191 感謝しかない
鳴り止まない拍手の中、頭を上げたウォルトはホッと胸をなで下ろす。
やれることはやった。自分の魔法でも楽しませたと自己満足できる内容だった。満足感に浸っていると、ルイーナ様とウィリナ様、レイ様が王子達を抱いて歩み寄る。
「ウォルト。この子達にとっても、私達にとっても一生の思い出ができたわ。貴方の素晴らしい料理と魔法に心打たれたの」
「有り難きお言葉」
王妃様に向かって「大袈裟です」とは言えない。それにしても、事前にリスティアから3人の特徴を聞いておいてよかった。揃って若く見えるから、ボクには誰が誰なのか見分けられない。
「かしこまる必要はないわ。普通に話してほしい」
「では…ありがとうございます」
気遣いが有り難い。ウィリナ様とレイ様にも声をかけられる。
「先ほどの魔法…言葉にならないほど感動しました…。私はずっと貴方に多幸草のお礼を申し上げたかったのです…」
「凄く美味しい料理と、見たこともない魔法に感動しました!私もウィリナ様と同じくお礼を言いたかったのです!」
「多幸草のお礼とは?」
ルイーナ様達から説明を聞いて、リスティアが多幸草を渡したかった相手がこの3人だとを初めて知る。
住み家を訪れたとき、既に懐妊が判明していたのか。リスティアの勇気と行動を思い出して胸が温かくなる。
ただ、ウィリナ様とレイ様が渡された多幸草については、どうやらストリアル王子とアグレオ王子がボクに頼んだという形になっているみたいだ。
事実と異なるけど、あえて詳細は黙っておくことにしよう。嘘は吐きたくないし直ぐにバレる自信がある。
「ありがとうございます。少しでもお役に立てたのなら嬉しい限りです」
「貴方にお礼を言いたかったの。今日も遠くから来てくれたのでしょう?」
「王都までは駆ければ3時間とかかりません。リスティアも城を奔走していたと聞きました。親友として負けられないので」
「料理もとても美味で…驚きました。獣人の料理…と疑ってしまったことお詫び申し上げます」
「皆様の口に合ってよかったです。リスティアが準備してくれた食材のおかげです」
「料理がずっと温かかったのも魔法ですか?」
「はい。作りたてのときに『保存』の魔法を付与して熱と鮮度を逃がさないようにしました」
丁寧な言葉遣いと柔らかな雰囲気。好みの話ではなく、とても爽やかな匂いを放つ方達だ。
「なにか困ったことがあれば、私を訪ねてほしい。可能な限り力になると約束する。その時は多幸草と今日の祝福のお礼もさせてもらう」
「私にもできることなら必ず」
「私もです!」
一介の獣人に敬意を表する言葉に、カネルラ王族の懐の深さを感じる。好感を抱くことしかできない。
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
…と、リスティアが来た。
「お母様。話は終わった?」
「終わったわよ。どうしたの?」
「ウォルトと話したいの」
「あぁ、そっち。ウォルト、また会いしましょう。ご機嫌よう」
「今日は本当にありがとうございました。またお目にかかれるときを楽しみにしております」
「最高の祝福でした!ありがとうございました!また是非お会いしたいです!」
「こちらこそありがとうございました」
安らかに眠る息子を胸に抱いて、王族の皆様は静かに退室した。
王子達は全員可愛かったなぁ。
「ウォルト。今日は本当にありがとう!」
リスティアがペコリと頭を下げたので、自然に頭を撫でる。
「掌が温かくて気持ちいい!」
「そう?リスティアも楽しんでくれたかい?」
「凄く楽しかった!私が想像してた何倍も凄かったよ!」
「大袈裟だよ。褒めてくれるのは嬉しいけど」
「大袈裟じゃないよ!自分の魔法の凄さがわかってないんだから!まったく!」
大きな声で凄いと言われて照れ臭い。笑って頬を掻く。
「ボクの魔法は凄くないし、誰でもできるさ」
「きぃ~!もういいよ!いずれ気付かせるからね!覚悟しといて!」
「多分永遠に気付かないよ」
ボクらの掛け合いに思わず周りから笑いがこぼれる。面白いことは言ってないけど。
「ボクは、リスティアが見せたかったモノを見せられたかな?」
「見せすぎだよ!今日の魔法を私の誕生祝宴でも見せてよ!ジニアス達が羨まし過ぎる!」
「そんな無茶な…」
困っているとまた笑いが起こる。
「ところで、ウォルトはこの後どうするの?」
「テラさんの家にお世話になって明日帰ろうと思ってる」
「私が呼んだのに、もてなせなくてゴメンね…。王城に泊めてあげたいけど…」
「恐縮してしまうから気持ちだけもらっておく」
王城に獣人はいないはず。ほとんどの獣人が野蛮で粗暴ゆえに、一般的な礼儀作法にも弱く、加えて城で働くような職業に向いてない。ボクでもわかる問題だ。
