194 ウォルトの報酬
無事にジニアスの誕生祝宴を終えた翌日。
王城の会食場で朝食をとる王族一同。一際眠そうなアグレオを除けば、全員がいつもと変わらぬ様子。ただ、誕生したばかりの王子達はなぜかご機嫌斜めのようで…。
「やぁ~!」
「やっ!」
「うぅ~…!」
ルイーナは頭を悩ませる。
ジニアスはいつもは元気に離乳食を食べるのに、一口食べたあとぐずって食事をしようとしない。さらにエクセルとハオラも同様。
私達が困っているとリスティアが笑顔を見せた。
「ちょっとだけ待ってて!」
「リスティア?」
呼びかけには応えず、どこかへ駆けていく。しばらくして笑顔で戻ってきたリスティアにナイデル様が訊く。
「どこへ行ってきたのだ?」
「厨房だよ。ジニアス、エクセル、ハオラ。もう少しだけ待ってね!」
少し経って運んできた料理をメイドがジニアス達の前に差し出す。
「それならどうかな?」
「「「コレは…」」」
私とウィリナとレイは気付いた。運ばれてきたのは、昨日ウォルトがジニアス達のタメに作ってくれた美味な離乳食だと。
こんなこともあろうかと、彼が城を出る前にレシピを教えてもらっていたのね。本当に用意周到な娘に感心しきり。
毒見を終えてジニアス達に食べさせると、幸せそうな笑顔を見せてくれた。赤子でも彼の料理の素晴らしさが理解できるなんて苦笑いしかできない。
意味がわからない男性陣は、しばらく不思議な表情を浮かべているけれど。
「わぁぁぁ~ん!」
「あらあら。ジニアス、どうしたの?」
朝食を終えて自室に戻り、ジニアスをあやしている。いつもは聞き分けのよいジニアスが、今日に限って泣き止まない。
子育ては初めてではないけれど、ジニアスの癇癪は初めてで少々頭を悩ませていたら、バーン!と扉が開く。訪ねてきたのはリスティア。
「お母様!私に任せて!」
「どういうこと?」
近寄ってきたリスティアは、意外な行動に出る。
「それは…?」
私の問いには答えず、ジニアスに近寄る。
「ジニアス!コレならどう?」
「きゃっは~!!きゃはっ!」
リスティアに抱かれたジニアスはご機嫌な様子。大きな白猫の被り物を着けて、お面の表情は笑顔。まるで祝宴の時のウォルトのよう。
「よしよし!ジニアスもウォルトに会いたいんでしょ?お姉ちゃんも気持ちはわかるよ♪」
「きゃっは!きゃっ!」
「もう帰っちゃったんだ!ゴメンね!」
「あぅ~!」
ジニアスは笑顔でペタペタと被り物に触れる。娘と息子の気持ちに気付いて、私は目を細めた。赤ん坊の思考すら読み切っていたリスティアは、傑物というよりいいお姉様ね。
「リスティア。ありがとう」
「気にしないで!私のせいだから!」
ウィリナとレイに訊くと、エクセルとハオラも同様に泣いていたらしい。用意周到なリスティアは被り物を3つ準備していて、ストリアルとアグレオ、そしてナイデル様は各々の息子を喜ばせるタメ、白猫の獣人に扮装して眠るまで遊ぶことを余儀なくされた。
リスティア曰く「お父様達は後悔するって言ったでしょ!」らしい。
★
テラの家にて。
「お世話になりました。皆さんお元気で」
泊まった翌朝、早くから『動物の森』の住み家に帰ることにしたウォルト。
丁重に断ったけれど、ダナンさんとテラさんは仕事があるにもかかわらず見送ってくれるという。
「また森の住み家に伺います。それまでお元気で」
「私も行けたら行きます!」
「ヒヒ~ン!」
カリーも元気よく嘶いてくれる。
「その時はもてなします」
笑顔で向かい合う。
「では、出発します」
「ウォルト殿。ちょっとだけお待ち下され」
「はい?」
家に戻ったダナンさんは布袋を手に戻ってきた。
「ウォルト殿にお渡しするよう、リスティア様からお預かりしたモノです」
「リスティアから?」
布袋を受け取るとズッシリ重い。袋の中身を確認すると、古びた手甲が入っていた。所々錆びてかなり年季が入っている。
「なんでしょう…?」
リスティアの意図が掴めない。
「今回の祝宴の御礼に…とのことでした。獣人フィガロが若い頃に愛用していた手甲だそうです」
「えぇぇぇっ…!?フィガロの手甲!?」
あまりの驚きに開いた口が塞がらない。呆けているとダナンさんが説明してくれる。
「リスティア様は、王都で競売にかけられたフィガロの手甲を知人に頼んで御自分のお手持ちから落札されたのです。決して城の宝物庫から黙って持ってきたワケではありませんぞ。ハッハッハッ!」
「そんな……。とても高価なモノでは…?」
フィガロの遺品が簡単に手に入らないことくらい想像がつく。
「フィガロとは伝説の屈強な獣人らしいですな?私の死後に現れたのでしょうが、関連の品のほとんどは獣人にしか人気がないのだそうです。ゆえに、それほど高価ではないと聞いておりますぞ」
「そうはいっても…」
それでも高価なことに変わりないはず。
「ウォルト殿はお金に興味がない。だからまず手に入らないモノ。祝宴の御礼として、是非受け取ってほしいと仰られました。自分に用意できてウォルト殿が喜ぶ数少ない御礼の品のはずと」
