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モフモフの魔導師  作者: 鶴源
192/705

192 夢現

 後の宴を終えて、自室に戻る途中のルイーナ以下王族の女性陣。胸に抱いた息子達は気持ちよさそうに眠っている。


 きっと楽しかったのね…。


 ルイーナが笑みを浮かべるとウィリナが遠くを見て呟く。


「彼の魔法は…本当に素晴らしかったです…。『祝福』のチェリブロが目に焼き付いて離れません…。獣人の魔法使いというだけでも驚きなのに…あれほど凄い魔導師だなんて…」


 レイも呟く。

 

「きっと…一生に一度見れるかどうかという魔法だと思います…。リスティア様の言う通りでした」

「私も初めて見たわ」


 祖国でも、もちろんカネルラでも彼のような魔導師に出会ったことはない。誰もが驚く夢のような魔法を操る魔導師が存在するなんて思っていなかった。

 宮廷魔導師や冒険者の魔導師とは違う。見る者を幸せな気持ちにする魔法を操る魔導師。


 リスティアの言葉通り、何気ない魔法も全てが美しく感じた。単純に技量の違いなのかしら?魔法に詳しくないから答えは出ない。


「ルイーナ様でも…」

「あれほど多彩で洗練されていて、それでいて人を楽しませる魔法を操る魔導師はいないわ」

「やはり…そうですよね…。もう二度と見ることは叶わないのでしょうか…。優しく…美しい魔法でした…。心が温かくなって…震えたのです」

「そうだとしたら残念です。とにかく綺麗で…涙が出るほど凄い魔法でした…。私は、生まれが王族ではありません…。そんな私でもわかります。彼の魔法は見れただけで幸運と言える稀有なモノだと…」


 おそらく2人も魔法にさほど興味はない。私もだけれど、彼の魔法はまた見たいと強く思う。


「見れないことはないと思うわ」

「「えっ?」」

「貴女達も聞いたでしょう?彼はリスティアの親友だと。そうである限りまた目にする機会があるかもしれない。次に見る機会があったなら、もっと凄い魔法が見れるでしょう。彼はこの先もっと凄い魔法を操るようになる。そんな気がするの」

「確かに…。獣人の年齢はわかりませんが、まだ若そうでした…」

「そう考えると楽しみです。あの魔法より凄いなんて…もはや夢です!」


 元気を取り戻したみたいね。今日はここまで。先のことは誰にもわからない。


「今日はジニアス達のために尽力してくれた彼に感謝を捧げましょう。私達は再びの機会を待って…その時は彼の祝福にお返しをするのよ」

「「はい」」



 

 高揚感に包まれたまま自室に戻り、椅子に座って微笑むナイデル様に話しかける。祝宴でお疲れの様子だったのに、待っていて下さった。


「只今戻りました」

「うむ。無事に終わったのか?」

「はい。先ほど」


 私と腕の中で眠るジニアスはナイデル様に寄り添う。


「…その者は、リスティアの言うとおりジニアス達に素晴らしいモノを見せたのか?」

「はい、とても。目にした今でも信じられないほど素晴らしく…ジニアス達も喜んだと思われます」

「そうか。ならばいい」


 スヤスヤ眠るジニアスが小さな拳を握り締めているのは、夢の中で魔法の花束を握りしめているのだろうか。ナイデル様は微かに笑みを浮かべる。


「リスティアは俺が後悔すると言っていたが、どう思った?」

「やはりナイデル様も御覧になりたかったのですか?」

「見たくないと言えば嘘になる。…が、此度の決断について微塵も後悔はない。どう転んでも見ることは叶わなかった」

「率直に申し上げてよろしいですか」

「構わない。聞かせてくれ」


 私の想いをゆっくり語る。


「そもそも、リスティアの説明ではナイデル様やストリアル達を納得させることは不可能でした。国賓を招く静粛な場に得体の知れぬ者を招いて、内容も知らぬことを披露させるなど国王として正気の沙汰ではありません。私がナイデル様の立場でも同様の決断をしています」