カネルラは大らかな国だけど、国外からの来訪者も多い王城では最低限の素養が必要になるはず。獣人には厳しい環境。
「私がウォルトに泊まってほしいんだよ…」
「泊まれることがあったらね」
「その時は泊まってくれるの?」
「もちろん」
メイド姿のテラさんが駆け寄ってきた。似合っていてとても可愛いと思う。
「今日もウォルトさんの慰労会を開きます!食材は家に用意済みです!もちろんウォルトさんの手料理ですよ!」
「ホントですか!?嬉しいなぁ…。腕によりをかけます。テラさんにはお世話になりっぱなしですね。今日もありがとうございました」
「水くさいですよ!私とウォルトさんの仲じゃないですか♪」
慰労会を開くなら、ボクの好きなことをさせたいと思ってくれてるんだろうなぁ。
「団長やアイリスさんもいらして下さい!」
「今日は人が出払っている。俺達は警備で城に残るから、お前は残りの休暇を楽しめ」
「たまにはしっかり休みなさい」
「了解しました!」
「私も行きたいけど…」
リスティアの呟きにふっと微笑む。
「今日は国王様や王妃様とゆっくり過ごした方がいい。疲れてるだろうし、かなり我が儘を言ったんだろう?あまり心配かけちゃいけない」
「うん…。わかってる…」
リスティアの頭を優しく撫でながら、ふと気付く。協力してもらった皆にもお礼を言わないと。
「ボバンさん。アイリスさん。今日はありがとうございました」
「俺はなにもしてない」
「ボバンさんのおかげで、怪しい風体の獣人が王城にすんなり入れました。騎士団長に対する信頼あってこそです」
「大したことじゃない。ウォルト…今日は君と闘ったとき以上に驚いた。俺が見たのは魔法というより幻術だ。あれほどに高度な『幻視』を目にしたことがない。素晴らしかった」
「ありがとうございます」
ボバンさんの隣に立つメイド姿のアイリスさんに視線を向けると微笑んでくれた。
「私もちょっと手伝っただけです。やっぱり貴方の魔法は人を幸せにします。いいモノを見れました。ありがとうございました」
「それはボクもです」
「え?」
「アイリスさんのメイド服姿なんて滅多に見れないですよね?凄く似合ってて素敵だと思います」
「な、な、な…」
アイリスさんの顔が真っ赤に染まっていく。何度か目にしてるけど、いつも意味がわからない。
「へ、変なこと言わないで下さい!」
「素直に言っただけですが、変でしたか?」
『おかしいニャ~?』とか言いそうな顔で首を傾げると、ボバンさんが笑いを堪えてる。
「貴方は……いつもいつも…そうやって人を揶揄って…。もう許しません!」
アイリスさんは、スカートの中から太腿に隠していたナイフを抜いてボクに刃を向けた。振り回しながら追いかけてくる。
「なんでですかっ?!正直に言ったのに!アイリスさん!危ないですって!」
「うるさい!自分の胸に聞いてみろ!こんニャろう!」
「ボバンさん、アイリスさんを止めてください!あっ、危ないっ!」
「無理だな」
部屋の中を走り回るボクらを見て、リスティア達は爆笑した。
アイリスさんの猛攻からなんとか逃げ切って、体力を使い果たしたアイリスさんはナイフを握りしめたままメイド服で床に大の字に倒れてる。標的に逃げられた殺し屋みたいだ。
ボクも獣人の端くれ。俊敏性と体力で負けるワケにはいかない。なにより刃物は危ない。振り回しちゃダメ、絶対。
なぜアイリスさんに正直な気持ちを伝えると毎回怒り出すのか。本心から褒めてるのに。謎すぎる。実は嫌われてるのかな?
軽く息を整えたところで、ダナンさんとカリーにもお礼を伝える。
「ダナンさん。カリー。ありがとうございます。無事に終えることができました」
「本当にお疲れ様でした。我々の生きた時代にも目にしたことのない…素晴らしい魔法の数々に感服致しました」
「今のボクにできることを最後までやりきれたと思います」
「ジニアス様達も、王妃様達も驚かれたことと思います。そして、一生記憶に残ることになったはずです」
「もしそうなら嬉しい限りです」
カリーが念話で語りかけてきた。
『ウォルト…。貴方の魔法…あんなの見たこともない…。この世に生はないのに…感動した』
『ありがとう。嬉しいよ』
『貴方は凄い魔導師だわ。忠告させてもらうけど、行き過ぎた謙遜は嫌味になるわよ』
『謙遜なんかしないし、ボクは魔導師じゃないよ』
『…ひねくれ者の矯正はリスティアに任せるとして……とにかくお疲れ様』
ブルル!と身を寄せてくれる。
モフモフして気持ちいい。優しくカリーの首を撫でながら、皆に感謝を伝えることができて安堵する。
沢山の人が助力してくれて、魔法も素晴らしかったと褒めてもらえた。なんとも言えない充実感がある。楽しんでもらえたのならなによりだ。
ふぅ…と1つ息を吐く。魔力や体力的な疲労はないけど、緊張からきてるのか心地いい疲労感がある。やりきった満足感に自然と笑みがこぼれた。