「リスティアがそんなことを…」
「そして、ウォルト殿なら大事にしてくれるのも知っている…だそうです」
自分で言うのもなんだけど、本当に無欲で物欲がない。ただ、獣人の英雄フィガロ関連の品は憧れ。リスティアはボクの思考を読み切っているなぁ…。さすがというべきか。
「直接渡したいけれど、絶対に受け取ってもらうにはこの方法が最善…と笑っておられました」
「リスティアには敵いませんね」
直接渡されたら「受け取れない」と断ってた。でも、ダナンさんから渡されたら受け取らないとダナンさんに迷惑がかかる。ボクの行動と思考を完璧に読んでる。やっぱりリスティアは親友だ。
「よい親友に恵まれましたな」
カタカタ笑うダナンさんに伝言をお願いしよう。
「リスティアにありがとうとお伝えください。大事にすると」
「必ずお伝えしておきます。リスティア様も喜ばれます」
手甲をしまい最後の挨拶を交わす。
「それでは、皆さんお元気で」
「はい。また」
「ウォルトさんなら今度は着替えを覗いてもいいですよ♪」
「魅力的なお誘いですが覗きません」
「ヒヒーン!」
こうして二度目の王都訪問は幕を閉じた。
★
ウォルトを見送ったダナンは、登城するなりリスティアに無事に報酬を渡した旨を報告する。
「ダナン、ありがとう!」
「お預かりしたモノをお渡ししただけです。ウォルト殿が王女様にお伝え願いたいと」
「なに?」
「最初は戸惑っておられましたが、心から喜んでおられました。『ありがとう。大事にする』と」
リスティア様は急に黙りこむ。
「……ねぇ。ダナン」
「はい」
「まだまだお礼をし足りないんだけど、どう思う?」
「リスティア様にしかわからぬことと存じます」
「だよねぇ~!私が足りないと思えば足りないんだよね~!ふふっ!」
ウキウキした様子のリスティア様にお伝えする。
「王女様。私が「ウォルト殿自身が己の力に気付かなければ、他国にも目を付けられてしまいます」と申しましたところ」
ピタッと動きが止まる。
「…なんて答えたの?」
「自分はカネルラで暮らしたいと。国外に行くとしたら可能性は1つしかないそうです」
「えっ!?可能性があるの?!マズいよ!どうしよう!?」
「王女様がカネルラを出て自分が仕える時だけだと」
王女様の動きが止まると、ヘニャ!っとだらしない笑顔になる。年相応の笑顔。
「…まったく。心配させるね!私の親友は!」
「今回の祝宴は親友である王女様に頼まれたからこそ魔法を見せたし、料理も作ったと仰っていました。自分はお人好しではなく人を見る。頼まれたのが国王様であっても見せてはいないと」
俯いた王女様は私に背を向けた。
「ダナン……伝えてくれてありがとう!」
「いえ。失礼致します」
★
扉を閉める音がして直ぐに、リスティアは嗚咽を漏らす。
「うっ……うっ…」
ウォルトは……本当に無茶な要求に応えてくれた。それも、私の予想の遙か上をいく魔法を披露してくれた。
ジニアス達が羨ましいと言ったのは本心だ。観る者を楽しませるために考えられた魔法の数々は、まるで夢を見ているようだった。
あれほどに人を楽しませ、驚かせる魔法を披露してくれるなんて誰も予想できない。カネルラ最高の魔導師だと気付いていたのに想像すらできなかった。
私が感動した戦闘魔法は、ウォルトの操る魔法のほんの一部でしかなかったということ。完全に魔導師としての器を見誤っていた。
最後に見たチェリブロの『幻視』は、絶対に忘れられない。色鮮やかで、限りなく優しくて、そして涙が出るほど美しかった。
今思えば、国賓のいる場でウォルトに魔法を披露してもらうことは私の浅はかな思考。もし、私が他国の要人であの魔法を目にしたら間違いなくウォルトを欲しがる。凄まじい技量なうえに獣人の魔導師なんて、誰だって囲っておきたい。利用価値がありすぎるから。
自分の軽率な行動が原因で親友を無益な争いに巻き込み、あまつさえ失う可能性もあった。もしそんな事態に陥っていたら、自分自身を一生許せなかっただろう。
ウォルトの料理と披露してくれた魔法は、ジニアス達への最高の祝福と贈り物。そう言い切れる。そのタメだけに考え抜かれた料理と魔法を披露してくれた。
間違いなく見れただけで幸運といえるほど稀有な魔法。ジニアス達の記憶に素晴らしい思い出として刻まれてほしいと願う。
本当に……ウォルトには感謝しかない。
「…ぐすっ。ウォルトに出逢えたことが私の人生で1番の幸せだよ…」
文句1つ言わず、誰もが驚くようなことを成し遂げても少しも鼻にかけることのない謙虚で優しいウォルト。親友というのも私が勝手に言い出したのに、本当に親友だと思ってくれてる。かけがえのない存在。
ダナンに言ったとおり、フィガロの手甲だけでは恩返しに全然足りない。ウォルトが困るようなことがあれば、その時は王女として…親友として絶対に力になる。
たとえ、お父様やお兄様がなんと言おうと。私が王族を追放されようと。
絶対に。