立て人気の一因を担っているとも云える。
かくいうボクも、幼い頃からフィガロ関連の本を読み漁ったり、色々な想像を巡らせて楽しんでいた。様々な仮説が立てられ、議論されてきたフィガロに関して自分なりの考察も行っている。
獣人としての種族については見当がつかないけど、出自については考えた説がある。個人的には最もあり得そうだと感じているけど、過去に誰も主張した記録はなく、今まで読んだどの文献にも載っていない。
それは『フィガロは【原始の獣人】である』という説。
原始の獣人は、世界各地に存在する古から変わらぬ生活を送る獣人及びその集団を指す言葉で、現代から隔離された場所に住み原始的な生活を送っているらしい。
カネルラにも原始の獣人の集落は存在するらしいけれど所在は不明。移動しながら暮らしている可能性が高い。
非常に排他的で、同じ獣人ですら交流を拒むという原始の獣人の情報はあまりに少ない。存在は冒険者などによって確認されているものの、種族や身分を問わず誰一人としてまともに交流できた者はいないと云われる。
仮にフィガロが原始の獣人であれば、カネルラで生まれていても出生地が特定できないのも納得できるし、積極的に他人と交流しなかったというのも頷ける。
ボクの感覚だと、フィガロほどの力を持つ獣人であれば唯我独尊で高慢な態度をばらまき、女性を侍らせた生活を送っていたはずなのに、フィガロを知る者の証言ではそんな話が聞こえてこない。
だから『フィガロは普通の獣人じゃない』と考えていて、そんなところにも憧れを抱いている。原始の獣人であると推測した頃から彼等と交流してみたいと思っているけど、まず不可能。機会があれば是非会ってみたい。
そんなことを考えながらフィガロの遺品を磨き続けた。