「うむ。そうであろう」

「ですが、あの時ナイデル様がリスティアの要望を受け入れていたら…」

「なんだ?」

「ジニアスの誕生祝宴は、国賓として参加して頂いた各国、そしてカネルラ国内で語り草になっていたはずです。参加して頂いた方々の記憶に一生刻まれ、歴史に残る祝宴になったと言い切れます」

「それほどか……」


 彼の魔法は他国であってもまず目にすることはできない。魔法を詳しく知らずとも自信がある。


「ですが、私自身がこの目で見た後だから言えるのです。私も正直リスティアを疑っていました。さすがに大袈裟ではないかと」

「うむ」

「けれど…目にしたのは想像もつかない素晴らしいモノでした。おそらくリスティア自身の想像をも上回っていたと思います。あの子は間違っていなかったのです」


 耳を傾けていたナイデル様は、しばらく厳しい顔で思案していたけれど、ふっと表情を緩める。


「今は違えど、いつか後悔するのだろうか?あの子を信じていれば、よりカネルラやジニアス達のタメになったはずと」

「今後のナイデル様次第かと」

「どういう意味だ?」

「ナイデル様が意固地な考えを改めなければいずれ後悔する時が来るのかもしれません。ですが、ナイデル様がカネルラを背負っていくうえで私達が目にしたモノは必要ないのかもしれません。答えは目にした後のナイデル様のみぞ知るのです」

「意固地な考えを改める…か。そうすれば、リスティアとその者は俺にも件の素晴らしいモノを見せてくれると?」

「はい。きっと…。ただ、1つ言わせて頂けるのなら…」

「なんだ?」

「それだけの価値があると私は思います。洗練されていて見事で高潔でした。心が揺さぶられ涙が出るほどに。決して王族であるから見れるというモノではありません。リスティアに口止めされたのでお教えすることはできませんが…」

「構わん。娘とケンカできるのも今の内だけ。ならば、この先は自分で考えるとしよう」


 恨みも妬みもない精悍な顔つき。


「私はナイデル様をお慕いしております」

「む…。照れるな…。して、その者は男だったのか?それとも女か?そのくらいは聞いてもよいだろう?」

「改めるべきはそういうところです…」


 ジト目を向ける。


「なぜだっ!?意味がわからん!」

「ふふっ。ただ、優しく思慮深い素晴らしい人物であったことはお伝えしておきます」

「むぅ…。そうか…」

「ナイデル様。誤解のないよう申し上げておきます」

「誤解などしていないが」

「本日の誕生祝宴、準備から実行に至るまでの尽力、本当にお疲れさまでした。私とジニアス…そしてリスティアも、どちらも等しく素晴らしい祝宴であったと思っています」

「そうか…」


 寄り添って今日という日を労った。



 ★



 エクセルとともに自室に戻ってきたウィリナ。ストリアルは机に向かって残務を処理していた。


「ストリアル様。只今戻りました」

「おぉ。お疲れさま。長い1日だったろう」


 書く手を止め、ソファに移動して寄り添う。


「素晴らしい日でした…」

「それは…先程までの宴のせいか?」

「…はい。国王様と貴方の意志に反するようで……申し訳ありません…」


 ウィリナは友好国から嫁いできた王族の娘。基本的に夫の仕事や政に口を出すこともない。

 王族に理解があり、夫を影で支える聡明な女性だ。政略結婚などではなく互いに愛し合って伴侶となった。そんなウィリナが、こんなことを言うなんて珍しい。


「気にするな。嘘を吐かれる方が悲しい。そんなに素晴らしかったのか」

「はい…。言葉にできないほど…。私は……生まれて初めて…心の底から揺さぶられるモノを目にしたのです…。私とエクセルは…幸せ者です…」

「それほどか…」


 ウィリナ達はなにを見たというんだ…。


「ストリアル様…」

「なんだ?」

「失礼を承知で申し上げます…。もしも、次に同じようなことがあれば…その時は自分を曲げてでも見て頂きたいのです…。私は……貴方の隣で共に見て感動を分かち合いたい…。そう思ったのです…」


