193 初の苦言を申し上げます
祝宴で魔法を披露したのち、またまた白猫面の被り物をして完全装備で城を歩くウォルト。
視界が悪いので城を出るまでテラさんが手を引いてくれている。今も来たときと同様に誰にも見られないよう移動してるらしいけど、面のせいで視界が悪いのと近くしか匂わないので本当かわからない。
城内の人に見つかったらどう思われるだろう?変人の極みのような気がする。
ー 数分前 ー
「その被り物に意味はあるのか?」
キリッとした白猫の被り物を装着する様子を見ていたボバンさんが呆れたように言った。ごもっとも。
「ボクもそう思うんですけど、リスティアは面白いみたいです」
「王女様の発案なら断れんな」
「アイリスさんが笑ってくれたので助かりました。ありがとうございます」
「だって可笑しいでしょう?!中身が白猫の獣人なのに白猫の被り物って!」
「中身も白猫とは誰も思わない。さすが王女様だ」
なるほど。そういう狙いがあったのか。
「まぁ、かくいうお前も麗しいメイドの中身が凶暴な女騎士とは思われないか」
「ポーラさんに言っておきます…。人を凶暴な女扱いする団長を徹底的にぶちのめしてもらうように…」
「俺が悪かった!」
「許しません」
そして今に至る。帰りは検問所までボバンさんも同行してくれた。変な被り物をしていても、騎士団長と一緒だという事実の方が信用されることに感心しきり。
ボバンさんに見送られた帰り道。テラさんはずっとボクの手を引いてくれている。少し照れくさい。
「テラさん。そろそろ被り物を脱いでもいいんじゃないですか?」
「まだ王城に近いです!あと少し歩きましょう!」
「わかりました」
しばらく手を引かれながら歩く。また数分経って尋ねてみる。
「テラさん、そろそろ…」
「まだですよ♪」
「はい」
結構歩いたように思える。体感ではもうすぐテラさんの家に着くはずだ。
獣人はこの辺りの感覚が鋭いけれど、住み家から駆けてきたから自分も気付かない内に疲れていて感覚が鈍ってるのかもしれないな。
「ウォルトさん」
「なんでしょう?」
「今日見せてもらった魔法は本当に凄かったです。初めて魔法を見て感動しました!お世辞じゃありません!料理もめちゃくちゃ美味しかったです!」
「ありがとうございます。どっちも結構不安だったんですが」
「そうなんですか?全然感じませんでしたよ」
「ボクなりに考えて今日披露したような形になりましたが、最後に拍手をもらえて嬉しかったです。ボクみたいな者の料理や魔法でも人を楽しませることができたことが自信になりました」
「キリッとしたお面の表情と台詞が妙にマッチしてます!」
「茶化さないで下さい」
いいこと言った風にとられたかな。恥ずかしいな。
「ウォルトさんの思う凄い魔法って、どんなのですか?」
「え?」
「自分の魔法を大したことないって思ってるでしょう?」
「はい。実際そうなので」
「じゃあ、どんな魔法を凄いと思うんですか?
「沢山ありますけど、『獄炎』『氷河』『神雷』辺りは凄いですね」
「そんな魔法ないでしょ!荘厳な名前すぎます!」
テラさんは笑うけど…。
「あります。ボクの実力じゃ覚えられなくて苦労してますけど。いつかは覚えてみたいです」
「えっ?ホントですか…?聞いたこともないですけど…」
「本当です。ボクの師匠は詠唱してました」
「「…………」」
結局、テラさんの家まで手を引かれたまま帰ってきた。やっと被り物を外す許可がおりる。凄い爽快感だ。
「ふぅ~。こんな遠くまで連れてきてくれてありがとうございます」
「気にしないで下さい!楽しかったので♪じゃあ、少し休んでからお疲れ様会を開催しましょう!」
「はい。とりあえずお茶を淹れますね」
「私の家なんですけどね……」
ウォルトが先に家に入り、テラはさっきまで繋いでいた手を見つめる。
ウォルトさんの手は握ってて気持ちいい。ついつい離したくなくなる温かい手の持ち主。それがウォルトさんという獣人。微笑んで後を追った。
ダナンさんとカリーは、少し遅れて戻ってくるとのことで、それまでに慰労会の準備をすることにした。
実は、住み家を出発してから味見以外でなにも食べてない。我が儘だけど、自分が食べたい料理を作ることに決めた。
テラさんにも「材料は限られてますけど、自分が作りたい…もしくは好きな料理を遠慮なく作って下さいね♪」と言ってもらって凄く有り難い。
初めてコース料理に挑戦したけど、アレで正解なのかわからない。でも、事前にビスコさんから教わっていて本当によかった。
今度ビスコさんの店にお礼がてら料理を食べに行こう。お金はナバロさんのおかげで貯まっている。こういうときこそお金を使うときだ。楽しみな気持ちを胸に調理を続けた。
「ただいま」
「ヒヒン!」
ダナンさんとカリーが帰宅すると、ちょうど料理も出来上がった。テラさんは、さっきコース料理を食べたばかりだけど「全然イケます!」と一緒に夕食をとることに。
「ウォルト殿……この料理は?」
「ボクが食べたかった料理です」
「すっごぉ~い!」
全員席に着いた食卓には豪華な料理。…といってもテラさんとボクの2人分だけ。ダナンさんは飲むことはできるけど食事ができないし、カリーも食べることは可能だけど食事は必要ない。
作ったのは、ルイーナ様達に出したコース料理の縮小版。一度食べたテラさんに配慮して、基本を守りつつ全く別の料理を作りたかった。
少量ずつ作ってちょうど1皿に載る分量に仕上げてみたところ上手くいった。
「テラさん。どうぞ」
「はい!いただきます!……うっ…まぁ~い!…ウォルトさん…一緒に住みませんか?」
「嬉しいお誘いですが、気持ちだけ頂きます」
「残念!でも、こんな美味しいモノを毎日食べてたら鎧が着れなくなって騎士をクビになります!」
「大袈裟ですよ」
食べ進めるテラさんの前で、ダナンさんはお酒を飲んでいる。テラさんの槍の件を伝えると驚いた反応。食後にテラさんが持ってきた槍を見つめながら呟く。
「ウォルト殿…。貴方にできないことなどあるのですか…?」
「ほとんどのことができません。たまにできることがあるくらいです」
ダナンさんは黙ってしまった。なにか思案している…のかな?表情がないから推測できない。
「貴方にはハッキリ告げなければ伝わりませんな…」
「え…?」
「ウォルト殿は…自分の力を過小評価しすぎですぞ」
「そんなことないで…」
「ありますぞ。…今から少しだけ苦言を呈します」
落ち着いた口調でボクの言葉を遮る。
「なん…でしょう…?」
「私は…正直、貴方が国王様主催の誕生祝宴に出席できなくてよかったと思いました。なぜなら、あれほどの魔法を目にした者は絶対に貴方を欲しがる。国賓のような方ならなおさらです。自国に戻られても貴方の話題で持ちきりになります」
「あり得ませんよ。凡庸な魔法なのに」
「最後まで聞いて下され。貴方は…自分の力を正しく評価しなければなりません」
「正しい評価…ですか?」
どういう意味だろう?ダナンさんはテラさんを見る。
「テラ。例えばウォルト殿がカネルラから出て、二度と戻らなかったらどう思う?」
「嫌です!」