 ウィリナが嫁いできて、初めてといっていい切実な願い。今にも泣き出しそうな顔をしている。


 そんな妻の願いに熟考して答える。


「約束はできない……が、善処する」


 国王である父上の判断が誤りであったとは微塵も思わない。至極当然の決断で、我が儘を通そうとしたリスティアも理解しているはずだ。

 それでも見せたいとリスティアは主張した。聡明な妹が言うのだから素晴らしいのだろうと父上も俺もアグレオも理解している。

 ウィリナの反応を見る限り、大袈裟ではなかったのだ。国賓ですら唸らせるようなモノだったのだろう。


 だが、俺は常にカネルラのことを考え優先する。それが王位を継承する第1王子である己の責務。

 リスティアの説明ではどうしても納得することはできない。だが、なんの柵もない状況であれば、その時は…。


「私の我が儘なのです…。構いません…」


 ウィリナ達がなにを目にしたのか想像もできない。決して教えてはもらえないだろう。だが、素晴らしいモノであるのならそれでいい。


「本当に素晴らしかったのだな」

「例えようもないほどに…。夢のような時間でした…。本当に……本当に素晴らしかったのです…。私達は……限りなく美しい祝福を受けました…。エクセルは……きっと今日という日を覚えているでしょう…」

「そうか」


 感情が落ち着かないのかウィリナは寄り添って涙を流す。優しく肩を抱き寄せた。


 美しい祝福…か。


 王子としてではなく、兄としてそしてエクセルの父としてリスティアに深く感謝した。



 ★



 アグレオの待つ部屋に戻ったレイは、興奮冷めやらぬ様子でずっと話し続けた。そんな状況でも、ハオラは幸せそうに眠っていて起きる気配はまったくない。


「凄かったの!とにかく凄かったの!もうね、大感動!ルイーナ様もウィリナ様も泣いてた!私が1番泣いたけど!ハオラも大喜び!」


 身振り手振りで興奮を伝えようとするレイ。こんなに興奮しているのは初めてじゃないだろうか。


「レイ。ちょっと落ち着いて」


 宥めても聞く耳を持たず喋り続ける。


「私は元々庶民でしょ?」

「そうだね」


 レイは、城下町でリスティアが見初めて「是非アグレオ兄様の妻に」と推薦してきた庶民の娘だった。高い素質と一途な努力で、今や立派な王族の一員。

 仕方ないことだけれど、時折庶民の頃のレイが顔を出す。それは、レイに『庶民に寄り添う王族であってほしい』という僕の願いでもある。

 ただし、興奮しすぎるとどんな状況でも昔のレイが顔を出すのだ。


「私の人生で幸せだった出来事が幾つかあるの!貴方の妻になれたことと、ハオラが生まれたこと。そして…今日リスティア様に見せてもらったモノ。この3つ!」


 笑顔で3本指を立てる。


「そんなに凄かったの?」

「絶対今日のことを忘れない!忘れられないよ!だって、美味しくて綺麗で夢のようだった!とにかく凄かった!その人はとにかく凄いのっ!内容は教えられないけど!ハオラは大きくなっても今日のことを覚えてると思う!」

「さすがにそれはないんじゃ…。それに、美味しいはおかしくないか?」


 レイは興奮しすぎて、僕の言葉に耳を貸さない。


「よし!10年後に聞いてみよう!多分その頃には時効になってる!それに…次は絶対、貴方とハオラと見たいの!だから頑張って!」

「なにを頑張るのさ?」

「いろいろと!もう一度見れるように!」

「無茶なこと言うなぁ…」


 その日、レイは遅くまで興奮して話し続けた。内緒にしている部分が大半を占めるのに、よくそんなに喋れるなと感心しきりだった。


 リスティアはレイ達になにを見せたのだろう?僕には見当もつかない。けれど、奇跡のような祝福を受けたと言った。


 その人物には感謝しなければならないな。

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