「そうだろう。それは私もカリーもだ。そして、当然親友であるリスティア様も。ですが、私は貴方が出国したとしても御自身の意志であるのなら構いません。止める資格もなく、貴方の魔法や料理にはそれだけの価値があると思っております」
「ボクの魔法や料理は国外でも通用する…と…?」
「はい。貴方は…謙虚で向上心の塊のような獣人。己の料理や魔法をまだまだと思い、日々研鑚を重ねている。本当に頭が下がります。ですが、既にカネルラの王妃様や王太子妃様…なにより聡明な王女様を虜にするほどの魅力がある。相手が他の者であってもなんら変わりありません」
「そんなつもりはないんですが…」
あまりにも過大な評価だ。
「貴方の力を見れば、そのつもりがあろうとなかろうと、人間性など関係ないとばかりに近付く者が必ず現れます。そして、力を手に入れたなら…よからぬことに使うかもしれない」
「よからぬこと?」
「外交の手段かもしれない。若しくは己の娯楽のタメ。考えたくはないが…戦争に使われてもおかしくない」
「ボクの力はそんな大層なモノじゃないですよ」
「大袈裟だと笑っても構いません。ですが、貴方の力は貴方が思っている以上に素晴らしく、一歩間違えば凶器にもなりうる。この老いぼれの言葉を…心の片隅に残しておいて下され。どうかお願い致します」
ダナンさんは深く頭を下げた。
「ダナンさん…」
ボクは躊躇いながら口を開く。
「直ぐにそうは思えませんが…よく考えてみます。ただ、仮にそうだとしてもカネルラから出ていくつもりはないですし、誰かの誘いに乗ることもないです」
「よかったぁ~!」
テラさんは安堵の表情を浮かべた。
「カネルラが好きなのでこの国で暮らしたい。カネルラ以外の国で暮らすとしたら理由は1つです」
「なんなのかお聞きしても?」
「リスティアがカネルラから出て、ボクが彼女に仕えるとき。可能性があるとしたらそれだけです」
「であれば心配いりませんな。リスティア様が貴方の力を間違ったことに使うはずもない」
ハッハッハッ!と豪快に笑う。
「ボクが料理を作ったり魔法を見せたのは、頼まれたのがリスティアだからです。彼女以外に頼まれたら断っていたと思います。お人好しじゃないので」
「ウォルトさんはお人好しじゃないんですか?!」
驚くテラさんに「そうなんです」と笑って答える。ボクは絶対にお人好しじゃないから。
「ヒヒ~ン!」
カリーは『私はわかってた!』とでも言いたそうな表情。傍に寄り添うカリーを優しく撫でてあげる。
「仮にですが、ナイデル様が同じ魔法を見せろと仰ったらどうされますか?」
「興味本位や命令なら確実にお断りします」
ボクは単純に命令されるのが嫌いだ。獣人の特性でもあるらしい。よく知らない者であれば、相手が国王陛下でも何者でも関係ない。珍獣扱いされるのもお断りだ。
「ヒヒン!」
「ハッハッ!なるほど。それでこそウォルト殿ですな」
でも、そんな大層な獣人じゃないんだけど…。誰かに褒められてもピンとこない。元々ボクにはなんの才能もなくて、獣人の底辺だという自覚がある。もちろん自虐じゃない。駆けることと五感の鋭さだけは少し自信があるけれど。
運よく魔法を操れるようになって、恩人である師匠に憧れて、あんな魔法使いになりたいと背中を追いかけ続けているけどまだ足元にも及ばない。いかに褒められようと、そんな自分が凄いはずがない。
でも、ダナンさんの言葉は嬉しい。真摯に紡がれた言葉に嘘はないと思えた。思い返せば友人は口を揃えて料理や魔法を「凄い」と褒めてくれる。優しい友人ばかりでお世辞でも嬉しいと思った。
もしかして、お世辞じゃなかったとか…?……やっぱり信じ難い。
「先程も言いましたが、私の言葉は心の片隅に留めておいて下され。貴方は今より高度な魔法を操るようになりたいのでしょうし、そうなれるはずです」
「そうですね…。まだまだ修練が足りてません。でも、ダナンさんやテラさんに見せたくなりました」
「なにをですかな?」
「ボクが憧れている魔法です。お見せすることができたら…自分の魔法を少しだけ凄いと思えるかもしれません」
「楽しみにしておきます♪」
「私もですぞ」
ダナンさんのおかげで目標ができた。もっと…師匠のように魔法を操れるようになったら、その時は「自分は魔導師だ」と言えるかもしれない。
いつかはそうなりたい。